水管理・国土保全

  

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関川の主な災害

関川水害の歴史

関川において発生した大洪水は、台風、梅雨に起因するものが大半を占めています。関川流域は、梅雨、台風、冬期の降雪と年間を通じて降水量が豊富であり、多面的にその恩恵を受けている反面、これらに起因して流域内の各地で水害が頻発しています。
 記録に残る最も古い関川の水害は、貞観(じょうがん)5年(西暦863年)のものであり、現在に至るまで記録に残る水害は60回を越える。戦後の著名な洪水として、特に昭和57年洪水は関川、昭和60年洪水は関川支川保倉川、平成7年は関川支川保倉川において河川激甚災害対策特別緊急事業が採択されたほど被害が甚大でした。


昭和44年8月洪水 氾濫状況(上越市木田)

発生日 発生原因 被災市町村 被害状況
1964年(昭和39年) 台風5号(熱低) 上越市、上越市(旧頸城村)等 死者1名 全壊1戸 半壊床上床下浸水1,511戸 浸水面積2,578ha
1965年(昭和40年) 台風24号 上越市、上越市(旧頸城村)等 死者3名 全壊7戸 半壊床上床下浸水6,018戸 浸水面積3,152ha
1969年(昭和44年) 豪雨及び台風7号 上越市、上越市(旧頸城村)等 半壊床上床下浸水1,242戸 浸水面積1,548ha
1981年(昭和56年) 台風15号 上越市、上越市(旧頸城村)等 半壊床上床下浸水1,050戸 浸水面積443ha
1982年(昭和57年) 台風18号 上越市、上越市(旧頸城村)等 全壊5戸 半壊床上床下浸水7,210戸 浸水面積717ha
1985年(昭和60年) 梅雨前線 上越市、上越市(旧頸城村)等 床上床下浸水2,473戸 浸水面積2,699ha
1995年(平成7年) 梅雨前線 上越市、上越市(旧頸城村)、妙高市(旧新井市)等 行方不明者1名 全半壊70戸 半壊床上床下浸水4,787戸 浸水面積2,217ha
出典:国土交通省、高田河川国道事務所、直江津町史・高田市史



昭和57年9月洪水

台風18号は、新潟県のすぐ東を北上するコースを通ったため関川流域の山岳地帯に多量の雨をもたらしました。関川流域の11日から13日にかけての総雨量は、上流山岳部で200㎜を越え、沿岸部でも100㎜を越えました。また、時間雨量が山岳部で20㎜/hrを越える強い雨が降った他、各地で10㎜/hr以上の強い雨が観測されました。
 関川高田地点では、当時既往最高の水位を更新し、関川本川の溢水氾濫や各支川での破堤によって浸水被害が発生しています。


上越市石橋付近上空から、御舘川が氾濫し、栄町・石橋・新高町各地に浸水が発生


上越市木田3丁目付近の浸水状況



昭和60年7月洪水

7月8日から雨を降らせた梅雨前線は、関東北部から北陸地方に停滞し、新潟県内に雨が降り続きました。
 関川流域は7日20時頃より雨が降り始め、8日21時までの雨量は150~200㎜に及び、関川及び支川保倉川では、避難判断水位(現在)を越える洪水となりました。


上越市頸城区浮島付近上空 関川支川保倉川の支川潟川が氾濫市し浸水が発生


上越市春日新田2丁目付近の浸水状況



平成7年7月洪水

梅雨前線が停滞し、南から湿った空気が流入したため、前線の活動が活発となり、11日から関川流域には強い雨が降り続き、関川高田水位観測所の水位は、はん濫危険水位を上回る水位となりました。
 関川上流部妙高市月岡地先では堤防が欠壊するなどの被害が発生し、関川支川保倉川及び保倉川支川重川では越水(溢水)が発生し沿川住民が避難しました。


妙高市月岡上空 関川の堤防が欠壊し、溢れ出た濁流に多くの建物や田畑が呑み込まれました


関川支川保倉川と各支川の越水(溢水)氾濫状況



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