忍書
その活動の秘密性から、甲賀流忍者が残した記録はほとんどありません。しかし、研究者は、江戸時代前期(1603~1868年)に作成された忍術(忍者の技)や忍者文化に関するいくつかの文書を発見しました。これらの資料は、忍者家系の子孫によって大切に保管され、後世に伝えられてきたものです。研究者たちは、知識をまとめ、後世に残すことを目標としています。
なお、これらの資料は非常に脆弱な状態にあるため、一般公開はされていません。
・万川集海:甲賀と伊賀(三重県)の知識を忍者の訓練に使用した書物で、忍者家系の子孫である藤林氏によって1676年に編纂されました。市指定文化財であり、現存する最も包括的な忍術の記録として知られています。
・忍術應義傳:望月家に伝わるこの書物は、忍術の起源と心構えを説明しており、古典中国語で書かれています。甲賀流忍者が戦略会議を開いた油日(あぶらひ)神社に祀られている神、油日大明神(あぶらひ だいみょうじん)の由来に関する物語も含まれています。
・江戸時代、尾張藩(現在の愛知県)で密偵として活動していた著名な忍者家系である渡辺家の歴史記録には、甲賀流忍者が好んで使用した技術や戦略の詳細が含まれています。
・間林清陽:最近、2021年に甲賀で発見された1748年にさかのぼるとされる文書の写しです。1676年、藤林氏はより有名な『万川集海』の序文で『間林清陽』に言及し、その内容の一部を自著に含めたと述べています。これは、オリジナルの『間林清陽』が『万川集海』よりも古いことを示唆しており、甲賀で発見された文書が手書きの写しであることを示しています。
