uc25-03

熱流体解析に関する大規模シミュレーション

実施事業者株式会社構造計画研究所
実施協力東京科学大学 稲垣厚至助教 / 株式会社ウエスコ
実施場所埼玉県さいたま市 / 神奈川県横須賀市 / 埼玉県熊谷市
実施期間埼玉県さいたま市:2025年10月20日~11月11日 / 神奈川県横須賀市:2025年11月4日~11月17日 / 埼玉県熊谷市:2025年11月18日

3D都市モデルを活用した熱流体シミュレーションシステムを開発。建物・樹木を考慮した風況・温度・暑さ指数を地図上に可視化することで、暑熱対策や都市再開発、更には都市緑化に係る各種計画策定や合意形成を支援する。

本プロジェクトの概要

気候変動に伴う猛暑化の進行を背景に、地方公共団体による暑熱対策の重要性が高まっている。また、2024年11月施行の改正都市緑地法に基づき、「緑の基本計画」の策定も進展している。暑熱対策、更にはウェルビーイングの観点から緑地の保全・創出を通じた都市緑化が推進される中、定量的な根拠に基づく計画策定の必要正は一層高まっている。

従来、温暖化による都市再開発における各種計画検討やステークホルダーとの合意形成、温暖化によるヒートアイランド現象に対応するための施策を行っている。施策の検討には都市を対象とした温熱環境のシミュレーションが活用される。しかし、大規模なシミュレーションは高性能な計算機や専用のソフトウェアなどを用いる必要があり、地方公共団体が自ら実施することは容易ではなかった。

本プロジェクトでは、2023年度の「熱流体解析に関する大規模シミュレーション」において、Web上から簡易な操作で熱流体シミュレーションを実行できるシステムを開発した。2024年度「熱流体解析に関する大規シミュレーションv2.0」では、3D都市モデルを活用した熱流体シミュレーションの解析精度向上、架空建物の追加/既存建物の削除をWeb地図上で行える機能の追加とユーザビリティ向上を目的としたUI/UXの改良を実施した。これらの改良を通じて、地方公共団体の日常的な都市計画実務のニーズへの対応可能性は拡張されたものの、植生による環境影響が考慮されない等の要因で、シミュレーション結果とユーザーの体感が乖離する事象が確認された。

本年度は、都市緑化の影響を含むより実態に即した解析を可能とするため、更には本システムの暑熱対策への適用可能性を一層向上させるため、植生や植被を考慮したシミュレーションを可能とする機能を実装した。開発したシステムを用いて、都市再開発に加え、都市緑化や暑熱対策に係る地方公共団体の業務支援を目的とした社会実装が可能であるか検証する。

実現したい価値・目指す世界

近年、ヒートアイランド現象による熱中症などの健康被害の増加、エネルギー消費の増大、生態系への影響が懸念されている。ヒートアイランド現象は、周辺の草地や森林に比べて都市部の気温が高くなる現象を指し、都市化が進むにあたりより顕著になっている。原因としてアスファルトによる熱の蓄積、高層建築物による風の遮蔽、空調設備等による人工排熱の増加が挙げられる。

従来、都市部のヒートアイランド対策として、打ち水や公共施設の芝生化などが行われており、それらの効果検証にあたっては、対策実施前後の気温や風向の実測値を比較することで評価が行われていた。本来は熱流体シミュレーションによる対策効果の事前検証を行うことが望ましいものの、地方公共団体が熱流体シミュレーションを実施する場合は、熱流体シミュレーション要件(対象エリアや日時など)の検討、気象観測実績データ(特定日時の湿度・風況・風速等)の現況調査を経たうえで、建設コンサルタント等に測量データの整備・シミュレーションモデル構築・熱流体解析の実行・結果可視化といった一連の業務の外部委託が生じていた。

そこで2023年度の「熱流体解析に関する大規模シミュレーション」では、3D都市モデルを活用し、Web上で熱流体シミュレーションの実行・可視化を可能とするWebシステムを開発した。しかしながら、都市計画の業務フローにおいて本システムを活用するには、より細かな解析条件の設定、特定の建築物の有無による解析結果の比較などが求められることが明らかになった。

2024年度の「熱流体解析に関する大規模シミュレーションv2.0」では、解析精度を向上させるとともに、より柔軟な解析条件の設定、架空建物の追加/既存建物の削除を可能とする機能などを追加した。他方、街路樹などの植生による日陰を考慮していないため、体感温度と異なる結果となる箇所も見受けられた。

過去2年間の成果と課題を踏まえ、今年度は、2024年度に改良したシステムを基礎としつつ、植生を考慮した熱流体シミュレーションの実装を行った。具体的には、国土技術政策総合研究所及び国立研究開発法人建築研究所において研究された植生乱流モデルを解析エンジンに組み込んだほか、ユーザーがGUI操作で架空の植生設定を可能とすることで、街路樹の有無による温度変化を解析し可視化することを実現した。

これらの取組を通じて、都市計画の検討に加え、公園整備や暑熱対策等の更に広範な分野において、地方公共団体の業務オペレーションへの熱流体シミュレーションの汎用性を高める。3D都市モデルを活用した熱流体シミュレーションが、施策立案や検討時における有効なツールとして定着することで、行政実務を対象としたシミュレーション技術の社会実装を一層促進することを目指す。

対象エリアの地図(2D)さいたま市大宮区大宮駅周辺
対象エリアの地図(2D)横須賀市よこすか海岸通り・横須賀中央駅周辺
対象エリアの地図(2D)横須賀市久里浜駅周辺
対象エリアの地図(2D)熊谷市
対象エリアの地図(3D)さいたま市大宮区大宮駅周辺
対象エリアの地図(3D)横須賀市よこすか海岸通り・横須賀中央駅周辺
対象エリアの地図(3D)横須賀市久里浜駅周辺
対象エリアの地図(3D)熊谷市

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

本システムは、2023年度・2024年度にWebアプリとして開発された成果を基礎とし、ノンエンジニアの利用を想定した簡易な流体解析(CFD:Computational Fluid Dynamics)ソフトウェアへ、3D都市モデルの読み込みを可能とした環境シミュレーションシステムである。

2024年度までの成果として、3D都市モデルの空間属性情報(建築物の3次元形状データ)及び主題属性情報(建築物の用途や構造種別、土地利用区分等)を活用し、風況および温熱環境をWebブラウザ上で可視化するシステムを開発した。また、都市再開発における業務適用可能性を高めるため、特定建築物の有無に応じた風況あるいは都市温熱環境の比較や、複数回シミュレーションの試行を容易とするよう、シミュレータの機能向上を実現した。

今年度は、2024年度までの開発成果をベースに、グリーンインフラ整備や熱中症対策への適用可能性を高めるため、樹木や緑被に関連した3D都市モデル(以下、「植生/植栽モデル」と呼ぶ)の取り込みや、植生/植栽モデルの解析条件への反映を可能としたほか、更には架空の植生/植栽モデルの設置や削除をGUI上で自在に行える機能を追加した。更に、植生/植栽モデルを考慮した風況・温熱環境シミュレーションの解析精度を向上させるため、国土技術政策総合研究所ならびに国立研究開発法人建築研究所の既往研究成果(以下、「植生乱流モデル」と呼ぶ)を、解析エンジンとなる流体解析ソフトウェアに取り込んだ。

これにより、3D都市モデルをはじめとしたオープンデータを最大限活用しつつ、学術的な妥当性も備えた環境シミュレータを、都市計画や緑化施策に携わる行政担当者が容易にアクセスできる形で整備することを目指した。

システムの全体像としては、3D都市モデル(建築物モデルLOD1、地形モデルLOD1)を活用しつつWeb上で利用可能な熱流体シミュレータとして、熱流体シミュレーションの解析エンジンとノンエンジニア向けのWebアプリで構成される。システムの稼働環境は、サーバーとクライアントPCにより構成され、サーバーは複数の仮想マシン(コンテナ)で構築される。更に、それら仮想マシンの中のWebコンテナがクライアントPCのブラウザに対してノンエンジニア向けのWebアプリを提供する。他のコンテナは、Webコンテナと連携しながら各種機能を実現するためのコンテナ群である。なお、クラウド上のサーバー環境を中心とした構成であるため、クライアントPCのハードウェアには依存しない設計としている。

熱流体シミュレーションの解析エンジンには、2023年度・2024年度と同様にOSSの流体解析ソフトウェアである「OpenFOAM」を採用し、基本ソルバには定常圧縮性熱流体解析コード(buoyantSimpleFoam)を使用している。熱流体解析モデルでは、運動方程式(Navier-Stokes方程式)、連続式、エネルギー式(温度)に加えて、今年度、上述の植生乱流モデルをOpenFOAMに組み込んだ。これらの式は、基礎方程式として速度、圧力、温度を計算するほか、樹木の有無に応じた風の流れの変化や、樹木周辺の街路風の細かな動きを考慮するものである。また、植生乱流モデルの組み込みに加えて、植生/植被による日陰(緑陰)に関しても地表面温度の変化として考慮できるよう、解析エンジンの機能向上を実施した。

OpenFOAMをエンジンとして搭載したWebアプリは、大きく5つの機能で設計されている。1つ目は、ログイン認証およびデータ共有に関する「①認証機能」、2つ目は3D都市モデルの登録・編集に係る「②3D都市モデル編集機能」、3つ目は外力環境条件の入力および熱流体解析の実行に関する「③熱流体解析機能」、4つ目は解析結果の視覚化を行う「④表示機能」、5つ目は熱流体解析結果の公開に関する「⑤公開機能」である。

「①認証機能」は、ユーザーの認証とデータ共有を実現する機能である。ユーザーのログイン認証を行う「ログイン機能」と、他ユーザーが登録した3D都市モデルやシミュレーション結果を共有する「データ共有機能」で構成される。

「②3D都市モデル編集機能」は、3D都市モデルの登録・編集ならびに管理を行う機能である。この機能には、3D都市モデルの登録と解析対象領域の指定を行う「3D都市モデル登録機能」、登録した3D都市モデルを対象に、架空建物/植生の設置や既存建物/植生の削除を行う「3D都市モデル編集機能」に加え、解析結果をGeoJSON形式でダウンロードする「熱流体解析結果GISデータダウンロード機能」が含まれる。

「③熱流体解析機能」は、解析条件の設定と熱流体解析の実行を担う。この機能は、外力(風、気温、日射など)や環境条件(打ち水、緑化など)を設定する「外力等環境条件入力機能」と、指定された条件に基づき解析を実行する「熱流体解析機能」で構成される。解析条件の設定では、対象区域の境界条件やメッシュの粒度を詳細に調整でき、多様なシミュレーションシナリオに対応できる。

「④表示機能」は、熱流体解析の結果であるヒートマップや風況など、を3次元ビューワ上で視覚化する。CesiumJSなどのWebGIS上で結果閲覧画面を操作可能とすることで、直感的な解析結果の確認が可能である。また、解析結果については、「⑤公開機能」を通じた一般利用者への公開にも対応している。

熱流体解析エンジンであるOpenFOAMは、Webアプリと解析エンジンとの仲介・制御を司るライブラリ(ラッパー)を通じて、Webアプリに呼び出されることで駆動する。本システムにおけるラッパー部は、「熱流体解析前処理」、「熱流体解析実行」、「熱流体解析後処理」、「非同期処理」の諸要素から構成される。

「熱流体解析前処理」機能では、ユーザーにより設定された外力等環境条件を、熱流体解析モデルに入力するためのファイル形式に変換する。「熱流体解析実行」機能では、OpenFOAMをキックすることで、流体の運動を支配する偏微分方程式を解析し、所与の外力等環境条件に基づいた風速や温度の定常状態を計算する。「熱流体解析後処理」機能では、熱流体解析結果の可視化及びGISデータダウンロードに必要なデータを抽出、及び変換する。これら一連の処理は、「非同期処理」機能により連続的に実行される。

Webアプリの「①ログイン認証」機能実装にあたっては、データベース(PostgreSQL)に登録されたユーザアカウント情報とCookie情報に基づき、セキュアな管理を行うこととした。データ共有機能では、認証情報を用いて設定値や解析結果を特定のユーザー間で共有可能とすることで、柔軟な共同作業環境を実現している。

「②3D都市モデル編集機能」では、FME Desktopで生成したSTLおよびOBJ形式の3D都市モデルファイルをアップロードし、解析対象領域を指定できる。CesiumJS上での可視化のため、CZML変換APIがこれらのファイルをCZML形式に変換する。変換処理にはPythonのライブラリ群(pyproj、NumPy、NnumPy-stl)を使用している。本機能では、2024年度には「架空建物追加/既存建物削除機能」を、今年度には「架空植生追加/既存植生削除機能」を追加実装した。これらの追加機能を通じて、建物/植生作成APIと建物/植生削除APIにより、ユーザーがブラウザの地図画面上で指定した地点の経度と建物/植生高さの情報を取得し、既存のCZMLファイルを編集することができる。バックエンドではLaravelを用いたPostgreSQLデータベース管理機能を拡張し、リアルタイムでの建物/植生情報の登録・編集を実現している。

「③熱流体解析機能」では、熱流体解析用のソルバとメッシュ粒度の設定、気温・風況・日射条件・実施施策(打ち水/屋上緑化/壁面緑化/敷地内植栽)の設定に加え、3D都市モデル登録機能で設定した境界条件の調整が可能である。環境条件と境界条件の確定後、システムは設定された条件をシミュレーションモデルとしてデータベースから取得し、熱流体解析を実行する。シミュレーション実行では、データベース(PostgreSQL)とOpenFOAMに加え、前処理/後処理/非同時処理用にPythonライブラリ(pip、pyproj、NumPy、SQLAlchemy、psycopg2、paramiko等)を使用している。

「④表示機能」では、シミュレーション実行時にサーバーのファイルストレージに保存したCZML形式の可視化ファイルと3D都市モデルを使用する。実装にはCesiumJS(WebGISライブラリ)とjQueryを使用し、サーバソフトウェアにApache Server、バックエンドフレームワークにLaravel、インタプリタにPHPを採用している。

シミュレーション結果の可視化では、暑さの体感とヒートアイランド対策の効果を明確に表現するため、算出された気温・風速等から「暑さ指数(WGBT:Wet Bulb Globe Temperature)」を計算し、ヒートマップ描画に使用している。2024年度には、2つのシミュレーション結果を並べて差分や相関を比較できる機能を追加した。また、気温や風速のカラーラベルを統一できるよう、システム固有の指標と各シミュレーション結果に依存した指標の切替機能も実装している。

「⑤公開機能」では、特定のユーザーが登録した条件や解析結果に基づき公開用URLを発行でき、このURLを通じてログインアカウントを持たない利用者(地域住民や行政関係者など)もWeb上で解析結果を確認することができる。これにより、解析結果の実用性を高めている。

開発したシステムの性能と精度向上を確認するために、本システムの解析結果について、実測値および風洞実験結果との精度比較検証を実施した。また、有用性検証やユーザビリティ評価を目的に、都市計画担当者をはじめとした行政職員を対象として、システム操作の体験機会を設けた。

システム操作体験の形態として、過年度、本システム実証に参加経験のある地方公共団体向けには、参加予定者に対して事前説明会を開催した上で、一定期間(1~2週間)トライアルライセンスを付与し、本システムによる解析・可視化を期間中自由に操作できる機会を提供した。

横須賀市実証事前説明会の様子

今年度初めて本実証に参加する地方公共団体に対しては、集合形式のシステム操作体験会を開催し、システムのデモや操作レクチャーとあわせて2時間程度の操作機会を提供した。

トライアル利用ないし操作体験終了後は、アンケートにより評価結果を整理するとともに、打合せ形式の意見交換会を設定することで、システムの活用可能性やユーザビリティについてユーザーの意見を直接聴取した。

熊谷市実証の様子

検証で得られたデータ・結果・課題

検証方法の全体像

本システムの有用性検証として、3自治体(横須賀市、さいたま市、熊谷市)の職員を対象に実証実験を行った。検証方法として横須賀市、さいたま市では約2週間のトライアル運用およびアンケート調査を行い、熊谷市では各機能の操作体験およびアンケート調査を実施した。

アンケート調査では、(1)今年度の追加・改良機能である「架空植生の追加機能」に関する評価、(2)本システムの活用可能性を感じる業務分野についての2つの観点を中心に意見を収集した。アンケートは合計20名(横須賀市:5名、さいたま市:7名、熊谷市:8名)の実証実験参加者から回答を得た。

また、本システムの精度比較検証として(3)解析結果と既往論文の測定データ比較を行った。風速および温度・湿度の計算精度は誤差の算出により評価した。許容する誤差として風速で20%以内、温度・湿度で30%以内を目標値とした。

検証(1)の方法と結果/得られた示唆

架空植生の追加機能に関して、操作性の観点から「わかりやすい」、「ある程度分かりやすい」と回答した割合が75%であった。簡易的な操作であることが評価された一方で、処理速度に改善の余地があるとの指摘が多く寄せられた。架空植生を考慮したシミュレーション結果(風況・温度分布・暑さ指数)の観点では、実際の感覚と「非常に合致している」、「概ね合致している」と回答した割合が60%、「どちらでもない」、「あまり合致していない」と回答した割合が40%であった。植生による影響を考慮したシミュレーションにより、街路樹が植えられている箇所の温度低下等を確認できた一方で、シミュレーション結果の可視化範囲における課題が挙げられた。具体的には、シミュレーション結果として可視化している範囲は地上3m~20mとなっているところ、歩行者レベルでの影響を知るためには地表面付近の結果を可視化する技術が必要となる。今後、「④表示機能」における標高データの扱いに更なる工夫を加えることで、地表面1.5m程度のシミュレーション結果を表示できるよう検討する。

横須賀市のシミュレーション結果を可視化した画面

検証(2)の方法と結果/得られた示唆

本システムの活用可能性を感じる業務分野として、過半数から「都市計画・駅前再開発」、「公園整備」、「都市緑化・グリーンインフラ推進」に活用できるという意見を得られた。そのほかの業務分野として「植生管理」、「イベント開催の可否判断」、「公共施設の新設/以降計画検討」も挙げられた。具体的な活用方法として、クールスポットの探索や都市開発計画検討にあたっての住民の合意形成ツールとしての活用、暑熱対策などの意見も得られた。

これらの業務への利用にあたっては、動作速度等の操作性における向上と、実際の感覚とシミュレーションの差異等を加味したうえで進める必要があることが判明した。

検証(3)の方法と結果/得られた示唆

風速計算精度は、(1)複数建物周辺における風速、(2)単独木周辺における風速の2つの観点で検証した。検証の結果(1)複数建物周辺における風速の実測値と計測値の誤差は22%~29%であり、目標値として設定した「誤差20%以内」には達しなかった。(1)の目標値は、参照した既往論文『市街地風環境予測のための流体数値解析ガイドブック』(日本建築学会)のベンチマークテストにおける誤差を参考に、より厳しめの値に設定したものであった。ただし、検証の結果得られた誤差22%~29%は、当該論文で示された誤差と同程度の水準であるため、事業者側で独自に設定したKPIには到達しなかったものの、ガイドブックに示された解析水準には達したと判断できる。(2)単独木周辺における風速は、今年度の追加機能である植生・植被を考慮したシミュレーション結果を検証するため行った。検証の結果、実測値と計測値の誤差は2.3%~11.1%であり高い精度であることを確認した。

温度および湿度の計算精度は、検証の結果、温度における誤差が8.6%、湿度における誤差が24.2%であった。目標値を達成し、十分な精度を有していることが判明した。更に、解析条件・解析対象範囲を同一として、植生モデルを考慮しない場合/考慮する場合それぞれで解析結果を比較した場合、植生モデルを考慮した解析結果の方が、より実測温度・湿度に近い値が得られた。今年度の改修の結果として、樹木による日陰の発生や、風の流れの変化が暑熱を緩和する現象について、より現実に近い形で再現できるようになったといえる。以上の結果から、本システムは現実的なシミュレーションが可能であることが示された。また、解析結果とユーザーの体感との差異を更に小さくすべく、更なる精度向上の取組は継続する必要はあるものの、街路樹の有無による風況・温度・暑さ指数等の変化を評価するツールとして、前年度に比べてより再現性と活用可能性が向上したという示唆が得られた。

参加ユーザーからのコメント

・各事業者による担当エリア外も含めた、再開発によるエリア全体の周辺影響等を総合的に分析するのに活用できるのではないかと感じた。
・公園等の猛暑対策を検討していくうえで、「効果がありそうな公園樹木等のレイアウト」を計画段階で検証できるシステムがあると便利になるのではないかと感じた。
・狭い範囲を対象としたシミュレーションを歩行者レベルの目線で可視化できると、学校イベントの開催可否判断等、温暖化対策等の計画づくりに使用できると感じた。
・既設気象センサー情報をインプットデータとして活用することで、高頻度かつ高精度な温熱環境の面的分布を表現できると感じた。

今後の展望

本プロジェクトで開発した大規模熱流体シミュレーションシステムは、実証実験の参加者から総じて高い評価を得られ、ユーザビリティ、有用性の観点いずれにおいても高い活用可能性を示すことができた。また、今年度、植生/植栽モデルを取り込み可能としたことで、都市再開発の分野に加え、緑地保全や熱中症対策といった新たな分野に適用可能性を拡大することができた。また、熱流体解析エンジンに関しても、今年度組み込んだ植生乱流モデルにより、街路樹や緑被の有無に応じた風況や温熱環境の変化を、工学的妥当性を伴った形で評価可能となった。

一方、都市計画、都市緑化、熱中症対策に係る業務での本システムの更なる活用促進のためには、3D都市モデルの編集や結果可視化の際、より簡便な操作性が求められることが明らかとなった。また、解析結果を俯瞰視点で概観把握できるだけでなく、歩行者視点で地表面付近の温度や風速が視認できるようにすることで、行政実務への適用可能性が高まることが確認できた。他にも、解析速度の向上を図ることで、複数シナリオによる解析結果をユーザーが容易に比較可能となるため、計画策定時や合意形成といった様々なフェーズで、シミュレーションの活用可能性が高まると考えられる。これらの機能やシミュレーションの活用可能性をより高めるためには、システムのUIも更なる改善を図っていく必要がある。

将来的には、本システムの普及拡大を通じて、駅前再開発や緑化促進、更には熱中症対策といった複数分野において、行政職員が自らシミュレーションを実行し、住民をはじめ様々なステークホルダーにより、その結果に基づいた提言が全国各地で活発に行われることを目指す。また、本システムが対象とする都市開発や熱中症対策等における熱流体解析は、民間事業者による様々な業務や活動にも活用が見込まれることから、地方公共団体に加えて、不動産デベロッパー等の民間事業者への展開を図っていく。

具体的には、熱中症対策を都市緑化や回遊性向上施策と連動させている地方公共団体に対しては、既に展開されている各種施策や、住民向け情報提供サービス等と本システムの連携を推進していく。また、昨今、建築設計の分野における環境配慮・脱炭素化の要請が高まっている。不動産デベロッパー等の民間事業者に対しては、新設/既存建物の環境側面の評価に加え、施設緑化や敷地内緑化に伴う快適性や回遊性の向上について、定量評価のニーズは高いと推測されることから本シミュレータを活用した温熱環境や風況の評価メニューを展開する。