uc23-13

下水熱利用促進のためのマッチングシステム

実施事業者株式会社パスコ
実施協力姫路市/ゼネラルヒートポンプ工業株式会社
実施期間2023年11月〜12月
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3D都市モデルを活用した下水熱利活用マッチングシステムを開発。下水熱の需給のマッチングを効率化し、低炭素なまちづくりへの貢献を目指す。

実証実験の概要

近年、カーボンニュートラルの実現や脱炭素社会の実現に向け様々な取り組みが進められるなか、大気に比べ「冬は暖かく、夏は冷たい」特質を有する下水熱のエネルギーポテンシャルへの期待が高まっている。下水熱を利用するためには、建築物等の需要施設の近傍に、管路位置を踏まえてヒートポンプ等の熱交換施設を設置する必要があるが、都市全体でどの程度需要と供給をマッチングさせるポテンシャルが存在するかを定量的に評価する手法の確立が課題となっている。

今回の実証実験では、3D都市モデル(建築物モデル)を活用し、建築物単位の熱需要量の推計を都市スケールで行う。さらに、3D都市モデル(地下埋設物モデル)を用いることで、管路レベルでの下水熱ポテンシャル値を算出し、これと建築物単位の熱需要量とをマッチングさせる、下水熱導入によるCO2削減量や消費エネルギー削減量等を推計するシステムを開発する。これにより、下水熱利用のポテンシャルと導入効果を都市全体で可視化・評価できる環境を整える、地域の下水道熱利用の促進を目指す。

実現したい価値・目指す世界

2021年6月に策定された「地域脱炭素ロードマップ」では、地域における再生可能エネルギーの豊富なポテンシャルを有効利用していくことや、3D都市モデルのデータを活用した環境シミュレーションやモニタリング等の取組を推進することなどが掲げられており、下水熱についても、地域の再生可能エネルギーとして、そのポテンシャルを有効活用していくことが求められている。

今回の実証実験では、3D都市モデル(建築物モデル)が持つ建築物の用途や床面積、階数等の属性情報を活用し、建築物の熱需要量を推定する。さらに、3D都市モデル(地下埋設物モデル・下水道管路)を活用することで、管路単位での下水熱ポテンシャルを計算する。両モデルを地図アプリ上で統合し、熱需要量と下水熱ポテンシャルをマッチングするシステムを開発することで、熱需要家である建築物管理者が自己の物件への下水熱利用の導入を簡易に検討できるようにする。また、実際の下水熱利用の導入にはヒートポンプ等の設備の設置が必要になることから、本システムでは敷地等への設備の設置可能性を検証できる配置シミュレーション機能を準備する。
また、地方自治体向けには、管路単位で下水熱利用を導入した場合のCO2削減効果をシミュレーションできる機能を提供する。これにより、都市全体での下水熱利用のポテンシャルを可視化し、優先的に導入すべきエリアを特定できるようにする。

本システムの導入によって、利用事例が未だ少ない下水熱利用を促進し、脱炭素まちづくりの実現を目指す。

対象エリア図(2D)
対象エリア図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

今回の実証実験では、3D都市モデルを活用して熱需要量と下水熱ポテンシャルを算定する機能と、それらをマッチングするシステムを開発した。

熱需要量と下水熱ポテンシャルを算定する機能については、ArcGIS Pro SDK for .NETでArcGIS Proの拡張機能を開発し、単一システム内で熱需要量と下水熱ポテンシャルを算定できるようにした。

熱需要量の算定には、①延床面積の推計②建物用途の分類③年間熱需要量の算定の3つのプロセスがある。

①延床面積の推計では、延床面積が不明である建物を対象にLOD1建築物モデルの階数情報、計測高さ、footprintを利用し、事前に設定した階高をもとに以下の式で延床面積を推計した。

<延床面積の推計式>

階数情報がある場合
延床面積=(storeysAboveGround + storeysBelowGround)×buildingFootprintArea

階数情報がない場合
国土交通省による「一次エネルギー消費量モデル建築物」を参考に、階高を設定
延床面積=measuredHeight÷階高×buildingFootprintArea

②建物用途の分類では、建築物モデルの主題属性として登録されている建物用途から国土交通省による「下水熱利活用マニュアル」で定義されている5つの建物用途に分類した。③年間熱需要量の算定は、分類した建物用途ごとに設定する熱需要原単位に延床面積及び地域補正係数を乗じることで算定した。以下に算定式を示す。

<年間熱需要量算定式>

年間熱需要量[MJ/年]={年間冷(温)熱需要原単位[MJ/年・㎡]×延床面積[㎡]}×冷(暖)房用年間熱需要地域補正係数

下水熱ポテンシャルの算定では、①延床面積の推計②建物用途の分類③下水道管ごとの下水流量算定④下水熱ポテンシャル算定の4つのプロセスを実施した。①延床面積の推計は熱需要計算と同様である。

②建物用途の分類では、「下水熱ポテンシャルマップ(広域ポテンシャルマップ)作成の手引き」にもとづき、7つの建物用途に分類した。③下水道管ごとの下水流量算定及び④下水熱ポテンシャル算定では、建築物モデルとそれに近接する地下埋設物モデル(下水道管)をArcGIS Proの最近接(Near)解析※1を用いて特定し、紐付けを行った。次に、下水処理場の実測下水流量を用いて、以下の式で下水熱ポテンシャルを算定した。

※1 最近接(Near)解析:入力フィーチャ(建築物)と、別のレイヤー(下水道管)内の最近接フィーチャとの間の、距離を計算する解析

<下水流量の算定式>

<下水熱ポテンシャルの算定式>

下水熱マッチングシステムは、Microsoft AzureにArcGIS Maps SDK for JavaScriptのAPIで開発したシステムを配置し、ArcGIS OnlineとAPI連携して表示・検索・更新などの処理を可能とした。このシステムの機能は、下水熱の需要家となる建築物とそれを提供する下水道管をマッチングさせる「マッチング機能」、熱需要と熱ポテンシャルから必要となるヒートポンプの大きさのオブジェクトを地図上に3D表示して敷地等への設置可能性を検証できる「配置シミュレーション機能」、下水道管理者や下水道関係のコンサルタント、エネルギーサービス事業者等が下水熱利用の事業性を検討できるツール(下水熱利用可能性簡易検討ツール)をダウンロードできる「ダウンロード機能」、対象建築物の属性及び下水道管の属性、検討対象の位置図などを記載した調書を出力できる「PDF出力機能」が含まれる。

システムのUIは、GISに詳しくない人が使用することも視野に入れてスマホのように直観的に使えることを心掛けて作成した。操作メニューの一番上に処理の流れを示す画像を埋め込むことで処理の流れが簡単に理解できるように工夫した。また、上から順番にボタン操作をすればポテンシャルの検討が行えるような画面構成とし、各メニューにマウスを当てるとポップアップにて機能説明が出るように工夫した。

これらのシステムの効果を検証するため、姫路市中部処理区を対象エリアとして建築物の熱需要量と下水道管の下水熱ポテンシャルをシステム上で算出した上で、姫路市役所職員や他の自治体職員を対象に下水熱マッチングシステムのテスト利用及びヒアリングを実施した。この実証実験により、都市全体での下水熱利用のポテンシャルを可視化し、優先的に下水熱利用を導入すべきエリアを特定する上での本システムの有用性を検証した。

姫路市役所での実証の様子

検証で得られたデータ・結果・課題

現在、広域ポテンシャルマップについては、多くの自治体が管渠の線形をポテンシャル値ごとに大まかなレンジで着色した図面の公開に留まっており、管渠ごとに下水熱ポテンシャル値等の具体的な情報の確認を行うのは難しい状況にある。

熱需要家が下水熱の利用可能性の検討を行う場合、以下のような複数のステップを踏む必要があり、労力がかかることが課題となっている。

1.自治体にて下水熱ポテンシャルマップが作成・公表されているか確認
2.自治体がWeb上で公開している下水熱ポテンシャルマップを用いて、検討対象の建物付近のポテンシャル値を確認する。
3.自治体へ訪問し、より詳細な情報を取得する。
4.対象地域・施設の絞り込み
5.採算性確認・サービスの設計
6.実現可能性調査・詳細ポテンシャルマップの作成

今回開発したシステムでは、Web上で対象施設の熱需要量とポテンシャルのマッチングを実現している。本システムのテスト利用を実施し、機能性及び表現性について従来の手法と比較した結果、70%以上のユーザーから「やや満足」以上の回答が得られた。UIについては、姫路市職員等の想定利用者にヒアリングをし、直感的な操作ができるように設計したことで、初めてシステムを操作するユーザーや、専門知識のないユーザーでも導入可能性の簡易検討まで実施することができた。また、熱需要量、ポテンシャル値を用いて、必要な容量に応じて型式及び台数を決定し、適切なヒートポンプサイズの選定が自動で行われるため、実際のヒートポンプサイズを踏まえて配置の検討を行うことができた。

今回開発したシステムにより算出される下水熱ポテンシャル等について従来の手法との精度面の比較を行ったところ、以下の結果であった。

下水熱ポテンシャル及び熱需要の算定

下水熱ポテンシャル値及び熱需要値について、従来は、延床面積が不明な建物に対しては図形面積を基に下水熱ポテンシャル値及び熱需要値の算定が行われていた。今回、延床面積が不明な建物に対して、計測高さに基づき推定したフロア数を考慮することで、より実状に即した延床面積の算定が可能となる。下水熱ポテンシャル値及び熱需要値の算定要素である延床面積の算定精度が向上するため、従来手法より精度の高い算定結果であるといえる。

また、下水道管について、既存手法では、下水流量の既知点から下水道管が受け持つ延床面積と建物用途に応じた補正係数を基に割り戻す計算で各管渠の流量が計算されている。しかし、水道使用量が把握できる場合には建物が使用している水量に基づいた計算を行う手法がより実態に即しており、今回の比較では水道使用量より算定した下水熱ポテンシャル値を真値として比較を行った。その結果、延床面積から求めた下水熱ポテンシャル値と50%程度の誤差率であった。これは、下水熱ポテンシャル値の算定要素である延床面積の算定精度は向上しているものの、従来手法の基準値の2.5倍以上の集水域を対象に検証したことが原因でポテンシャル値の算定結果のズレが大きくなったと考えられる。

延床面積の算出

都市計画基礎調査により得られた延床面積を真値とし、開発した延床面積推計アルゴリズムでの延床面積算出結果と比較すると、誤差率が平均で33%であった。既存研究では階数情報がわかる建物を対象として10~30%程度の誤差率であり、今回のアルゴリズムの結果では3%程度上回るものの、階数情報が不明な建築物に対しても一定程度の算出精度があることが確認できた。工場等の比較的1フロアの高さが高い施設での乖離が大きくなっていた。

マッチング機能
ヒートポンプ配置機能
誤差率の分布状況

参加ユーザーからのコメント

・3Dモデルの描画速度が速いうえに分かりやすく、地域全体の下水熱を調査することができ便利である。
・システムのボタン配置が作業順に配置されており、わかりやすい。
・具体的な内容まで検討することができ、検討段階の情報量としては、十分である。
・下水熱活用マッチング以外でも、地下埋設物の立会や維持管理の分野でも活用できそう。
・選択した図としていない場合の区別がわかりにくい。また、3D表示すぐに図がひっくり返ってしまうのでUI/UXを改善して欲しい。
・PDF形式で出力される調書について、現状では1ページで表示されているが、長いため何ページかに分けて表示してもよいのではないか。

今後の展望

下水熱利用を促進するためには、これまでコンサルタント業者が対応していた下水熱の利用可能箇所のマッチングから利用可能性を検討するまでの労力を削減し、熱需要家である建築物管理者の下水熱利用における導入ハードルを下げることが重要である。このためには、必要な情報を容易に把握できる広域ポテンシャルマップを作成しておくことが必要である。

本システムでは、ユーザーがWeb上で任意の箇所の下水熱ポテンシャル値を確認できるようなシステムを構築することでユーザー及び職員双方の負担が軽減できるだけではなく、熱需要のマッチングにより下水熱利用の検討を進めるための有用なツールを作成した。更なるツール利活用に向けては、ユーザコメントから利用者がより簡単に操作内容を理解できるようなチュートリアル動画の作成等のUI/UXの磨き込みが求められており、よりコンシューマライズを進めていく必要性が明らかになった。加えて、下水熱ポテンシャルと需要量の算定精度を向上することで、より実態に即した検討が可能となるため、国土交通省や環境省並びに下水熱ポテンシャルに関わる業界団体と連携して算定手法の再検討を行い、下水熱利用の促進を図ることが重要である。また、建築物モデルと地下埋設物モデルを3Dで可視化することで、下水道施設の点検や維持管理・地下埋設物照会の立会など様々な自治体業務への応用も期待できる。

今回の実証実験で整備した下水道データや開発したシステムを活用することで、下水熱の活用に留まらず下水道関連の様々な自治体業務が簡略化され、効率的な業務運用が可能となる。これらにより利用が拡大することで活用が限定的であった下水熱のポテンシャルを引き出すことで、エネルギー循環型社会の形成を実現に寄与していく。