四天王像(飛鳥時代 国宝)
1本のクスノキから彫り出されているこの像は、7世紀半ばの作で、現存する四天王像としては日本最古のものである。それぞれ東西南北の方角に立って仏の世界を守護しており、持国天は東方、増長天は南方、広目天は西方、多聞天は北方をそれぞれ守っている。多聞天は毘沙門天とも呼ばれる。日本の最も古い歴史書のひとつ『日本書紀』には、法隆寺を創建した聖徳太子(574~622年)が、日本における仏教の普及に反対する勢力との戦いに勝利できるよう、四天王に祈願したと記されている。
四天王像(飛鳥時代 国宝)
1本のクスノキから彫り出されているこの像は、7世紀半ばの作で、現存する四天王像としては日本最古のものである。それぞれ東西南北の方角に立って仏の世界を守護しており、持国天は東方、増長天は南方、広目天は西方、多聞天は北方をそれぞれ守っている。多聞天は毘沙門天とも呼ばれる。日本の最も古い歴史書のひとつ『日本書紀』には、法隆寺を創建した聖徳太子(574~622年)が、日本における仏教の普及に反対する勢力との戦いに勝利できるよう、四天王に祈願したと記されている。
四大天王像【飛鳥時代(西元593-710) 國寶】
此像由整塊樟木雕成,是7世紀中期的作品,也是日本現存最古老的四大天王像作品。祂們分別站立於東、西、南、北的方位,戍衛佛陀世界:持國天為東方,增長天為南方,廣目天為西方,多聞天則在北方,各守一方。多聞天又被稱為毘沙門天。根據日本最古老的史書之一《日本書紀》的記載,創建法隆寺的聖德太子(西元574-622)曾向四大天王祈禱,以求戰勝反對在日本普及佛教的勢力。
四大天王像【飞鸟时代(593-710) 国宝】
这是由整块樟木雕成的7世纪中期作品,是日本现存最古老的四大天王像。它们分别站立于东、南、西、北各方位,守卫着佛陀世界:持国天在东,增长天在南,广目天在西,多闻天则在北,各守一方。多闻天又被称为毘沙门天。根据日本最古老的史书之一《日本书纪》的记载,创建法隆寺的圣德太子(574-622)曾向四大天王祈祷,以求战胜反对在日本普及佛教的势力。
사천왕상(아스카 시대 국보)
한 그루의 녹나무로 조각된 이 상은 7세기 중반의 작품으로, 현존하는 사천왕상으로는 일본에서 가장 오래된 것입니다. 사천왕은 동서남북 방향에 서서 부처의 세계를 수호하는데 지국천은 동쪽, 증장천은 남쪽, 광목천은 서쪽, 다문천은 북쪽을 각각 지키고 있습니다. 다문천은 비사문천이라고도 불립니다. 일본에서 가장 오래된 역사서 중 하나인 『일본서기(日本書紀)』에는 호류지 절을 창건한 쇼토쿠 태자(574~622년)가 일본에 불교가 보급되는 것을 반대하는 세력과의 다툼에서 승리할 수 있도록 사천왕에게 기원했다고 기록되어 있습니다.
Statue of Shitenno
The Four Heavenly Kings (Shitenno) were carved from camphor wood in the mid-seventh century. This is the oldest known set in Japan. The Kings stand at the four points of the compass, protecting the realm of the Buddha. Jikokuten looks to the east, Zochouen guards the south, Komokuten observes the west, and Tamonten protects the north. Tamonten is also sometimes identified as the deity Bishamonten. The Nihon shoki (Chronicles of Japan) records that Prince Shotoku (574–622), the founder of Horyuji Temple, prayed to the Four Heavenly Kings for help in his campaign against forces opposed to the spread of Buddhism in Japan.