データ×行政で何ができるか?「まちづくりDX」 in 熊谷市
PLATEAUの3D都市モデルの整備都市拡大に合わせ、まちづくりDXの推進および3D都市モデル活用の高度化を目的とした研修が自治体職員を対象に4つの都市で開催されている。埼玉県熊谷市では計5日間の研修プログラムを6月から実施しており、8月最終週のDay5(最終日)には「防災」をテーマに、データを基に導き出した地域の課題解決案のプレゼンテーションが行われた。
- 文:
- 大内孝子(Ouchi Takako)
- 編集:
- 北島幹雄(Kitashima Mikio)/ASCII STARTUP
データで伝える「データストーリーテリング」
13名の自治体職員が、自分たちの業務をどう改善できるか、データ活用により地域の課題解決を高度化できないかと「データ×行政」に向き合った。講師を務めたのは一般社団法人コード・フォー・ジャパンの砂川洋輝氏、小島友将氏。Day1からDay5のメニューは以下のとおり。Day1とDay2では、地理空間情報とか何か、など、PLATEAUに関する基礎知識から始まり、業務改善のためのフロー分析・課題の洗い出し、課題解決に効果的なデジタルツールを学んでいく。Day3以降では、3D都市モデルなどのGISデータの処理や分析手法をハンズオン形式で習得し、地域の課題解決のための政策立案に関するワークショップを行った。
特徴的なのは、現状分析や課題など、データをベースにストーリーで伝える部分までカバーするところだ。
データを表現に活用しようという場合、グラフ化など、点として存在するコト(モノ)の関係性を認知しやすくする「データビジュアライゼーション」が手法として知られている。対して、データにストーリーを乗せて語ることで、状況に沿った物語を提示できる手法として注目されているのが「データストーリーテリング」だ。
砂川氏が強調するのは、「データストーリーテリング」を用いることで、住民も自治体職員もより多くの人がデータ活用を自分事として理解できるという点だ。データストーリーテリングは、データや分析情報から説得力のある説明を作り上げるため、日常的にデータやシステムに触れていない人たちであっても、課題解決の実現性やその効果が伝わりやすい。
また、伝えるだけではなく、自治体側もストーリーとして整理することで従来の業務フローではこぼれてしまう部分に気づくこともできる。デジタル化の時代、自治体と住民が向き合って「公共サービスはどうあるべきか」を語り合うのに欠かせない手法といえるだろう。
地理空間情報を危機管理に生かす
参加者は5つのチームに分かれ、PLATEAUの熊谷市の3D都市モデル、そしてオープンソースの地理情報システムである「QGIS」などを用いて、市民に有益な防災関連のサービスやソリューションを検討し、5日目の最終日にアイデアを発表した。
PLATEAUを活用した例として、「避難所に対する不安をなくす」、「自助力を鍛える」の2つの発表を紹介する。
発表「避難所に対する不安をなくす」
「熊谷市では大災害を受けた経験が比較的少ないことから、避難所に対する不安があるのではないか」という仮説をもとに、災害時に住民がより避難してくれるようにするためにはどうすればいいのかを考えた。いつ災害が起きても避難できるよう、日頃から関心を持ってもらう、避難訓練や自主防災組織への参加を促すことが目標だ。
まず、高齢者人口の割合が多い地区に注目し、昼夜間での人口の差を割り出した。そのうえで、地区によっては通勤や通学により日中と夜間で対応可能な自主防災組織の構成員が変化するため、そのような変化を踏まえた体制に見直す必要があるのではないかといったアイデアを議論した。続いて高齢者が多く日中に自主防災組織の人員が減少するエリアで水害が起きた場合での建物避難について、PLATEAUの建築物の高さ属性などを利用して分析を行った。
利用したデータは以下のとおり。エリアの高齢化率は、国勢調査の小地域ごと5歳階級別人口データをExcel Power Queryを使って整形・加工し、国勢調査の小地域ポリゴンとマージして参照している。避難所位置については、熊谷市が公開している避難所のcsvデータをExcel Power Queryで整形した。昼夜間人口は、国勢調査の小地域ごと従業地・通学地別就業者数・通学者数から簡易的に推計したものだ。自主防災組織のデータは、市で保有している学区ごとの自主防災組織数と、小学校区のポリゴンをマージしている。
分析にあたっては、Re:Earthの3Dtile スタイルプラグインを使ってPLATEAUの建築物モデルから高さ10m以上の建物を抽出し、同じく浸水ナビプラグインを用いて破堤から2時間後の浸水状況をシミュレーションした。エリアの高齢化率や避難所位置の重ね合わせには、QGISで作成した高齢化率や避難所位置のデータをGeoJsonファイルとしてエクスポートし、Re:Earthに読み込ませている。
結果、避難所が少ない地区でも高さ10m以上の建物が複数存在することがわかった。もし近くの河川が破堤した場合でも、公共施設だけでなく、高さのある民間施設を避難所として一時利用させてもらうことができれば、車で遠くに行けない人や高齢者なども避難所を利用できるようになり、不安を軽減できると考えた。
発表「自助力を鍛える」
「災害に対する危機感が薄く、発災時に適切な避難行動が取れないのではないか」という仮説をもとに、市民の自助力を鍛えるための取り組みが必要であると考えた。また、市内の外国人居住者への情報伝達手段が満足にないことや防災無線を聞き取ることができない可能性がある地域の存在にも着目し、視覚的に理解でき、防災意識を刺激することができる情報伝達ツールの作成に取り組んだ。
まず、過去に実際に発生した浸水のデータをQGIS上に可視化した。比較的広範囲に及ぶ浸水想定区域と合わせ、災害時の状況をよりリアルにイメージしてもらうことが狙いだ。
さらに、発災時の具体的な避難行動をイメージしてもらうため、こちらのチームでもRe:Earthの「浸水ナビ」プラグインを活用し、破堤からの浸水状況の時系列データをPLATEAUの建築物モデルと合わせて可視化に取り組んだ。
避難所に避難をしようにも、避難開始が遅れると避難経路が浸水してしまうというリスクを三次元で視覚的に提示することで防災意識の醸成を図る。単に近隣の避難所に逃げるのではなく、適切な避難経路の選択をする必要があることや、別の避難所に逃げる方が安全かもしれないといった新たな気付きを与えられるのではないか、とデータ表現の有用性にも触れた。
このほかにも「要支援者の避難」、「子育て世代をターゲットにした備蓄品の充実」、「市内在住外国人に対する防災支援」といった発表があった。
発表「要支援者の避難」
発表「子育て世代をターゲットにした備蓄品の充実」
発表「市内在住外国人に対する防災支援」
最後に砂川氏は、「5日目のこの発表にこれまでの学びがつながったのではないか」と総評を述べた。また、「この研修で学んだことを自身の業務にぜひ生かしてほしい、そのためにどうすればいいかを考え続けてほしい」と述べた。
参加者からはこの学びを業務に結びつけていくという声はもちろんのこと、「技術もそうだが、普段の業務の中で何か改善したほうがよいこと、こういうデータがあればよいなど、嗅覚を磨くことの大切さを認識した」、「データの活用、可視化は今後の我々にとって必須のスキルになると確信した。意識的に可視化をする癖をつけて、今回の成果を業務に生かしたい」といった感想が寄せられた。
研修で終わりではなく、ここで明確になった課題の解決に向け、引き続き検討を進めていくという。より具体的な行政サービスとして形になることを期待したい。
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