uc22-020

都市構造シミュレーション

実施事業者一般財団法人計量計画研究所 / 国際航業株式会社
実施場所栃木県宇都宮市
実施期間2022年4月〜2023年2月
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3D都市モデルを用いた都市構造シミュレータを開発。都市の将来ビジョンをわかりやすく可視化することで、コンパクトシティを推進する。

実証実験の概要

人々の活動がますます多様化する昨今、人々のウェルビーイング向上と持続可能な都市経営を実現するため、市民をはじめとする多様なステークホルダーがまちづくりの将来ビジョンを共有し、共感を得ながらビジョンを実現していくプランニングプロセスの必要性が高まっている。

今回の実証実験では、3D都市モデルを活用し、コンパクトシティ等の短期的に成果が見えにくいまちづくり施策が都市構造に与える影響をわかりやすく可視化する都市構造シミュレータを開発。まちづくりビジョンを広く共有するためのツールとしての有用性を検証する。

実現したい価値・目指す世界

官民連携によるまちづくりを活性化させるためには、目指すべき都市構造の意義や施策の効果について多様なステークホルダー間で共有することが重要である。他方、コンパクトシティを推進するための立地適正化計画では、短期的に成果が見えにくい都市機能誘導施策や居住地域施策などが重要となることから、都市構造のビジョンや施策効果をわかりやすく可視化し共有するためのツールが求められている。

今回の実証実験では、3D都市モデルが持つ建築物の高さ、用途等の情報、土地利用状況、都市計画情報等のデータを活用し、人口動態や交通データと組み合わせることで、ゾーニングや交通施策等のまちづくり施策が都市構造に及ぼす影響を予測する都市構造シミュレータを開発する。また、その結果を3D都市モデルを用いてビジュアルに可視化する手法についても開発する。これらを用い、まちづくり関係者や市民とのコミュニケーションにおける有用性を検証する。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

今回の実証実験では、都市構造シミュレータとして、CityGML形式の3D都市モデル(建築物モデルLOD1)、交通データ(国勢調査小地域を基本とするゾーン間の自動車所要時間及び公共交通所要時間や最寄り駅距離)、個人データ(個人ごとの世帯・個人属性と居住地)等をインプットデータとして、将来の建築物の建て替え、人口、地価、空き家率を推計するシステムを開発した。シミュレータは鈴木・杉木・宮本(2016)1)等の既存研究を参考とし、複数のサブモデルを組み合わせたマイクロシミュレーションが行えるようフルスクラッチで開発した。実装言語はPythonを使用した。

本システムでは、先述のインプットデータをもとに、将来のゾーン単位の地価を推計する「地価モデル」機能、将来の個人の居住地をゾーン単位で推計する「居住地選択モデル」機能、将来のゾーン単位の空き家率を推計する「空き家率モデル」機能、将来の建築物一つ一つの除却・建設・用途を推計する「建替・用途選択モデル」機能の4つのサブモデル群による演算と、それらの結果の相互作用の再現を行うものとしている。本システムの処理の順番としては、まずインプットデータを読み込み、次にサブモデルによる演算を順に実行する。その際、先に実行した演算結果を、以降に実行する演算のインプットデータとして用いるため、システム内部でゾーン別人口やゾーン別地価、建築物の有無、用途、高さといったデータを保持し、各演算が終わるごとにこれらのデータを更新してゆく。

データ処理としては、CityGML形式の3D都市モデルをシミュレータのインプットデータに変換するため、ArcGIS及びFMEを用いてcsv形式に変換した。変換したcsv形式のデータには、3D都市モデルの属性情報のうち建築物ID、用途、建築年、計測高さ、表示高、地上階数、延べ床面積、図形面積等を含めたものとした。なお、これらの属性情報に含まれる欠損値については、3D都市モデルの欠損値以外のデータを用いて補完したほか、高さに異常値が収録されている可能性がある建物については精査を行った。その他のデータについても、シミュレータのインプットデータとしてcsv形式で整備した。これらのインプットデータを変更することで、様々な都市政策を表現可能とした。

例として、LRT(次世代型路面電車システム)の新規導入等の交通施策の影響を推計する手順は次のようになる。まず、施策による特定のゾーンの交通条件の改善をインプットデータで表現するため、交通データのうちゾーン間の公共交通所要時間の値と最寄り駅距離の値を短縮したインプットデータを作成しておく。これらは「地価モデル」機能及び「居住地選択モデル」機能のインプットであるので、このインプットデータを用いてシステムを実行すると、LRT沿線では「地価モデル」機能のアウトプットである地価が上昇、「居住地選択モデル」機能のアウトプットである人口の集中が生じ、これらをインプットにする「建替・用途選択モデル」機能のアウトプットである建築物の用途に影響を及ぼし、これがさらに「地価モデル」機能や「居住地選択モデル」機能のアウトプットに影響を及ぼす、という流れで処理が進み、LRTを導入した場合の将来の建築物の有無、用途、高さ、人口、地価等が出力される。

また、出力データを視覚的に把握し、行政庁内の議論に活用できるよう、ArcGIS Proを用いて可視化した。具体的には、シミュレータから出力された将来の建築物の有無、用途、高さに関するcsv形式のデータを、建築物のshp形式のデータにPython及びGeoPandasを使用して接続して再びshp形式で出力し、シミュレーション結果である建築物の高さ情報を用いて ArcGIS Proで立ち上げて可視化した。

シミュレーション結果と実際の建物の増減や地価の分布との比較により、概ね現況を再現できていることが確認できた。開発したシステムの有用性検証として、宇都宮市と連携し、実際の都市政策に基づくシミュレーションを行い、政策立案過程における活用等について議論を行った。

1) 鈴木温, 杉木直, 宮本和明 (2016年) 「空間的マイクロシミュレーションを用いた都市内人口分布の将来予測:人口40万人規模の富山市を対象として」, 都市計画論文集 No.51,pp.839–846.

都市構造シミュレーションの概要
シミュレーションの構造

検証で得られたデータ・結果・課題

宇都宮市では、将来のまちの姿として「ネットワーク型コンパクトシティ」を掲げ、これを具体化するよう2021年に立地適正化計画を策定している。立地適正化計画では、居住や都市機能(医療・福祉、商業など)の誘導を図る区域と、誘導する都市機能、区域内への立地に対するインセンティブとなる誘導施策を定めている。また、「ネットワーク型コンパクトシティ」の基軸となる東西基幹公共交通としてLRT(次世代型路面電車システム)の導入を進めており、2023年8月に宇都宮駅から東側が開業、2030年代前半には宇都宮駅から西側を整備する予定となっている。

本システムの有用性検証としては、これらの実際の都市政策に基づき、都市構造シミュレータにインプットする政策シナリオとして、①LRTが存在しない「LRTなし」ケース、②LRTが存在する「LRTありケース」、③LRTが西側に延伸しさらに公共交通の利便性が向上する「基幹路線強化」ケース、④居住誘導を行う「居住誘導ケース」、⑤施設の配置と商業施設の誘導を行う「都市機能誘導」ケースの5ケースを設定した。そして、政策シナリオごとに異なるインプットデータを用意してシミュレーションを行い、その結果について各ケース間の比較分析と可視化を行った。

ここでは、①「LRTなし」ケースと③「基幹路線強化ケース」について設定と結果を述べる。①「LRTなしケース」は比較の基準となるケースであり、LRT開業前の宇都宮市の現状に合わせて、ゾーン間の公共交通所要時間、建築物ごとの最寄り駅までの距離等のインプットデータを作成した。ゾーン間の公共交通所要時間は時刻表データをもとに作成、建築物ごとの最寄り駅までの距離は建築物重心と鉄道駅重心の直線距離をQGISを用いて作成した。③「基幹路線強化ケース」では、LRTの導入やバス路線の運行頻度増加を想定したインプットデータを作成した。具体的には、建築物から最寄り駅までの距離、ゾーン間の公共交通所要時間を短縮させたインプットデータを作成し、これを用いてシミュレーションを実行した。シミュレーション結果のうち将来時点の建築物の有無と用途のアウトプットデータを比較すると、将来時点において、①「LRTなしケース」ケースよりも③「基幹路線強化ケース」の方が、LRT沿線で共同住宅や商業施設が増加し、また、ゾーン単位の地価及び人口のアウトプットデータについても、地価の上昇、人口の集中等が一定程度見られ、施策実施の効果を表す結果が得られた。

シミュレーション結果の一例 LRTなしケースを基準とした基幹路線強化ケースの用途の違い
シミュレーション結果の一例 LRTなしケースを基準とした基幹路線強化ケースの空き家有無の違い
シミュレーション結果の一例 LRTなしケースを基準とした基幹路線強化ケースの高さの違い

参加ユーザーからのコメント

今回のシミュレーション結果及び可視化結果をもとにした宇都宮市との意見交換では、以下のコメントが得られた。

・市職員による各種施策の検討や、施策同士の優先順位づけの際の定量的根拠として活用が期待できる。
・住民向けには、3次元で可視化することで施策の効果をビジュアルで示すことができ、分かりやすい。施策の合意形成の推進が期待できる。
・立地適正化計画だけでなく、交通政策等多様な施策を表現できることから、総合計画等全市的な検討にも活用可能性があるのではないか。
・施策による人口の社会増の表現や、公共交通の運賃割引等の運賃施策の表現、将来の税収やCO2排出量といった指標の算出ができると、よいのではないか。

今後の展望

都市構造のシミュレーションは、研究レベルでは過去からの蓄積があるものの、インプットデータの整備やシミュレーションの開発の負荷が大きいため、実務への適用は限定的であった。建築物の位置や高さに加え、用途や建築年、延床面積等の属性情報をパッケージ化して記述できる3D都市モデルが利用可能となったことにより、都市構造のデータの利用のハードルは大きく下がったと言える。宇都宮市だけでなく他の自治体においても容易にシミュレーションを実行可能な環境が整えば、施策検討や議論がさらに深まることが期待される。そのための課題として、インプットデータ作成の自動化、シミュレータの高度化、可視化の自動化が挙げられる。

また、本システムでは、建築物が配置される土地の図郭については手作業で設定していたが、実際の土地利用では、敷地の統合・分割が行われており、このような敷地の変動を再現する手法を開発することが課題である。また、運賃割引等の運賃施策の表現や、将来時点の税収や交通分野におけるCO2排出量等の指標の推定などに対応する等、シミュレータの機能拡充も課題である。

今後は、行政職員がシミュレーションを実施し施策効果の把握や施策間の比較を容易にできる環境をさらに整えていくことで、シミュレーションに基づく政策検討や比較、庁内調整、住民コミュニケーションなどに活用可能とし、都市政策の高度化を目指す。