uc22-004

広告効果シミュレーションシステム

実施事業者Symmetry Dimensions Inc.
実施場所東京都渋谷区 渋谷駅周辺
実施期間2022年4月〜2023年3月
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3D都市モデルを活用した広告効果シミュレータを開発。リアルとデジタルの双方で広告ビジネスをDXする。

実証実験の概要

昨今の5G通信やARデバイスの普及により、AR技術の活用など広告ビジネスにおける新たな領域が注目されつつある。データを活用したOOH広告(屋外広告)の効果測定や、AR広告の効率的な配信システムなど、3D都市モデルを活用したビジネス創出の余地は大きい。

今回の実証実験では、3D都市モデルと人流データを組み合わせた空間解析により、OOH広告及びAR広告の効果を測定するシミュレータを開発。さらに、同シミュレータを外部の広告管理・配信システムと接続するためのAPI開発、将来のAR広告の社会普及に必要となる整理すべきルールに関する論点整理等を行うことで、広告ビジネスにおける3D都市モデルの有用性を検証する。

実現したい価値・目指す世界

昨今、「メタバース」、「デジタルツイン」、「ミラーワールド」など現実世界と仮想空間の情報を相互に活用する技術や概念の一般市場への浸透が進んでいる。同時に、第5世代移動通信システム(5G)の整備、ARデバイスの普及など、これらの概念を実現する環境も整いつつある。既存のビジネス領域においても、これらの新技術の実装に合わせ、新しいビジネス・体験の創出が求められている。

現実の都市空間を再現する3D都市モデルを用いることで、建築物に設置されたOOH広告の視認エリアをシミュレート可能である。これと人流データを組み合わせることで、視認エリア内を通過するユーザー特性を分析し、適切なターゲティングポリシーに基づく最適な広告配置が可能となる。さらに、このシステムをAR広告配信システムと組み合わせることにより、空間に制約されないARの利点を最大限生かした広告配信が可能となる。これらの有用性を検証することで、リアルとデジタルの双方の領域において広告ビジネスの新たな価値を創出する。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

本実証実験では、3D都市モデルのLOD2建築物モデルのジオメトリを利用したOOH広告(屋外広告/AR広告)の広告効果シミュレーションシステム及びこれと連携したARコンテンツ管理・配信API(AR広告配信システム)を開発した。

広告効果シミュレーションシステムでは、都市内に配置されたOOH広告を視認することができる地理的範囲を演算するシステムを開発した。視認範囲の算出はWall Trackingと呼ばれるアルゴリズムを用いた。Wall Trackingとは視認範囲を求めたい1点(本システムでは広告の中心点)から周囲に円を描くように遮蔽物(建物)がないかを走査(スキャン)し遮蔽領域を特定するアルゴリズムである。3D都市モデル(LOD2建築物モデル)は視認範囲の算出および視認範囲を立体的に表現する際の遮蔽物として活用した。

また、視認範囲の計算結果に基づき、ある地点にOOH広告を掲示した場合の効果を定量的に評価するため、視認範囲に含まれる人流情報を解析する仕組みを構築した。この解析により、広告を目にし得る人数(リーチ数)やその属性情報(期間、性別、年齢、平日、休日)を任意のOOH広告ごとに表示することができる。人流データはジオテクノロジーズ社から購入したものを活用し、空間解析にはPostGISを用いたデータベースを構築して利用した。

OOH広告の場所をユーザーが指定する場合とは別に、人流分布を俯瞰で把握し、最適な掲示場所を検討できるよう、人流データをヒートマップ化して表示する機能を開発した。このヒートマップでは、時間、日付、人流の属性別などで人流の分布を把握することができる(例えば、休日の夕方に20代の女性が多い地点はどこか、など)。ヒートマップの作成には限られたデータから全体の分布を推定するための統計学的手法であるカーネル密度推定を用いた。

また、ユーザーによる操作、パラメータ入力、演算結果の可視化等のため、フロントエンドはCesiumJSを用いたWebGISシステムを開発した。

3Dデータの描画を行うCesiumJSをフロントエンドとして渋谷区の3D都市モデルを表示し、3D都市モデルのLOD2建築物モデルを元に、特定の1点からの可視範囲を計算するアルゴリズムであるWall Trackingを用いて、OOH広告の視認エリアを可視化することで、都市空間における遮蔽物を考慮した広告物視認エリアのシミュレーションを実現した。

AR広告配信システムは、広告効果シミュレーションシステムを用いてAR広告の設置場所を決定したユーザーが、そのままAR広告を作成・編集・配信できる仕組みとして構築した。具体的には、広告効果シミュレーションシステム上で設定された設置場所の位置情報をAPI経由でARコンテンツ管理・配信プラットフォームである「STYLY」(Psychic VR Lab社)へ提供する機能を開発した。また、「STYLY」側では3D都市モデル(LOD2建築物モデル)を配置したエディターが準備されており、建築物によるオクルージョンを再現したAR広告の配信が可能となっている。

実証内容説明の様子
AR広告表示の様子
 STYLY ARコンテンツエディット画面
STYLY スマホアプリARコンテンツ

検証で得られたデータ・結果・課題

本システムの有用性検証として、広告代理店、広告媒体主、屋外広告の管理業務を担当する渋谷区職員などの関係者にWebブラウザでの広告配置機能、広告効果シミュレーション、視認エリア可視化機能のデモおよび体験と、スマートフォンでのSTYLY ARアプリにより、配置した広告がどのように見えるかを屋外で体験いただき、アンケート・ヒアリング調査を実施した。

広告代理店や広告主など屋外広告物の出稿検討を行うユーザーから、効果的な広告掲載箇所の検討に有効であるという評価を得た。具体的にはターゲット情報を入力することでターゲットが多いエリアを可視化し、効果的な広告掲載箇所を検討できる点、広告掲載期間を入力することで指定した広告物の想定リーチ数を算出できる点などが挙げられた。

さらに、3D都市モデルを利用することで、周辺建物、道路状況を確認しながら広告掲載の検討が可能になり、広告掲載検討業務をより精度高く行えることがわかった。

一方で、自治体など屋外広告の管理を行うユーザーからは、広告視認エリアの可視化以外に、広告掲載に関連する条例情報があることが望ましいとの意見が上がり、広告掲載許可業務への活用を目指す上で、さらなる機能追加が求められることがわかった。また、人流データを用いた想定リーチ数の算出は、利用する人流データによりリーチ数に差が出る可能性があり、リーチ数算定時の拡大推計方法の基準の作成および業界団体と連携した指標の策定などの課題解決が必要であることがわかった。

また、今回は渋谷駅周辺という限られたエリアで人流ヒートマップを算出したが、計算に1週間程度要しており、今後の対象範囲の拡大や最新データ更新に当たっては大きな課題と考えられる。また、一般歩行者が通行可能な経路・エリアの判別機能、人流データの経路情報、進行方向、滞在時間等のベクトルデータ整備及び計算機能、OOH広告設置後の行動変容を分析・検討するための人流データの整備・表示機能が必要と考える。相互運用やデータの互換性の観点では、AR広告では基準となるローカル座標がプラットフォームやサービス毎に異なる、人流データは提供される企業・サービス毎に粒度、属性、取得方法が異なるといった課題への対策も必要となる。

ターゲット情報をもとにしたヒートマップ表示の様子
AR広告効果シミュレーションの様子

参加ユーザーからのコメント

・広告のリーチ数が表示されてわかりやすかった
・出稿したAR広告に対し、どのくらいの人が滞留する可能性があるのかをシュミレーションできる機能があると有用性が高まると考えられる
・視認範囲が簡便に可視化されている所は評価できるが、既存広告が設置されている場所に対して媒体価値を棄損してしまうような利害関係者との協議とルールの策定が必要だと感じた
・既存屋外看板や屋外ビジョンの視認性を阻害させない仕組みの必要性を感じた
・人流データから広告接触者数等を割り出す指標やルールについてもWOO(World Out of Home Organization)等の各業界団体や媒体事業社の定めるガイドラインも踏まえた試算モデルの検討が必要だと思われる
・本シミュレータを使うことで、広告を使って人流を分散させ、局地的に人が集まり過ぎることを抑制する仕組みとして利用可能だと感じた

今後の展望

本実証実験の結果を踏まえて、3D都市モデルを用いた広告効果シミュレーションシステム及びAR広告配信システムは広告掲載検討業務の効率化に有効であることが確認できたことから、実用化に向けてさらに検討を進めていく。具体的には、業界団体とのシミュレーション実施時の基準策定や、人流データに含まれる経路情報、進行方向、移動方法、滞在時間、該当場所に訪れる目的といった属性情報の活用、ARコンテンツで使用するローカル座標、空間座標の標準などについてガイドラインの策定を行い、広告効果シミュレーションの精度を高めていきたい。

本取り組みの中で、システムの開発に合わせ将来のAR広告の社会普及に必要と考えられる論点の整理を行うため、広告主、広告代理店等の企業を対象にAR広告検討会を開催した。広告媒体価値の算出基準、屋外広告物条例、景観条例、地権者による施設ルールといった将来的なガイドライン策定に向けた議論及びシステムの機能向上を継続的に行うことで、広告主、広告代理店等のステークホルダーの価値を毀損せず、広告を見る一般の方にとってもメリットのあるAR広告体験を生み出していきたい。