1.沿岸域そのものの変化
(1)干潟の喪失や砂浜の減少
海は生命の源であり、生命は海で育まれた。その海と陸との接点である沿岸域は、海洋生物種が数多く生息繁殖する貴重な空間であるとともに、人間の様々な活動に利用されている重要な空間である。
沿岸域の地形・気象条件は多様であり、干潟・砂浜・磯浜など多様な地形を有している。そのため、魚介類をはじめとして、多様なプランクトン、底生生物、さらに大型動物の鳥類、ほ乳類、植物の海藻、海草、微生物などが生息している。また、海岸には特有の植物群落が見いだされ、海岸林は生活上も重要な存在である。
その中でも、河口域は河川と海域が接する区域であり、特に、河口域の干潟は、生態系や流砂系の観点から重要な存在である。
一方で、干潟は、水質汚濁による海洋汚染等、人為的行為の影響を受けやすく開発しやすい地域ということもあって減少傾向にある。例えば、昭和53年から約10数年間に、戦後の工業化の過程における埋立や浚渫、干拓等の原因により3,857haの干潟が消失し、51,443haにまで減少した。
また、砂浜も供給土砂の減少や各種構造物の設置等により減少しており、近年は年間約160haものペースで消失している。さらに、海砂利採取による侵食への影響も懸念されている。
これら干潟、砂浜の減少は、そこを生活の場とする動植物の生息・生育環境に影響し、水質浄化の機能等様々な生態的機能の低下をもたらしている。
また、レジャーや憩いの場としての利用空間の減少をきたすとともに、白砂青松の喪失や海岸線の人工化など海岸の景観を大きく変化させてきている。
(2)利用者間の摩擦の顕在化
これまでは主として、漁業利用や海運利用、埋立地等での利用といった、産業面での沿岸域の利用がなされてきた。しかし、国民の生活意識の多様化、自由時間の増大、産業構造の転換、レジャー・スポーツの普及など、近年の社会・経済状況の変化に伴い、沿岸域における利用ニーズは高度化・多様化するとともに量的にも増大しつつある。
この結果として、大都市圏近接の沿岸域を中心として利用の輻輳が生じている。
(3)沿岸域での新たな利用の拡大
近年、都市域と一体となった土地利用への需要の増大と、それを支える海洋利用技術の進展に伴い、漁業や海上交通等従来の沿岸域利用形態とは性格を異にする、今までは見られなかった新しいタイプの利用形態が沿岸域及び一般海域において出現あるいは構想されている。
例えば、メガフロート(超大型浮体式海洋構造物)等の浮体形式施設や桟橋等の人工地盤形式施設を沿岸域に設置し、都市的施設や居住施設等として利用していく事例がある。
また、海洋深層水の取水や風力発電等による沿岸域の利用が各地で実施されはじめている。さらに将来的には、メタンハイドレート等海底資源の採取や二酸化炭素の海洋処理といった新たな利用が考えられる。この他、周辺海域の石油開発により、海底での石油パイプライン敷設の増加も起こり得る。
このように沿岸域及び一般海域を新たに利用する事例が発生・想定されている。これらの利用の推進にあたっては、各種利害関係の調整が困難であったり、他地域の防災や環境への影響が生じるといった問題が今後懸念される。
2.陸域から沿岸域への影響の増大
(1)供給土砂の減少
従来、全国の海岸には、山地等からの土砂の供給によって形成された広大な砂浜が広がっていた。しかしながら、波浪等による海岸の侵食が進行するとともに、土地利用の変化や治山・治水事業の進捗、水資源開発等のためのダム等の建設、河道の砂利採取等により、多くの海岸で供給土砂が減少した。また、これに崖海岸の侵食防止対策や沿岸域における港湾・漁港等の各種構造物の設置等も相まって砂浜の減少も生じている。
これに対応して、現在、海岸保全事業の推進や、河川流域だけでなく沿岸域も含め、土砂を適切に供給する総合土砂管理の必要性が指摘されている。
(2)沿岸域の水質への影響
水質の悪化は沿岸域の生態に甚大な影響を及ぼすことから、その水準の改善は重要な課題であるが、閉鎖性海域等における水質の水準は近年横這い状態にあり、回復の兆しがみられない。水質の悪化には陸域からの汚染物質の流入の他、河川流量の変化や開発・利用等に伴う地形変化による潮流変化など、様々な原因が複雑に絡み合っている。
3.海域から沿岸域への影響の増大
(1)津波・高潮等による影響
四方を海に囲まれた日本では、常に津波・高潮・波浪等による災害の危険性にさらされている。
近年でも、平成5年の北海道南西沖地震による津波災害や平成11年の台風18号による高潮災害など、大規模な災害が頻発している。
これに対し、防災対策としての海岸保全施設の整備は、昭和45年からはじまった海岸事業五箇年計画にしたがって着実に進められてきているが、平成7年度末現在の整備率は約41%であり、未着手の区間や、何らかの施設があっても整備水準が不十分なものが未だ多く見受けられる。また、海岸部全体にわたる侵食の進行により、津波・高潮や波浪に対する施設の機能が低下するとともに施設の老朽化も進んでいる。
さらに、観測・監視体制や防災体制についても、津波・高潮は即地的な予測が困難であることや頻繁に生じる現象ではないことから、必ずしも十分とは言い難い。
(2)地球温暖化に伴う海面上昇等による影響
地球温暖化に伴う気象・海象変化により、沿岸域を中心に国土保全への影響が国際的に懸念されている。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2001年4月に承認した第3次評価報告第1作業部会報告書によると、1990年〜2100年の間に1.4〜5.8℃の気温上昇、9〜88cmの海面上昇が予測されている。
海面上昇は、打ち上げ高の増大等による防災機能の脆弱化を引き起こすのみならず、海岸地形、自然生態系など沿岸域の自然環境に対しても、幅広く、しかも深刻な影響を及ぼすと考えられている。
また沿岸域は、降水・水文パターンや台風の頻度・強度の変化など気候変動による影響を直接的、間接的に受けるため、海面上昇とともに気候変動に対しても最も敏感な地域の一つである。 |