施工の技術――静かに、そして確実に

防潮堤の整備箇所は、岸壁を作業場所として使用できるようになったものの、依然として作業空間は十分な余裕があるとはいえない。また、道路を挟んだ工場建屋内では鋼管の精密加工が行われている。このような施工環境下では、工事の静粛性とコンパクトさが求められた。

この防潮堤は、津波の力に耐え、かつ堤体幅をできるだけスリムに抑えるため、基礎部分に鋼管矢板を打ち込み、その上に鉄筋コンクリートの上部工を施工する構造を採用している。鋼管矢板の施工方法としては、油圧で矢板上部を打撃して地中に打ち込む「油圧ハンマー」や、矢板を細かく振動させて打ち込む「バイブロハンマー」などの打撃工法が一般的であり、和歌山下津港海岸の他地区でも主にバイブロハンマー工法が用いられてきた。しかし、工場内には精密機械も多く、振動が操業に影響を与えるリスクが高かったことから、船尾地区ではウォータージェットを併用した「圧入工法」を採用している。

施工の様子
施工の様子
施工の様子

圧入工法は、油圧式の機械で杭をつかみ、上下動させて押し込む工法である。打撃工法と比べて振動は極めて小さい。この工法に加え、杭先端に設置したノズルから高圧水を噴射するウォータージェットを併用することで、圧入工法の弱点である硬質な地盤にも対応できる。一方、今回の施工場所のように構造物が近接する箇所でウォータージェットを使用すると、水圧が既設構造物や地盤に影響を及ぼし、最悪の場合は既設構造物やその基礎地盤に影響を及ぼすおそれもある。

この課題に対応するため、東洋・りんかい日産特定建設工事共同企業体の監理技術者である池田正悟氏は、「地盤の状態によって圧入の進み方が変わるだけでなく、周辺構造物への影響も左右されるため、ウォータージェットの圧力設定は非常に重要です。土質や土の強度を事前に把握した上、圧力を細かく調整し、施工中の挙動を確認しながら慎重に圧入を進めています」と説明する。

また、鋼管矢板の圧入施工では、地中に埋まった石など、ウォータージェットだけでは対応できない障害物が施工に影響を及ぼす場合がある。圧入の途中で障害物が確認された場合には、いったん矢板を引き抜き、障害物を撤去した上で施工方法を見直す必要が生じる。こうした対応は工程の遅れにつながり、計画しているバースの占用期間が延びる可能性がある。その結果、日本製鉄の操業計画の見直しをはじめ、多岐にわたる調整が必要となる。

そのため本工事では、バックホウのバケットを網目状のスケルトンバケットとし、石などの障害物の事前撤去に力を入れた。池田氏は「現地盤を深く掘りすぎると既設護岸の安定性が低下し、変位・変形を招く恐れがあるため、掘削地盤の深さには細心の注意を払いつつ、石の混入確認を事前に念入りに行いました」と振り返る。

さらに池田氏は「施工中の点検も欠かせない。既設護岸が動いていないか必ず確認する。もし変化があれば、道路にひび割れが入るなど目視でも異常を把握できます」と語る。

現場では、計測システムを用いた動態観測と、必要に応じた目視点検を組み合わせながら、構造物や周辺環境の変化を慎重に確認している。こうした一つひとつの判断と工夫の積み重ねが、制約の多い環境下での護岸整備を支えている。

最優先は安全――“安全第一”で築く現場連携

安全確保の観点でも、さまざまな工夫がなされている。

船尾地区の施工工事では、防潮堤の工事作業者だけでなく、日本製鉄の職員や出入り業者を含む多様な人員、物資、車両が行き来している。そのため、安全対策についても日本製鉄、施工者、国が一丸となって取り組んでいる。基本方針として、日本製鉄が操業に使用する区域と、防潮堤工事の施工者が立ち入り可能な区域を明確に設定し、操業に携わる人・車両と工事施工に携わる人・車両の動線を分離することで、双方の作業者の安全確保を図っている。

東洋・りんかい日産特定建設工事共同企業体の監理技術者である池田正悟氏は、海際での作業や高所作業が増えることを踏まえ、現場では事前に留意事項を整理し、作業手順や体制を整えたうえで、安全を最優先に施工管理を行う考えを示している。

日本製鉄でも、3バースでの運用時には通常時と異なる荷役作業に対応する必要があるため、岸壁クレーンを固定する固縛アンカーの設置位置についても見直しを行っている。高木氏は、「安全な施工と操業のため、操業条件に応じて、入港や荷役の運用方法をどのように調整するかを常に検討しています」と説明する。

このように、防潮堤工事を進める中で工事作業者と操業者双方の安全を確保するため、国、施工者、企業が継続的に情報を共有し、調整を重ねている。現場で培われた経験と連携が、安全な施工の実現につながっている。

未来への展望――臨海工業地帯の強靱化にむけて

和歌山下津港海岸直轄海岸保全施設整備事業は、市街地に加えて臨海部の工業地帯を津波から守り、津波発生後もサプライチェーンを維持し、地域や日本の産業を守ることを目的とした事業である。そのため、操業中の工場前面に防護ラインを設置する必要があり、多くの企業と調整を行いながら、操業を維持した状態で工事を進めてきた。和歌山下津港海岸では、今回紹介した船尾地区に加え、藤白地区の企業などとも調整を重ねて整備を進めており、令和7年12月現在、沖側防護ラインの整備が完了している。市街地に近い港奥部でも、防護機能の強化が段階的に進められている。

国土交通省近畿地方整備局 和歌山港湾事務所の沿岸防災調査官である川口翔大氏は、「防護機能を高めるハード対策に加え、日頃の避難行動や防災計画の策定などのソフト対策を組み合わせること。こうした二つの対策を併用し、地域全体で災害に備えることが重要です」と述べ、その理解を深める機会として、インターンシップや現場見学会などで、防災活動や本事業で整備される施設の意義を伝えていく考えも示している。

和歌山下津港
和歌山下津港

南海トラフ地震の発生が切迫しているとされる中、高度経済成長以降に整備された臨海工業地帯は全国各地に存在し、日本の社会・経済基盤を担っている。本事業で得られた知見は、そうした地域で津波対策を進める上で極めて重要なものとなる。

今後も、国、施工者、地元企業が一体となり、連携を強化しつつ、地域の人命と暮らし、さらには社会経済活動を守るための取り組みが続けられていく。

取材にご協力いただいた方
※取材内容、所属、役職は取材当時(2025年11月)のものです。

  • 国土交通省 近畿地方整備局 和歌山港湾事務所
    沿岸防災対策官 井上 省吾氏
    沿岸防災調査官 川口 翔大氏
  • 東洋・りんかい日産特定建設工事共同企業体
    監理技術者 池田 正悟氏
    現場代理人 黒滝 菜々美氏
  • 日本製鉄株式会社 関西製鉄所
    総務部 和歌山庶務室 主幹 高木 秀明氏
    総務部 和歌山庶務室 主幹 玉置 正義氏