総合政策

平成25年度国土交通白書 有識者インタビュー[2]

 平成25年度国土交通白書では、『これからの社会インフラの維持管理・更新に向けて~時代を越えて受け継がれる社会インフラ~』をテーマとして、社会インフラの維持管理・更新について「賢く使う」、「みんなで支える」、「将来を見越す」という視点から分析を行い、それを踏まえた今後の国土交通行政のあり方について考察した。白書の分析を踏まえ、今後のあるべき国土交通行政の方向性とは何か。今回は、公民連携(PPP)等に知見を持っておられる東洋大学の根本祐二教授にお話を伺った。

 平成25年度国土交通白書を読んでの率直な感想をお聞かせください。

 今回のインフラの老朽化問題のように、政策的な課題を捉えてそれに対する処方箋を示唆するのが白書の役割でもあると思うので、その意味ではよい内容に仕上がっているのではないでしょうか。

 先生は、ご自身の著書『朽ちるインフラ』にもあるとおり、先駆的にこのような問題について研究をされていらっしゃいましたが、そのような観点からご意見をいただけますでしょうか。

 インフラの老朽化問題が表面化した背景には平成18年度の国土交通白書がありました。今回の白書にも、アメリカと日本の橋の年別の架橋件数のグラフ(図表1-3-7)がありますが、このグラフがインフラ老朽化問題の最初の示唆になりました。グラフからはアメリカの1980年代と現在の日本の状況が類似していることが読み取れます。すなわち、アメリカも日本もそれぞれ、ニューディール政策の時代(1920~1930年代)、高度成長期に多く整備されたインフラが十分にメンテナンスされず老朽化してしまっていて、ともにインフラのメンテナンスが問題になってしまったのです。

 白書にはこのように、客観的な事実を示すことによって読者に判断を促すという意義があると思っています。これが、単に橋が落ちたなどの事実であると、読者に過剰に受け止められたり、逆に希なケースであるとして注目が薄まることもありますから、あくまで客観的なデータの形で示されたことの意味は非常に大きいといえます。

 「賢く使う」、「みんなで支える」、「将来を見越す」の3つの視点のうち、特に関心をもたれた視点は何でしょうか。

 「賢く使う」や「みんなで支える」といった考え方は、省インフラという考え方につながってくると思います。省インフラとは省エネに似た考え方です。

 日本における省エネは、エネルギー価格が高騰した際に、高くなった油を買うために頑張るのではなく、買わないでも済む方向に努力したというのが始まりでしょう。従来のエネルギー利用の発想とは異なる省エネという概念を打ち出して、企業や行政が方向転換した結果成功を収めたのです。結果として日本の省エネ技術は世界でも競争力をもつようになったのです。インフラも同様で、今までどおりにつくろうと考えるのではなくて、今までどおりのインフラがなくても豊かな暮らしができるようにしていくことが重要です。インフラを使うこと自体が目的ではなく、インフラを使った生活を豊かにすることが必要とされているのです。

 国土交通行政全体に関わることですが、インフラを単に長寿命化するのではなくて国土の構造自体を変えていくことが必要です。減少する人口で同じだけの国土を維持するということは不可能です。あちこちに点在する全ての人口をネットワークインフラでつなぐことができるわけではないので一か所に集まってもらうのがコンパクトシティですが、全員が集まれるわけではないですし、国土保全などの問題も出てくるため残さなければいけない人口も出てきます。これに対応して準コンパクト拠点を整備するという構想がありますが、インフラ供給の考え方には転換が必要でしょう。例えばこれまでは水道であったものを給水車に変えたり、公共下水道も一定以上の人口がなければ損益分岐点を下回ってしまうので、範囲を限定して周辺部分を合併浄化槽に切り替えるなど様々な手法が考えられます。今回のテーマのように「賢く使う」、「みんなで支える」など使う側の視点も大事ですが、インフラの作り方や技術開発なども含めて整理できればいいのではないでしょうか。

 ユーザーの便益をなるべく下げずにいかに効率的に社会インフラを供給するかという点が大事ということでしょうか。

 確かにそのように言われがちですが、インフラは基本的には国民が自分のために獲得すべきものです。政府に税金を通じて依頼するということはその一手段と考えるべきでしょう。インフラの供給は、市民自治により自分たちで生活道路を舗装するといった方法もあり得るのです。コンパクトシティも同じで、ばらばらに住んでいる市民に対して、動いてくれるようにお願いしなければなりませんが、自治体に動けと言われて動くのではなくて市民が自発的に動かなければならないと考えています。昔の共同体であれば、集落の人数が減ってきたら集落を小さくして生活を維持するということをしていたはずです。国に言われないとやらないというのは本来は間違っていると考えています。白書では、このような市民自治のように市民の責任を問う観点があってもよかったのではないかと思います。

 その他の点で関心を持たれたことはあるでしょうか。

 最初の歴史編は、省インフラを考えるうえでとても参考になります。

 インフラ整備の捉え方には需要面と供給面の両方があります。インフラは基本的には後者で捉えるべきものですが、世界で2例、もっぱら需要面で考えた例があり、ひとつはアメリカのニューディール、もうひとつは日本の高度成長期です。前者は失業者を救うために公共事業を行いました。作ること自体に意味があったために、作られたインフラは放置され50年後、「荒廃するアメリカ」を招きました。日本でも民間企業活性化の誘導剤という景気対策として、公共投資の乗数効果などを引き合いに出しながらインフラを整備してきました。バブル経済崩壊後の1990年代には、すでにインフラはほぼ整備されていましたが、景気対策としてさらなる投資が行われました。その結果、老朽化に気付くのが遅れました。このことについては経済学者を筆頭に公共事業に対する今までの経済・財政政策の取り組み姿勢に問題があったと思います。

 もともと省インフラは日本になじむ考え方だと思います。例えば、ユネスコが取り組んでいるワールド・テラコヤ・ムーブメントという活動があります。途上国ではお金がない中でも市民が集まって教育を提供する仕組みが必要ですが、貧しい人たちにも無償で教育を提供する仕組みを持っているのは日本の昔の寺子屋だというのです。民間の施設で十分な教育ができる、すなわち施設などのハード面に資金を使うのではなく、教育の中身にお金をかけることで途上国でも教育の質を上げることができるということで注目されています。これがまさに省インフラです。江戸時代の寺はインフラとしての機能をもっていて、宗教施設でありながら、冠婚葬祭、学校、集会所、高齢者施設、公衆衛生などありとあらゆることが行われていました。省インフラはこのようなところに原点があります。今のインフラは、例えば公民館の隣に労働会館あるいは女性会館があるなど、中身が同じインフラが整備されているのが見受けられ、縦割りになってしまっています。

 人口が増加していく局面では大規模な施設を持っても固定費負担が薄まっていきますが、人口が減少する局面では、反対に固定費をできるだけ減らして変動費構造にしていかなければなりません。先ほど述べた水道管を給水車に変えることにはこのような意味があります。

 「賢く使う」、「みんなで支える」、「将来を見越す」以前の話として、市民や企業、行政などの各主体は、どのようなインフラを選択するのか、そして、その上でそれぞれ何をすべきかを考えていく必要があります。今後の白書ではそのような観点も取り入れるとよいでしょう。

 インフラの長寿命化についてはいかがお考えでしょうか。

 長寿命化は初期の維持修繕費用を多めに負担することで、インフラを建て替える時期を後ろ倒しにすることはできますが、いずれは建て替えの費用が生じてしまいます。この将来的な建て替え費用を計算に入れていない自治体が多く見受けられます。長寿命化にあたっては、長期で見たトータルコストで比較することが重要です。そうしないと、ともすれば長寿命化は大規模改修を先送りする言い訳として使われかねません。

 ゼネコンの研究所などでは、短寿命化の研究をやっているところもあります。70~80年の耐用年数で作ってしまっても、いずれは市場が半分になってしまいます。明らかに稼働率が半分になるようなものに対して民間は投資などしません。それよりは、一回一回が割高になっても、10~20年くらいの暫定利用を繰り返すことで、インフラのダウンサイジングが容易になりますし、途中で供給をやめることもできます。長寿命のものを作ってしまうと未償却部分が残ってしまうのです。短寿命化の一つの方法としてスケルトンインフィルがあります。躯体や構造の部分は長期にわたって使えるスケルトンでつくり、内装であるインフィル部分はすぐに取り替えることができるようにすることで、例えば昨日まで児童福祉施設であったものを高齢者施設にするといったことが可能になります。インフラが不動産という概念を取り払い、インフラの一部を動産化することで供給を調整できるようになるとともに、インフィルを移動可能にして不要になったら必要とされる地域に移動させることも可能になるかもしれません。

 白書には、それを見た人がいろいろなことを考える起爆剤としての役割を期待しているので、今後も民間の方が白書を見て、世の中ではこのようなことが期待されているのかということをキャッチできるような内容にしていただきたいと思います。

 省インフラという概念はハコものインフラではイメージしやすいですが、その他のインフラはどうでしょうか。省インフラになじむインフラというのはどのようなものがあるのでしょうか。

 土木インフラにも省インフラは存在します。ネットワーク型から分散処理型に変えること、予防保全によってトータルコストを引き下げることは、比較的簡単な省インフラです。センシングやロボットなどを使って点検・診断を効率化する方法もあるでしょう。

 今あるものを省インフラ化するというよりは、今後作られるインフラを省インフラ化していくことにより、民間のビジネスチャンスにもなりますし、長期的にはコストも安くすむはずです。既存のシステムを長寿命化しても有利とは限りません。ゼネコン、設計事務所等の関係者も国土交通白書を見ているので、そこで出されるメッセージは重要です。

 本日は、「省インフラ」や「市民自治」などインフラ供給について非常に示唆に富んだお話を頂くとともに、白書に求められる役割についても貴重なご意見を頂きありがとうございました。

《プロフィール》

根本祐二
1978年東京大学経済学部卒業後、日本政策投資銀行入行。経済企画庁、米国ブルッキングス研究所、開銀設備投資研究所研究員、地域企画部長を経て2006年より東洋大学経済学部教授。『朽ちるインフラ』、『地域再生に金融を活かす』等著書多数。

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