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河川局

資料6 隅 田 川 と 文 学

「隅田川の和歌」
表現史序説
久保田淳

 平安から中世までの和歌で、東国の隅田川がどのように歌われてきたかを検討する手始めとして、勅撰集に見える、「すみだがは」「すみだがはら」などの句を含んだ歌を数えてみると、十二例という数が得られる。この他、準勅撰集『新葉和歌集』に一例存する。
 勅撰集十二例の内訳は次の通りである。

新勅撰 三  続古今 一  新後撰 二  玉葉 一  続後拾遺 一  新拾遺 二  新後拾遺 一  新続古今 一

 すなわち、『新勅撰和歌集』に始まって、すべて十三代集における作例である。このことは、隅田川が中世に入って歌枕として定着し、羇旅の歌などを詠ずる際に歌人たちの間で意識されることが多くなったのではないかということを想像させる。
 尤も、これらの例歌がすべて同じ東国の隅田川を詠じた歌ではない。ここでは一首だけ取り上げておくが、『新勅撰集』の、

(題しらず)
まつちやまゆふこえゆきていほさきのすみだがはらにひとりかもねむ(羇旅・五〇一)

という歌の原歌は、『万葉集』の、

弁基歌一首
亦打山 暮越行而 蘆前乃 角太河原爾 独可毛将宿
(巻三・二九八)

で、この「角太河原」は現在の『万葉集』の注釈においては、紀伊国、現、和歌山県橋本市隅田のあたり、今の紀の川の隅田の河原かと考えられている。(なお、そのように考えられるまでの経緯については、改めて問題にしたい)
 勅撰集に続き、私撰集では「すみだ川」の歌がどのように分布しているかを調べてみる。
 『万葉集』には右の弁基の作、紀伊国の「角太河原」の歌が見出されるのみである。平安から中世までの私撰集では、次のような結果が得られる。

古今六帖 一 月詣 二 楢葉 一 新撰六帖 五 万代 二 秋風抄 一 秋風集 二 雲葉 一 新三十六人撰 二 閑月 一 歌枕名寄 一七 夫木 一八 新三井 一

 しかしながら、右の作例もすべてが東国の隅田川の歌というわけではない、先の弁基の歌の再録もあるし、『古今和歌六帖』の「すみだ川」は、

いではなるあねとのせきのすみだがはながれてもみん水やにごると」(第二・一二七一 題「くに」)

というので、出羽国の「すみだ川」である。その他、どこの国の川か特定できない麗香も含まれている。ただ、以上の調査によっても、「すみだ川」が平安末から中世にかけて、歌人たちによってにわかに取り上げられ始めた歌枕であるらしいこと、再録歌を多く含む『歌枕名寄』や『夫木和歌抄』が、歌枕としての隅田川を考えるきわに注目すべき名所歌集であることなどが知られる。
 そこで今度は、平安から鎌倉時代、『夫木抄』『玉葉和歌集』成立頃までの範囲で、「すみだ川」の例歌を含む定数歌・歌合・私家集にはどのようなものがあるかを調べてみる。ここでは書名のみを掲げるにとどめておく。

定数歌(個人百首を除く)
堀河百首 為忠家後度百首 正治院初度百首 内裏名所百首 洞院摂政家百首 宝治百首 白川殿七百首 嘉元百首
歌合
宰相最少中将源朝臣国信卿家歌合 老若五十首歌合 千五百番歌合 建長八年百首歌合 三十六人大歌合
私家集(個人百首を含む)
散木奇歌集 二条太皇太后宮大弐集 教長集 田多民治集 源三位頼政集 長秋詠藻 五社百首(長秋草) 北院御室御集 林下集 重家集 経家集 寂蓮結題百首 隆信集 秋篠月清集 拾玉集 無名和歌集 百詠和歌 明日香井和歌集 拾遺愚草 同員外 名号七字十題和歌 壬弐集 後鳥羽院御集 土御門院御集 順徳院御集 俊成卿女集 露色随詠集 寂身法師集 隆祐集 実材母集 瓊玉和歌集 柳葉和歌集 為家集 隣女和歌集 他阿上人家集

 勅撰集から私家集まで、以上調査したデータに基づき、これらの例歌を集めれば、一種の隅田川和歌集を編むことがかの王であろうし、例歌のうち年代の判明するものを年代順に配列し、不明のものもほぼ見当を付けて時間軸に沿って位置付けてみると、隅田川の歌の表現史を辿ることができるであろう。目下そのようなことを考えているのであるが、その第一歩として、「隅田川の和歌関連事項略年表〈上代−鎌倉期〉」と称するものを作製してみた。それに基づいて、歌枕「隅田川」の形成過程を少し細かく辿ってみたいと考えている。

(白百合女子大学教授)

 

隅田川の和歌関連事項略年表〈上代−鎌倉期〉

西 暦 和 暦 事   項
七〇一 大宝元 弁基、還俗して春日蔵首老、紀伊国角太河原の詠あり〔万葉集〕
九〇五 延喜五 古今和歌集撰進
九五七 天徳元 伊勢物語この頃以降現存形態成るか
九八三 永観元 古今和歌六帖この頃までに成る
一〇二〇 寛仁四 更級日記の記事始まる
一〇二五 万寿二 能因陸奥に下る〔能因集〕
一一〇〇 康和二 源国信家歌合
一一〇六 嘉承元 堀河百首奏覧される
一一三五 保延元 藤原為忠家後度百首この頃成る
一一五〇 久安六 久安百首詠進される
一一五六 保元元 保元の乱後、藤原教長常陸国に配流、隅田川で詠歌〔教長集〕
一一五九 平治元 平治の乱後、藤原成範下野国に配流
一一六四 長寛二 藤原忠通没、生前隅田川の詠歌あり〔田多民治集〕
一一六五 藤原範兼没、五代集歌枕を著す
一一六六 仁安元 平経盛家歌合(散佚)
一一六八 奈良歌合(散佚)
一一六九 嘉応元 和歌初学抄これ以前に成る
一一七二 承安二 藤原公通家十首〔頼政集〕
一一八〇 治承四 源頼朝、隅田河畔に兵を集める〔吾妻鏡〕
一一八三 寿永二 月詣和歌集成る
一一八八 文治四 楚忽第一百首(慈円)〔拾玉集〕
一一九〇 建久元 西行円寂、生前隅田川の詠歌あり〔雲葉集〕、五社百首(藤原俊成)、賦百字百首(慈円)〔拾玉集〕、二夜百首(藤原良経)〔月清集〕
一一九一 藤原実定没、生前隅田川の詠歌あり〔林下集〕
一一九八 和歌色葉成るか
一二〇〇 正治二 正治院初度百首詠進される
一二〇一 建仁元 老若五十首歌合
一二〇二 寂蓮没、生前隅田川の詠歌あり〔寂蓮結題百首〕
一二〇三 千五百番歌合
一二〇四 元久元 百詠和歌(源光行)
一二〇九 承元三 五代簡要成る
一二一四 建保二 百日歌合(藤原雅経)〔明日香井集〕
一二一五 道家家歌合(慈円)、内裏名所百首詠進される
一二二〇 承久二 四季題百首(藤原定家)〔拾遺愚草員外〕
一二二二 貞応元 名所題百首(寂身)〔寂身法師集〕
一二二三 当座百首(藤原為家)〔夫木抄〕
一二二四 元仁元 藤川百首(定家)
一二二六 嘉禄二 百首(為家)〔夫木抄〕
一二三〇 寛喜二 鑁也没、恋百首に隅田川の詠あり〔露色随詠集〕
一二三二 貞永元 洞院摂政家百首成る
一二三五 嘉禎元 新勅撰和歌集成る、八雲御抄これ以前に成る
一二三七 名号七字十題和歌、楢葉和歌集成る
一二四四 寛元二 新撰和歌六帖成る
一二四八 宝治二 宝治百首、万代和歌集成る
一二五〇 建長二 秋風抄成る
一二五一 秋風和歌集成る
一二五四 藤原実氏、卜部兼直都鳥に関して詠歌あり〔古今著聞集〕、雲葉和歌集成る
一二五六 康元元 建長八年百首歌合、藤原光俊(真観)鹿島社参詣の際隅田川にて詠歌〔夫木抄〕
一二五八 正嘉二 明玉集(散佚)これ以前成るか
一二五九 正元元 新和歌集成る
一二六〇 文応元 新三十六人撰成る
一二六二 弘長二 百首(宗尊親王)、三十六人大歌合成る
一二六四 文永元 粉河寺三十三首(為家)〔為家集〕
一二六五 白河殿七百首、続古今和歌集撰進
一二六九 万葉集注釈成る
一二七一 続五十首(為家)〔為家集〕
一二八二 弘安五 閑月和歌集成るか
一二九〇 正応三 後深草院二条、隅田川に至り詠歌〔とはずがたり〕
一三〇一 正安元 飛鳥井雅有没、生前隅田川の詠歌あり〔隣女集〕
一三〇三 嘉元元 嘉元百首詠進、新後撰和歌集撰進、歌枕名寄原撰本この頃成るか
一三一〇 延慶三 夫木和歌抄この頃成るか
一三一二 正和元 玉葉和歌集成る
一三一九 元応元 他阿示寂、生前石浜の道場での詠歌あり〔他阿上人家集〕
一三二六 嘉暦元 続後拾遺和歌集撰進

中世の文学 附録 21 平成6年5月
源平盛衰記(三) 第21回配本
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