文化遺産としての価値――守り継がれる砂防施設群
立山の砂防事業で整備されてきた施設は、防災上の役割に加え、文化的な価値も評価されている。2009年に白岩砂防堰堤が砂防施設として初めて重要文化財に指定され、さらに2017年には泥谷砂防堰堤群、本宮砂防堰堤も追加指定された。これにより、3つの砂防堰堤は「常願寺川砂防施設」として重要文化財に登録されている。
中小屋連絡所とトロッコ
樺平18段スイッチバック
また、立山の砂防事業に関連する工事専用軌道や堰堤群は、「立山砂防施設群」として「日本の20世紀遺産20選」に選定されるなど、近代土木遺産としての評価も高まっている。
立山カルデラの急峻な地形の中で、長期にわたり砂防施設の整備と維持管理が続けられてきた経緯そのものが、日本の砂防技術や土木技術の歩みを示すものとなっている。
こうした取り組みを受け、富山県では、常願寺川砂防施設などを対象に、世界文化遺産登録に向け、人々の安全・安心を守る人類共通の貴重な文化遺産として保存・継承するための調査・研究を進めている。
富山県 土木部 砂防課 参事 松本 直樹氏は「富山県では、立山砂防は、多雨多雪や脆弱な地質など土砂が流出しやすい条件が重なる世界に類を見ない過酷な自然環境の中で人々の暮らしを守り続けてきた世界に誇る防災遺産であると考えています」と述べた。
災害に強い国土を次代へ――地域とともに進む立山砂防
立山の砂防事業は、国・施工会社が連携しながら進められている。常願寺川上流の水谷平には複数の施工会社が寄宿舎を構え、約5カ月間もの長期にわたる寄宿生活を前提として施工に従事する現場でもある。
水谷協力推進会会長 松嶋建設株式会社の脇坂氏は、同じ場所で生活しながら現場に向かう日々の中で、会社の垣根を越えた情報共有が自然と行われていると述べ、山岳地域での安全確保には連携が欠かせないと強調する。
現場周辺には、土石流を検知するワイヤーセンサーや警報装置が設置されており、上流のセンサーが作動した際には下流の現場にも速やかに情報が伝わる仕組みが整えられている。水谷協力推進会副会長 辻建設株式会社の山尾氏は、こうした仕組みを生かして、すぐに避難行動に移れるよう体制整備を進めてきたと説明する。
また、山中での生活を支えるため、生活用水の確保などの課題が生じた際にも、各社が協力して対応してきた。株式会社高田組の橋場氏は、こうした横断的な連携が、安全な施工を支える前提になっていると語る。
一方で、立山カルデラのような山岳現場では、若手の育成や働き方への配慮も欠かせない。脇坂氏によると、写真や動画、手順書を活用し、ベテランと若手がペアで現場に入るなど、経験を段階的に積める工夫が重ねられてきた。
橋場氏は、若い世代が安心して働ける環境づくりこそが、長期にわたる事業の継続につながると述べ、技術継承と人材育成の両立に取り組んでいると強調する。
さらに、立山砂防事務所では、若手職員と施工会社の若手が交流しながら立山砂防の歴史や目的を学ぶ「水谷若手会」を設けている。立山砂防事務所の新谷氏は、「立山砂防の事業に従事することにやりがいや誇りを持ち、10年20年後の立山砂防を支える土木技術者になってほしい」と語り、立山の砂防事業に携わる人材全体で知見を共有する取り組みを進め、次代を担う技術者を育成していく考えを示した。
白岩砂防堰堤天端よりカルデラ稜線(鷲岳・鳶山)をバックに
富山県の松本氏は、立山の砂防事業の進展により、常願寺川流域では1969年の災害以降、大量の土砂を伴う洪水氾濫などの大きな災害が発生していない状況が50年以上続いていることに触れ、住民の災害リスクに対する不安が大きく低減している点を挙げた。
県では、1998年に、立山カルデラの自然と立山砂防の歴史を紹介する立山カルデラ砂防博物館を開館し、立山砂防事務所と協力し、立山カルデラ砂防体験学習会を実施するなど、住民や学生が砂防施設や現場を見学し、歴史や土砂災害への備え、砂防の役割について理解を深める機会も積極的に設けている。
立山の砂防事業は、立山カルデラに堆積する約2億m³の不安定土砂を対象として、上流から下流まで一体的に土砂の動きを管理し、常願寺川流域や富山平野の安全を守る取り組みであり、2026年には、直轄事業開始100年、県営砂防事業開始120年の節目を迎える。
これを機に県内外に広く知ってもらうための取り組みも進行中だ。今後も国土強靱化を支える具体的な事例として、継続が期待される。
取材にご協力いただいた方
※取材内容、所属、役職は取材当時(2025年11月)のものです。
- 国土交通省 北陸地方整備局 立山砂防事務所水谷出張所
出張所長 新谷 紘平氏 - 富山県 土木部 砂防課
参事 松本 直樹氏 - 水谷協力推進会会長
松嶋建設株式会社
脇坂 和宏氏 - 水谷協力推進会副会長
辻建設株式会社
山尾 亮介氏 - 水谷協力推進会副会長
株式会社高田組
橋場 洋平氏
