揖保川水系は兵庫県南西部に位置し、その源流を中国山地の藤無山(ふじなしやま)に発して南流し、途中、引原川、栗栖川などの支川を合わせながら「童謡の里」たつの市に入り、さらに林田川を合流して姫路市の西端に至って中川を分派しながら播磨灘へと注ぐ幹線流路延長70km、流域面積810km2の一級河川です。
「揖保(いぼ)」の由来は「播磨国風土記」によると、播磨の国神「伊和(いわ)大神」と渡来神「天日槍(あめのひぼこ)」が国を争ったとき、伊和大神が大慌てに食事をしながら川をさかのぼる途中、口から飯粒がこぼれました。その地を「粒丘(いいほのおか)」と呼ぶようになり、転じて「揖保」となったとあります。伊和大神は揖保川上流一宮町の伊和神社に鎮まっておられます。
また風土記には、揖保川を「宇頭(うず)川」としており、「宇頭」は渦の当て字とされ、古代より渦をなす暴れ川であったことがうかがわれます。揖保川は上流から中流にかけては河床勾配が1/100~1/300程度の急流河川ですが、下流から河口にかけては1/500~1/1,000程度と途端にゆるやかとなります。いったん洪水となると上中流部を駆け下った激流は下流部で氾濫を繰りかえし、その流れが東西に大きく遷りかわっていったことが地形や古地図からも分かります。