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河川局

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河川審議会について


「川に学ぶ」社会をめざして

報  告

平成10年6月

河 川 審 議 会
川に学ぶ小委員会




1.はじめに
 産業革命以来約二百年にわたって築かれてきたひとつの文明が、現在転換を迫られつつある。それは、資源の涸渇、汚染の増大、生物種の減少などによって端的に示される物質的基盤の崩壊によるものであるが、実は人間性と呼ばれる人間の内面の危機をも内包しているものと考えられる。そのことは、現文明を方向づけてきた楽観主義のゆきづまりを示すものに他ならない。物質的基盤に対する楽観は、地球環境が意外にもきわめて限界のあるものであるとの認識によってうち砕かれたのであるが、人間の内面に対する安易な楽観、人間の幸福は物質レベルでの充足によって達成されるという信念も、様々な面で疑問が抱かれるに至っている。人間性とはより深く複雑なものであり、人間の幸福が物質的な条件によってのみ充たされるものではない、という古くて新しい認識が深められつつある。そして、そのことが同時に、地球環境の危機の名で呼ばれる、人類存続の危機に対する解決の鍵でもあると考えられることは、われわれにとって大きな光明である。それは危機の回避の可能性を示すと同時に、人間性の復活を約束するものであり、より高度な文明の構築への出発を意味するものである。

 現文明の危機の様相は、きわめて多面的であり、人間のかかわってきたすべてに通底するものであるが、本委員会では、人間と自然との接点として最も鮮明であり、かつ具体的なモデルとして、都市内外の河川をとり上げ、その現状を分析するとともに、従来意識されてきた利水・治水の観点以外に、河川が人間の生活、とりわけその内面とどのようにかかわってきたかを議論し、人間の真の幸福をめざす次期文明のあり方を探る大事業のごくささやかな一端としたいと考えている。


2.「川に学ぶ」社会とは

 1)川と人とのかかわり

 河川と人間とのかかわりは非常に古く深いものであり、河川は文明発生の拠点であったことが知られている。それは当然人間の物質的基盤を支えるものであったが、人間の心性にかかわる文化をはぐくみ育てたものであることも忘れられてはならない。河川は農耕地を潤すものとして必要不可欠なものであり、そのため様々な灌漑の方法が世界各地で発達した。また、水流による移動・運搬などの手段としても重要であった。このように河川は人間にとってなくてはならない恩恵をもたらす一方、時に大規模な氾濫を生じ、人間の生存を脅かす存在でもあった。このため治水は河川と人間とのかかわりのもう一つの大きなテーマであり、利水と治水という点で、人類はつねに大きな努力を払い、真剣に川とつきあってきた。

 しかし、河川が人類にもたらす恩恵は利水のみでないことが、治水・利水のみを意識して進められてきた事業が、近年急速に大規模化してくることによって、明確化されてきた。つまり、古来河川が人間にもたらしてきたきわめて多面的な価値が、治水・利水事業の徹底化によって浮き彫りにされたのである。そして、このままの状況で推移するならば、それら河川による恩恵が全く失われるとの危惧の念が抱かれることとなった。その恩恵を整理すると、大きくは二つのものがある。

 一つには、川は自然環境の最も豊かな一部であり、そこに川の特殊性を反映する多様で特殊な生態系が見られたことである。それらは川の美しい景観を形成するとともに、新鮮な食物を供給するものであった。

 二つには、川が近隣の地域住民にとって貴重な自然体験、交流の場であったという点である。そのような歴史が地域の文化を育んできたのである。また逆にそのような地域文化によって、河川の景観が形成されてきたことも忘れてはならない。

 また子供たちにとって、川遊びをした小川などは、楽しい思い出の場であるとともに、多くのことを学ぶことのできる場でもあった。人格の基礎を培う原体験の場であったのである。

 決して意のままにならない川の自然や生物と向き合うことで、子供たちの感性が磨かれ、創造力が養われた。自然と真剣に向き合うことで、生命の尊さ、自然の法則や仕組みを理解することができたのである。

 また、様々な年代の人々がひとつ川に遊び、これを利用する状況の中で、他者への思いやりが芽生え、人と人とのつきあい方を学び、地域社会の形成、連帯を促す。また一人自然と向き合うとき、川やそれを取り巻く自然には、その生命感、躍動感、神秘性によって、人の心を癒す力がある。このような川での経験は人々の心の原風景をなし、大きな心理的財産となっているはずである。このことはどの世代においても共通するものであるが、特に子供時代における経験は、かけがえのない価値をもつものである。さらにこれらの経験は、これからの地球全体の大きなテーマである「自然とどのように共生していくか」という、大きな課題に対する答えを出していかなければならない際の、非常に重要な基礎となりうるものである。

 このように河川は、人間と自然とのかかわりのすべてを多様にかつ端的、かつ具体的に示す場であることによって、環境教育の場として最も優れたものであると言ってよい。

 このような川と人との関係を21世紀に向けて復活し、次世代へ引き継いでゆくことが我々の世代に課された責務である。

 2)「川に学ぶ」社会とは

 環境教育の目的は、「人と環境とのかかわりについて理解を深め、責任ある行動をとれるようにする」ことである。また、環境教育は急速に変化している世界に対して、その変化に敏感なものでなければならず、広範な学際的知識を基盤とした全面的な取り組みによって、自然と人間活動との深い相互関係についての認識を深めるものである。また、それぞれの立場に応じて責任ある行動を求めるものであるため、個人の生涯を通じて必要な技能や行動を身につける必要があり、子供だけでなくあらゆる世代が取り組む必要がある。

 川は利水をはじめとした生活の基盤であり、また独特の自然環境を有し、生命の息づく場所である。現代社会の中で疲れた心を癒し、生きる活力を取り戻す場でもある。そして人々の交流の場であり、様々な体験を通じた学びの場でもある。川は本質的に人間が環境を理解し、また人間から自然と共生する感性や知恵、工夫を引き出す機能を有している。

 また、環境問題解決のための理念である“Think Globally, Act Locally(地球規模で考え、足もとから行動を)”に照らせば、我々のすぐ身近に存在している川は、我々一人一人が学び、行動する場として非常に優れた条件を有している。そして、このような価値が十分発揮されている姿が、望ましい川の姿である。

 しかし、現在このような川の価値は残念ながら、十分活かされているとは言えない。我々はこの身近で大切な財産をもっと活用すべきであると考える。

 以前、川はもっと我々の生活に身近なものであった。密接にかかわらなければ、生活できなかったからである。しかし、人々が生活の利便性や効率の良さを強く追求したことから、現在川は様々な問題を内包するようになってしまった。川の水質の悪化や、川へ近寄りにくく生態系を貧弱なものとする護岸構造は人を川から物理的、心理的に遠ざけてしまった。また洪水体験の減少や、川を意識せずに水をいくらでも使えるような生活様式が普及したため、川に対する畏れや敬いの心が希薄化したことも、人々が川から遠ざかった要因である。望ましい川の姿を次世代に取り戻すため、また環境との共生という大きな課題に対処するために、いま行動を始めなければならない。川本来の価値とは人との深いかかわりの中でこそ発揮されるものである。

 川の望ましい姿を考える際の基本的な視点は、川は上流から下流まで一つの系をなしており、水循環の中で重要な役割を果たしている、ということである。川は、その流域からの影響を強く受けるが、最近では、とりわけ人間活動からの影響が顕著である。流域で行われる様々な人間活動が健全でなければ、川の自然環境も健全でなくなる。一方、川の各流域で成立する人間社会は、流域の特性を強く反映するものである。このような川と人間とのかかわりをよく認識して、それぞれの流域に特徴ある川と人間社会を実現していくことが重要である。そのことこそが、「川に学ぶ」社会を築いていくことであり、ひいては地球環境の保全につながっていくものである。


3.「川に学ぶ」社会の実現のために

 「川に学ぶ」社会の実現のためには、次の4つの基本方針が重要であると考える。
(1)
川と人とのかかわりとそれが抱える問題について、人々が関心をもつためには、川をもっと魅力のあるものにする必要がある。
(2)
環境とそれにかかわる問題、および人間の環境に対する厳しい責任や使命について理解するため、川に関する正しく、広範な知識と情報の提供を行う必要がある。
(3)
人間と自然との共生のための行動への意欲を育み、環境問題を解決するための技能・評価能力を育てるため、川での実践を伴った「川に学ぶ」機会を提供する必要がある。
(4)
以上のような諸活動を主体的、継続的に行うためには、利用者、住民・コミュニティ、河川管理者、地方公共団体等がそれぞれの役割を果たすと同時に、地域住民を構成メンバーとするNGO組織の成立が欠かせない。行政はそのための多面的な支援を行う必要がある。

 1)人々の関心を高める魅力ある川

 川と人とのかかわりとそれが抱える問題について、人々が関心をもつために、川には、人々の興味を引き出し関心を高め感動を与える魅力がなければならない。

 川に入ることを躊躇させるような水質や、人が水際に近寄れず生態系を貧弱なものとする護岸構造などは、川の魅力を著しく低下させた大きな要因である。魅力ある川にするためには、それぞれの地域の特性を活かした、自然環境の復元、多様な生態系の復活、川の水を汚さない流域の一人一人の行動、歴史・文化に根ざした美しい景観の形成など独自の魅力を有する川を整備・保全していくことが重要である。また、これを長く将来に伝えていくためにも、子供が川に親しみ楽しむことが重要である。

 一方、学校や地域社会では川は危険な場所という認識が強く、子供たちを川に近寄らせないように指導している場合が多い。これは川と人とのかかわりが薄れ、川を知らなくなったことにより、川の危険性が強調されたことも一因であろう。しかし、そのために川から受ける恩恵を自ら捨て去ってしまうこと、子供たちから、自分の力で危険から身を守ることを学ぶ機会を奪ってしまうことは非常に不幸なことである。どこでも一律に「川は危険」なのではない。年齢や個人の体力・技能によって危険の範囲は変わるものであることを理解して、川とのかかわりをもつことが重要である。もちろん、人々が川を安全に利用できることは大切なことであり、危険回避のための最小限の安全対策を施すことも避けられない。しかし、そのことで川の持つ魅力を減ずることのないようにすることが必要である。

 2)正しく広範な知識・情報の提供

 人と環境との深い相互関係に対する正しい認識と、環境保全に対する人類の重大な立場と役割を理解するため、川に関連したあらゆる分野の正しく、広範な知識と情報が提供され、広く伝えられることが不可欠である。

 必要とされる知識は、例えば川を中心とした生物学的・生態学的知識、川の構造などの工学的知識、川を媒介とした地域社会の成り立ちなどの社会学的知識などであり、これらは、それぞれの立場や年齢、経験に応じた形で、体験を通して伝えられる必要がある。また、それらとともに川やそれを取り巻く自然の受容力に配慮するマナーや利用上のルールを適切に提供し、周知する必要がある。なお、地域の特性に根ざした昔ながらの知恵や情報といった分野も、伝えられるべきであり、それらの知恵や情報を持った人々の協力が欠かせない。

 一方、川を自分の能力や判断によって安全に利用するためには、増水時・洪水時の川の危険性を理解することや、年齢や個人の体力・技能に応じた川の危険性およびその対処方法などのきめ細かな情報を広く伝えることが重要である。また、不幸にして事故が起こった場合に備えての対処方法、保障のための情報なども広く提供し、周知する必要がある。

 3)川に学ぶ機会の提供

 人間と自然との共生のための行動への意欲を育み、また自ら危険を回避し切り抜ける態度を養うことが、とりわけ子供たちにとって重要なことと考えられる。また、川を取り巻く環境をどのように改善していくのかというビジョンを構築する力を持つことも重要である。こうした技能、評価能力を身につけるためには、正しく広範な知識と情報、行動への参加の機会が提供されることが必要である。具体的には、日本の川を題材とした、様々な視点からの総合的な活動プログラムを提供し、それらを用いたワークショップを開催することなどが考えられる。また、すでに環境学習などの活動を行っているNGOや様々な団体の活動情報を、インターネットやニュースレターなどで広く知らせることなどが考えられる。

 4)主体的、継続的な活動のために

 利用者は、川が100%安全なものではないことを認識し、自らの行動に対し責任を持つとともに、自らの川への働きかけが結果として他の人々に迷惑をかけたり河川環境の悪化をもたらすことなどのないように、モラルや当事者意識を持つことが必要である。

 住民・コミュニティは、川での活動に積極的に参加していくことが望まれる。とくに、川に関する様々な知識や技能を持つ人々や地域の古老などは、指導者として、人々の川への関心を引き出す役割が求められる。また、地域住民で構成される自治組織としてのコミュニティには、日常的な河川管理や洪水時の危機管理、地域社会としての教育活動など住民個人では困難な活動において、力を発揮することが期待される。

 河川管理者は、川と人との健全なかかわりを回復するために、川を管理する立場から、人々が川を敬遠する原因となっている水質の悪化や護岸の構造などの改善に努めるなど、人々が再び川に戻ってくる環境を創り出す努力が必要である。また、人々が昔のようには川を知らないことを考慮し、川にかかわる人々(住民・コミュニティ、利用者、NGO等)からの意見を聞きつつ、利用者や住民に川に関する知識と情報をきちんと伝えていくことも必要である。

 地方公共団体は、川と人とのかかわりは地域と人とのかかわりでもあるという観点から、自ら活動するとともに、様々な活動を支援していくことが必要である。また、川での活動による事故等に対応するため、賠償責任保険などの導入も望まれる。さらに、学校教育において児童・生徒が川を通じて様々なことを学ぼうとする場合には、河川管理者と連携して、それを積極的に支援していくことが必要である。

 これらの主体的活動を支えるためには、各主体の連携・交流を促進する必要があり、このためにはNGOを主体とした「流域センター」のような組織の設立が有効である。ここでは、インタープリターやコーディネーターといった人材の育成、さらに現在必要な知識・意欲等をもつ人材の活躍する場、能力向上を図る場としての役割も期待される。さらに、流域や地域内の連携のみならず、先進事例等他の流域や地域での活動、川以外のフィールドで行われている環境教育にかかわる活動との連携・交流も期待される。

 また、川での活動中に不幸にも事故が起こった場合、現在の制度では引率者の負担が大きい。引率者の負担を軽減し、自発的、積極的な川の利用を援助するような、保険等の制度を整備することも重要である。

 このような制度のもとに、個人の責任の範囲内において、自由に川を利用することが保証されるべきである。

 これらの基本方針に基づき、文部省、環境庁など環境教育にかかわる関係省庁と共通の理念をもって密接に連携を図るとともに、地域社会、NGOなどの参加と協力を得る必要がある。

 「川に学ぶ」社会を実現するため、いまこそ行動を始めるときである。

 




河川審議会川に学ぶ小委員会 委員名簿


委員長  杉山 惠一 静岡大学教育学部教授
委 員  阿部  治  

池淵 周一

大林 宣彦

岡島 成行

嘉田 由紀子

柴田 敏隆

内藤 裕子

彭   飛   

みなみ らんぼう

宗像 恒次

埼玉大学教育学部附属教育実践センター助教授

京都大学防災研究所教授

映画監督

読売新聞社東京本社編集局解説部次長

滋賀県立琵琶湖博物館総括学芸員

(財)自然保護協会理事

まちとこどもの環境研究所代表

京都外国語大学助教授

シンガーソングライター

筑波大学体育科学系教授

(五十音順、敬称略)





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