uc23-24

3D都市モデルを活用した建物振動シミュレーションシステムの開発

実施事業者一般社団法人社会基盤情報流通推進協議会 / 株式会社日建設計総合研究所 / 株式会社MIERUNE
実施協力株式会社日建設計
実施場所静岡県静岡市(市域スケール)
実施期間2023年9月〜2024年3月
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3D都市モデルを活用した建物振動シミュレーションシステムの実行と可視化をウェブで完結するシステムを開発。
ノンエンジニアでも簡易に利用可能な被害予測システムとして利用可能とすることで、データを活用した防災対策を推進する。

実証実験の概要

従来、大規模地震における建物被害想定シミュレーションは、国や都道府県などが主導して行っており、その計算はオンプレミス(※)の専門ツールを使用した専門家への業務委託等が一般的である。そのため、地方公共団体職員がシミュレーションに直接関与する場面はなく、入力条件の設定から計算結果の取りまとめまでの一連の検討には、関係者間での確認・調整を含め、時間と工数を要することが課題となっている。他方、3D都市モデルの整備・普及に伴って、地方公共団体職員をはじめとするノンエンジニア属性のユーザーが業務への活用のために自身で簡易にシミュレーションを行いたいというニーズが高まっている。

※オンプレミスとは、ハードウェアやソフトウェアを、使用者の管理する施設内に設置して運用する形態を指す。

今回の実証実験では、大規模地震を想定した建物振動シミュレーションをWeb上で手軽に実行可能なシステムを開発することで、地方公共団体職員が自らシミュレーションに関与でき、一連の検討を一気通貫で取り組むことができる環境構築を行う。また、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)スマート防災ネットワークの構築の「防災デジタルツインの構築/防災デジタルツイン自動作成による災害シミュレーション自動実行システムの構築」に関するプロジェクトと連携を図りつつ、都市デジタルツインを活用した都市スケールの大規模シミュレーションを地方公共団体職員でも手軽に利用できる世界を目指す。 

※本シミュレーション結果は、令和6年能登半島地震の地震動など一定の条件で計算した場合の試算結果である

実現したい価値・目指す世界

我が国は、地震や火山活動の活発な環太平洋変動帯に位置しており、世界でも有数の地震多発国である。2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震ではマグニチュード7.6、最大震度7の地震を観測しており、大規模地震の発生を前提とした事前防災の検討の重要性が増している。それには、建物振動シミュレーションによる事前の被害想定が有用であり、被害が大きくなると想定される地域の特定や対策の検討により、都市スケールで減災につなげていくことが可能となる。

他方、従来の3Dモデルを用いた大規模なシミュレーションは高負荷な処理を前提とするものが多く、その実行は富岳をはじめとするスーパーコンピューターを用いることが一般的である。このような大規模なシミュレーションの実施にあたっては、専用環境だけでなく専門知識やノウハウも必要になることから、業務委託や研究開発など外部リソースを活用することになる。このため、地方公共団体のニーズに応じた柔軟なシミュレーションの利用や、様々な政策検討シーンでの機動的なデータ活用の課題となっている。今回対象とする建物振動シミュレーションに関しても例外ではなく、既往ツールを利用する場合には外部リソースに依存している状況である。

一方で、3D都市モデルの整備エリアは拡大しており、3D都市モデルをシミュレーションの入力データモデルとして活用することで、入力データ整備に要する前工程の大幅な効率化が可能となってきている。よって、後工程のシミュレーションが手軽に実行でき、計算結果が活用できるようになれば一連の検討のハードルを大きく下げることができる。

そこで、地方公共団体でのシミュレーションの内部利用を容易にするため、 Web上で実行可能なシステムの開発を通じて、自身で簡易に地震動を設定し、建物被害のシミュレーションを実行できるようにする。また、その被害状況を面的な可視化により把握、解析結果などをダウンロードできる環境を構築する。これにより、これまで大規模地震の建物被害想定の検討が難しかった地方公共団体職員が手軽に解析でき、その結果を広く庁内の施策検討に活用していく等、ワンストップでの取組支援による業務の効率化・高度化を図る。

また、本システムを利用することで都市スケールでの俯瞰的な視点で、大きな被害が予測されるエリアの特定など事前の防災検討や対策立案等への活用ができるようになるとともに、行政界を跨がるような広域的な防災対策への活用も可能となる。さらに、大規模地震が発生した際の復旧・復興フェイズを見据え、緊急輸送道路との関係性(建物倒壊による道路封鎖の可能性)や避難所配置のあり方、災害廃棄物の処理等に関する検討への活用・展開を目指す。

ユースケース実施場所の画像(2D:静岡市域)
ユースケース実施場所の画像(3D:静岡駅周辺)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

今回の実証実験では、静岡市を対象に3D都市モデルの建築物LOD1モデルを活用し、外部のスーパーコンピューター(富岳)と連携して都市スケールでの建物振動シミュレーションを行うシステムを開発した。このシステムはAWS(Amazon Web Service)を用いてクラウド環境へ実装しており、「①シミュレーション管理機能」(入力データの登録/シミュレーションのケース設定の管理)、「②外部のスーパーコンピューターとの連携や3D都市モデルを活用した建物振動シミュレーション解析機能」、「③シミュレーション結果の可視化や解析結果のデータダウンロード機能」の3つの機能を有する。

「①シミュレーション管理機能」では、Pythonを用いてシステム開発を行い、AxiosやFastAPIといったライブラリを利用している。入力データとしてシミュレーション対象エリアを指定するための「地域プリセット」、地震の外力を設定するための「地震動プリセット」の2つのメニューを設定した。「シミュレーション予約登録」は、2つの入力データをそれぞれ選択して、シミュレーションを実行するメニューであり、「シミュレーション管理」では、シミュレーションの解析状況のステータスの確認や、解析結果/可視化用データがダウンロードできる機能を構築した。

「地域プリセット」として、本実証の対象フィールドである、静岡市内の3D都市モデル(3次メッシュ単位)を事前に登録し、市域全域でのシミュレーションが実行できるようにするとともに、対象範囲を絞った市内の特定エリアでの解析もできるよう、事前登録した市内のメッシュから特定のメッシュを選択して、新たにインプットデータとして登録できる編集機能も実装した。また、「地震動プリセット」は、令和6年能登半島地震の一定時間間隔(今回は0.01秒単位)毎の加速度(cm/s/s)を入力地震動として事前登録した。建築物の耐震設計における実務上での利用の観点から、平成12年建設省告示第1461号に規定されている3つの代表的な模擬地震動(国内海洋型(長周期特性)、国内海洋型(標準的)、国内直下型(直下地震))もあわせて用意した。「地域プリセット」と「地震動プリセット」にはいずれも外部データをユーザーが任意に登録できる仕様とし、様々な地域や地震動パターンへ対応できる柔軟性を持たせている。

「②外部のスーパーコンピューターとの連携や3D都市モデルを活用した建物振動シミュレーション解析機能」は、地震応答解析を行う「富岳」の演算エンジンであるIES(Integrated Earthquake Simulation)、物理条件(3D都市モデル)の入力とIESへの送信、IESのシミュレーション実行、IESからの結果受け取りから構成される。演算エンジンとしては、都市スケールでの計算に向いており、前述のSIPプロジェクトをはじめとして国が主導する防災関連プロジェクトでも広く活用されている、IESをシミュレータとして採用した。IESは地震動による都市に与える影響をシミュレーションするための統合地震シミュレータであり、物理条件(3D都市モデル)に基づき、シミュレーションを実行することで、地盤応答解析による地表加速度応答波形の算出、建物の地震応答解析による応答解析結果の出力が行われる。

物理条件としては、従来のGIS/3Dデータ等の都市デジタルデータの代わりに3D都市モデル(建築物LOD1モデル)を用いた。各建物の位置情報やフットプリント(建物の外周線)、建物の高さ、階数、構造種別、建築年(築年代)、床面積(建築面積)といった建物の形状や属性情報を活用することにより、各建物の違いを加味した入力データモデルの生成に寄与している。このように、今回のシステムでは3D都市モデルを入力データセットとして、IESに送信している。

IESのシミュレーション実行では、3D都市モデル及び入力地震動を入力データとして解析を行い、実行後にIESから解析結果を受け取る運用とした。なお、建物の地震応答解析は、層剛性をバネに置き換えたMDOF(Multi Degree of Freedom Model:多自由度)モデル等に基づき解析を実施するものであり、解析結果として最大層間変形角(※)が出力される。この際、IESでは、複数の解析モデルによる線形・非線形応答解析を実装しており、梁・柱あるいは層を線形あるいは非線形バネでモデル化する。ただし、実際の構造物の構造部材の配置や物性は3D都市モデルには含まれていない。そこで、建物のフットプリントや高さ等の外部形状と、構造種別や床面積等の属性情報に基づき、解析に必要となる建物の質量、剛性、減衰定数等の構造パラメータを自動生成(自動計算)して建物の地震応答解析の入力値としている。例えば、建物の構造種別に応じて建物の質量や剛性は異なる特徴を有しており、鉄筋コンクリート造(RC造)であれば建物の質量が相対的に大きく、剛性が高いといった特徴がある。このように、複数の構造パラメータを用いることで各建物の特徴を総合的に表現し、建物の地震応答解析を通じて最大層間変形角が推定される。

※最大層間変形角とは、地震により発生した振動中における、床と天井との最大の変形差を平均階高で除した値である。

「③シミュレーション結果の可視化や解析結果のデータダウンロード機能」では、Pythonを用いてシステム開発を行い、Vue.js、Deck.GLといったライブラリを利用している。シミュレーション結果の可視化にあたり、建物の構造種別に応じて、建物の応答解析結果である最大層間変形角と建物被害想定の関係は、それぞれ異なることが知られている。そこで、本システムでは、建物振動に対する特性が大きく異なる木造とそれ以外(RC造・SRC造/S造でも細区分)で大別し、最大層間変形角と建物被害想定との関係について閾値を設定して整理した(例えば、木造建物の場合、最大層間変形角が1/200~1/60で軽微な被害、1/60~1/10で被害あり、1/10超で倒壊としている)。このように、建物の構造種別に応じた最大層間変形角の閾値に基づいて判定した建物被害想定を属性として付与したうえで、可視化した。

また、可視化画面では、関連情報として「指定避難場所」や「緊急輸送道路」も個別レイヤとして設定し、複数の情報を重畳できるようにすることで可視化機能の強化を図った。さらに、他分野での幅広い活用(例:GISを活用した他分野のデータとの重畳・分析等)を想定し、前述のシミュレーション管理メニューから、シミュレーション解析結果や可視化データ(GeoJSONファイル)をダウンロードできる機能を実装した。

本システムの有用性検証として、地方公共団体職員へのヒアリングを実施し業務への活用可能性を評価した。

建物の被害想定結果(3D)
※本シミュレーション結果は、令和6年能登半島地震の地震動など一定の条件で計算した場合の試算結果である
建物の地震応答解析結果(3D)
※本シミュレーション結果は、令和6年能登半島地震の地震動など一定の条件で計算した場合の試算結果である
建物振動シミュレーションの実行状況画面イメージ
建物振動シミュレーションのメニュー選択画面(管理画面)イメージ
計算範囲の地図選択画面(3D都市モデルの整備単位である3次メッシュより選択)イメージ
入力地震動の選択・登録画面イメージ

検証で得られたデータ・結果・課題

本システムの有用性検証として、静岡市職員(都市計画課、市街地整備課、建設政策課、建築総務課、建築指導課、危機管理総室、道路計画課、道路保全課の関係8課)を対象に、本システムの使い勝手やシミュレーション結果の業務への活用可能性等に関するヒアリング及びアンケート調査を実施した。なお、令和6年能登半島地震の加速度を入力地震動としてシミュレーションを行い、そのシミュレーション結果(建物の応答解析結果(最大層間変形角)の時刻変化、建物被害想定)を可視化していること、静岡市域での計算にはスーパーコンピューターで半日程度を要するため事前計算した結果を示していること等について事前に説明を行った。

本検証では、3D都市モデルや入力地震動といった入力データの登録方法やシミュレーション管理機能の解説、シミュレーション結果の可視化等に関するデモを行った上で、「システムのUI/UXの使いやすさ」、「シミュレーション結果(可視化情報)の業務活用」、「シミュレーション結果(出力したGISデータ)の業務活用」、「今後に向けた要望等」といった観点から評価を行った。

アンケート調査(回答者15名)の結果、システムのUI/UXの使いやすさの点ではポジティブな回答が53%にとどまっており、可視化表現として建物の被害状況の色分けだけでは、各地区での定量的な被害の想定が分かりづらいといった意見があった。他方、シミュレーション結果(可視化情報)の業務活用ではポジティブな回答が64%、シミュレーション結果(出力したGISデータ)の業務活用ではポジティブな回答が69%にのぼっており、 GISデータ等として出力・活用できれば、今回の情報でも十分使えるものであるという評価が得られた。

よって、現状でのシステムの改善余地は一定あるものの、可視化情報や出力したGISデータといったシミュレーション結果自体の有用性を確認することができた。また、今後の具体的な活用方法として、大きな被害が想定される地域を対象とした耐震化促進の周知や普及啓発、緊急輸送道路における閉塞可能性や、応急仮設住宅の想定必要戸数の算出等への活用に対する期待の声が寄せられた。

さらに、今回の都市スケールを対象としたシミュレーションに加えて、個別建物スケールを対象として倒壊した建物が道路にどのように倒れてくるのかといったミクロな状況を解析する等、異なるスケールでのきめ細かい対応・検討への活用ニーズも確認できた。さらに、可視化・ダウンロード機能に加えて、緊急輸送道路の沿道建物等の抽出・被害想定の集計機能の実装に関する要望も上がった。

また、建築年が古い建物に関して、耐震化された建物であるかどうかの情報の追加・反映が課題であるという意見もあり、更なるシミュレーション精度の向上には、今後の都市計画基礎調査との連携(追加対応の可能性検討)や3D都市モデルの更新時における属性追加の検討が必要であることも分かった。

実証実験で説明している様子
実証実験で職員が操作体験している様子

参加ユーザーからのコメント

・倒壊の危険のある建物が密集している(多い)地域に対して、耐震化を進めるための周知や普及啓発、促進のための説明会などでの活用が期待できる。
・都市スケールでは、緊急輸送道路における閉塞の可能性や、応急仮設住宅の想定必要戸数の算出への活用が期待できる。また、個別建物スケールでは、倒壊した建物が道路にどのように倒れてくるのかといった詳細状況がわかるツールもあるとよい。
・孤立地域の住家被害など、自前で現状確認できていないものが推定できると有用である。
・ユーザーインタフェイスですべての機能を対応していく必要はなく、GISデータ等で出力できて活用していくイメージであれば、今回の情報でも十分使えるものである。
・緊急輸送道路沿いの旧耐震建物の耐震化を推進したり、道路側への被害を最小限に抑制を検討したりする際には、緊急輸送道路沿いの建物が抽出できると有効である。
・可視化表現として建物の被害状況が色分けされて見えているが、それのみだとどこがどれくらいといった定量的な被害の想定が分かりづらい。
・特定のエリアを指定してそこの状況が集計できる機能があると有用である(用途・構造別の棟数等)。

今後の展望

今回の実証実験では、これまで大規模地震の建物被害想定の検討が難しかった地方公共団体職員が手軽に解析でき、その結果を広く庁内の施策検討に活用していく等、ワンストップでの取組支援による業務の効率化・高度化を目指してシステム開発を行った。

検証結果として、システムのUI/UXの使いやすさの点ではポジティブな回答が53%にとどまっており、可視化表現としての建物の被害状況の色分けだけでなく、定量的な被害の集計機能や、被害の大きい建物の抽出機能の必要性が確認できた。具体的には、静岡市では緊急輸送道路沿道の建物の耐震化を推進しており、全国的にも同様の取組が展開されている。現状の可視化・ダウンロード機能に加えて、緊急輸送道路の沿道建物等の抽出や、特定エリアの建物被害に係る集計機能についてもニーズがあり、汎用的な機能としての実装・活用が必要である。

また、シミュレーション結果(可視化情報)の業務活用ではポジティブな回答が64%、シミュレーション結果(出力したGISデータ)の業務活用ではポジティブな回答が69%にのぼっており、可視化情報や出力したGISデータといったシミュレーション結果自体の有用性を確認することができた。ただし、広域の防災やまちづくりを所管する部署と、個別建物の耐震化等を所管する部署では、異なるニーズが存在している。今回の都市スケールを対象としたシミュレーションに加えて、個別建物を対象とした詳細な解析等、都市と個別建物といったスケールの異なる複数の建物振動シミュレーションの実行環境の構築を目指す。

さらに、今回のスーパーコンピューター(富岳)との連携において、計算予約からシミュレーションの実行、計算結果の受け取りまでの一連の計算には時間を要するとともに、一部のデータのやり取りが自動連携(API)ではなく手動になっている点が課題として挙げられる。これには、外部との自動連携の仕組み構築が必要であり、効率性の高い計算手法やアルゴリズムの改良等も検討の余地がある。加えて、より手軽なシミュレーション活用の観点から、外部のスーパーコンピューターに依存しない、一般的なスケールのクラウド環境で動作する建物振動シミュレーションの組込みや、より説明性・説得性の高い倒壊判定等の被害推定手法の改良も検討していく。

将来的には、今回のWeb上で実行可能なシステムが、都市から個別建築スケールまでの異種建物振動シミュレーションが取り扱える統合(集約)システムとして機能・認知され、全国で整備された3D都市モデルを入力データモデルとして活用することで、全国の地方公共団体職員が手軽に利用できる世界を目指す。