会議記録

【森地座長】 続いて、高西先生、よろしくお願いしたい。


【高西】 今日はパソコンを使ってプレゼンテーションをやらせていただきたいと思う。
 少し言い訳めいたことを言わせていただくと、先週、アメリカのワシントンDCで世界最大のロボットの国際会議が開催され、そこに参加しておとといの夜帰ってきた。まだ時差ぼけが直らない。うまく話をできるかどうかよく分からないが、ご容赦願いたい。それから、松本先生とお会いできて、大変に感激している。小さいころから松本先生の漫画は大好きであった。『光速エスパー』、『宇宙戦艦ヤマト』、『銀河鉄道999』、ありとあらゆる松本先生の本。結婚して部屋が狭くなり家内から捨てろと言われて、泣く泣く全部処分し、大変に悲しい思いをした。
 私は、実はすごい漫画好きで、書く方も好きだった。松本先生に今お話を伺って、本当にそうだなと思っており、ある意味では私は、こういうところで何十年後に、松本先生とご一緒できるというのは、自分としては千載一遇のチャンスにめぐり合えたような気がしている。松本先生が昔から書かれていたロボットの一端というか、そのすそ野でもいいから、我々の技術や理論でもって近づけたらいいと、そういうふうに考えてみてもいいんじゃないかなと。これから具体的なお話しをするが、何となくそういう感じがした。
 今日は、トータル2時間ということだが、勝手に勘違いをして、多めに準備してしまった。少し早口でお話をさせていただく。
 私の研究は、ヒューマノイドロボットである。ロボットというと、産業ロボットが非常に有名である。2年前のロボット工業会の統計で、世界の設置台数80万台のうち約42万台が日本に設置されており、世界最大の産業ロボット設置台数である。日本の次はアメリカで約9万台。いかに日本がロボット王国かよくわかる。
 産業ロボットから、日本は20年以上世界のトップを走っている。その理由は、ここにあるヒューマノイドロボット、人型ロボット、人間型ロボットにある。ソニーのAIBO、ホンダのASIMOなど、いろいろと挙げたらきりがない。そういうロボットが、我々人間環境の中で販売されたり、あるいは開発が公表されたりしている。
 産業ロボットは、今は製造業用であるため、環境はすべて人間が整えることができる。そのような意味で、それほどインテリジェントなロボットでなくても実用になる。しかし、人間環境になるとそうはいかない。しかも、まだ実用機をそのようなところで販売できるほどの技術がない。しかし、幾つかの会社は既に販売を始めている。例えば、ここにあるソニーはエンターテインメントに特化している。小型で、間違って人に衝突しても、人がけがをする前にロボットのほうが壊れてしまう、そのような設計にすることにより、エンターテインメントのビジネスがこれから可能だということで始めたようである。
 その右側にあるのが、SDR−3Xというロボットである。実は1996年ごろ、私どもの方にソニーから開発の協力依頼があり、極秘で3年間ほど協力した。これは、2年前に一般に公開されたときの写真を載せているが、このロボットの設計理念も全く同じである。
 あとテムザックがある。ギネスブックにも、世界で最初に量産型のパーソナルロボットを開発したということで、あるいは製造販売していることで載っている。ソニーは、全然危害の及ばない軽いコンパクトなロボットに、そこに好きなだけの自律性、人工知能的な研究をどんどん入れている。その代わりエンターテインメントに特化している。
 テムザックは、それだけだとロボットも悲しい、やはりシリアスなアプリケーションもやりたいという概念で、その代わり、下手に自律性、人工知能を入れると、人に危害を加えかねないということで、完全操縦型にした。左側の2台がロボット本体ので、右側にあるのは、少し分かりづらいが、操縦桿である。これは、次にあるPHSのドコモのフォーマ、KDDI等の高速の通信、モバイル通信を利用して遠隔操縦することになっている。
 T4は、この前、野球の日本シリーズのエンターテインメントで少し出ていた。後ろにあるT5、これは水圧で動き遠隔操縦もできるので、時間が間に合えば、テムザックの社長高本氏は三宅島に持っていきたかったそうである。噴火が始まったころにすぐつくり始めたが、有毒ガスがかなり早い時期に出て人も行けず、設置することができなくなった。その後、消防庁と、T5を使っていろいろ共同研究を始めている。
 いずれにせよ、知的能力を入れないで、逆に完全操縦型にすることにより、このような人型、あるいは人的なタイプのロボットを、シリアスなアプリケーションに応用しようと考えている。
 原宿に事務所がある北野宏明氏は、70センチぐらいの、運動能力は残念ながらあまりないが、PINOというロボットを開発した。このロボットは外形のデザインで非常に有名になった。特に、宇多田ヒカルの「キャン・ユー・キープ・ア・シークレット」という、多分何百万枚も売れたCDのプロモーションビデオに、このPINOのデザインが使われている。この中のPINOは120センチぐらいで、東芝EMIがPINOのデザインだけをライセンスして、人形アニメの技術を使い、1コマずつ写真を撮ってそれを連続写真にした。人型ロボットのデザインがビジネスになっている。これからはどんどん進んでいくと考える。
 NECのPaPeRoは、ロボットに力仕事をさせるのは難しいということで、このロボットに赤外線リモコンを搭載し、話しかけると、ロボットが裏で部屋のエアコン、照明、テレビ、ビデオデッキなど、たくさんのものを自動操縦してしまう。例えば明日、とんねるずの番組を見たいと言うと、番組をインターネットにアクセスし、とんねるずのたくさんの番組の中から、時間や内容をデッキに設定するわけである。あるいは、部屋に入って寒いと言うとエアコンを動かして温度を上げる。しばらくして暑いと言うと、設定を下げる。指示がなければ、その設定を覚えているわけである。
 それから、人の声と顔のパターン認識ができるので、1回目は登録的な対応が必要だが、2回目からはインターネットのメールアドレスなどを登録しておくと、「Aさんに会ったら、メールが来ていますので読み上げましょうか」というような、Eメールなどの作業もする。現在あるいろいろな家庭の機器類は、すべて操作の対象になっているわけである。これでは、やはり素人の人が使いこなすのは難しい。そこで、ロボットと対話をすることにより、ロボットがすべての操作をする、対話操作変換ロボットのアプリケーションをこれでやろうと考えている。
 いろいろなロボットが最近出てきている。少し早稲田の宣伝をさせていただきたい。早稲田では、8年前に心臓の病気で突然他界された加藤一郎先生が、1960年代の初めから人型ロボットの研究を世界でも最初に始めていた。
 例えばここにあるWABOT1号、WABOT2号。このWABOTとは早稲田ロボットの略で、そのようなロボットを開発しては実験を公開してきた。加藤一郎先生の後を継いで、我々残ったメンバーで今、人型ロボットの研究をやっている。2000年4月に、早稲田大学から独立した研究所を研究グループが名乗ってよいことになり、現在8名の専任の教授と、海外からの5名の客員先生方に来ていただいて、幅広い人型ロボットに関する研究をしている。現在、学部の学生も入れると100名を超える大世帯で、人型ロボットに関する研究組織としては世界最大であると考える。
 様々なアクティビティーをしており、例えばヒューマノイドコンソーシアムを運営しながら、毎月研究会や懇談会など、いろいろなことを行っている。
 委託や共同研究先もたくさんあり、経済産業省とか文部科学省、その他ソニー、先ほどのテムザック等、多くの企業等にご協力をいただいて研究を続けている。昨年の終わりごろには、岐阜県に早稲田のロボット研究所をつくるということで公表させていただいた。
最近、ロボットを開発して公開したのが、ここの左にあるWABIANというロボットと、右側のHadaly−2というロボットである。このロボットを開発し、実験を公開している。
ところで、なぜ人型ロボットをつくるのかということをよく聞かれる。私は、4つの理由があると考える。
 1番目は、人型ロボットを社会の中ですぐに役立たせることは難しく、まだまだ解決しなければならない問題がたくさんあるが、人型ロボットで、例えば二足歩行をやらせると、二足歩行のメカニズムをロボット工学的な視点から解明できる。人型ロボットは、人間を科学するための道具として見ることができ、人型ロボットによって人間を科学することができるのである。日本語では「ロボット工学的人間科学」とか、英語で「ロボティックヒューマンサイエンス」と呼んでいる。
 2番目が、人間のモデルがロボット工学的人間科学により、つまりロボット工学的なモデルができ上がるわけである。その結果、いろいろな人のためになる新機器開発の設計論に組み込めるわけである。例えばロケットをつくるのに、ニュートンの第二法則でかなり基本的な部分の設計が可能になるが、中に乗る人の問題、宇宙飛行士の問題は、残念ながらトライ・アンド・エラーで対応しているわけである。ところが、人のモデルができ上がれば、力学的なモデルと人の工学モデルをミックスした形で、連立方程式を解くかのように設計論を展開することが将来可能になると考える。これもヒューマノイドのテリトリーだと考えている。
 3番目が、これは加藤先生の夢でもあったが、今世紀は人とロボット、サイボーグも含めて共生する社会になるだろう。そのための基礎研究を行うことがよいと考える。
 4番目は、やはり何と言っても、人間は、ある意味で大変にすばらしい運動能力と知的能力を持ったロボットである。ロボットを研究している者は、いろいろな最終的目標があるが、人間に近づけたいという意味では、ロボットへのグランドチャレンジだと考えている。
 その1つの例が、先ほどの人型ロボットであれば、人の機能解明になる、人のためのものがいろいろ開発できるということである。去年、テレビを見ていると、ASIMOが世界で最初に階段を上り下りしたと出ていたが、あれは正しくない。早稲田では十七、八年前から、階段の上り下りも実現している。加藤研究室には、この二足ロボットの研究グループと、義足を開発するグループが同じ部屋にいる。
 義足を開発している人は、人の足の大きさ、重さ、どのくらいの関節が動くかなど、全部知っている。二足ロボットをつくるとき、それは当然、ロボットの設計に使える。それから、ロボットでこのような歩行が実現できれば、アクチュエーターはどのように、あるいはどのような制御を使い、センサーはどのように利用したのか分かる。この義足はその当時、階段の上り下りもできていた。背中にバッテリーを背負い、すたすたと階段の上り下りまでできていた。当時、加藤先生は、二足ロボットの研究と義足を開発するグループが車の両輪のような役割をし、二足ロボットの設計に利用できると気が付き、実施していた。ミオミール・ヴコブラトヴィッチは、日本人がしゃべると舌をかみそうな名前だが、ユーゴスラビアの大先生で、ゼロ・モーメント・ポイントという概念を提唱した。これにより、二足歩行ロボットの歩行というものを、安定歩行というものをどのようにとらえるかということを提唱した。ソニーもホンダも、基本的にはこの概念を利用している。彼は加藤先生の大親友で、加藤先生は、彼の理論をロボットにすぐ利用したいということで、何十年の間、早稲田でこの理論を使った二足歩行の研究を行った。今や日本で、二足歩行ロボットが自分の理論をベースに研究されているということで、本人は大変に喜んでおられ、2000年にポーランドでお会いしたとき、一緒に写真を撮ろうということで写真を撮らせていただいた。
 このWABIANはどのようなことができるのか。1997年、ダンスを踊るところをムービーで少し撮ってきている。今や、ASIMOとかソニーのSDR3がダンスを踊ることは常識になっているが、この当時、人型ロボットでダンスを踊ったのは、これが最初ではないか。ダンスを踊らせることが目的ではないが、人型や動物型ロボットと産業用ロボットの最大の違いは、関節の数が全く違うということである。産業ロボットでは、実は6つの関節があれば、すべての作業がこなせるということが理論的には分かっている。
 それに対して生物型ロボット。例えばこのロボットは、この当時35の関節があり、現在は43ある。圧倒的に関節数が多い。人間には、筋肉だけで600個の筋肉がある。ロボット的にはモーターが600あることと同じである。このようにたくさんの関節があることを冗長自由度といい、工学的には無駄な関節だと言われている。ところが、このような人間の形をした場合は、歩行をする、ダンスを踊る、手を振って踊る、倒れない、人が押すと後ろに下がり引っ張ると前に出てくる、人に合わせる、多数の目的を同時に遂行完成する、という意味では、実は無駄ではないわけである。
 こちらは、キャンディボックスを持って歩かせている。キャンディをこぼさないように、しかも、ちゃんとステップを踏んで前に出てくる。このような複数の目的を同時に達成している。さらに、我々はハッピーウォークと呼んでいるが、何となく楽しそうに歩いている。ただ歩くだけではなく、楽しそうに歩く。これは冗長自由度をうまく使わないとそのように歩けない。人は、動物の形や人の形に対してある種、自分なりの評価なり、理解をするようになる。すると、エモーショナルな問題も含めて冗長自由度をうまく使っていくことになるわけである。
 10年前まで、ロボットのコントロールをコンピューターでリアルタイムに行うことは誰も考えなかった。現在、10年前のスパコンの性能が今のパソコン、このノートブックパソコンでできる。今では、このロボットのこのような運動のジェネレーションがオンラインでできるようになっている。オンラインでできるようになると、音声コマンドを逐次与えて、そのコマンドのもとにロボットがより一層リアルタイムにパターンをジェネレートし、それに合わせて動くことができるし、現在はそのようにできている。
 私たちが開発している制御理論、アルゴリズムやロボットの設計論は、先ほどのソニーのSDR−3X、つい先日発表された4X、テムザックの「番竜」の四足歩行、それから、経済産業省ではHRPのプロジェクトに使われている。四足歩行の理論は二足だけに使われるのではなく、四足、六足、すべてにこの理論が使える。
 SDRは体重5キロ、身長約50センチの非常に小型のロボットである。プレステ用のCPUを2台積んでおり、1台は音声認識と画像処理をし、もう1台は倒れないように歩くための運動のコントロールを制御する。これは早回しではないかと聞かれるが、これはリアルタイムの再生である。
 最新の4Xは、同時に10人の顔をリアルタイムに認識し、正確に識別ができる。3Xはパラパラを踊ったロボットということで有名だが、この当時、3台がどのようにうまく音楽と合わせているのかと聞かれたが、実はうまく合わせているのではなく、3人のエンジニアが一緒に行っているわけである。
 最新版のロボット4Xは、ネットワークカードで、お互いに通信でボスロボットを決めて、同時に運動することができるようになっている。
次に、これから岐阜で始める、歩行障害のある方のための歩行支援ロボットで積極的に街に出てもらおう、というプロジェクトの一部について述べる。
近く日立製作所で歩行支援ロボットが販売される。それはモバイルインフラを使い、何か問題があればそこから通信し、刻々と移動情報を手に入れるのである。ただ、このようなロボットは人を対象にするので、人に対して問題があるのかないのか、どのような使いづらさや使いやすさがあるのか、定量評価をすることは非常に難しい。
 そこで、このWABIANを歩行訓練者として使うことにより、例えばこれで右に回ろうとすると、ロボットはたくさんのセンサーを搭載しており、左足に負担がかかることを全部測定できるようになる。ヒューマノイドは、人間の、ある意味で定量評価するための道具にも使えるのではないかと考える。これから、このプロジェクトを開始する。
 それから、フルートを演奏するロボットを、ここ10年くらい、プロのフルーティスト若松久仁光さんと一緒に行っている。このロボットは、全く音が出ない状態でフルートを持たせると、大体数時間ぐらいで最適な音を探し出すことができる。マイセル・モイーズのジェネラルポジションという特殊なメソッドがある。このアルゴリズムをロボットのプログラムとして組み込み、このような評価関数、つまり最適な音をロボットで実現させようとすると、式がないとできないわけである。プログラムは一種論理列なので、そこに置き換える。これを若松先生と我々の間で何度もディスカッション、あるいはトライアンドエラーしながら最終的に行き着いた。これがその評価関数である。細かい説明はしないが、例えば、倍音構造とか非整数倍音とか、その構造がどのようになっているのかということをうまく式にあらわすと、ロボットがほぼ人間と同じような最適な音を見つけ出すことが、現在は可能になっている。
 2000年の夏にベルリンが遷都をし、それを記念したベルリンフェスティバルに呼ばれ、小さいコンサートを行った。左が若松先生である。
 余談だが、若松先生のフルートは少し音色が違う。これは何の材料でできているのかと尋ねると、金でできていると。値段は幾らかと尋ねると、メルセデス・ベンツ1台分であると言われた。昔の有名バイオリンも数億円の値段がするということで、その値段にだろうと考えた。
 ロボットにも、より上手くなれば、このようなフルートを弾かせたいと考えた。
 右側がそのフルートロボットで、ここに肺がある。肺は人間の大人の容積と同じ、約5リッターの肺活量である。フルートを演奏しようとすると、きちんと息継ぎをしないといけない。昔、下手な時期は、数多く息継ぎしている。ある意味でいいフルートの音とは、肺の中にある空気を効率よく音に変えるということである。効率が悪いということは、なかなか音にならずに変な空気として外に逃げていくということで、数多く息継ぎをしなければならないということである。
 唇は、4つのモーターを使い、それぞれの音程に合わせてロボットが自動的に音の調整をした結果、このような口の動きになる。肺の吹き出す速度であるとか、そのようなことをロボットがすべて自律的に、演奏前に決定する。演奏中に音程の調整をさせると、途中でだんだん速くなったりして、かえって音楽にならない。現在の研究テーマは、ロボットの演奏前はかなり高度な技術を実現できたので、今後は、演奏中にただ単純にテープレコーダーでプレイバックするのではなく、人と真の意味でやりとりしながら、アンサンブルプレーを実現したいと考えている。
 それから、顔のロボットを10年近く研究しているが、なぜこのようなことをやり始めたのか。
人間同士のコミュニケーションから、将来、ロボットが人型になった場合、人とロボットのコミュニケーションが重要になるだろうと考える。そのときに、やはり首から上が重要かと考える。コミュニケーションをするときの情報は五感で感じとっている。視覚、嗅覚、味覚、聴覚、皮膚感覚、この5つ全部が頭部にあるわけである。皮膚感覚だけは体にもあるが、頭部にもある。そのような意味で上部の入力系は頭部にある。
 出力はどうかというと、まず、論理的な出力をするときに口がある。それから、表情としての情。ノンバーバル言語とか、ノンバーバルコミュニケーションというが、そのような表情を出す部分が頭部にある。そのような意味で、頭部はすごく重要ではないかと考え研究している。
 あまり時間がないが、私が、反射、感情、知識、この三層レベルを脳の三層構造と言っているが、これをベースにして、このロボットにプログラム化する研究をおこなっている。特に重要なのは情動方程式と呼ばれる方程式を何とか探し出したいということで、早稲田大学文学部の心理学教室の木村裕先生と一緒に研究している。
 そのような研究を行うと、感情の部分というのは、先ほどのフルートロボットの最適性とは少し違い、一人一人皆個性があり、どれがいいとは言えない問題が出てくるわけである。例えば、青が好きで赤が嫌いとか、『銀河鉄道999』は好きで『鉄腕アトム』は嫌いとか、差別ができないものは個性としてとらえ、感受性あるいは感受個性としてこれを上手く定式化したい。感情にしても、人により大げさに出す人もいれば、ポーカーフェースで出さない人もいる。これも、やはり個性である。現在、個性の問題と絡め、感情の情動方程式に関する研究を行っている。
 これ以上の情動方程式の話は、後ほどディスカッションのときにお話しさせていたく機会があればお話ししたい。少し、ロボットのビデオをお見せしたい。
 これが最新のロボットで、我々は「アイちゃんシリーズ」と呼んでいる。このロボットは、今はグリーンのボールを見ると、いい経験をしたのでこれに対して喜ぶようになっている。しかし、このグリーンのボールを見ているとき、このようにたたかれると次第にグリーンが嫌いになっていく。このロボットは、視覚と聴覚と嗅覚と皮膚感覚を持っており、赤に対しては嫌な経験をしているため、怒っている。それから、アルコールを嗅ぐと気持ちよくなるから、頬をすこし赤くしている。大酒飲みかどうかわからないが、気が緩んで喜ぶわけである。このように、特に感情との関連で現在、研究をおこなっている。
 これは人の死体からとった本当の頭蓋骨で、すこしグロテスクだが、咀嚼ロボット、ものを噛むロボットの研究もここ十数年おこなっており、アクチュエーターを取りつけてものを噛ませている。昭和大学の歯学部の先生と一緒に、ひずみゲージを下あごに貼り、物を噛んだときの骨髄分布を測定する研究をしている。この研究は、2年前に学会賞をいただいている。ロボット技術はここ十数年間、咀嚼関連で人のメカニズム解明を行っている。
 山梨医大から話があり、顎をあけるロボットをつくるためここ数年、一緒に研究している。顎のあかない顎関節症の人が推定で約20万人いるようである。これが顎をあけるロボットである。パラレルメカニズムを利用したロボットの中心付近に、マウスピースを取り付けている。山梨医大の大西正俊先生がこのマスターロボットを操作して、患者の顎を上手にあける。
 これまで、開閉口訓練という顎関節症の治療は大変な痛みを伴い、あらゆる人間の手術や治療の中で最大の痛みを伴う治療ということで、教科書にも載っているほどである。これが、人の顎骨のモデルで中の制御に利用しているこのロボットにより、痛みがほとんどなくなった。従来は全て麻酔を使用していたが、今は麻酔なしで、約1時間で終わる。
 65歳の高齢の方で15年間、顎を横に動かせなかった方が、このロボットの1時間の治療で横に動かせるようになり、かなり大きな成果が出ている。現在はISDNを使い、遠隔で山梨医大の先生が早稲田の患者を治療することもできるようになった。このロボットをベースにした製品直前版のプロトタイプをつくり、山梨医大に納品し、毎週治療が行われている。
 これは、私の好きな、咀嚼ロボットを開閉口訓練ロボットが治療するという写真である。ロボットがロボットを治療することには意味がないようだが、ロボットを使う新しい治療法をいきなり患者に行うことは危険で、ロボットを使うことで、いろいろな問題点が確認できる。例えばマウスピースの開発をしたり、これまでの治療法をあえて咀嚼ロボットに噛ませて確認したり、医者の卵が、開閉口治療の訓練や自分でやるための治療を、いきなり人を使わずにロボットを利用してできる。新しい治療法の開発もロボットを利用して行なっている。これについては時間の関係でスキップさせていただく。
 咀嚼ロボットは顎と全く同じ動作をするので、食物物性を測定するさまざまなものの噛み心地について、従来の機械に比べてはるかに次元の高い解析ができる。これはNTTと一緒に共同研究を行っている、喋るロボットであり、声を聞いていただきたい。「あいうえお」と言う。このロボット、自分でメカニカルな声帯と、舌と唇と歯と鼻腔を持っている。少し酔っているような、人の1.2倍のサイズである。次に、最新のロボットに「早稲田」と言わせる。聞こえただろうか?このロボットにはCG、すなわち人の動きを使うモーションキャプチャーという技術があり、舌の動きをモーションキャプチャーして「あいうえお」と言わせている。
 人の舌とロボットの舌は構造が違うので、このロボットは、そのままでははっきりと「あいうえお」と言えないが、少し試してみた。今後、いろいろ共同で研究していく。
 人型ロボット以外に、ラット型ロボットとラットを共生させる実験をしている。将来動物用のペットロボットをつくろうと冗談を言っている。興味ある実験結果が出ているので、お見せしたい。
 右上、これは自動的にえさを出す機械である。ロボットが横にいるときだけえさを出すと、ラットがこのロボットを呼び出しに行くような行動があらわれた。このような行動は通常、動物心理学でラットを使った研究では、これまで全く観測されていない。早稲田の動物心理の先生が興味を持ち、去年、文学部から2人学生が理工学部に来て、このロボットを使った実験を行って卒業した。
 その呼び出しが事実なのかどうかということで、ここに壁を設けた。このロボットは、この壁のここに自動ドアがあり、このグリーンのボタンを学習して押してここをあけることを知らない限り、こちらに行けないようにしたが、大体数時間でこのドアあけを学習して、こちらへ呼びに行くようになった。やはり、呼び出し行動というのは、かなり強力に動機づけされているのではないかというようなことが分かってきた。
 ほかにも興味ある実験をいろいろ行っている。ロボット技術は、もちろん人のために存在するが、将来マグロが回遊して、十分成長したころに東京湾に連れてきて、一網打尽に捕まえれば、ほかの国のマグロに影響を与えない等、様々なことに使えるのではないかと考えたりする。ロボット技術もより一層新しい展開をして、今後、いろいろ社会の中で役立っていくことで、人のために貢献できると考えている。
 以上で私の話を終わらせていただく。ご清聴に感謝する。

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