建設産業・不動産業

専門工事業イノベーション戦略

1 総 論

(1)大競争とイノベーションの時代

 
(専門工事業イノベーション戦略策定の背景)
 平成11年7月にとりまとめられた「建設産業再生プログラム」においては、品質、コスト等における競争、自助努力と優勝劣敗・淘汰、「選択と集中」等の問題提起がなされた。同プログラムの「おわりに」において、専門工事業界のあり方について、改めて議論を深めることとされたところであるが、「建設産業再生プログラム」で示されたようなゼネコンの問題の多くは、専門工事業が直面している問題でもある。今後の建設業界を取り巻く情勢としては、新規の建設投資の増加が期待できず、また、厳しい経営環境の中で、コストダウンによる効率化の要請等が一層強まることが予想される。これまで国際競争等の経験がなく、真の意味での競争とは縁がなかった業界が、初めて競争の中に置かれることとなり、現状のままで全ての業者が生き残ることはもはや不可能であると考えられる。
 また、技術の高度化・専門化への対応や経営の効率化の要請などから、元請が自ら担ってきた機能を切り離し、外注化していったことを背景に、外注比率(元請完成工事高に占める下請完成工事高の割合)が7割まで上がり、専門工事業者が建設生産のプロセスの中でいわば中核的ともいえる役割を担うようになってきている。さらに専門工事業者の中でも、外注化が進み、施工管理に特化するものも出てくるなど、役割分担が大きく変わってきている。こうした中で、外注比率が低かった頃の建設生産・管理システムの維持を考えることは時代にそぐわなくなってきている。他方、技術力や管理能力をつけた専門工事業者も出ており、建設市場の構造変化の中で、専門工事業者の役割、専門工事業者と総合工事業者、さらにはメーカーなど他産業も含めた関係も多様化することが見込まれる。こうした中、一部の専門工事業者においては、経営革新、新分野進出、さらには連携等を通じた競争力強化の動きなども出始めている。
 
(専門工事業イノベーション戦略の意義)
 建設業者の中でも直接に施工にたずさわる専門工事業者を、これからの厳しい市場環境に耐える企業に育てていくことが、建設産業の健全な発展、ひいては我が国の住宅・社会資本整備を円滑に進める上で極めて重要である。専門工事業の将来のあり方を考えるに当たっては、上述の様々な動きの中で、建設生産・管理システムそのものが、努力し、伸びようとする者に大きなチャンスとなる方向で多様化、流動化していくことを目指して、発注者、元請から下請業者にいたるまでの建設生産・管理システム全体を議論の対象にしていくことが必要と考えられる。
 専門工事業は、業種、規模とも、極めて多種多様にわたるものであるが、上述のような「大競争の時代」とでも呼ぶべき時代の中で、企業という個々の経営体が自らの経営革新等の戦略を構築することが必要であり、その際の道しるべ、指針となるものを目指して、このたび、専門工事業の今後のあり方について、課題等を整理し、「専門工事業イノベーション戦略」を提示するものである。
 
※イノベーション
 イノベーション(innovation)は、「革新」などを意味する言葉で、経営方法の改善、技術革新・新工法、新サービスの提供など、経済効果を生み出す様々な創造を包含する概念として使っている。  
※建設生産・管理システム
 新設だけではなく、維持・更新、補修、管理なども含めたマーケットを対象にすることを明確にするため、従来使われてきた「建設生産システム」という用語に、「管理」を加えたもの。
 

(2)専門工事業の概要と検討の対象

 
①専門工事業の概要
 今回の検討は、専門工事業に焦点を当てるものであるが、一般的には、専門工事業とは、建設業許可区分の28業種のうち、土木一式工事、建築一式工事を除いた工事を請け負う業種を指し、現場で直接、間接を問わず専門分野の施工に携わるものである。専門工事業は、建設生産・管理システムの中で、下請の役割を担う場合が多いが、分離発注の場合など、元請となることもある。労務提供型の業態もあれば、材工一式の業態もある。下請は、重層構造となっている場合が多い。また、例えば主要な専門工事業団体を含む建設産業専門団体協議会の加入団体数は42に達する。こうしたことから明らかなように、一口に専門工事業といっても、許可業種区分以上に細分化された多種多様な業種業態が存在する。
 このような専門工事業を厳密に分類すること自体、困難であるが、総合工事業に対する専門工事業を大きく躯体関係及び仕上げ関係からなる職別工事業と、電気工事業、管工事業等からなる設備工事業に分類してみると、完成工事高は、それぞれ約17.3兆円、約28兆円の規模となる(平成9年度建設工事施工統計調査)。企業数については、許可業者数では増加傾向にあるものの、建設工事施工統計調査でみると、職別工事業、設備工事業とも、おおむね横這いで推移している。
 完成工事高営業利益率についてみると、全体を平均すると、総合工事業の2.6%に対し、職別工事業が2.0%、設備工事業は3.6%となっている(平成9年度建設工事施工統計調査)が、職別工事業、設備工事業の中の個々の業種によって、ばらつきが大きなものとなっている。
 
②検討の対象
 本イノベーション戦略は、専門工事業界のトップレベルの企業、リーダー的な企業のみを対象とするのではなく、業種や規模にかかわらず経営革新や経営力・施工力強化の意欲を有するものであれば、その今後の進むべき道を考える際の指針となるものを目指すものである。しかしながら、専門工事業は業種業態・規模・経営力等非常に多種多様な企業から構成されるため、本検討において、個別の業種・企業ごとに課題等を整理することは不可能である。ここでは、ある程度、専門工事業全般に共通する課題に焦点をあてつつ、建設生産・管理システムの中で元請となる可能性のある企業にも、またこれまでどおり下請としての役割を果たしつつ経営革新を目指す企業にも指針となり得る戦略を提起しようとするものである。
 本イノベーション戦略の検討に当たっては、個々の企業のイノベーションの支援のために業界団体や行政において取り組むべき課題についてもあわせて示すこととしているが、もとより企業の将来戦略は、企業自身において検討し、実施していくものであり、依存体質から脱却して自立した企業を目指す自己改革の努力が何よりも求められるものである。
 

(3)専門工事業をめぐる最近の状況

 
 厳しい経営環境の中、発注者のコスト意識の高まりなどにより、元請、下請を問わず、厳しい受注環境に置かれ、専門工事業界については、特に最近、元請の安値受注に伴うコストダウンの圧力が顕著になっている。コストダウンの必要性はいうまでもないが、品質の確保や労働条件に支障となるような安値受注は建設産業全体の疲弊につながるものであることを発注者、元請、下請を含めた建設生産・管理システムに関与する全ての者が認識することを期待する。
 
 

2 多様な建設生産・管理システムの形成

(1)現状と課題

 
 これまで、公共工事の一部を除き、施工に関連する全ての業務を包含して総合工事業者に請け負わせる一括請負契約が主として活用されてきた。この場合、総合工事業者が施工管理を行うとともに品質確保の責任も担うことで発注者にとっても安くて良いサービスが提供されるとともに、下請業者にとっても充分なメリットを享受できる方式であったことから、このような建設生産・管理システムが画一的なものとしてこれまで長く続いてきた。しかし、発注者を取り巻く経済環境が激変し、コスト意識が高まる中で専門工事業者の技術力の上昇もあり、元請業者の外注比率が7割近くまで上がっているという現実も踏まえて分離発注やCM方式などへのニーズも生じているところである。
 
※CM方式(Construction Management)
 発注者の代理人あるいは補助者として、発注者の利益を確保する立場から、①品質管理、②工程管理、③費用管理を行う方式。
 

(2)多様な建設生産・管理システムの形成に向けて

 
 専門工事業の中には、既に高度の施工能力を備えているところがあり、このような企業は分離発注、異業種JV、CM方式、コストオン方式等を含む様々な受注形態のあり方等を検討し、メリットがあると思われる方式について積極的に提案することを試みるべきである。このことは、発注者に多様な発注方式の選択肢を提供し、市場原理の中で選択してもらうことになることから、企業連携を効果的に行い、発注者にとってメリットあるものとするという視点が必要なことに留意するべきである。
 こうした多様な建設生産・管理システムは、努力し、伸びようとする技術と経営に優れた専門工事業者にとっては、活躍の場を増やし、大きなビジネスチャンスをもたらすものである。
 また、とりわけリフォーム市場の活性化を図る中で、責任施工を果たせる専門工事業者が元請に進出する動きが加速していくことも考えられるが、この場合には、専門工事業者が市場において、単一の発注者ではなく消費者という不特定多数の者の信頼を得るために、消費者が必要とする情報等をタイムリーかつ正確に提供、提案できることが必要である。
 上述のどの方式にせよ、元請になるということは、それだけ大きな責任、リスクを負うことになるものであることに留意すべきである。  
 
※コストオン方式
 発注者、元請、下請の三者間で、下請の請負金額と元請の管理経費を決めたうえで契約を結ぶ方式
 
①分離発注について
 公共工事においては、国等の発注工事については、設備工事を中心として官公需法等に基づき分離発注を推進するとともに、地方公共団体に対しても、通達等により繰り返し分離発注を要請してきたところである。
 公共工事においては、例えば官公需法に基づく「平成11年度中小企業者に関する国等の契約の方針」(平成11年6月29日閣議決定)において、「地元建設業者、専門工事業者等の中小建設業者を活用することにより円滑かつ効率的な施工が期待できる工事については、極力分離・分割して発注を行うよう努めるものとする。」とされており、分離発注は専門工事業者等の育成に寄与していると思われる。一方、民間工事においては、分離発注の割合は小さいが、これは、一般的に、分離発注は、分離される工事に関するコストや施工責任の明確化というメリットがある一方で、一括発注の場合に比べ、発注者の手間がかかると考えられていることが理由の一つに挙げられている。民間市場においてもひろく分離発注が発注者に選択されるためには、分離発注によるコスト縮減の効果や、同業他社、あるいは、設計事務所、他の関連業者、さらにはメーカー等との連携による施工管理の効率性を明確にすることなどにより、発注者がより選択しやすい環境を作っていくことが必要である。
 
②異業種JVについて
 総合工事業者と専門工事業者、場合によって専門工事業同士がJVを構成するいわゆる異業種JVについては、分離発注と同様に専門工事業者に対し発注者が直接発注する形式の一つであるが、一括請負(発注)方式に比べてコストが透明になり、専門工事業からのVE提案も促進されるほか、分離発注に比べると発注者の手間が軽減され、専門工事業相互の連携が図られるなど、発注者からみたメリットはあるものの、現在のところ、公共工事の一部で小規模に試行されているのみである。異業種JVの本格的な導入を可能とするためには、分離発注と同様、発注者が選択しやすいシステムを提案していくことと同時に、一般的な技術力、信用力の向上に加え、例えばJVの基本的要素の一つである連帯責任と関連して異業種JVの構成員が倒産した場合の責任関係などについて整理することが必要である。
異業種JVについては、分離発注と同様、ともすれば元請下請の従属関係についての問題意識から元請志向の一環として提起されることが多いが、ある一定の工事については発注者にとって有利な発注方式となる可能性があることを踏まえ、行政においても、考えられる対象工事、対象業種、責任関係、契約のあり方等について、さらに検討することが必要である。
 

(3)CM方式について

 
 多様な建設生産・管理システムの中でも、CM方式については、様々な活用、展開の可能性がある。CM方式は、1960年代に米国で始まったとされる。米国において発注・契約方式が多様化する中で、従来型の発注方式に加え、コスト透明化などの要請を受けてCM方式も導入されてきたところであり、米国においては、建設工事総額の3分の1程度がCM方式によるものといわれている。
 CM方式が求められる背景としては、コスト構成の透明化、コスト低減、発注者支援などの要請がある。CM方式の導入により、工事費の内訳の審査、下請業者の入れ替えなどが進むこととなる結果、元請下請関係が、従来のウェットなものから、合理的なものに変化する契機にもなりうる。さらに、分離発注や下請業者の公募などを通じて、専門工事業者間の適正な競争が確保され、また、専門工事業者の技術提案能力がより生かされることにより、技術と経営に優れ、真に努力する専門工事業の育成、発展に寄与することも期待される。現在のところ、CM方式が導入されている例においては、専門工事業者は、選定、入れ替えの対象という受動的な形で係わっているにとどまるが、今後、専門工事業者が能動的、積極的に、CM方式にかかわり、建設生産・管理システムの中で、より大きな役割を果たす可能性もあるものである。このようにCM方式が建設生産・管理システムの変革と生産効率の向上に与える影響は、大きなものが予想される。
 CM方式に関する検討の必要性については、すでに、これまでも、平成5年12月の中央建設業審議会建議や平成7年4月の建設産業政策大綱等において、指摘されてきた。CM方式が円滑に導入される前提として、どのような場合にCM方式が有効か、また、責任関係の明確化をいかに図るか、一括請負契約と比較して発注者の手間が増えないか、CMR(コンストラクション・マネジャー)に何らかの規範性、公的位置づけを与えることが必要か等の観点で議論が深められる必要があり、行政及び業界のそれぞれにおいて、早急に検討が開始されるべきである。
 
 

3 経営力・施工力の強化

(1)現状と課題

 
 他産業の多くでは、下請企業においてもコストダウンや差別化・高付加価値化への懸命な努力が行われてきているが、建設産業においては従来より協力会社的な元請下請の依存関係が一般的であったため、ことさらに下請業者が自らの差別化を図る必要もなく、また元請も下請を選別する動機が働かなかった。このため、下請業者の世界では、いわゆる指し値による受動的な形でのコストダウンはあるものの、経営力・施工力の向上や、生産性向上のための「経営革新」のような取り組み、差別化への取り組みの経験が、概して希薄であったことは否めない。
 一方、競争環境が厳しくなってきた中でこうした依存関係からの離脱が、元請が下請業者を価格のみで判断するという形で現れてきている例がみられる。
建設工事は多種多様な企業・人が関与しているため、元請に限らず専門工事業者においても自らの施工のシステム全体が充分に把握できていない場合があるほか、自社の経理を把握していない場合も少なくないと思われるが、このような状況では将来の戦略作りはおぼつかないものとなろう。
 規模、能力を問わず全ての専門工事業者において今後、厳しい経営環境の中で、同種の工事を行う同業者のみならず、建設生産・管理システムの変化の中で、自らの周辺業種、さらには場合によりメーカーなど他産業との競争の中で生き残りを図っていくことが必要である。このような観点も踏まえ、競争力強化のため、以下の取組みが行われることが期待される。
 

(2)競争力の強化~コストダウン及び差別化・高付加価値化の推進

 
①コスト管理能力の強化
 各企業においては、まずはコストダウンにより、自らの価格競争力の強化を図ることが必要である。コストダウンの原点は、コスト管理能力にある。これからの競争の時代を生き抜くために、コストを計算する能力、コスト計算に基づいた適正な営業活動、生産過程でコストを管理する能力など総合的なコスト管理能力の育成が必要である。そのため、原価計算についての検討や建設業経理事務士の一層の普及促進などにより、建設業者のコスト管理能力を高めるとともに、各業界団体等が行う企業経営者等に対する研修においてもこのような観点で取り組むことが必要である。
 ただ、専門工事業の生産性は、設計や施工計画にも大きく左右されるため、コストダウンは元請・下請の共同作業の側面がある。したがって、現場ごとに元請及び下請の調整等により施工体制(段取り)や設計の改善、現場施工や現場労務管理等の効率化、専門工事業者による有効なVE提案を図るシステムを作ることも重要である。
 
②差別化・高付加価値化の推進
 コストダウンによる競争力強化とともに、新工法の開発、品質の向上、提案力の強化などの差別化、高付加価値化による競争力の強化が必要である。
 近時指摘されるような価格のみによる競争でなく、品質を含めた適正な競争が行われるためには、元請けや消費者に対して専門工事業者の技術力、品質等を適正に提案するシステムの確立や自らの価格以外の面の競争力を理解してもらうための努力が必要である。その際、工法が環境等の新たな課題に対応したものであることが重要であるし、リニューアルを含めたランニングコスト、ライフサイクルコストの低減化等も差別化に活用できるものである。
 専門工事業者は中小零細企業が多いため、一般的には独自で研究開発を行うことは困難であると考えられてきた。しかしながら最近、単独企業で、あるいは複数の企業が連携して研究開発・技術開発等に取り組む例も出てきている。昨年7月に施行された中小企業経営革新支援法は、中小企業者の経営革新計画を主務大臣又は都道府県知事が承認し、各種の支援措置を講じるものであるが、既に建設業関係でも相当数の承認申請がなされている状況にある。今後は一定規模の研究開発であれば、総合工事業者にのみ委ねるのではなく、専門工事業者同士の連携、さらには、メーカー、大学の研究機関等との連携による技術、工法等の研究開発も積極的に行うべきである。
 専門工事業が経営革新に取り組むに当たっては、上述の中小企業経営革新支援法、あるいは産業活力再生特別措置法、新事業創出促進法等の中小企業向けの各種の支援施策を活用することが有効である。このため、業界団体、行政が一体となってこれら施策を周知するとともに、経営革新の事例研究、相互の情報交換等が行えるシステムを作ることが必要である。
 また、各企業においては組織内で知識や情報の共有を図るため、社内の優良事例における知識、情報を紹介、普遍化するシステムの構築の検討が必要である。
 
③専門工事業者の評価システムの確立
 差別化・高付加価値化の推進が円滑に図られるためには、専門工事業者の評価システムの確立、即ち元請や消費者に対して専門工事業者の技術力、品質等を適正に提案できるシステムの確立が必要である。
 このため、団体として、品質向上のためのマニュアルの作成、推奨すべき資格や瑕疵保証制度の構築に取り組み、積極的に情報を公開することにより、技術力向上や品質確保に努めている優良業者が評価されるよう支援することが必要である。
 また、ステップアップ指標については企業が自らの診断を行う客観的な評価基準として優れており、企業の自己評価への活用を広げていく必要がある。それとともに、今後元請や消費者が専門工事業者を的確に評価するために真に欲する情報を提供できるものを目指し、技能者の能力や施工管理能力など専門工事業者の施工能力等をより反映する方向で、制度の具体的な見直しの視点について議論を深めるとともに、その活用方策の拡充についても検討すべきである。
 なお、ペーパーカンパニーなど不良・不適格業者の存在は専門工事業界においても顕在化してきており、低廉な金額で請け負い、いわゆる上請け、一括下請負を行う企業の存在が指摘されている。これら不良・不適格業者の存在は、健全な専門工事業者の活動を阻害するものであり、行政・業界が共同して排除に努めるべきものである。
 
④経営者の意識改革への取り組み
 専門工事業者の多くは中小建設業者であり、大企業以上に経営者が会社の経営方針や組織のあり方に与える影響は大きいと考えられる。したがって、個々の専門工事業者が経営革新に取り組んでいくに当たっては経営者の意識が決定的な意味を持ち、経営者の長期的展望や原価意識の徹底、そして何よりも企業発展のための創造性、意欲が不可欠である。そのため、業界団体や公的団体においても経営者の自己啓発、知識習得、意見交換、情報取得等のための機会を恒常的に提供することが必要である。
 
⑤専門工事業における国際化
 海外の建設市場についても、特に設備関係を中心としてアジア等潜在的な経済成長力が高いと見られる地域においては、日本の専門工事業者の高い技術力を活かした進出が十分に考えられる。
 また、他産業では常識となっている海外からの資機材の調達によるコストダウンについても、一部の専門工事業者では既に取り組みを行っているところであり、今後このような取り組みが一層広がることが必要である。
 国際協力の視点から行われている外国人研修・技能実習については、関係各機関の努力により一定の成果を挙げているが、受入企業にとっては国際親善に寄与しているのみならず、相手国との直接の友好関係を築くきっかけとなり、長期的な視点から積極的な参加企業が増えるよう、今後さらにあっせん活動等の推進を図っていくことが必要である。その際、行政としても研修生、技能実習生の導入について総合工事業者の理解が得られるよう努めるべきである。
 
⑥適正な競争の確保
 これまで、地元の中小企業の振興、育成を図るという政策目的の下で、いわゆる地元優先発注が多くの地方公共団体で行われてきた。しかしながら、これについて、専門工事業者側から、地元優先発注の下で、ゼネコン傘下で下請をする多数の専門工事業者の存在が無視されていること、地元優先の下で施工能力のない元請が受注すると専門工事業者にしわ寄せがくること等の指摘がなされた。このような観点も踏まえ、過度な地域要件の設定等は是正されるべきであるし、また、不良・不適格業者の排除に努めるべきである。
 
⑦安全確保への取り組み
 わが国の建設工事における建設労働災害については、全産業に占める割合は約4割と高い。建設産業が近代的な産業を目指すためには、安全対策が重要な課題である。そのためには、現場で直接施工にたずさわる専門工事業においても、安全教育の推進等の課題に取り組んでいくことが必要である。
 

(3)競争力強化のための新たな組織のあり方

 
①多様な連携
 これまで、専門工事業者については、長期的な経営方針が欠けている、あるいは、オーナー会社が多いこと等から、経営組織の革新や合併、企業連携等の動きが乏しいと言われてきた。
 しかしながら、技術と経営に優れた企業を目指す中で、競争力の強化のために多様な連携に取り組む専門工事業者も出始めている。専門工事業者の取引の相手方は一般的には民間企業であるので、企業間連携が受注減に直結せず、専門工事業者にとってマーケットメカニズムに対応した企業形態をとることは可能である。取引先(営業エリア)を拡大するための連携、工事分野等において相互の特性を活かすための連携、技術開発を行うための連携など多様な目的の連携が可能であり、連携の相手も、「同業者連携」の場合にとどまらず、他の専門工事業者と連携する「異業種連携」、さらには、設計事務所やメーカーも含めて連携するケースもある。連携の方法も、事業協同組合、JV的な連携、あるいはもっとゆるやかな業務提携など、目的等に応じて様々なものが使われている。
 従来の協力会関係が緩やかなものになりつつあることを考えると、多様な連携を模索することも容易になりつつあると思われる。
 特に、技術工法等の研究開発については、既に企業同士の連携、事業協同組合や業界団体における共同研究、あるいは外部の研究機関との連携により効率的に行っている事例等も出ており、今後、中小企業経営革新支援法等の支援施策も活用しながら、このような動きを促進していくことが必要である。
 
②総合化と重点化
 また、発注者や元請の要求に応えていくためには、専門工事業者として直接の施工を引き続き担いつつ、総合化を推進することも考えられる。これは、従来の業種区分を超えて、周辺業種も取り込むことによって、広範な業種を一括受注できるようにしていくもので、一括発注により施工の効率性やコストダウンを実現したい元請やリフォーム工事における発注者のニーズに合致するものである。総合化に当たっては、多能工の活用等により直接の施工能力を高めることのほか、他社との連携等の中で、企画・提案能力や施工管理能力を高めていくことも考えられる。具体的には、躯体一式工事での受注を目指す場合や、リフォーム工事などで仕上げの単一業種の専門工事業者が総合仕上げ業に発展していく場合などが考えられる。総合化は、発注者のニーズに対応する上で、単一業種しか施工できない者に対して差別化を図り、競争力の強化を図る上で有効な手段となるものである。
 もちろん他方で、企業の規模や特徴により、総合化ではなく、逆に得意分野に思い切った重点化を図り、得意分野のナンバーワン、オンリーワンを目指すことも、選択肢として重要である。その場合に、得意分野をもった企業同士が何らかの連携をすることも、競争力強化のうえで非常に有効であると考えられる。
 

(4)新分野進出

 
①専門工事業における新分野進出機会の拡大
 
(イ)現状と課題
 これまでの専門工事業者の多くは、建設産業をめぐる競争環境が比較的緩やかだったこともあり、業務内容は細分化された業種の枠内にとどまり、ビジネスチャンスをつかもうという動きが乏しかった。また、従来の元請との協力会社関係への依存意識が強いこともあり、例えばリフォーム事業への進出に当たって、直接に消費者の信頼を勝ち得るための具体的な努力、取り組みは十分になされてこなかった。
 他産業を見ると、例えば金融の業際問題にもみられるように、業際の垣根が低くなり、隣接する産業同士で競争が強まるのが大きな流れであり、建設業、専門工事業についても同様のことが生ずると考えるべきである。今後の弱含みの市場において大きく成長するためには、積極的に新分野・業際分野への進出を検討することが必要であり、手をこまねいていれば、メーカーなど他分野からの参入により市場が狭まっていく可能性があることも認識する必要がある。  
 
(ロ)今後の検討の方向
 新たな需要が見込める有望な分野として、環境、福祉、リフォーム、メンテナンス、リサイクル分野等への進出があげられる。新規・成長15分野における雇用・市場規模予測については、「経済構造の変革と創造のための行動計画」(平成9年閣議決定)及び「産業再生計画」(平成11年閣議決定)で示されているところであるが、15分野合計で、1995年の市場規模約200兆円が、2010年には約550兆円に伸びることが見込まれている。これらの分野の中には現在のノウハウを活用できる余地も充分にあり、専門工事業者にとっても様々なビジネスチャンスの可能性が広がっていることを認識すべきである。
 さらに、これらの水平的業務展開に加えて、専門工事業者が労務以外に材料、施工計画、さらには工事管理などに進出する垂直展開も考えられる。
以上の例としては、職別工事業においては、例えば、
 ・総合仕上げ業、躯体一式への展開等、関連職種へ業務を拡大する。
 ・リフォームやリサイクルなどの新分野に進出する。
等の動きが、また設備工事業においては、例えば、
 ・発注者のニーズに対応し、電気、空調、機械等を含めた設備一式の施工に進出する。
 ・企画、提案、設計等のいわゆる上流部へ進出する。
 ・現在のノウハウを生かし、電気工事周辺の業際分野、新分野として、コジェネレー ション、マルチメディア、環境ビジネス等の成長分野に進出する。
等の動きが考えられる。  
 
※新規・成長15分野
 医療・福祉関連分野、生活文化関連分野、情報通信関連分野、新製造技術関連分野、流通・物流関連分野、環境関連分野、ビジネス支援関連分野、海洋関連分野、バイオテクノロジー関連分野、都市環境整備関連分野、航空・宇宙(民需)関連分野、新エネルギー・省エネルギー関連分野、人材関連分野、国際化関連分野及び住宅関連分野の15分野をいう。
 
②特にリフォーム・メインテナンス市場への進出
 
(イ)現状と課題
 新分野の中でも特に注目される分野がリフォームに関連する分野である。高齢化(福祉、在宅介護等)、情報化(インターネットの普及、防災等の集中管理システム等)、環境(有害物質の除去、省エネ等)への対応など国民生活の変化の中で、リフォーム市場の需要は急速に拡大することが見込まれる。リフォーム需要は、1995年の約19.9兆円から2010年の約27.6兆円へ、約1.4倍になるとの推計もなされている。
リフォーム市場は、その将来性から、様々な産業の参入が見込まれる。現状では、リフォームの担い手は、専門工事業者のほか、ゼネコン、リフォームの専業会社、木材・建材等販売業者、不動産業者、流通業者、メーカーなど、広範にわたっており、中には、建設業許可を取得しない業者も含まれる。今後、その中で専門工事業が大きな地位を占めていけるかどうかについては、決して楽観できるものではない。このようなリフォームの「戦国時代」を専門工事業者が生き残れるか否かは、市場の中で消費者の信頼を得られるかどうかにかかっているものである。
 
(ロ)今後の検討の方向
 需要者である消費者からみると、リフォームの担い手について、情報の入手が難しい、施工に不安がある等の課題がある。他方、リフォームの担い手側である専門工事業者についてみると、リフォームには多種多様な専門工事業の業種が関与するにもかかわらず、十分に市場環境の整備がなされているとは言い難い。よって、将来、大きな市場となることが期待されているリフォームに関し、その直接の担い手となることが期待される専門工事業者が消費者のニーズに応えられるものに育ち、将来の市場の整備が図られることが重要である。消費者のニーズに応えられるリフォーム市場を構築するため、以下のような課題について検討を進め、実施に移していくことが必要である。その際、リフォームの直接の担い手は中小零細の企業が中心になることに鑑みると、こうした検討は各専門工事業団体が中心となって、必要に応じ各種公益法人や保険会社等の民間企業とも連携をとりながら行い、各企業に情報が充分提供されることが重要である。
 
○消費者のアクセスしやすいリフォーム市場の構築~「入口」の改善方策
 ・施工業者に関する情報提供のあり方(データベース化や相談窓口等)を提示
 
○消費者が安心できる施工の確保~「責任施工」の確立
 ・責任施工できるシステムづくり
 ・防水、塗装、外壁等の業種を超えた連携のあり方
 ・リフォームにたずさわる技能者の質的向上方策や多能工の育成
 
○施工後も安心できる体制づくり~「アフターサービス」の確保
 ・リフォーム等の評価・保証のあり方
 
 本イノベーション戦略に先行して、平成11年度第二次補正予算による事業として、行政、(財)建設業振興基金、各専門工事業団体等の協力のもとに、「リフォーム市場育成方策についての検討報告書」がとりまとめられ、これらの課題についての基本的方向が示されたところである。もとより、専門工事業界のリフォームへの取り組みは緒についたばかりであり、今後、情報提供、企業連携、多能工育成、瑕疵保証等の業界横断的課題について、行政、公的団体、業界団体等が引き続いて協力して取り組むとともに、業界団体ごとに、情報提供システムや瑕疵保証システムの構築に向けて、具体的な取り組みを進めていくことが必要である。
 

(5)専門工事業における情報技術(IT)の活用

 
(イ)現状と課題
 製造業、流通業、金融業等あらゆる産業分野において、情報技術を様々な形で活用することにより、生産システムの変更、品質の確保、コスト縮減を図るとともに、企業間の関係、消費者との関係も大きく変革するなど、事業活動の効率化が図られている。とりわけ総合組立産業である建設産業こそ、情報技術の活用がもっとも求められる分野である。
 しかしながら、特に専門工事業においては、これまで情報技術の導入、活用のための取り組みが積極的になされてきたとはいえない状況にある。
 
(ロ)今後の検討の方向
 今後、専門工事業界においても、技術と経営に優れた企業を目指すにあたり、情報技術の活用を進めることは不可欠である。情報化が必要な場面としては、例えば
 ・社内で本社、支社、現場等の間で情報の電子化により、双方向の情報交換、情報共 有の円滑化を図る。
 ・インターネット公募などにより、広く取引先を拡大しようとする元請の動きに対応 し、新たなビジネスチャンスをつかむ。
 ・顧客情報や、発注情報をデータベース化し、管理する。
 ・企業相互間で、見積もり、図面等を電子情報化して交換し、業務の効率化を図る。
 ・インターネット等を活用し、資材等の調達を合理化する。
 ・現場における作業状況のデータ化や施工の情報化により生産システムを効率化する。
 ・リフォーム市場等において、元請として直接消費者から受注するに当たり、あるい は、元請に対し、企業情報を的確に情報提供し、PRする。
 等が考えられる。これらについては、今や企業規模に応じ、安価で簡便なシステムを組み、実用化することが十分に可能となってきており、大きな初期投資は要しなくなっているので、あらゆる企業に、情報技術の活用の可能性はあるものである。
 専門工事業者の一部には、未だ情報通信の手段としては電話とファックスで十分というような声があるが、このような姿勢では、ビジネスチャンスをみすみす見逃すことになりかねない。また、元請下請関係の適正化の中で、見積もり及び協議を適正に行うことが重要課題であるが、こうした見積もり及び協議も今後、インターネットを使って行われる場合も増えてくることが見込まれる。情報技術を活用できない専門工事業者は、こうした場面でも取り残されていくことが懸念されるものである。
 上記のような時代の流れに対応するため、企業自ら情報技術の活用に早急に取り組むとともに、情報技術を取引業務や施工現場で有効に活用しうる人材を育成していくことが必要である。また、こうした中で、業界団体も、情報技術の活用による会員及び外部に対する情報発信機能の強化、会員に対する研修等による会員の意識の向上等に努めるなど、主導的な役割を果たしていくことが求められる。行政や公的団体においても、CIーNETの普及促進、標準化の推進や建設業界における情報技術活用の普及のための環境整備等に努めるべきである。
 

(6)業界団体の新たな役割

 
①現状と課題
 専門工事業界には、その業種の多様さを反映して、多数の業界団体が存在し、それぞれに業界の発展のために、大きな役割を果たしてきた。
 しかしながら、建設業を取り巻く情勢が大きく変化する中で、業界団体が、意欲ある会員を助ける役割を果たしていない、業界団体の情報提供機能が低い、業界団体自身の情報化が遅れている等の指摘がなされている。
 業界団体の役割は、これまでの護送船団の中核的な役割から、努力し、伸びようとする会員を助ける役割に重点を移していくことが必要である。
 
②今後の検討の方向
 
(イ)業界団体の主導的役割
 今後は、業界の発展にとって、業界団体リーダーが企画力、先見性を持つことが極めて重要である。具体的には、例えば、先進事例を発掘し、それを分析した上でやる気のある会員に提案し事業化を側面から支援することや、瑕疵保証制度や下請セーフティネット債務保証事業について、自ら実施主体として取り組むことにより、努力し伸びようとしている会員を助けていくことなどが考えられる。また、リフォーム市場育成方策の検討など業界全体が対応すべき課題については、その具体化に向け、業界団体が積極的にサポートしていくことも必要である。さらには業界団体において、経営者に対する研修や、技能者等の人材育成に関する事業に積極的に取り組むことも必要である。なお、業界団体がこのような役割を果たしていくためには、各業界団体の事務局においても、各企業の経営者と同様、積極的に自己啓発等を行うことが重要である。
 
(ロ)業界団体の情報発信機能
 また今後は業界団体の情報発信機能が重要になると考えられる。会員のニーズに機動的に対応するために業界団体自身の情報化に努めるとともに、ホームページなどにより会員に対してはもちろん、消費者等外部に対しても積極的な情報提供を行うことが必要である。
 会員に対しては、業界団体が入手する広範な情報を機動的に提供するとともに、各種統計・データ、さらには需給見通しなどを的確に提供し、会員の経営判断、場合により設備投資・廃棄や、さらには撤退等の判断材料を提供することも必要である。
 
(ハ)業界団体組織の効率化
 これまで、専門工事業界では、業種、さらには場合により工法や素材に対応して、様々な業界団体(社団法人、事業協同組合、任意団体等)が存在した。あまりに細分化された業界団体は、消費者のニーズに的確に対応できず、各種事業を展開しようとする場合に効率的ではないとの声もある。こうした中で、場合により、業界団体が各種事業を連携して行ったり、事務所を共同化、さらには組織自体を統合するようなことも効果的と考えられる。また、専門工事業界の横断的な団体としてこれまで建設産業専門団体協議会が大きな役割を果たしてきたが、各業界の経営革新等一層の発展を積極的にサポートするため、その事務局を常設化したところであり、そのさらなる積極的な事業展開が期待されるところである。
 
 

4 元請下請関係の適正化

(1)元請下請関係の現状と課題

 
 総合工事業者と専門工事業者の関係は、一つの仕事を分担して作り上げるパートナーであるにもかかわらず、現状では必ずしも対等な関係ではないと言われている。
指摘される問題としては、例えば、
 ・適正な契約が締結されない。
 ・原価計算に基づいた交渉ができず、指し値による採算割れ単価の発注が恒常的に行 われている。
 ・下請代金の支払時期や支払方法が悪化している。
 ・工事内容の変更などがあっても、工期や請負代金の変更が適正になされていない。
 ・廃材等の処理費用や福利厚生費などが見積協議の際に適正に計上されない。
 ・専門工事業者の意見が設計や施工に反映しない結果、非効率が生じている。
等があげられる。
 特に最近は、元請業者がコスト競争を重視するあまり、下請業者の技術力を適正に評価せず、価格だけで下請業者に発注する場合が増えている、あるいは、元請業者が、外注費を材料と労務に分けずに一括して下請業者に提示する、というようなことが指摘されている。
 こうしたことの背景には、我が国経済の厳しい状況、また発注者のコスト意識の高まりなどにより、元請、下請を問わず、建設業者が大変厳しい受注環境におかれていることがあると考えられる。下請業者への一方的なしわ寄せは、労働条件の悪化を招き、専門工事業における人材確保をより一層困難にするとともに、労働災害等の要因を増大させ、また品質の低下も招きかねないものでもある。また、価格のみでの下請選定に走る結果、技術力、施工力のある業者が排除される懸念もある。こうしたことは結局元請が自らの首を絞めるものである。
下請となる専門工事業者側にも、
 ・協力会のシステムに安住してきた面がある。
 ・コスト計算に基づいた適正な原価管理ができていない。
 ・元請に対して、価格以外の提案をできない。
 ・元請の競争環境を踏まえた提案ができない。
などの課題が指摘されている。
 経済社会環境の変化の中で経営者等の意識も次第に変わりつつあるところであり、そうした中で一部の専門工事業者は、独自の技術・工法の開発や、情報技術の活用などにより、施工力・経営力を強化し、元請と対等にわたりあっている。今後は、下請たる専門工事業者側としても、受け身でなく、自発的な判断、行動をし、場合により、逆に元請を評価・選択していくことにより、新たな元請下請関係を築いていく気概を持つべきである。
 

(2)元請下請関係の今後のあり方

 
 元請下請の関係は本来、分担関係、パートナーの関係でなければならないにもかかわらず、我が国においては、発注者、元請、下請はもちろんのこと、国民のほとんどが依然として請負関係について、基本的に受注者が発注者に従属している関係であるとの意識を持っている。このことが建設産業全体の健全な発展を阻害している大きな要因の1つである。元請と下請の関係は、いやしくも建設業の専門家同士の関係であり、本来、市場において自律的に決定されるべきものである。多くの産業を通じて、取引の相手先の信用、支払い能力等は、取引の一方の当事者が自らの責任とリスクにおいて、判断しているものである。例えば、元請が下請の倒産リスクを負っているのと同様に、下請となる専門工事業者においても、元請が倒産すれば、そのリスクは自らが受けるものであり、そのことを前提に、他の多くの産業と同様、常に取引先の信用情報等は入手し、取引の際の判断材料にするということも必要である。
 また、中長期的に建設投資の増加が見込める市場環境であれば、継続的な取引の中で、ある工事を低価格で受注しても、後で「埋め合わせ」が期待できるというようなこともあったが、昨今の厳しい経済情勢の中で、漫然と「埋め合わせ」を期待し、コスト管理を無視した受注を行うことは、下請が自らの首を絞めるものである。元請がコストを無視した価格で受注し、元請から下請がまたコストを無視した価格で受注するということを繰り返せば、いずれ建設生産・管理システムそのものが破綻する。元請下請を問わず建設産業に係わる者全体が、適正な原価計算に基づく受注の重要性を認識するべきであり、実際、元請に対し受注を断るという専門工事業者の動きも出始めている。専門工事業者は既に、施工の中核を担っているという自信をもって、できない仕事は受注を拒否するという選択肢を考慮しなければならない。特に経営者においては、無理な受注の確保に走りがちな営業サイドを適切に管理し、リスクのある相手からの受注や、コスト計算に基づかない受注を排除することが強く求められている。
 これらの元請下請関係は民間同士の契約関係ではあるものの、元請と下請の1対1の力関係のみでは解決しにくい問題が多いことから、市場での公正な競争を促進する観点から、そのような個々のビジネス上の力関係とは離れた場において、問題点を洗い出して相互の理解を深めるためのシステムを検討することも重要である。また、工事内容の変更などがあっても元請と下請の間の契約変更が適正になされないとの指摘がしばしばなされるが、その背景には、発注者側が元請に対し設計変更後の予算額変更に応じないことも問題としてあると考えられる。さらに、特に公共工事においては、行政は国民の税金を預かる者として品質の確保等に責任を有するものであり、施工について当然関心を持つべきものである。こうしたことから、工事施工の大半が専門工事業者によって行われるに至っている現実を踏まえ、元請・下請間の適正な契約の締結等について、指導を徹底するべきである。また、元請下請関係の適正化のために、施工体制台帳の活用は有効な方策であり、今後施工体制台帳の確認の徹底を図るために施工体制確認マニュアルを策定する等の具体的方策に取り組むべきである。
 

(3)協力会について

 
協力会については、これまで元請下請関係の中で中核的な役割を果たしてきたが、そのメリットとして、
 ・下請業者にとっては継続的な受注が確保できることから経営が安定する。
 ・元請業者にとっても常に一定量の施工能力を確保できる。
 ・信頼関係に基づく契約、施工体制により品質の確保、工程管理等が比較的容易となる。
等があげられる一方、
 ・元請・下請間に従属関係が生じやすく、片務性を招きやすい。
 ・排他的な状況が生じやすい。
等のデメリットも指摘されている。
 現在、既に元請は、協力会の中における選別、あるいは協力会の外の下請企業へのアプローチなどを始めており、特定の元請下請間の信頼関係によって成立していた協力会は、競争原理の導入により、変質してきている。したがって、専門工事業者においても協力会における過度な従属意識から脱却し、品質確保や安全管理等において企業体としての責任を自覚した上で、新たな関係の構築や市場の開拓に積極的に取り組むことが必要である。
 
 

5 人材の確保・育成

(1)建設労働力を取り巻く社会経済情勢等の変化

 
 建設産業における労働需給については、現在は建設投資の伸び悩み等から技能労働者も過剰気味で推移しているが、長期的には、少子・高齢社会における労働人口の減少などに伴い、場合によっては技能労働力の逼迫が生じる可能性があるともいわれている。また、建設業における若年層の離職率は他産業と比較すると依然として高い状況にあり、我が国の終身雇用・年功序列の雇用体系が崩れる中で、景気動向等の変化に伴う労働力の一層の流動化が予想されるところである。
 他方、最近の若年層の就業意識について見ると、例えば、将来就職したい職業について小学生に対して実施したアンケート調査において建設業の職種が上位に顔を出すなど、より専門的な職業に対する意識の高まりも見られている。
 このような建設労働力を取り巻く社会経済情勢等の変化に対し、建設業における人材の確保・育成対策も柔軟に対応することが必要である。
 

(2)現状における課題

 
 従来からの人材の確保・育成に関する取り組みは、OJT等により実際に人材の確保・育成に取り組む各企業にとって、必ずしも体系的に整備されたものとはなっていないこともあり、人材の確保・育成に係る問題点としては、一般に、
 
①若年層の減少や、多くの熟練労働者が定年等により退職することが見込まれることから、円滑かつ計画的な技術・技能の継承に必要な労働人口が確保されないおそれがあること
 
②人材の育成には多大な時間・費用を要するので、企業としては長期的な経営方針における人材育成上の明確な位置付けや処遇を伴わない場当たり的な能力向上を求めがちになり、当該企業や建設産業への人材の定着が図られないこと
 
③また、人材の育成は企業組織として行うものであるにもかかわらず、特に最近は、元請業者による過度のコスト競争に伴い、優れた技能者等を抱える下請業者の技術力に対する社会的・制度的な評価が十分なものとはなっておらず、価格のみでの下請選定となりがちであることから、結果として、企業組織としての人材育成への積極的な取り組みに繋がっていないこと
 
④優れた技術・技能を持つ人材がいても、その継承は従来のいわゆる徒弟制的なやり方に依存しており、各現場における施工や労務・安全管理等に係る電子化・情報化等が遅れているため、その技術・技能が個人に帰属するものに止まり、企業経営として優れた技術・技能の継承・発展に有効に活用されていない面があること
 
⑤地域や時期によって変化する建設工事の労働需給にきめ細かく対応するためには、円滑な労働力供給の体制が必要であるが、建設労働者に係る情報提供システムも十分なものではないこと
 
⑥現状のコスト管理がいわゆる歩掛よりも単価の管理に重点が置かれ、例えば突起部(でっぱり)や開口部(窓枠等)などの施工上難易度が高い作業が歩掛に適切に反映されていないため、優れた人材の活用による労働生産性向上の効果が測りにくくなっていること
 
などが指摘されているところである。
 

(3)今後の方策

 
 はじめに述べたように、専門工事業が直面する経済・経営環境は非常に厳しくなっているが、このような時期にこそ、各企業は人材の確保・育成に関する課題に対して中長期的な視点から真摯に取り組み、これまで培われてきた技能・技術を継承していくことが重要である。このような観点から、今後、各企業等においては、効率的で実効性のある人材確保・育成対策を進めていくために、以下のような施策に積極的に取り組んでいくことが必要である。
 
①企業経営における戦略的人材育成の推進
 人材の確保・育成は、基本的には各企業において実施されるべきものであり、また、その取り組みが責任施工及び品質保証を核とする企業経営にも大きな影響を与えるものであることから、上記諸課題を踏まえ、各業者がその経営において自主的に人材の確保・育成に係る方針や運営を確立し、計画的・継続的に取り組んでいくことが必要である。すなわち、人材の確保・育成に関しては、長期的な経営方針に基づき、一つのマネジメントとして戦略的に取り組んでいくことが必要と考えられる。
 さらに、建設業においては労働力の流動性が比較的高く、個々の企業が独自に費用を負担しづらい場合があることを踏まえると、建設業界全体として、例えば教育・訓練の機会の共有化などにより、戦略的な取り組みを行う業者を積極的に支援していくことも必要と考えられる。
 このような企業経営における戦略的人材育成の推進を図るため、今後、各企業による組織的・体系的な人材育成マネジメントのあり方や、3(2)③で述べた企業の評価システム等を活用しつつ、適切な人材育成マネジメントを実施している企業を適正に評価する方策について業界、行政が共同して検討する必要がある。
 
②基幹技能者や多能工の確保・育成・活用
 各企業が、適正な単価及び歩掛の管理といった総合的なコスト管理能力を強化するとともに、品質の向上や提案力の強化などの差別化・高付加価値化を図っていく上で、熟練した専門的技能を発揮しつつ元請の技術者への効率的な施工方法の提案や他の職種の職長との調整などの総合的な管理能力を有する基幹技能者は重要な役割を担っている。
 また、今後拡大が見込まれるリフォーム市場等のような比較的小規模かつ相互に関連する工事については、例えば左官工がタイル工事とブロック工事を併せて施工するなど、職際区分を越えて一括施工することにより工事施工の効率化が図られ、発注者のニーズに応えられる場合もあり得る。その場合には、既に技能を有している労働者が関連した他の職種の技能をある程度習得することにより当該工事を横断的に施工できる多能工が大いに活用される状況も予想されるところである。
 21世紀に向けて、専門工事業が責任施工及び品質保証を核とする優れた建設工事の施工を進めていくためには、優れた建設労働者として基幹技能者や多能工を十分に活用していくことが不可欠と考えられる。このため、業界団体、行政、公的団体は一体となって、基幹技能者や多能工に対する企業経営上の位置付けや処遇のあり方、社会的な評価体制のあり方などを検討するとともに、下請契約等における現場での施工範囲の明確化など、活用の具体的手続・手法について、事例収集等を通じて明らかにしていくことが必要である。
 
③技術・技能のデータベース化や必要に応じたマニュアル化等
 建設労働者が長年にわたって培われてきた優れた技術・技能の円滑な継承とその発展を図るためには、当該労働者の持つ技術・技能をデータ化し、後進の人が理解し、体得しやすいものにしていくことが適当である。
 このため、業界においては、急速に発展しつつあるITを駆使しつつ、労働者個人に帰属している優れた技術・技能をグループで共有化し、さらに、それを施工現場での実践にフィードバックさせてその向上に活用するべく、各現場においてコンピュータ等により技術・技能を解析したうえで得られた情報のデータベース化、さらに、必要に応じたマニュアル化、ソフトウェア化について検討を進めることが重要であり、行政や公的団体においても、そのために必要な環境整備に努めることが適当である。
 
④教育機関との連携、マスメディアを通じたPR等による優秀な人材の確保
 今後の少子・高齢化の進展の中、各企業が競争力を高めていくためには、基幹技能者や多能工といった優れた人材を育成すると同時に、優れた人材が建設産業に関心を持ち、その入職を促進することが重要な課題である。
 このため、業界団体、行政、公的団体は一体となって引き続きインターンシップ事業を積極的に推進するとともに、優れた技能者を講師として教育機関へ派遣するなど教育の場で若年者等が建設の「ものづくり」を直接体験できるような取り組みも推進すべきである。
 また、放送大学や一般の公開講座等の開設、テレビやインターネット等のマスメディアを通じ、国民生活に密接に関連する建設産業の担う重要な役割や、ものづくりに携わることの魅力、働き甲斐などについて業界全体でPRを推進するなど、広く一般に建設産業に対する理解を深める方策について検討することが適当である。
 
⑤技能労働者の人材派遣、情報提供等
 今後、建設工事における労働需給の変化に適切に対処し、優れた人材を安定的に確保するためには、建設労働者に係る技術・技能を含めた情報を管理するとともに、これらを円滑に提供することが重要であり、情報管理・提供システム等の構築により、労働市場における多種・多様な求人・求職手段が必要と考えられる。
 このため、基幹技能者や多能工を始めとした技能労働者についての情報管理システムや、事務職員、技術者も含めた建設労働者の受給動向についての実態調査等を通じ、業界団体と行政は建設労働者に係る適正な情報提供システムのあり方について検討を進めるとともに、現在、建設業における技能労働者について禁止されている労働者派遣事業、有料職業紹介事業についても、技能労働者の就労実態等を踏まえながら、その是非を含め十分に検討する必要がある。
 
⑥新規分野における人材の育成と効果的な教育・訓練の充実等
 3(4)に述べたように、建設産業においては、高齢化、情報化、環境への対応など国民生活が変化する中で、リフォーム市場をはじめとした新規分野の拡大が見込まれており、多能工をはじめとする新規分野に対応した人材の育成・活用の必要性は、「建設産業再生プログラム」や「建設産業構造改善推進3ヵ年計画」においても既に指摘されているところである。
このため、リフォーム等新規分野において今後大いに活用が見込まれる技能労働者を適正に育成していくことが必要と考えられ、当該育成に際しては、業種横断的拠点的教育・訓練施設である富士教育訓練センター等の一層の活用や、優れた技能・技術を有する建設マスター等の十分な活用を図っていくことが有効である。
 
⑦情報技術を活用しうる人材の育成
 3(5)で述べたように、業界において技術と経営に優れた企業を目指すに当たっては、情報技術を建設分野にも積極的に導入、活用し、建設生産の効率化を図っていくことが重要である。
 このためには、情報技術を有効に活用しうる人材を育成していく必要があり、既存の教育体制や資格制度との連携を図りつつ、情報技術に関する知識やこれらの技術を実際の取引業務や建設施工の場面で活用する方法等について習得するための教育環境を整備することが求められる。
 
 

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