会議記録

デスカッション
【森地座長】
 前回と同様、ここに座っている方どなたからでも結構である。ご自由にご質問、ご意見、ご発言をいただきたい。
【月尾委員】
 下河辺顧問がおっしゃったコンクリートの限界とは、資源としての限界が非常に大きいということか。それとも、それがつくる構造物などの問題があるからということなのか。

【下河辺氏】
 資源としては、まだ限界を感じていない。
 技術的なことで言えば、コンクリートの寿命というのが予想よりはるかに短いということがある。それから構造物として言うと、目方が重過ぎるということが私は気になっている。

【森地座長】
 何年か前に下河辺顧問が基調講演で、私の行ってきたのは全部失敗であると言われて、僕はものすごく驚いたことがある。

【下河辺氏】
 今日、畑村委員のお話を伺っていて、もっと早く伺っておいたら助かったと思ったが、私の戦後50年の開発で、成功などと報告できるものは何1つない。だから、新聞記者の人達が失敗の責任のインタビューに来ることが多い。そうすると、そのような場合には弁解する人が多いのだが、私が「いやあ、失敗しました」と言うと、取材者が少し困惑する。私は責任者として失敗を言ってはいけない立場に立たされるが、気持ちの上では50年間いろいろなことをしたが、これは成功したなどという思いはない。
だから、この頃おもしろいのは国土交通省の本当に若い、入省したばかり位の青年達が私の失敗の歴史を聞きたいということが多くなったことを、密かに喜んでいるのである。

【白石委員】
 畑村委員のお話しいただいた内容に、若干感想めいたものを述べさせていただく。私は、製造業における高齢者雇用を行っており、日本全国の製造業の現場を歩いていると、大体現場の方から不良品、欠陥品が出るのは4Mだというような、皮膚感覚のお話を聞く。
 1つがMan、人が変わった時に何か欠陥品が生じる。Method、方法論が変わった時。更には新しい機械を導入してMachineが変わった時。Material、材料が違ったからと、大体言い訳はこの4つだと言われると思う。そのようなことから、今日の資料の2ページのお話を聞くと、現場感覚でわかりやすく言うには、今の4つの分離は大変有効だと思うのであるが、これを学問的に分析してデータベース化して行くには、図3にあるように非常に細分化した方が分析しやすいだろう。
 しかし、学問的に検証していく上では、ディテールが分かった方が良いと思うが、やはり先程の4Mのように、ある程度分類して行った方が良い気がする。失敗を建築技術に置きかえるのならば、私は時系列というか、どの工程のどの時点で 生じているかということが分かり易くなった方が良いと思う。
 また、建築の中では、構造なのか、環境なのか、計画段階なのかというように、役割分担の中でどの部分で生じているのかという、先程の組織の例に置きかえても良いが、どの組織の中でどの時点での失敗なのかというようなことにも、少し目を向けて行った方が良いような気がした。

【畑村委員】
 白石委員の言われたとおりである。例えば、今ここで図3に示しているのは、設計における失敗原因の分類である。設計段階が一番の主要な原因になって起こっていることだとするとこうなる、ということである。
 ところが、これをもう少し違うレベルで、例えば施工の段階であるとすれば、今度は施工管理をこのように図化すると、やはりここのところの真ん中を、施工管理または施工における失敗の原因に置きかえると、やはり施工云々で全部やって、ほぼこのとおりになるであろう。
 それで、先程の機械が変わった、人が変わった、材料が変わった、どれが変わったとしても、それを人間が扱っているステージ、その設計段階であったり、企画段階であったり、施工、さもなければ製造の現場の段階であったり、もっと違って、後のメンテナンスであるとか、そういうところまで入れても良いが、それぞれの場所で多分このような図が描けるのだろう。
 そうすると、次に、今ここに描いていない新しい図が必要になるのである。それは何かというと、これを串刺しにして、このレベルで10個、この次のところでも10個、次でも10個というようなものが多分出てくるのだと思う。
 先程申し上げた、失敗知識のデータベース化のところで大変な議論を行っていて、ものすごくいろいろなところのものを集めていくと、どうも私が今申し上げたようにしないと、自分のものをどこにぶら下げて良いのか分からないので、分かるようにしてくれというので、そのようなものをつくっているところである。
 しかし、何とも困るのは、こういう考えでものを言ったり実行したりする人というのは、世界中にまだいない。だから、何か一人で考え、一人で皆と議論しながら、何かもうやれるところを皆やっているという混乱が起こっている。早くそれをやらないと、やはり何か技術の運営、国の中での技術全体の経営、そのようなものが狂うのではないかというので、とても心配しながら、何でもやれることは皆やろうというので必死になっているところである。

【森地座長】
 土木の社会と建築の社会ではマニュアルへの対応が異なる。建築では、マニュアル外の設計をしてそれを審査するような仕組みがある。土木はマニュアルがあって、基本的にはそれを破ってはいけない。マニュアルに載らない設計を行う際に、委員会で議論してつくっていく。それがマニュアル化して、その後は考えなくなる。マニュアルの弊害を何とかするためのマニュアルの使い方であるとか、対処の仕方というのは何か。

【畑村委員】
 多分、それはマニュアルと言って皆が理解していることにも、少し違う意味もある。マニュアルの意味が違っていて、本当に作業する時の手順だけを言っているマニュアルもあれば、作業ではなく判断する中身で、この項目とこの項目を検討する必要がある、というレベルのマニュアルもある。
 作業だけ決めてそれ以外何にもやらせないという事例を知りたいのであれば、マクドナルドへ行くと良い。あそこにいるお姉さんやお兄さんがやっていることは、絶対にマニュアルから外れてはいけないのである。あの人達はものすごく正確に動き、安くて皆が満足するものをどんどんつくってくれる。しかし、あれは多分、何も判断しないから上手くいくのである。だから、判断してはいけない、そういうレベルのマニュアルもある。しかし、そうでないマニュアルもある。
 あるレベルである企画をする際に、これとこれとこれだけは検討する必要があるという、最もレベルの高いところのマニュアルもある。それを手順書や標準と呼ぶこともあれば、マニュアルと呼ぶこともあるが、ある決まりを決めている。その際に重要なことは、レベルが高くなるマニュアルを扱っている時程、マニュアルは絶対ではなく、自分達はそこで起きていることの方を優先し、マニュアル自身も変えなければいけないということである。しかし、勝手に変えたらいろいろな事故が起こるということを知った上で、今はこれに従うが、これは変えて行く必要がある。要するに、標準、基準といった作業手順は、いつも変わるものなのである。そして、止まった標準というのが一番危ないというように、別の考えをする必要がある。標準はいつも変えなければならないという意識を持ち、その標準を扱う必要がある。
 これは、「だから普通に何かで従えば良いんだ」と言っているような受け身の格好、もしくは言い訳の格好で考えている標準、基準やマニュアルとは違う考えである。しかし、高いレベルになって人間が判断しなくてはならない時は、そのようなことを行う必要があると考えている。

【森地座長】
 少ししつこいようだが、同じように、例えば警察や鉄道というのは全部の人が考えてはいけないと、つまり個々の人が考えるとシステムが上手くいかないから、単純化してルールどおりやらせることが全体の安全に資すると、こういう思想が流れているように見えるが、いかがだろうか。

【畑村委員】
 ある部分そうである。勝手に変えると、それが事故をまた起こす。だから考えてはいけないという考えもあるが、でもやはり考えなくはいけない。特に人間を扱っているというところでは、絶対考える必要があると思う。
 それから、例えば鉄道のようなところでマニュアルが重要だというのは、完全に重要なのである。しかし、マニュアルどおりやっていたら事故が起こるというのがある。この間の鉄道の追突事故などはそうである。そうであるとすると、マニュアルで想定していないことが自分の目の前で起きた時に、どちらをやるのかということになる。刑事訴追を受けるか受けないかという観点では、マニュアルどおりやっていればそれで良い。しかし、マニュアルどおりやっていたら必ず人が死ぬということがある。そうだとすれば、マニュアルの不備について何か言うことが先なのか、人の命を救う方が先なのかという判断をしなくてはならない。そうすると、超法規も何も無く、人の命を守る方が先なのである。それがこの前あったJALのニアミスである。
 JALのニアミスで着陸した時に、出迎えに行ったのは捜査陣である。逃げもしないのを捕まえに行った。しかしながら、あそこでやるべきことは捕まえに行くことではなく、本当に起きたことをきちんと記述をして対策をとることであった。あれは、管制官の間違いである。管制官の間違いなのに、絶対に従わなくてはならないことになっている。しかし、従っていたら皆死んでいる。そうだとすれば、あれはマニュアルを破ったこと自体がきちんと称賛されるべきである。間違った運用というのはある。だから、そのようなことまで考えなくてはいけない。何も判断せずにそれだけに従っているというのは、やはり間違いであると思う。


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