国宝館
乾漆十大弟子立像
国宝
奈良時代(710~794年)に造られたこれらの美しい仏像は、釈迦の弟子のうち特に著名な10人の肖像の一部である。
10体の像は、733年から734年にかけて造像され、734年の奉納時に西金堂に安置された。西金堂は4回の火災に見舞われているが(1717年の最後の火災以降、再建されていない)、すべて焼失を免れた。その主な理由はその素材にあり、脱活乾漆造という技法で造られている。この技法では、粘土の原型の上に漆を染み込ませた布を幾重にも貼り重ね、漆が固まった後に原型を取り除く。空洞になった内部を型崩れ防止のための軽い木枠で補強し、漆とおがくずで造った糊で目鼻立ちや細部を仕上げた後、塗装と金箔を施す。そのため、出来上がった像は驚くほど軽く(現存する像の重さはそれぞれ10~15 kg)、火災が発生しても安全な場所に容易に移動できたのである。
これら弟子たちの像は様々な表情や仕草を見せている。年齢も様々であり、老齢の者ほど衣服にシワや折れ目が多くなっている。これらの弟子たちは、歴史上の人物というよりも、瞑想や議論、説教などに関して卓越した存在として、仏の理想の姿を表現していると考えるのが適切であろう。
興福寺に残っている6体は、現在では目犍連、舎利弗、須菩提、迦旃延、富楼那、羅睺羅と特定されているが、これらがどこまで本来の人物を反映しているかは定かでない。例えば、羅睺羅とされている像は目を閉じた形で表現されているが、もともとは盲目の僧、阿那律を描写しようとしたものである可能性があり、また、須菩提の若々しい姿は、釈迦の弟子、阿難に関する標準的な描写と非常に近い。
1体の心木は現在、東京藝術大学の収蔵品となっており、もう1点は東京にある大倉集古館に収蔵されていたが、1923年の関東大震災で焼失したときに一緒に失われた。その他の2体の行方はわかっていない。
