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海の交通法規入門


船員の常務

 前節までに,海上衝突予防法で定められた海上交通の基本ルールとなっている,「行会い船の航法」「横切り船の航法」「追越し船の航法」「各種船舶間の航法」(以下「定型航法」といいます。)について,それぞれ説明してきました。

 海上衝突予防法は,海上交通の基本法であり,見張りの方法などの基本的な事項のほか,衝突防止のための2隻の船舶間における定型航法を定めています。しかし,海上においては,船舶の大きさ,用途,それに運動性能などが大きく異なる上,海域の広さや船舶交通の混雑の度合,地形や風潮流など自然環境の影響など,陸上交通とはさまざまな点で異なっており,定型航法だけですべてをカバーすることは困難です。
 定型航法は,相手船を認めた後,その船がどちらに航行していて,自船と衝突のおそれがあると判断でき,さらに,衝突を避けるために舵を切ったり,速力を落としたりする,時間的にも距離的にも余裕のあるときに適用されるものです。

 では、時間的にも距離的にも余裕のない,すなわち,2隻の船舶がかなり接近した状態で,突然衝突のおそれが生じたときには,どうすればよいのでしょうか? 

 このような場合には,そのときの状況から最善の避航動作をとらなければなりません。逆に,このような場合が,最も難しい判断と行動が要求されることになります。
 このように,海上においては,具体的にルール化することが困難な状況が多々あり,こうしたルール化が困難な点について,海上衝突予防法では,船舶の運航にあたって長い間に培われてきた,良き慣行である「グッドシーマンシップ(※)」に基づいた,操船者の適切な判断に委ねられており,操船者が,その状況に応じて当然必要とされる注意を怠ったときには,責任を免れないとしています。

※グッドシーマンシップ
  普通の船員であれば,当然,知っているはずで,持ち合わせているはずの知識・経験・慣行

第39条
 この法律の規定は,適切な航法で運航し,灯火若しくは形象物を表示し,若しくは信号を行うこと又は船員の常務として若しくはその時の特殊な状況により必要とされる注意をすることを怠ることによって生じた結果について,船舶,船舶所有者,船長又は海員の責任を免除するものではない。

 一船が錨泊または漂泊中であるときは,定型航法を適用することはできませんので,「船員の常務」として,両船に衝突を避けるための措置をとることが求められますが,この他に,「船員の常務」として適切な避航措置が求められる事例を挙げてみます。

@この衝突事件は,岸壁を離れた後,徐々に増速しながら右に回頭中のタンカーが,岸壁の沖合を航行中の貨物船に衝突したものです。
この2隻の船舶の関係からすると,定型航法のうち「横切り船の航法」が適用になるように見えます。しかし,タンカーが右回頭・増速中であったことから,実際に衝突のおそれが生じたのは,両船がかなり接近したときであり,その時点では,両船が直ちに相手船を避ける措置をとらなければなりません。このように,両船間の距離が近くなった時点で衝突のおそれが生じたときには,もはや「横切り船の航法」を適用するだけの時間的にも距離的にも余裕がありませんし,同航法によっていたのでは,衝突を避けることは期待できません。そうした場合,両船に対し,「船員の常務」として,その他の方法で避航措置をとることが求められるわけです。
 この事件の場合では,タンカーは,大幅に減速または停止することが最善の避航措置となりますし,貨物船は,大幅に減速または停止するか,大きく左に転針することが最善の避航措置となります。

A両船が,互いに左舷を対して無難に通過できる態勢で航行中,A船が着岸予定の岸壁に向けて急に左転したため,両船に衝突のおそれが生じた。


BA船が,停止していたB船の船尾側を通過しようとしたところ,B船が投錨のため後進で下がり始めたことから、両船に衝突のおそれが生じた。


今回は、船員の常務についてみてみました。
 「海の交通法規入門」では、以後、
   「夜の航海 船の灯火」
   「昼の航海 船の形象物」
などについて、解説する予定です。
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