運輸安全委員会は、平成20(2008)年10月に当時の航空・鉄道事故調査委員会と海難審判庁の原因究明機能を統合し、国家行政組織法第3条に基づく行政機関、いわゆる3条委員会として発足し、15年目を迎えました。新たな組織として、調査対象が航空・鉄道・船舶の3つのモードになっただけでなく、原因関係者にも勧告できる制度の新設や事務局職員の任免及び規則の制定を独立して行うことが可能となるなど権限が強化されるとともに、事故の被害者に対する情報提供が新たに明文化されました。事故調査の結果等に基づき、発足からこれまでに発出された勧告・意見・安全勧告は121件に上り、これらの提言に基づく関係者や関係機関等の適切な対策や努力によって、事故を未然に防止するための取組が行われてきたものと考えています。
さて、当委員会が扱う事故や重大インシデントには社会的な関心の高い事案が少なくありません。昨年は、3月に宮城県内の東北新幹線において列車が脱線する事故が発生しており、また4月には、北海道知床半島西側の沖で旅客船KAZUⅠが沈没し、多くの方が亡くなられ、あるいは行方不明となる痛ましい事故が発生しています。これらの事故については、早期の報告書公表に向けて調査を続けています。また近年では、令和2年9月に福島県猪苗代湖で発生したプレジャーボートによる死傷事故や同年12月に那覇空港の北方海上でB777-200型機の発動機が破損した航空重大インシデント、令和3年2月に高知県足摺岬沖で発生した外国の貨物船と日本の潜水艦の衝突事故があり、これらについては昨年調査報告書を公表し、必要に応じて事故防止のための提言を行っています。また一方では、航空モードにおける超軽量動力機や滑空機など、個人が運航する小型機の事故や、機体動揺による旅客や客室乗務員の負傷事故、鉄道モードにおける遮断機のない第3種、第4種踏切道での死亡事故、船舶モードにおけるプレジャーボートや遊漁船等のマリンレジャーに関する事故など、事故調査報告書の内容をより広く一般の方に知っていただきたい場合があります。当委員会では、こうした事故等の原因や事故防止のポイントを広くお伝えするため、調査結果の統計、データ分析から事故等の傾向や共通要因などを取りまとめた安全啓発資料「運輸安全委員会ダイジェスト」を発行するなど、周知啓発活動にも注力しています。
事故等調査においては、事故等当事者の口述や目撃情報などの収集・分析は非常に重要であり、原因の究明に必要な情報の大きな部分を占めています。一方で、科学的調査の一層の充実の観点から、定量的解析の積極的な活用も進めています。特に船舶モードでは、近年、関係船舶のAIS(自動船舶識別装置)の記録に基づく定量的な衝突リスク解析・評価手法を用いた原因の究明を行っています。また、3次元形状デジタル測定装置や精密走査型電子顕微鏡、X線CT画像撮影装置などを導入して、客観的データ取得の促進とデジタル解析技術の充実を図るとともに、モード横断的に従事する「事故調査解析室」を設置し、定量的な解析が可能な体制を整え、委員会における調査技術の向上を図っております。
また、事故被害者への適時適切な情報提供や、分かりやすい事故等調査報告書の作成、委員長会見をはじめとする情報発信による再発防止策、被害軽減策の浸透などを一層適確に行うため、行政系、技術系の職員を積極的かつ継続的に採用し育成するなど、体制の強化にも努めています。
さらに、当委員会は、昨年12月から無人航空機の事故及び重大インシデントについても調査対象としました。無人航空機の事故等においては、操縦ミス、整備不良、機体や装置の欠陥、気象条件等の要因が考えられますが、実際にはそれらの要因が複雑に絡み合い、直ちに事故原因を特定することが困難な事態が想定されます。また、万が一、死亡事故等が発生した場合には、その再発防止と被害軽減に向けた適確な調査、提言に対する社会的要請は大きいものと考えています。無人航空機に精通した事故調査官の人材の確保・育成に努めるとともに、無人航空機の特性を踏まえた適確な調査を実施し、この新たな調査対象についても、科学的かつ客観的な原因究明と再発防止に努めてまいります。
運輸安全委員会としましては、今後も一つ一つの事案について事実情報を着実かつ地道に積み重ねつつ、より科学的かつ客観的な分析を行い、早期に報告書を取りまとめて必要な提言を行うことにより、事故等の防止、被害の軽減に寄与するとともに、安全上必要な情報を適確に提供するなどして、日本の運輸安全文化の醸成に積極的に貢献していく所存です。
皆様のご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
令和5年1月
運輸安全委員会委員長 武 田 展 雄