「アプリ」ではなく「インフラ」を再設計する──「コモンズ」が切り拓く地域交通の未来
2025.08.29

COMmmmONSの設計を主導する国土交通省の内山裕弥氏、広島で公共交通の再構築に携わってきた研究者である呉高専教授の神田佑亮氏、モビリティジャーナリストとして国内外の交通サービスを取材してきた楠田悦子氏が集い、日本の地域交通が抱える根源的な課題と、そこにDXで切り込む新たなアプローチについて議論しました。
7月29日(火)福岡で「交通空白」解消に向けたピッチイベントを開催 申込受付開始しました。
8月21日(木)東京で「交通空白」解消に向けたピッチイベントを開催 申込受付開始しました。
8月9日(土)広島で学生を中心にした「交通空白」解消に向けたアイデアソンのイベント開催が決定しました。
9月27日(土)東京で学生を中心にした「交通空白」解消に向けたアイデアソンのイベント開催が決定しました。
国土交通省が進める地域交通DX - 現場と政策をつなぐ共創イベント -を開催しました。
<プレスリリース>地域交通DXの推進に向けての情報提供依頼について
地域交通DXの推進に向けての情報提供依頼の実施要領
2025.08.29
COMmmmONSの設計を主導する国土交通省の内山裕弥氏、広島で公共交通の再構築に携わってきた研究者である呉高専教授の神田佑亮氏、モビリティジャーナリストとして国内外の交通サービスを取材してきた楠田悦子氏が集い、日本の地域交通が抱える根源的な課題と、そこにDXで切り込む新たなアプローチについて議論しました。
2025.09.30
地域交通DX推進プロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の背景をより深く知るための、地域交通やモビリティの識者による寄稿をお届けします。
第1回目は都市交通計画を専門とし、複数の交通関連研究開発プロジェクトに従事する名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教の早内 玄氏による寄稿から、地域交通が抱える課題や世界の最前線における最新事情などをひも解きます。
2025.09.30
2025年8月21日、ピッチイベント「『交通空白』解消へ!地域交通DXに向けたスタートアップピッチ-テック×モビリティビジネス in Tokyo【国土交通省COMmmmONS×TRIP】」が東京・有楽町のTokyo Innovation Base(TIB)で開催されました。
2025.09.30
2025年8月9日、広島市内のPort.cloudにて「『交通空白』を考える!私たちで創る、街の移動のこれから - 交通政策アイデアソン in ひろしま」が開催されました。広島都心部の活性化および新たな価値創造を目指す官民連携のまちづくり組織「広島都心会議」と連携し、学生を中心に若者が集まり、「交通空白」の課題解決や、地域の交通をもっと便利で持続可能とするための政策アイデアを考えました。
2025.08.29
2025年7月29日、福岡市天神のGarraway Fにて、「『交通空白』解消へ!地域交通DXに向けたスタートアップピッチ - テック×モビリティビジネス in Fukuoka」が開催されました。同イベントは、国土交通省が2025年度に開始した「COMmmmONS(コモンズ)」プロジェクトの一環であり、地域交通のDX推進と「交通空白」の解消を趣旨としています。COMmmmONSでは地域のモビリティ資源を社会基盤と捉え、サービス、データ、マネジメント、ビジネスプロセスのDXを通じ、地域交通の課題解決とベストプラクティス創出を目指している。従来のMaaSでは不十分だった、公共交通の利便性向上や持続可能性確保、スタートアップ参入障壁の解消などが目的です。
2025.06.06
2025年6月6日、東京・渋谷のPlug and Play Japanにて「国土交通省が進める地域交通DX」が開催され、オンラインでも同時配信されました。プログラムでは、国土交通省の内山裕弥氏による基調講演を皮切りに、JR各社による地域交通の課題共有、Luupのマイクロモビリティデータの利活用事例、MaaS Tech Japanによるモビリティデータを活用した交通空白地対策の先進事例が紹介されました。後半ではBashow、SWAT Mobility、New Ordinary、Kaflix、JATCO の5社によるピッチを実施。セミナー後には登壇者と現地参加者による活発なネットワーキングが行われました。
地域交通のあり方を変革し、持続可能としていくDXは、単なるデジタル化やシステム購入ではありません。本質は、地域交通の課題を解決するデジタルソリューションを根本から再設計し、ベストプラクティスを生み出すこと。そしてそれを標準化することで、汎用的な仕組みとしていくことです。
現在、全国には100以上のMaaSアプリやサービスがあり、地域交通におけるデジタル技術の活用は広がっているようにも思えます。しかし、アプリやサービスが乱立し、交通モード間の分断(サイロ化)や、ユーザー視点での使いにくさといった課題も見えてきました。データ活用においても、交通手段ごとの認証方式やデータ構造の違いが障壁となり、地域全体の移動の姿を全体的に見ることが難しい現状があります。
我々が産学官のパートナーとともに進める地域交通DXは、サービス、データ、マネジメント、ビジネスプロセスの各テーマにおいて、課題解決型のベストプラクティス創出と標準化を推進します。2025年度はプロトタイプ開発を通じて、早期にプロジェクトの成果を社会に還元し、産学官のエコシステム拡大を図ります。皆さんの現場の声と挑戦とともに、持続可能な地域交通の未来をつくっていきます。
【国土交通省 モビリティサービス推進課 内山裕弥氏 基調講演より】
ものづくりで九州と世界をつなぐ、九州創生をコンセプトとした交流型コワーキングスペース「Garraway F」と連携し、「交通空白」解消に向けた事業や技術を発表するピッチイベントを開催します。
東京都が推進するグローバルイノベーションに挑戦するクラスター創成事業「TIB CATAPULT」にて採択された、鉄道・交通等をテーマとするクラスター「TRIP(Tokyo Railway Innovation Partnership)」と連携し、「交通空白」解消に向けた事業や技術を発表するピッチイベントを開催します。
広島におけるまちづくり推進組織「広島都心会議」や広島県内大学・高専と連携し、学生など「若者」の発想から「交通空白」解消を考えるアイデアソンを開催します。
「津田塾大学」など都内複数大学と連携し、学生の視点から「交通空白」解消を考えるアイデアソンを開催します。
群馬発、移動がもっとスムーズに。
「GunMaaS」が描く地域交通の未来
(写真左から)株式会社ケー・シー・エス コンサルティング事業部長 石田洋平さん、東日本旅客鉄道株式会社 マーケティング本部 Suica・決済システム部門 Suica Renaissanceユニット マネージャー 中西 良太さん、株式会社ヴァル研究所 執行役員 篠原徳隆さん
Updated: 2025.06.27
写真: 森裕一朗(Yuichiro Mori)
電車を降りてバスに乗り継ぐ。さらにシェアサイクルで目的地へ。今や都市でも地方でも、さまざまな移動手段が整ってきています。しかし、それらをストレスなく組み合わせて使えているか?と聞かれると、多くの人が首をかしげてしまうのではないでしょうか。
ICカードに対応しているところとしていないところがある。経路を調べたり利用したりするのにはアプリが必要だが、移動手段ごとにばらばらな複数のアプリを使わなければならない。渋滞でバスが遅れていてもアプリに反映されない。結果的に「便利なはずの移動」が使いにくくなっている実態があります。
この課題に向き合うべく、群馬県前橋市をフィールドにした実証プロジェクトが始まりました。プロジェクト名は「MaaSのサービス品質向上プロジェクト」。テーマは、地域のすべての移動を「もっとつながる」「もっと使いやすい」ものへと変えることです。
今回の実証では、群馬県版MaaSアプリ「GunMaaS(グンマース)」を中心に、移動の一元化と利便性向上が図られています。複数の移動手段をシームレスに結び、ICカードによる認証機能を組み合わせることで、利用者の利便性を高めると同時に、移動データの収集と分析も可能にします。
「これまでもMaaSの取り組みは進めてきましたが、今回は国土交通省と連携し、よりチャレンジングな内容に踏み込んでいます。前橋を“モデルケース”にして、地域全体の移動体験を改めて考え直すきっかけにしたい」と語るのは、東日本旅客鉄道(JR東日本) マーケティング本部Suica・決済システム部門 Suica Renaissanceユニット マネージャーの中西良太さん。
GunMaaSでは、ICカードを使って出発地と到着地(OD)を記録し、移動全体の実態を可視化する仕組みも導入されています。これにより、地域の公共交通計画や利用促進施策の設計に、より正確な根拠が得られるようになります。
ナビゲーション機能の最適化を担うのは、複合経路検索サービス「mixway」を提供するヴァル研究所。同社は、公共交通からシェアサイクル、オンデマンド交通まで、複数のモビリティを横断する経路検索技術を持ちます。
「移動手段が増えたからこそ、今この瞬間に最も適した選択肢を、迷わず提示できることが重要です。複雑な情報を、利用者が直感的に理解できるように設計していきたい」と、ヴァル研究所、執行役員の篠原徳隆さんは意欲を語ります。
また、地域の交通政策や観光施策に数多く携わってきたケー・シー・エスは、現場に根ざしたシステム設計や交通データの解析を担当しています。
コンサルティング事業部の石田洋平さんは「到着地となるODデータを正確に取得できれば、地域の移動パターンを“推測”ではなく“事実”として把握できます。これは地域の実情に合わせた交通施策を考えるうえで、大きな助けになります」と説明します。
こうした3社の連携により、今回の実証はアプリの利便性改善にとどまらず、地域交通の運営・計画・体験を一体で見直す機会となります。
交通インフラは日常に溶け込んでいるからこそ、わずかな不便や使いづらさが利用のハードルになりがちです。今回のプロジェクトは、そうした“見えにくい使いづらさ”を丁寧に洗い出し、改善していくための実証でもあります。
GunMaaSの知見は、今後、他の地域への応用も視野に入れています。全国各地でMaaSアプリの導入を検討する自治体や、公共交通の再構築に取り組む事業者にとって、本実証の成果が参考となることが期待されます。
前橋で始まったこの取り組みは、「誰でも迷わず使える交通」の実現に向けた、現場発の第一歩です。
新幹線を降りたらすぐタクシーが来る。
「交通空白」解消の新モデル
東日本旅客鉄道株式会社 マーケティング本部 Suica決済システム部門 Suica Renaissanceユニット・マネージャー 中谷恭輔さん、室伏泉希さん
Updated: 2025.06.27
写真: 森裕一朗(Yuichiro Mori)
地方を訪れると、そんな声を耳にすることは少なくありません。
都市間の高速交通は便利になってきましたが、駅から目的地までの移動手段、いわゆる“二次交通”にはいまだ課題があります。
この「交通空白」問題に対して、「実装型のMaaS」で挑もうとしているのが、東日本旅客鉄道株式会社 (JR東日本)、株式会社電脳交通、株式会社ケー・シー・エス(KCS)による高崎市での実証プロジェクト「新幹線×タクシーの予約連携プロジェクト」です。
この実証では、新幹線などの予約サービス「えきねっと」と、電脳交通のクラウド型タクシー配車システム「DS」を連携させ、列車の到着時刻に合わせてタクシーを事前に手配できる仕組みを構築します。
さらに、Suicaの改札通過情報をリアルタイムで取得し、タクシー側で利用者の到着を把握。無駄な待機時間を削減しつつ、スムーズな乗車体験の提供を目指します。
「私たちはこれまで、鉄道事業者として“駅までのアクセス”を整えてきましたが、いま求められているのは“駅から先の移動”も含めた体験全体の設計です。鉄道と地域交通をつなぐハブとしての駅の役割を、リデザインするタイミングだと感じています」と話すのは、JR東日本の中谷恭輔さん。
今回の取り組みの背景には、地方都市で深刻化している交通空白の問題があります。バス路線の縮小や運転手不足が進み、駅から目的地までの移動が不便だと感じる高齢者や観光客は多くなっています。
「これまでのMaaSでは、一次交通(鉄道や高速バスなど都市間を移動する手段)と二次交通が分断されていて、接続が課題でした。予約や運行情報を連携させることで、待ち時間のストレスを減らし、地域の交通資源をより効率よく活用できるはずです」と中谷さんは続けます。
また、交通事業者にとっても、車両の待機時間が長くなりやすいという悩みがあります。今回の実証は、利用者の利便性と事業者の効率、双方の課題を同時に解決しようとするものです。
このプロジェクトでは、新しいアプリやハードをつくるのではなく、既存のシステムやデータをどう連携させるかが重視されています。
JR東日本の「えきねっと」や「Suicaタッチトリガー」、電脳交通の「DS」、そしてKCSのまちづくりに関する知見を組み合わせることで、持続可能で現実的な仕組みづくりを目指しています。
「この課題は高崎市だけでなく、全国に共通するものです。成功すれば他地域にも展開可能なモデルになると思います。観光地や中山間地域での活用も見据えています」とJR東日本の室伏泉希さん。
「プロジェクトを通じて、一次交通と二次交通がつながった新しい移動のかたちを示したい。住民の足を守ることにも、地域の観光や経済の活性化にもつながると信じています」(室伏さん)
目指すのは、移動のストレスがなくなる社会です。電車を降りたとき、タクシーが目の前に待機していて、すぐに目的地まで運んでくれる。そんな日常が、高崎市から生まれようとしています。
さらにこの取り組みは、将来的にタクシーだけでなくデマンド交通やライドシェアとの連携にも発展させることが期待されています。
移動手段を単に増やすのではなく、既存の交通資源をうまくつなぐこと。それが、これからの地域交通を持続可能にするカギになるのかもしれません。
使えない“帰りの足”を使えるものに。
徳島からはじまるヘルスケアMaaSの挑戦
(左から)富士通株式会社 マネージャー 勝浜孝太さん、作田駿介さん、板津早紀さん、富士通Japan株式会社 シニアディレクター 流郷雅仁さん
Updated: 2025.06.27
写真: 中川容邦(Yoshikuni Nakagawa)
そんな声を耳にしたことはないでしょうか。
各地で通院支援の交通サービスは整ってきていますが、実際には「帰りの足」がなかなか使われていません。その理由のひとつが、診察がいつ終わるか予測しにくく、帰りの移動手段を予約しづらいということです。
この「あと一歩使いこなせない」もどかしさに向き合おうとしているのが、徳島県でスタートする「ヘルスケアMaaS実装プロジェクト」です。
プロジェクトに取り組むのは、富士通株式会社と富士通Japan株式会社のチーム。これまで全国各地でAIオンデマンド交通や電子カルテの導入を支援してきた富士通グループが、医療と交通をまたいだDXに挑戦します。電子カルテとAIオンデマンド交通のデータをつなげることで、通院の「行き」だけでなく「帰り」まで、安心して移動できる仕組みをつくろうとしています。
今回の実証では、富士通の電子カルテシステムとAIオンデマンド交通を組み合わせたプロトタイプを開発します。診察予約と車両の配車手配を一体化し、診察終了見込み時間をデータから予測。その情報をもとに、帰りの交通手段を自動で手配したり、帰宅途中の立ち寄り先を案内したりする仕組みを検証します。
実証の舞台となるのは、富士通の電子カルテが導入されている徳島県立中央病院。徳島県、県内のタクシー協会、病院が連携機関として参加し、交通と医療の現場をつなぎながら、通院支援の新しいモデルづくりに取り組みます。
富士通ではこれまで、全国30以上の地域でAIオンデマンド交通の導入をサポートしてきました。さまざまな実績を重ねる中で、ある共通の課題が見えてきました。
それが、先に触れた「通院の帰りには、交通サービスがあまり利用されていない」という実態です。
「帰りの時間が読めないので、予約がしづらい。そんな声が多くありました」と話すのは、富士通の作田駿介さん。「診察の終了時間を予測し、帰りの移動と自動でつなぐことができれば、この課題解決に一歩近づけるのではないかと考えました」と語ります。
医療と交通、それぞれの現場には情報や運用の壁がありました。今回の取り組みは、そのあいだに“橋を架ける”ような試みでもあります。
プロジェクトを進めるのは、交通と医療の分野から集まった混成チームです。
「電子カルテと移動データ、どちらも扱える立場にあるのは私たちの強みです。交通が使えず困っている方の助けになるような仕組みに育てたい」と話すのは、富士通Japanの流郷雅仁さん。
ただし、テクノロジーさえあれば現場に届くというわけでもありません。現場との“ギャップ”を埋める必要もあります。
「徳島で医療関係者の方と話す中で、高齢の患者さんの多くはスマホに不慣れで、連絡は今も電話が中心だと聞きました」と現場の実情を語るのは、板津早紀さん。「それでも、“使ってよかった”“これがあって助かった”という声を聞けるように、システムの設計から丁寧に向き合っていきたいと思っています」と続けます。
このプロジェクトは、富士通だけで実現できるものではありません。医療機関、交通事業者、自治体、そして地域の暮らしに寄り添う多くのプレイヤーとの連携によって成り立っています。
「私たちは大企業として見られることが多いですが、今回のチームには“やってみよう”の精神を大切にしているメンバーがそろっています。同じような課題意識を持っている方、関心を持ってくださった方がいれば、ぜひ一緒に話をしてみたいです」と語るのは、勝浜孝太さん。
最終的な目標は、通院をためらう人が減り、帰り道にちょっと寄り道を楽しめるような、前向きな移動体験を生み出すこと。ヘルスケアMaaSは、交通弱者の支援だけでなく、地域の活性化や健康づくりにもつながる可能性を秘めています。
福祉車両の“空き時間”を、みんなの移動に活かす。
新たな地域交通のシェアモデルが始動
一般社団法人ソーシャルアクション機構 代表理事 大江一徳さん(左)、EXA INNOVATION STUDIO IT Director 松田直樹さん(右)
Updated: 2025.07.18
写真: 森裕一朗(Yuichiro Mori)
「バスが来ない。タクシーも呼べない」そんな“交通空白”の風景が、全国の地域で当たり前になりつつあります。
こうした課題に対し、「地域施設送迎のリソースシェア推進プロジェクト」では、既存の移動資源を地域全体で活用する新たなアプローチを模索しています。バス路線の縮小、タクシー不足、高齢者の免許返納。移動の担い手が減っていく一方で、支援を必要とする人たちは増えています。
そこで着目したのが、すでに地域内に存在する送迎車両やドライバーといった既存の移動資源です。
本実証では、福祉施設や宿泊施設などが保有する送迎車両の空き時間を可視化・共有し、地域内で有効に活用する仕組みの構築を目指しています。ソーシャルアクション機構やEXA INNOVATION STUDIOをはじめとする関係者が連携し、課題解決に向けた可能性を検証していきます。
今回の実証では、地域のさまざまな施設で使われている送迎車両を、福祉・観光・教育などの分野を越えて共用することを目指します。共通の配車管理システムを開発し、専門知識がなくても直感的に使える画面にすることで、現場での運用を簡単にしています。
この取り組みの核となるのは、全国に約25万台あるといわれる福祉系送迎車両。その多くが1日平均4時間程度しか稼働しておらず、残りの時間は“眠っている”のが現状です。
「この空き時間を、地域全体の移動課題を支える資源に変えたい。いまあるものを見える化し、つなげるだけでも大きな効果が見込めます」と語るのは、一般社団法人ソーシャルアクション機構の大江一徳さん。
例えば、観光地の宿泊施設が人手不足のため限られた時間しか客を送迎できないケース。あるいは、共働き家庭で習い事への子どもの送迎に困る親たち。これらの課題は、一つひとつは小さく見えても、地域全体では大きな移動の壁になっています。
「観光や教育の現場でドライバーが足りない。そういうときに、福祉で培った仕組みが役に立てば、移動の選択肢が一気に広がるはずです」と、大江さんは話します。
「送迎があるかどうかで、外出できるかが決まる人も多い。だからこそ、効率化だけでなく、人の生活を支える視点を忘れずにいたいと思っています」
この実証では、送迎システムのOSS(オープンソースソフトウェア)化や、軽量インフラへの対応も視野に入れています。コストを抑えながらも拡張性の高い仕組みにすることで、都市の辺縁部から中山間地域まで、さまざまな地域での実装を可能にします。
「移動の仕組みは、もう公共交通だけでまかなえる時代ではありません。過疎地域でも残っている移動リソースを、地域全体でどう活かせるか。その問いに向き合うための第一歩です」と話すのは、EXA INNOVATION STUDIO IT Directorの松田直樹さん。
「本システムは、民間主導で持続可能な運用を目指し、行政の財政負担を大幅に抑えられるモデルとして設計しています。補助金への依存を最小限に抑えながらも、地域にとって実効性のある新たな交通手段として機能することが、この取り組みの大きな特徴です。ぜひ地域モデルのひとつとして導入をご検討いただき、移動の新たな可能性を一緒に切り拓ければ幸いです」(松田さん)
今回の取り組みでは、福祉領域で培ってきた送迎サービスの効率的な配車管理システムをさらに使いやすくし、観光や教育といった新たな分野にも展開しようとしています。このシステムを活用することで、送迎車両の分野を越えた共用を促進し、各地域の移動課題解決に貢献します。実証が終わったあとも、実証地域での社会実装化や他地域への横展開を通じて、持続可能な事業モデルとして確立することを目指します。さらに、この取り組みを通じて得られた知見を基に、より柔軟な地域交通を実現するための制度提言も積極的に行っていきます。
「これまで何度も『いい実証だけど続かなかった』という事例を見てきました。でも今回は、現場の課題に真正面から向き合い、継続できるモデルとして社会に根づかせたい。私たちはその一歩を、今、踏み出します」(大江さん)
送迎という日常的で小さな移動を、地域が持つ資源(施設・車両・人材)と、企業(福祉・観光・教育)、そして自治体(市町村)や関連団体(観光協会、社会福祉協議会、教育委員会など)といった多分野にわたる連携を組み合わせた革新的な仕組みへと進化させます。この取り組みが、各施設の車両を地域の新たな交通インフラへと昇華させる日も、決して遠い未来ではありません。
1枚のチケットで鉄道もバスも。
デジタル・チケッティング標準化で変わる移動体験
(左から)トヨタファイナンシャルサービス株式会社 モビリティーサービス室 シニアマネージャー 大谷俊介さん、日本信号株式会社 AFCシステム技術部 課長 家吉正明さん、トヨタファイナンシャルサービス株式会社 モビリティーサービス室 マネージャー 豊田航太郎さん
Updated: 2025.07.18
写真: 森裕一朗(Yuichiro Mori)
アプリで手軽に扱える「二次元バーコード」は、公共交通の新たなデジタルチケットとして普及しています。しかし、実は利用の際の不便さも残っています。それは、「(二次元バーコードの)チケットが事業者ごとにバラバラで、乗り換えるたびに切り替えが必要」ということ。
MaaSアプリが普及し、スマホ1台で移動が完結する時代が近づいている今。乗り換えるたびにチケットを切り替えるのは、利用者にとって大きなストレスです。
この課題に取り組むのが、トヨタファイナンシャルサービス株式会社と日本信号株式会社による「二次元バーコードチケッティングAPI標準化プロジェクト」です。
現在、多くのMaaSサービサーが、それぞれ独自のシステムで二次元バーコードのチケットを発行しています。しかし、認証機器側(駅改札など)も事業者ごとに異なる仕様のため、MaaSアプリとの連携には個別の開発が必要です。これにより、認証実装のコストや時間が大きな負担となっていました。
「交通事業者が増えるたびに個別開発が必要になり、MaaSの拡張性を阻む要因になっているんです。共通仕様があれば、連携のハードルを大きく下げることができます」とトヨタファイナンシャルサービスの豊田航太郎さんは指摘します。
今回の実証では、二次元バーコードによる認証方式を共通仕様で標準化し、MaaSサービサーと認証サービサーとの間にある“開発の壁”を解消することを目指しています。
「この取り組みの最大のゴールは、複数の交通事業者をまたいでも、1つの二次元バーコードでシームレスに移動できる環境をつくることです。同じチケットで鉄道もバスも使える。それが真の移動のしやすさだと考えています」と語るのは、トヨタファイナンシャルサービスの大谷俊介さん。
同社が提供するMaaSアプリ「my route」は、“もっと移動したくなる環境”をつくることで移動総量の増加を促し、街の活性化に貢献することをビジョンに掲げており、今回の標準化の取り組みはその要でもあります。
二次元バーコードは、スマートフォンなどの表示機器さえあればすぐに使えるため、導入コストも抑えられます。若年層を中心に利用のハードルが低く、「まず試してみる」には最適な技術といえます。
プロジェクトの技術パートナーとして、日本信号も参画。同社は、駅改札機器やABT(Account Based Ticketing)システムの提供を通じて、公共交通の認証領域を支えてきました。
「現場では人手不足が進み、省力化が大きなテーマです。二次元バーコードとスマートフォンの組み合わせは、導入のハードルが低く、利用者にとってもわかりやすい。今回の標準化は、実際の運用に根ざした、現場目線の解決策になると感じています」と話すのは日本信号の家吉正明さん。
「私たちは自社のABTシステムとそのクラウドサービスである『iDONEO(イドネオ)』のコンセプトとして『1 ID(ワン・アイディー)』を掲げてきましたが、実現の道筋は簡単ではありませんでした。今回のように標準化に向けた取り組みが進むことで、多様な事業者が共存しつつ、ユーザーにとって快適な移動体験が形になると期待しています」(家吉さん)
このプロジェクトを通じて実現したいのは、ただの技術導入ではありません。鉄道やバスだけでなく、将来的には観光や体験など、非交通領域ともつながる“移動中心のエコシステム”です。
「二次元バーコードのチケットだけでどこにでも行ける、何かに参加できる。そんな仕組みができれば、移動がもっと身近となり、地域の魅力発見や活動にも自然につながっていくはずです」(豊田さん)
「交通弱者の多い地域ほど、こうした仕組みの恩恵は大きくなるはず。だからこそ、社会実装を見据え、多様な事業者や自治体と連携していきたい」(大谷さん)
二次元バーコードを起点とした標準化の取り組みが、より便利で、使われる交通サービスの実現に向けて着実に動き出しています。
終電後の「帰れない」をなくす。
リアルタイムでマッチングする“相乗りミッドナイトシャトル”
株式会社NearMe 代表取締役 髙原幸一郎さん
Updated: 2025.07.31
写真提供: 株式会社NearMe
終電・終バスを逃した駅前に、長蛇の列。なかなか来ないタクシーを待ち続ける人々の姿は、都市部でも観光地でも見られる共通の風景です。特に繁忙期や雨天時などは、移動手段が見つからずに困る利用者が後を絶ちません。
こうした課題を解決するために、「リアルタイム相乗りタクシーマッチングシステム開発プロジェクト」が始まりました。
このプロジェクトに取り組むのは、独自のAIルーティング技術を活用した配車・シェア乗りサービスを展開する株式会社NearMe。空港シャトルや観光送迎、企業向け通勤サービスなど、これまでも地域や状況に応じたさまざまなライドシェアの実装を手がけてきました。
このプロジェクトのテーマは、「リアルタイム相乗り」です。
「従来の相乗りサービスは事前予約が前提でしたが、今回の実証では、駅前にいる人同士をその場でリアルタイムにマッチングする“ミッドナイトシャトル”として機能させます。終電後の深夜時間帯に、乗車地も目的地も異なる複数の利用者を、最適なルートで効率よく送る仕組みです」と話すのは、同社 代表取締役の髙原幸一郎さん。
対象となるのは、都心のターミナル駅や郊外の終着駅など、深夜時間帯にタクシー需要が集中する地点。車両供給量に限界がある時間帯だからこそ、「相乗り」の合理性が生きてくる場面です。
こうした取り組みの背景には、都市と地方の両方で深刻化する移動課題があります。
「都市部ではタクシーが捕まらない、地方ではそもそも走っていない。まったく逆のように見えて、根底には“移動の選択肢がない”という共通の問題があります。相乗りという形で効率化できれば、限られたリソースを最大限に活用し、より多くの人に“動ける手段”を提供できます」と髙原さんは語ります。
「移動をあきらめざるを得なかった人が、帰宅できるようになる」「出かけることが選択肢に戻ってくる」その小さな積み重ねが、地域の活性化や都市の利便性向上にもつながっていきます。
NearMeではこれまで、47都道府県のさまざまな地域で、実際に相乗り運行を行ってきました。その中で見えてきたのは、「サービスの良し悪しだけでは、定着しない」という現場のリアリティです。
「例えば、住民がスマホを使い慣れていない地域では、アプリではなく電話受付の導入が必要になります。逆に都市部では、UIや操作性の“数秒単位”の差が利用体験に大きく影響します。リアルタイム相乗りの仕組みも、単なる技術だけではなく、地域に合わせた運用設計が不可欠です」と髙原さん。
今回の実証でも、どのようなUI設計が適切か、どこまで自動マッチングできるか、乗務員との連携はどうするか、といった観点で詳細な検証が行われる予定です。
同社が描く未来は、相乗りが特別な手段ではなく「自然な選択肢」となる社会です。
「相乗りという言葉に構えてしまう方もいるかもしれません。でも、空港や通勤、観光送迎など、場面ごとに分けてみると“実は使えるかも”と感じてもらえるはず。利用者が一歩踏み出しやすい仕組みづくりこそが、普及のカギだと思っています」
将来的には、観光地の混雑緩和や、災害時の避難支援、医療・介護との連携など、社会的意義の高い活用も視野に入れています。
今回の実証は、2025年10月から12月にかけて実施予定です。実証を通じて得られたフィードバックは、来年度以降の本格導入や他地域展開の検討材料として活用される見通しです。
終電後の「困った」を減らす取り組みは、単なる深夜輸送対策ではありません。リアルタイムの相乗りマッチングは、都市と地方の交通を“もっと使いやすく、もっと動ける”仕組みに変えていくための第一歩です。
人手不足でもまわせる現場に。
バス業務を持続可能にする土台づくり
フューチャーアーキテクト株式会社 Technology Innovation Group コンサルタント 相羽侑果さん、同 マネージャー 太田章弘さん、株式会社みちのりホールディングス グループディレクター 浅井康太さん
Updated: 2025.07.31
写真: 高橋智(Takahashi Satoshi)
今、多くのバス事業者が深刻な人手不足に直面しています。特にドライバーや運行管理の人材確保が難しくなる中で、業務の多くは「担当者の経験や勘」に依存した属人的なやり方にとどまっており、効率化が進まないのが現状です。
さらに、そうした非効率な体制を維持するために時間もコストもかかり、採算性まで悪化。新たな投資ができず、業務改善も進まない、という悪循環に陥っているケースも少なくありません。
日々の運行を支えるために多くの工夫や努力が払われている一方で、業界全体の仕組みそのものを見直さなければ、この流れは止められません。 そうした危機感から始まったのが、「バス業務標準化プロジェクト」です。
プロジェクトを推進するのは、フューチャーアーキテクト株式会社と株式会社みちのりホールディングス。全国のバス事業者が直面する共通課題に挑みます。
このプロジェクトでは、まず全国のさまざまなバス事業者が現在どのような業務やシステムで運用しているのかを徹底的に調査します。そのうえで、「今後どのような形が望ましいか」という視点から業務の流れを再設計し、誰もが使いやすい「標準業務モデル」としてまとめていきます。
「システムだけを更新しても、肝心の業務プロセスが旧来のままでは根本的な改善にはなりません。属人化やベンダー依存など、業界共通の課題を“構造ごと見直す”というのが今回の取り組みです」と語るのは、フューチャーアーキテクトの太田章弘さん。
標準モデルの策定にあたっては、バス事業者の業界団体やシステムベンダーと連携し、勉強会を通じた意見交換も実施。現場感覚を反映しながら、現実的かつ持続可能な業務のあり方を目指しています。
プロジェクトを進めるうえで強みとなるのが、両社の知見です。みちのりホールディングスは、複数のバス会社を傘下に持つ事業者として、現場レベルの実務と、業界ネットワークの双方に精通しています。一方、フューチャーアーキテクトは、業務の可視化と構造設計、IT・経営への橋渡しを一貫して行うコンサルティングノウハウを持っています。
「我々は、現場の作業をどうシステムや機能に落とし込むか、その先にある経営の意思決定にどうつなげるかという、“三位一体の設計思想”を重視しています。見えない非効率を整理し、使える仕組みへと転換することで、将来への投資余力を生み出すことができます」(太田さん)
この標準業務モデルが実現すれば、恩恵を受けるのはバス事業者だけではありません。例えば、システム投資の根拠が明確になれば、補助金の妥当性を検証しやすくなり、自治体にとっても予算配分の判断材料になります。ベンダーにとっても、仕様のばらつきが減ることで開発や導入の負荷が軽減し、参入障壁の低下による新たな競争も期待されます。
さらに、業務を通じて発生するデータが共通の形式で整理されれば、事業者横断での分析やデータ利活用も現実味を帯びてきます。
本プロジェクトでは、2025年度中に標準業務モデルを策定し、2026年度以降にはその試験導入やプロダクト開発を進める計画です。将来的には、標準モデルに基づく運行管理・労務管理・営業支援などのシステム展開、データを活用した交通政策へのフィードバックも視野に入れています。
フューチャーアーキテクトの相羽侑果さんは「単に“標準を決める”のではなく、実際に使えて、現場から積極的に活用されるような業務のかたちをつくることが私たちのゴールです。大小を問わず、すべてのバス事業者にとって価値のあるモデルにしたいと思います」と語ります。
「今のままでは立ち行かない」と感じているのは、特定の地域や企業だけではありません。すべてのバス事業者にとって、業務の効率化やシステムの最適化は“待ったなし”の課題です。
みちのりホールディングス グループディレクターの浅井康太さんは、「すべてのバス事業者が等しく直面する問題だからこそ、業界全体で“共通解”を育てる必要があります。今回のプロジェクトでは、業界の知恵と経験が集まりやすい土壌をつくっていきたい。勉強会などを通じて、現場からのリアルな声をお聞かせいただければと思います」と呼びかけます。
業務が標準化され、誰もが同じ前提で業務設計やシステム導入を考えられるようになれば、バス業界全体の変化スピードも加速します。実証の成果は、単なる業務効率化を超え、持続可能な地域交通の基盤づくりにつながっていくはずです。
「この施策でどう変わる?」を手軽に見える化
富士通が地域交通のシミュレーターを開発
(左から)富士通株式会社 クロスインダストリー事業本部 青沼健夫さん、シニアマネージャー 石川勇樹さん、富士通研究所 シニアリサーチマネージャー 原田麗子さん、クロスインダストリー事業本部 陶 拓也さん
Updated: 2025.08.12
写真: 中川容邦(Yoshikuni Nakagawa)
バスやデマンド交通の本数を変えたら、人の動きはどう変わるか。新しい交通手段を導入したら、移動は便利になるのか。
そんな仮説をデジタル空間で再現し、地域に合った交通施策を検証できるツールの実現に向けて、富士通株式会社が実証を進めています。
本取り組みは、「地域交通の総合シミュレーションシステムの技術実証プロジェクト」として、2025年度は前橋市を舞台に、さまざまな関係機関と連携しながらシミュレーションの実効性や活用方法を検証しています。
地域の公共交通計画を立てる際、自治体では交通実態の調査、施策案の検討、効果の見込みなどを地道に積み上げていく必要があります。しかし、こうした作業はアナログな手法が中心で、時間やコストの負担が大きいという課題がありました。
プロジェクトを率いる富士通 クロスインダストリー事業本部 シニアマネージャーの石川勇樹さんは、「移動需要を把握するにはデータが必要ですが、その取得自体が困難な地域も多いのが実態です。また、施策の効果を事前に数値で検証する手法が自治体ごとに異なるため、計画の客観性にもばらつきがあります」と説明します。
こうした背景を受けて富士通が開発しているのが、まちの人の移動や交通の動きをデジタル空間に再現し、施策による変化を評価できる「地域交通総合シミュレーションシステム」です。
このシステムでは、国勢調査や交通特性調査といった公開統計に加えて、必要に応じてMaaSアプリの実績データも活用。過去の行動履歴を学習したAIによる「行動選択モデル」によって、単なる最短経路ではなく、実際の人々の選択に近いふるまいを再現します。
「例えば、“距離は短いけれど乗り換えの回数や待ち時間が多いルートを避ける”といった、現実の行動に近い判断も再現できます。施策のパターンごとに人の動きがどう変化するかが見られるので、自治体の方々がより納得感をもって計画を立てられるはずです」(石川さん)
さらに、AIモデルにより選択された移動経路や交通手段に基づき、車両や利用者の動きを再現するマルチエージェント・シミュレーションも実装。利便性や経済性を自動で算出し、効果を定量的に把握できる点も大きな特徴です。
このシステムは、富士通がこれまで研究開発してきた、人・社会の複雑なふるまいを再現するさまざまな技術や、約10年にわたり全国の自治体にオンデマンド交通サービスを提供してきた経験、交通事業者やコンサルティング企業との対話を通じて得た知見をもとに設計されています。
「交通は、移動の手段に過ぎません。その先にある暮らしや幸せのためにあるべきものだと考えています。今回のシステムも、富士通だけで完成するものではありません。地域交通の現場に関わる多くの方々と協力しながら、使いやすく、なくてはならない仕組みに育てていきたいと思っています」(石川さん)
今回の実証では、システムの有効性だけでなく、自治体職員による実際の操作性や現場での使い勝手もあわせて検証されます。最終的には、全国の自治体が日常業務のなかで無理なく使える支援ツールとしての普及を目指しています。
石川さんは、「この実証を通じて、全国・全世界に通用するプロダクトへと進化させていきたいと思っています。移動のシミュレーションを、ただの技術ではなく“誰かの暮らしを支える道具”にしていけるよう、チーム一丸となって取り組んでいきます」と話します。
地域の交通を、より暮らしに沿った形へと進化させるために。データと現場の知見を掛け合わせた新たなアプローチが動き出しています。
ダイヤ改正をもっと柔軟に。
「SIMレスバス停」と「人流データ×モビリティデータ」で地域交通を支える
(左から)長崎自動車株式会社 課長 増田健一さん、株式会社小田原機器 次長 矢野達也さん、株式会社MaaS Tech Japan マネージャー 古川誠さん
Updated: 2025.08.12
写真: 高橋智(Takahashi Satoshi)
地域交通を支える路線バスの運行は、日々の小さな業務の積み重ねによって成り立っています。中でも大きな負担となるのが、各バス停にある時刻表のダイヤ改正に伴う貼り替え作業です。
この作業の省力化と、ダイヤ改正そのものの柔軟性を高めることを目指して、SIMカードを使わずに時刻表を更新できる「SIMレスバス停」の技術開発と、人流データを活用したダイヤ改正支援に取り組むプロジェクトが始動しています。
このプロジェクトに挑むのは、株式会社小田原機器、株式会社MaaS Tech Japan、長崎自動車株式会社の3社。小田原機器は、SIMを使わずに車両と通信できるデジタルバス停の開発を担当しています。
「バス車両に搭載した車載機から、近距離無線通信を用いて、各バス停の時刻表を自動更新できる仕組みです。人の手で1枚1枚貼り替える必要がなくなれば、ダイヤ改正のハードルがぐっと下がります」と同社 次長の矢野達也さんは説明します。
現在主流となっているSIM通信型のデジタルバス停は便利ですが、通信費の負担が大きく、全面的な導入には課題がありました。今回の方式では通信費ゼロ、かつ自動更新が実現可能なため、広いエリアへの展開も視野に入ります。
もうひとつの柱が、人流データを活用したダイヤ改正支援です。MaaS Tech Japanはこれまで、交通・移動に関するビッグデータの解析を専門としてきました。今回の実証では、バスの乗降データに加え、スマートフォン位置情報などの人流データを組み合わせて分析します。
「例えば、全体としては利用者が少ないと見えていた路線でも、人流データからその周辺に移動ニーズが集中する時間帯がある、というような気づきが得られると、運行事業者もより納得してダイヤを調整できます。ダイヤ作成のような知見依存が大きい作業に、データが伴走するイメージです」と、MaaS Tech Japan マネージャーの古川誠さんは語ります。
実際にデータを分析するだけでなく、可視化し、現場で使いやすい形で届けることも今回の重要なミッションです。
こうした取り組みは、現場の課題を抱える交通事業者にとっても大きな意味を持ちます。長崎市を中心に路線バス(長崎バス)を運行する長崎自動車では、日々の業務負担の中で柔軟な対応が難しくなっている現状がありました。
「これまでは、人手不足や作業負担の問題から、ダイヤ改正を柔軟に行うのが難しい状況でした。SIMレスのデジタルバス停で作業の省力化を図りつつ、人流データを活用することで、的確な運行計画が立てられるようになると期待しています」と話すのは、長崎自動車 課長の増田健一さん。
地域に根ざした交通事業者の課題意識をベースに、技術開発とデータ活用が融合する本プロジェクト。3社の連携により、机上の空論ではない、実運用に即した仕組みづくりが進められています。
今回の実証は、2025年11月から2026年1月にかけて実施予定です。得られた知見は、他地域への展開やプロダクト化も視野に入れて活用していくことが検討されています。
「小さなバス停にも、利用者との最初の接点としての大きな役割があります。今回の実証は、時刻表だけでなく、案内情報なども一括で更新できるようにしたりと、地域交通の使いやすさ全体を引き上げていきたいです」と小田原機器の矢野さん。
MaaS Tech Japanの古川さんも、「今回の成果は、単なる一事業者向けのシステムではなく、他地域にも展開できる汎用モデルとして設計しています。交通政策や地域運営に活用できる分析支援としても、広く役立てていきたい」と続けます。
長崎自動車の増田さんは、「私たちのような地方の事業者にとって、こうした取り組みが実際に使える形で提供されることは非常にありがたい。自社だけでは難しい課題に対し、民間企業の力を借りて一緒に取り組めるのは心強く、他地域にもきっと役立つはずだと感じています」と話します。
公共交通の維持が難しくなりつつある中で、現場業務の負担を軽くしながら、変化に対応できる体制を整えることは喫緊の課題です。
今回の取り組みは、テクノロジーと現場知見が融合するかたちで、地域交通を支える「仕組み」そのものを進化させようとするものです。持続可能な地域交通の実現に向けて、将来の展開が期待されます。
「開く」から「活かす」へ ODPTアプリコンテストがめざす地域交通DX
公共交通オープンデータ協議会 事務局長/東洋大学 情報連携学部 教授 別所正博さん
Updated: 2025.08.29
撮影: 森裕一朗(Yuichiro Mori)
鉄道、バス、フェリー、航空、シェアサイクル、デマンドバス──。日本にはさまざまな交通手段や事業者がありますが、交通データの流通にはいまだ多くの壁があります。
こうした課題を乗り越え、「使えるオープンデータ」と「使いたい開発者」との橋渡しを目指すのが、公共交通オープンデータ協議会(ODPT)と国土交通省が主催するアプリコンテスト「公共交通オープンデータチャレンジ2025 -powered by Project LINKS-」です。
本コンテストでは、GTFSやGTFS-RT、GBFSなどの標準フォーマットで整備された鉄道・バス・フェリー・航空・シェアサイクルの交通データを、多数の公共交通事業者や自治体の協力のもとに公開し、革新的なアプリケーションやサービスの開発を公募します。
「このコンテストを通じて、公共交通データを“オープンにする”ことの価値を社会に広げていきたいと考えています」と話すのは、ODPT 事務局長/東洋大学 情報連携学部 教授の別所正博さん。
GTFS形式の時刻表データや、GTFS-RTのリアルタイム運行情報、さらにフライト情報やバスロケーション、シェアサイクルのポートデータまで、コンテストではさまざまな公共交通オープンデータが活用可能です。今回からはGTFS-Flex形式によるデマンド交通データや、バリアフリー関連の情報も追加予定です。
公共交通オープンデータセンター(ODPTセンター)は、GTFS形式などの標準化されたデータを通じて、交通事業者と外部サービス(地図アプリや経路探索など)との橋渡しを担う中核的な役割を果たしています。
ODPTセンターでは現在、交通事業者から預かったデータを、GoogleマップやAppleマップ、Yahoo!乗換案内などのアプリに提供しています。しかし、より多くの交通事業者が継続的にデータを提供しなければ、こうした仕組みは十分に機能しません。
「公共交通を多数の民間事業者が支える日本では、何をどこまで公開すべきかは、最終的にはデータホルダーである交通事業者が判断する必要があります」と別所さんは話します。
「私たちはこうした実証的な機会を通じて、“オープンにすることの価値”を交通事業者を含む多くの方に実感してもらい、より多くのデータの継続的な公開につなげたいと考えています」(別所さん)
これまでに計5回のコンテストを開催し、参加事業者も毎回増加。今回も前回に引き続き、国土交通省との共同開催とすることで、Project LINKSやPLATEAUとの連携も強化。より広範なデータの利活用を促していきます。
単なる経路探索だけでなく、地域の観光情報、バリアフリー支援との連携など、アプリの可能性は広がっています。
「『交通空白』の解消、オーバーツーリズムの緩和、地域の活性化──。オープンデータとアプリの組み合わせには、まだまだ開拓の余地があります。たとえば、ある鉄道の運行遅延を、路線バスやシェアサイクルなど、他のモードに自動でつなぐといった連携があれば、移動の選択肢はもっと広がるはずです」(別所さん)
前回と同様にProject LINKS主催のイベントやウェビナーとも連動。公共交通事業者向けには「データをどう作るか」、開発者向けには「データをどう使うか」を伝える実践的な機会も用意されています。
ODPTでは、標準フォーマットに基づく公共交通データの流通を進めることで、さまざまな社会課題の解決に貢献すると考えています。
「アプリ開発者の皆さんには、ぜひこの機会に自由な発想で応募いただきたいです。多くの開発者の皆様に公共交通オープンデータの世界を知っていただき、また交通事業者の方々にも、『オープンにしてみたら、こんな可能性があった』という声を届けたい。多くのプレイヤーと連携しながら、公共交通の新しい価値を共につくっていけたら」と別所さんは呼びかけます。
公共交通データの活用が進むことで移動の選択肢が広がれば、地域の課題解決にもつながります。今回のアプリコンテストは、そうした未来の一歩を形にする機会です。関心のある方は、ぜひご参加ください。
コミュニティバスのDXを後押し
全国で使えるOSSキットを開発中
(左から)株式会社Will Smart プラットフォーム推進室 マネージャー 渡辺和伸さん、地域共創推進室 室長 杉山賢治さん、営業本部 リーダー 錢谷淳さん
Updated: 2025.08.29
撮影: 森裕一朗(Yuichiro Mori)
路線、系統、便、運賃は紙の資料で作成。実績の集計はExcel、GTFS(標準的なバス情報フォーマット)への対応も手作業――。全国の多くのコミュニティバスは今も、人手に頼るアナログな手法で日々の業務をこなしています。地域住民の移動を支えるインフラでありながら、その運営現場には大きな負担が残っています。
こうした課題を踏まえ、株式会社Will Smartが進めているのが「コミュニティバスキット開発プロジェクト」です。運行計画や管理、実績集計、GTFS出力までをひとつにまとめた運行支援ツールを開発し、OSS(オープンソースソフトウェア)として広く公開することを目指しています。
「コミュニティバスは単なる移動手段ではなく、地域福祉やまちづくり、交通空白地の解消といった社会課題の解決にも深く関わっています」と話すのは、地域共創推進室 室長の杉山賢治さん。
一方で、地域のバス事業者や自治体は限られた人員と予算の中で、煩雑な運行業務を担っています。「例えば、時刻表の作成や走行実績の集計、GTFS形式での情報整備なども、多くはまだ手作業です。これでは効率が上がらないどころか、データの維持自体が難しい現状もあります」と杉山さんは続けます。
今回の実証では、「誰でも直感的に使える運行支援ツール」をOSSとして開発・提供することで、コミュニティバスを実施している全国の地方自治体交通政策担当者や中小規模のバス事業者でも、無理なくDXを進められるような仕組みづくりを目指しています。
Will Smartはこれまでにも、IoTや公共ライドシェア、カーシェアなどのモビリティ関連の技術開発を手がけてきました。その中で大切にしてきたのが、“導入しやすく、実務の現場で役に立つ”という視点です。
「どんなに高度な仕組みでも、使いこなすのに研修が何日もかかるようでは意味がありません。今回は、システムが苦手な方でも使えるUIや運用設計にこだわっています」と語るのは、プラットフォーム推進室 マネージャーの渡辺和伸さん。
また、GTFSへの対応も重視しています。これにより、バスの時刻表やルート情報が一般的な経路探索アプリなどで扱えるようになり、地域の公共交通の見える化や利便性向上につながります。
実証の成果は、OSSとして全国に公開される予定です。特に、リソースが限られた地方自治体や地域のバス事業者にとって、大きな後押しとなる可能性があります。
営業本部リーダーの錢谷淳さんは、「すでに多くの自治体がコミュニティバスの維持に苦心しています。今回のツールが、現場の“困っていること”にきちんと応える形になれば、全国での展開も見えてくると思います」と話します。
属人化しがちなGTFSデータの作成を誰でもできるように標準化・簡易化することで、観光地や地方都市でも情報発信が進み、公共交通の活用促進にもつながります。特に、地方部の観光地等において、経路検索アプリに情報が掲載されない課題を解消し、地方部の流入増や地域経済に対する効果が期待されます。
Will Smartは、全国で3,900を超える(令和6年度交通の動向「コミュニティバスの導入状況」)コミュニティバスの運行現場に、このプロジェクトの成果を届けることを目指しています。
「コミュニティバスは、これからさらに役割が増していきます。しかし、支える仕組みが足りていません。だからこそ、シンプルで広く使えるツールを用意したいんです」(杉山さん)
そして杉山さんは最後にこう呼びかけます。「全国の自治体・事業者の皆さん、ぜひご相談ください。まだまだ課題はありますが、打つ手はあります。この実証が、次の一歩につながればうれしいです」
時刻表とオンデマンドがつながる。
“探してそのまま乗れる”未来の足づくり
株式会社駅探 RMP事業部長 山田雄太さん(左)、TIS株式会社 ソーシャルイノベーション事業部 エキスパート 長井大典さん(右)
Updated: 2025.09.12
撮影: 森裕一朗(Yuichiro Mori)
「バスはあるけれど、タイミングが合わない」「駅まで近いのに、ちょっとした坂道がつらい」――。 そんな日常の“あと一歩”を埋める新しい交通のかたちを探ろうと、定時定路線であるバスと予約に応じて運行するオンデマンド交通を組み合わせた、次の時代の“乗換体験”づくりが始まっています。
取り組んでいるのは、TIS株式会社、株式会社駅探、株式会社未来シェアの3社。「GTFS-FLEX及びOndemandの技術実証プロジェクト」と題された本実証では、北海道札幌市を舞台に、乗換案内から配車予約までをシームレスにつなぐ仕組みの構築が目指されています。
背景にあるのは、深刻な運転手不足などで定時定路線の維持が難しくなっている地域交通の現状です。今、各地でAIオンデマンド交通が注目されていますが、実際の使い勝手には課題も残っています。
「オンデマンド交通は地域課題の解決に大きな可能性を持っていますが、いまの配車予約の使い方はまだハードルが高いと感じている人も多いんです」と話すのは、駅探の山田雄太さん。
今回のプロジェクトでは、国内で広く普及している乗換探索アプリとオンデマンド配車予約システムを国際標準仕様(GTFS-Flex、GTFS-Ondemand)で連携させ、より自然なUXで使える仕組みを検証します。特定のアプリに依存せず、どの経路でも一貫した移動体験の提供を目指しています。
乗換案内アプリで調べたルートに、オンデマンド交通も含まれて、そのまま配車予約までできれば、移動の選択肢はぐっと広がります。
「これまでにない乗換検索の体験を、当たり前のものにしていきたいと考えています。住民の方も、観光客の方も、スムーズに移動できる仕組みを提供できたらと思っています」と山田さんは語ります。
今回の実証では、駅探が持つ全国の定時定路線データと、未来シェアのオンデマンド配車システム、そしてTISのUX設計やデータ連携のノウハウを組み合わせて、より実用に近い環境での連携検証が行われます。
「公共交通のデジタル化は、単にアプリやシステムをつくるだけではなく、日々の移動や運行の中に無理なく組み込まれることが大切です」と語るのは、TISの長井大典さん。
TISでは、IT分野の専門性を活かしながら、各プレイヤーがスムーズにつながるためのインターフェース設計やUX改善に取り組んでいます。
「今回の実証を通じて、オンデマンド交通がより身近になり、地域交通の選択肢が広がっていくような手応えを感じていただけたらうれしいですね」(長井さん)
プロジェクトでは、得られた知見をGTFSの国際標準仕様にフィードバックしていく予定です。乗換案内とオンデマンド交通を連携させた実例として、国内外で活用される可能性もあります。
「私たちはこの実証を、地域交通DXに向けたブレイクスルーの一歩と捉えています。今後のプロダクト開発や他地域への展開にもつながるよう、しっかりと成果をまとめていきたいです」(山田さん)
今回の取り組みは、地域交通を支える事業者の負担を減らし、利用者にとっても使いやすい仕組みをつくることが目的です。その成果は、将来的に「公共交通の使いやすさ」の新しいスタンダードにつながるかもしれません。
「地域の皆さまや事業者の声を聞きながら、この実証が次の展開につながるよう取り組んでいきたいです。ぜひ、ご意見やご協力をいただけたらうれしいです」(長井さん)
アプリで探して、目的地までスムーズに行ける。そんな乗換体験が、遠くない未来に、当たり前になるかもしれません。
「アプリが違うから乗れない」
デマンド交通の「分断」をなくす標準化の取り組み
MONET Technologies株式会社 MaaS事業部 プロダクト開発室 室長 川崎俊介さん
Updated: 2025.09.12
撮影: 森裕一朗(Yuichiro Mori)
通院や買い物、通学の送り迎え。日常の移動を支えているデマンド交通が、いま各地で広がりを見せています。一方で、「地域が違えば、アプリも使い方も違う」といった声も多く、せっかくの便利な仕組みがうまく活用されていない場面も見られます。
このサービスの壁を取り払うため、MONET Technologies株式会社が取り組んでいるのが「デマンドバスシステム標準化プロジェクト」です。
デマンド交通の予約や配車を支えるシステムは、いまやさまざまな民間企業が提供しています。それぞれに工夫があり、地域の実情に合わせて進化してきたのが特徴です。
プロジェクトを担当するMONET Technologies株式会社 MaaS事業部の川崎俊介さんは「どのアプリも、それぞれの地域に合った“ちょうどいい”形で運用されています。でもそのぶん、他の地域のサービスとはつながりにくいという課題が残ってしまっているんです」と説明します。
例えば、「ある自治体で使っていたアプリが、引っ越し先では使えない」、「隣の地域に行くだけなのに、また別のアプリを入れて、使い方を覚え直さなければならない」といった不便や、「地域のMaaSアプリにデマンド交通をつなげたいけど、それぞれ仕様が違って大変」といった連携を促進できない状況が、各地で生まれています。
今回のプロジェクトでは、MONETが提供する「デマンド交通キット」をベースに、共通インターフェースとなるAPIを整備。他社のシステムと連携できる仕組みをつくり、実際にその有用性を検証していきます。
「標準化というと、“機能が同じになる”という印象を持たれることもありますが、私たちが目指しているのは“連携しやすくすること”です。良いものを残しながら、他の仕組みとも自然につながっていく。そんな“柔らかい標準化”を進めたいと思っています」と川崎さん。
アプリの違いを超えて、ユーザーがスムーズに使えるようになれば、移動のしやすさも大きく向上します。さらに、他サービスとの連携によって新たな移動のカタチやサービスが生まれる可能性もありますし、相互連携が実現すれば、自治体や運行事業者の業務負担の軽減やコスト削減にもつながるかもしれません。
MONET Technologiesは、これまで全国53の自治体でオンデマンド交通の導入支援を行ってきました。定時定路線のバスから、地域全体をカバーするデマンド型の運行に切り替えた事例もあります。
「地域の足を維持するには、システムだけではなく、運用の知恵も必要です。私たちは自治体や交通事業者のみなさんと一緒に、現場に合った仕組みを考えてきました。今回の標準化でも、技術的な話にとどまらず、現場で本当に使えるかどうかを大事にしたいと思っています」と川崎さんは言います。
今回整備する標準APIは、将来的に他の交通サービスや地域の活動とつながっていくための入り口にもなります。
「観光や医療、買い物などと連携できれば、“移動の目的”まで含めて移動の支援が可能となります。デマンド交通が、ただの移動手段ではなく、地域で暮らす人の生活を支える基盤になっていくはずです」
また、標準化によって交通データの共通化が進めば、地域交通の計画や分析にも活かすことができます。もちろん、個人情報やプライバシーに配慮したうえでの活用が前提です。
「例えば、どこで移動に困っている人が多いのかを可視化できれば、交通の改善にもつながります。行政や住民と共有できる共通のデータが生まれるという点でも、標準化の意義は大きいと思います」
今回のプロジェクトにかける思いについて、川崎さんはこう話しています。
「私たちがやろうとしているのは、“住みたい場所に、住み続けられる環境づくり”です。移動ができないから家を離れる、通えないから仕事をあきらめる、そんなことが少しでも減るようにしたい。標準化はそのための一歩だと思っています」
標準APIが整備されれば、デマンド交通だけでなく、移動販売や医療の予約など、さまざまな生活関連サービスとの連携が可能になります。交通と他のサービスがシームレスにつながることで、地域での暮らしが今よりもっと便利で快適になるかもしれません。
バラバラなICカードの乗降データを標準化。地域交通、まちづくりに活かす
フューチャーアーキテクト株式会社 Technology Innovation Group シニアアーキテクト 山田勇一さん(左)、パートナー 壷屋翔さん(右)
Updated: 2025.09.30
写真: 高橋智(Takahashi Satoshi)
SuicaやPASMO、地域独自のカードなど、ICカードによる鉄道やバスの利用は広く普及しています。ここから取得できる乗り降りの記録、「乗降データ」は、運行本数の見直しやルート最適化、混雑緩和といった交通サービスの改善に活かせる、大切な情報源です。
しかし実際には、事業者ごとに記録形式やデータ項目が異なっており、いざ活用しようとすると、データの読み替えや成形に大きな手間がかかるのが現状です。
この課題に向き合い、乗降データの標準化を進めるのが、フューチャーアーキテクト株式会社が取り組む「モビリティ・データ標準化プロジェクト」です。全国のICカード事業者や機器メーカーと連携し、共通の出力フォーマットを設計することで、データ活用における“最初のハードル”を取り除こうとしています。
このプロジェクトでは、鉄道・バスへの乗降の際に発生する1件ごとの利用履歴(いわゆる「一件明細データ」)について、各事業者でどのような項目が記録され、どのように管理されているかを調査し、分析に使いやすい共通フォーマットの設計を目指しています。
「ICカードで取得される乗降データは、事業者ごとに項目や構造が異なり、現状では横断的な分析が難しいのが実情です。標準化によって、個別の事情を尊重しながらも、行政や第三者が使いやすいデータに整えていくことを目指しています」と語るのは、Technology Innovation Group パートナーの壷屋翔さん。
データのフォーマットをそろえることは、地域をまたぐ移動の傾向把握や、需要予測の精度向上などにもつながります。
フューチャーアーキテクトではこれまでにも、鉄道・バス事業者向けにアクティビティデータの収集や可視化の支援を行ってきました。今回の実証では、その知見に加え、現場の実態を正確に把握する調査手法や、事実にもとづいて課題を洗い出す力、インターフェース設計やデータ構造に関するノウハウが活かされています。
「我々が重視しているのは、現場で本当に使えるフォーマットになっているかどうかです。技術的に正しいだけでなく、実際に運用できることが、標準化には欠かせません」と話すのは、Technology Innovation Group シニアアーキテクトの山田勇一さん。
このプロジェクトでは、鉄道・バスのICカード仕様を持つ各社や機器メーカーへのヒアリングも実施します。Suica・PASMOなどの全国相互利用に対応した10種類の交通系ICカードに加え、地域限定の独自ICカード(いわゆる“ハウスカード”)や、それらを読み取る鉄道の改札機・バスの車載器まで、幅広く調査対象としています。
「従来は、閉じたデータとして各社の業務内で使われてきた情報ですが、今回は、国や自治体などデータを活用する側の立場も想定しながら設計しています。個社に閉じず、社会全体で使えるフォーマットをつくることが、この取り組みの大きな意義です」と壷屋さんは強調します。
今後、設計した標準フォーマットを活用し、が移動需要の可視化やGTFS(公共交通データの標準形式)との紐づけやへの変換や分析などにおいて有用かどうかが検証される予定です。将来的には、データ変換ツールや可視化支援機能などの新たなサービス開発も検討されています。
「乗降データを扱いやすく整えることで、業務効率化だけでなく、“今まで気づけなかったこと”が見えてくる、という状況をつくっていきたい」(山田さん)
交通データの整備と標準化は、地域交通の改善や暮らしの利便性向上に向けた重要な基盤となります。今回の実証は、そうした環境の実現に向けた第一歩です。
「バス路線、どう変える?」地域交通の未来を試せる計画支援ツール
パシフィックコンサルタンツ株式会社 デジタルサービス事業本部 情報事業部 空間情報室の技術課長 榎本真美さん(左)、 社会イノベーション事業本部 交通政策部・都市マネジメント室・室長 和田裕行さん(右)
Updated: 2025.09.30
撮影:高橋智(Takahashi Satoshi)
「バスが減って、駅まで遠くなった」「高齢の親が病院に通えず、困っている」――。こんな声が全国各地で聞かれるようになりました。人口減少や高齢化の進行とともに、地域の公共交通は見直しの時期を迎えています。一方で、「今の路線をどう変えればいいのか」
「もっと便利な方法はあるのか」といった問いに、すぐに答えを出すのは難しいのも現実です。
そうした課題に応えるため、パシフィックコンサルタンツ株式会社が取り組んでいるのが「公共交通計画策定支援ツール開発プロジェクト」です。GTFS(公共交通データの国際標準フォーマット)などのオープンデータを活用し、複雑な分析やシミュレーションを誰もが直感的に行えるウェブツールの実現を目指しています。
開発中の公共交通計画策定支援ツールは、地図やグラフ、表の形式で、交通の状況を一目で把握できることが特徴です。
「GTFSデータをもとに、1日の運行本数や到達圏などの交通サービスレベルを地図上に可視化します。さらに、OD輸送量(ある区間でどれだけの人が移動したかを示すデータ)を重ね合わせることで、エリアごとの移動需要や潜在需要を把握できるようになります」と説明するのは、デジタルサービス事業本部 情報事業部 空間情報室の技術課長、榎本真美さん。
停留所の配置変更や運行本数の調整といった複数のシナリオを、地図上で簡単に試せるインターフェースも搭載予定です。マウス操作でルートを変更したり、スライダーで運行本数を変えたりするだけで、新しい計画案を即座に作成できます。
このツールの導入により期待されるのは、データ収集や資料作成にかかる時間の大幅な短縮です。さらに、コンサルなど外注に頼らずに、自治体職員や交通事業者自身が自らの手で、分析とシナリオ検討を進められるようになります。
「従来は“専門家に任せるしかない”と思われていた作業を、自治体の方々が自らこなせるようにしたいのです。データを“現場の武器”にして、より具体的な検討や議論に多くの時間を割けるようにしたい」と榎本さん。
人口減少や高齢化により、路線の維持が難しくなる地域が増える中で、今回のツールは、「維持か撤退か」の二択ではない、新たな選択肢を提示するものです。
社会イノベーション事業本部 都市マネジメント室 室長の和田裕行さんは、計画策定支援の意義について、「紙ベースや年次レポートだけでは、需要の変化や改善効果を把握しきれません。GTFSなどの整備が進む一方で、自治体や事業者がそれを活用できる環境がまだ整っていないのが現状です。今回のツールを通じて、データに基づいた議論や政策立案を“当たり前”にしたいと考えています」と説明します。
このプロジェクトは、富山県や高松市をはじめとする複数の自治体・交通事業者との連携のもと、実証が進められています。今後は、そこで得られたベストプラクティスやノウハウを、全国の自治体に展開していく方針です。
「ツールで得られた分析結果をもとに議論が進むようになれば、交通政策に対する市民の理解や参加も深まるはずです。最終的には、地域ごとの特性を尊重しながら、より良い交通のかたちを共につくっていける社会を目指したいですね」(和田さん)
複雑な計算や資料作成に時間をかけず、地域に合った交通のかたちを手軽にシミュレーションできる――そんな仕組みが、現場の意思決定を支えようとしています。