会議記録


5.討論(1)
【技術審議官】
 どうもありがとうございました。これから先、嶌委員に司会をしていただきまして、観光と余暇活動ということにつきまして、ご懇談をいただきたいと思います。嶌委員よろしくお願いいたします。

 


技術審議官
【嶌委員】
 今日のテーマは「観光と余暇活動」というテーマなので、それに絞って少しご議論いただきたいと思います。

 


嶌委員
【加藤委員】
 嶌さんのイタリアというのはいろいろ見習うところがあるというお話には私も全く賛成です。ただ、私はプレゼンテーションも大事だと思いますが、やはりその場所の人が考えるしかないと思います。国が号令をかけて全国の観光地を良くしようというのは、やらないほうがいいのではないでしょうか。結局お金をつけるにしても、何かものをつくるにしても、行政の性格上、何か基準を決めないといけなくなります。すると各地域が一律になって結局つまらなくなると思います。ですから結局、そこの人がどうやってそれをもう一回売り出すかということを考えるしかないと思います。
 私は、和歌山県の知事のアドバイザリー何とかというのをやっています。あそこは桐の箪笥が昔から多いらしいのですが、今どき桐の箪笥というのはほとんど買う人がいません。昔は着物や畳といったものがある生活の中に桐箪笥もありました。ところが生活が変わり、桐箪笥だけが置いてきぼりを食って、売れなくなってしまいました。しかし、箪笥以外にも桐という素材と、それをきれいに細工する技術を新たに組み合わせて現代の生活に使えるようにすればいいと思うのです。
 観光でも物でも同じだと思います。日本は自然が非常に多様ですし、歴史も相当にある国ですから、至るところにそういうものがあるのですから、これらの組みかえをしてみると良いと思います。それには行政主導ではなく商売をやる人がもっと考えればいいのではないでしょうか。
 日本のビジネスマンたちというのは、今までは外国に出ていって、それを日本に紹介してきましたが、これからは逆のことをしても良いと思います。海外の人を日本に連れてきて、日本中を歩かせて、こんなに良いものがあるけれども、桐と技術を組み合わせてどうしたらいいかについて彼らのアイデアを入れると、とても良い桐の何かができるかもしれません。
 先ほど嶌さんのお話にもありましたが、良いものがあっても、あまりにも当たり前だと良いということに気づかないですね。先日山口県の西の端のあるところに車で連れて行ってもらったのですが、見ていると家の屋根が全部赤いんですね。関州瓦というのですか、レンガ色に光っているんです。今東京近辺では見られない景色です。これは良い眺めだと思って一緒に運転してくれていた人に言うと、「はあ、そうですかね」という感じで、全然目に入っていないんですね。これらを日本人だけではなく、外から外国人を連れてきて見せると、宝物が見えてくるかもしれません。

 

 

加藤委員

【安部委員】
 例えば僕が今5日間休みがとれたときに、どこへ行こうか考える時の条件が幾つかあります。
 とにかく納得のいく金額で泊まるところ、食べるところがあるということです。ロンドンだってニューヨークだって驚くように高いところがあります。それが高くても納得がいくから行って不愉快にならないんです。
 もう一つは、ワシモ族の人たちがウルウルするところには行きたくないという気持ちがあります。これは良いことだとか、これはほのぼのとしたことだとか、これは日本古来のだとか、だから、行った者は誰でもそこでほほ笑んだりうなずいたりしなきゃいけないというところは行きたくないんです。
 この前は沖縄に行きまして、かなり満足しました。沖縄以外でも日本中どこでも美しいし、食べるものが美味しく、そう不愉快になることはありません。
 一番最近は鳥羽の沖の神島という人口450人の島に行ってきました。1泊2食6,500円の宿屋さんで、仰天するようなうまいイカとヒラメとタイもイワシもタコも食べました。もうたばこの自動販売機がわずかに立っているだけで、肉屋もなければ八百屋もない島です。
 あれはもしかすると、いわゆる観光開発をしなかったために、ここに来たら必ずほほ笑んでうなずかなければいけないところということがないから、行ってくつろぐのではないでしょうか。神島はすごいところです。



安部委員

【井上委員】
 日本に世界からの観光客が少ないのは、ある程度はやむを得ないと思います。まず歴史が違うと思います。世界史の中に日本の名前が出てくるのは、多分明治時代からです。それに対してイタリアの歴史は古代ローマからおそらく世界中の中学校で教わるわけですが、壬申の乱を教わる世界の人が幾らぐらいいるだろうかと思うと、ちょっと絶望的になります。
 僕は京都の嵐山嵯峨野で生まれ育ちました。観光地の真っただ中でしたので、観光立国になることの良し悪しをいろいろ考えさせられます。観光客は山のようにごみを捨てていきます。観光客はよく庭の生け垣とかを引っこ抜いて行ったりします。たこ焼きの舟を庭に捨てていったりします。しかし、観光業者はそのための保障を一切しようとしません。観光業者にしたら、必要悪、必要経費みたいなものだと思いますが、観光で生計を立てているお家と、そうでないお家の間にいやしがたい溝ができます。僕はそういう地域で育ちましたので、これから国を挙げてそういう国になるんだと言われれば、その覚悟のほどはどうなんだという気持ちがいたします。
 京都は特に町中は全部通りの名前があります。かなり細い道にまで通りの名前があります。町名というのもありますが、町名は普段使いません。ところが郵便番号表というのがまことに迷惑で、すべて町名になっています。私たちの日常感覚は通りなのですが、お国は町名を押しつけてくるんでしょうね。
 京都では、古くからある町屋が今どんどん潰れて雑居ビルになっています。これは基本的には消防法と相続税のためです。まず今、都心部では木造家屋の建設が消防法で認められません。相続税が結構かかるので、木造家屋を維持していると相続ができない。結局土地を業者に売り飛ばして、そのお金で相続税を払います。その土地に業者は雑居ビルを建てるわけです。もし観光が国の宝だというふうに行政転換をするのならば、役立ちそうな民家に関しては、相続税を免除するなどの特例が果たして通るのでしょうか。私は永田町と霞ヶ関でそんな議論がなされるとは絶対思いません。



井上委員

 

 

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