会議記録

 次は、失敗の原因と結果についてだが、労働災害にハインリッヒの法則というのがある。それは、1件の重大災害の裏には29件のかすり傷程度の軽災害があり、その陰には300件の怪我にはならないが災害の危険を感じることがあるということである。
 これは、軽微な予兆があるうちにその要因をきちんと見抜いて本当の対策を講じれば、この重大事故を防ぐことができるということである。しかし、失敗というのは確率現象だという別の見方があり、これは同じ要因があっても、300件に1件しかひどい事故にならない、299件は事故にならないということである。このように皆が学んでしまうと、予兆を全て無視し、その原因を全て放置する。大したことはない、見ないことにしよう、これが実際に起こっている事故隠しである。
 しかし、ツケは300倍である。300分の1しか起こらないが、1件でも起こると、ほかの分まで全部背負なければならない。
 これは、先程述べた自分達でつくった本からの抜粋だが、自分達の自己申告をして、結局108の事例を分析した。それを分析してどのような原因に大別できるかとやっていくと、約10個のものに分類できた。未知、これはチャレンジしたものである。そして個人のせいで起こるもの、無知、不注意、手順の不順守、誤判断、調査・検討の不足。ここまでは個人の責任である。次はそうでないもの、制約条件がある。制約条件の変化、それから次は組織運営が悪いことによるものである。企画不良、価値観不良、組織運営不良、大体この10個で、ほとんどの失敗は分類できる。
 先日、原子力安全委員会で講演を行ったのだが、委員の方々が皆この本を読んでくれて、ほとんど全部これで分類できると言っていた。多分、日本中で起こっている失敗は、大体これで分類ができのではないかという気がしている。
 失敗の原因は大抵1個だけにして幕引きが行われる。しかし、それは正しくない。沢山の失敗原因が多層に重なり、さまざまな様相で顔を出してくる。一番下にあるのは、個々人に責任のある失敗であり、先程述べたとおりである。しかし、その上に必ず組織運営不良があり、企業経営不良がある。そして、この上に必ず行政・政治の怠慢があり、社会システムの不適合がある。そして、その上に少し離れて、未知への遭遇というのがある。皆がこれをものすごく強く感じているのがエイズであり、狂牛病である。このような問題があるにも拘らず、社会はそれをそのままで動いていくという理不尽さがある。
 そしてもっと始末の悪いことが起こる。それは、上の者はいつも下の者のせいにして幕引きをするという、そのような法則がある。代議士は秘書のせいにするし、医者は看護婦のせいにしておしまいにする。
 次は、失敗の必然性についてだが、先程述べたように、時間とともにここに示すような4つの場所を通る。そして1つの技術なり運営なりを脈絡で表したとすると、萌芽期にはひ弱で、目的を達するためにようやく繋がっているという状態である。しかし、発展期になると沢山のことを試し、沢山のことを迷い、そして沢山経験をし、失敗をする。そして豊かなものになる。しかし、成熟期になると、「もう沢山失敗をした、上手く行くことだけをやることにしよう」と完全な標準化、マニュアル化をする。そして、ここに入る人は何もこれ以外の知見を持たない。そして、他のことを試すことが許されない状況で技術や社会の運営を行う。その結果、見かけ上は立派に動いているけれども、本当の意味では全くひ弱な技術になっている。それで衰退期に入る。そして、何か1つ思わぬ外乱が入ると、これで失敗になって事故になっておしまいということが起こる。
 このように見ると、雪印が起こした食中毒の例がものすごくはっきりしていると思う。完全にマニュアル化しハサップ(HACCP)で行なっていて、その上偽装をして事故が起こる。当然起こる。実は、「雪印は食品の事故を起こすから皆見てなさい」と、私はいろいろな所で講演していた。というのは、何も根本的なことを変えずに企業運営をすると、必ず事故が起こるからである。
 もっと怖いのがこれである。局所最適が全体最悪をもたらすのである。技術がこのように進歩して行き、最初のうちはそれを構成する要素の数も小さく、全体の規模も小さいため、一人で把握ができる。だんだん大きくなって成熟期になると、あまりに技術が大きくなるので、一人では把握できない。そして理解もできない。それなのに、一人ずつが全部最適解を求められる。そうすると何が起こるか。自分のわかる範囲で最適だと思う解を出す。技術がこれだけこのようになっているとすると、短絡するのが 一番具合が良いと考える。そして事故が起こる。
 青森県にある日本原燃で講演を依頼されたので、JCOの臨界事故が起こる2カ月前に、この絵で今のとおりの説明をした。「原子力で事故が起こるから気をつけなさい」と言うと彼らは、「これだけやっているのに事故が起こるとは信じられない」と言っていた。「しかし、きっと起こるから見てなさい」と言うと、2カ月後に日本原燃で臨界事故が起こった。向こうから電話がかかってきて、「あなたの言っていることは気味が悪い」と言われた。それは外から見ていれば分かるのである。
 実はこの絵は、原子力を想定して描いたものではない。これは、半導体の開発をやってきて、リタイアしそうな人とずっと議論をしてつくった絵である。日本原燃に行く2〜3年前にこの絵ができ上がっていた。そして、このようなことが起こると言ったら起こった。
 去年の3月に、今度はアメリカのサンディア・ナショナル・ラボラトリーへ行ってこの失敗の議論をした。そうしたら大変な驚きだった。この説明をしたら、ロスアラモスのフェイリアマネジメントの方が、私も同じようなことを考えていて、「日本の原子力の扱いはあまりにずさんだからもうすぐ臨界事故を起こす」と言った。「実は、JCOの事故が起こるより前に、自分は日本にウォーニングを出した。あなたが述べているのと全く同じカラクリで、自分の方から見ると、日本は事故を起こすと思って見ていた。ただ、ウォーニングの答えが何もないままに、本当に事故が起こり、今度、アメリカの政府の委員になって日本に来たが、日本の技術者はそのことについて何を尋ねても答えなかった」と言っている。

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