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防災エリアマネジメントDX

実施事業者東日本旅客鉄道株式会社 / KDDI株式会社 / 東急不動産株式会社 / 株式会社日建設計
実施協力一般社団法人高輪ゲートウェイエリアマネジメント / 高輪ゲートウェイ駅周辺地区広域連携連絡会(安全安心WG) / 一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会(エリア防災推進委員会、スマートシティ推進委員会) / 株式会社JR東日本建築設計
実施場所東京都港区 品川駅北周辺地区
実施期間2022年4月〜2023年1月
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3D都市モデルを活用した人流シミュレーション環境を構築。防災を切り口にエリアマネジメントのDXを目指す。

実証実験の概要

地域の価値を維持・向上させるため、民間事業者が主体となってまちづくりを行うエリアマネジメントの取組が各地で進められている。しかし、こうした活動は事業者側の負担が大きく直接的な収益も生みにくいことから、活動の効率化・成果の見える化が課題となっている。特に、「安全安心なまちづくり」に向けた取組は、付加価値創出ではなくコストとして捉えられる傾向が強い。

今回の実証実験では、3D都市モデルを利用した大規模誘導・避難シミュレーション環境(以下、シミュレーション環境)を構築し、エリア内防災計画の更新や合意形成における有効性を検証することで、防災を切り口にしたエリアマネジメントのDXを目指す。

実現したい価値・目指す世界

まちの持続的な価値向上を推進するエリアマネジメントは、まちの維持管理、にぎわい創出、環境、防災、防犯、地域連携など、活動領域が多岐にわたる。しかし、アナログな対応が多くコストが相当数かかることから、活動範囲に制約を受けやすく、持続的な活動財源確保のハードルも高い。特に、「防災」については、その重要性が認識される一方で、潜在的リスクを共通認識としづらく合意形成にコストがかかる、成果を実感しづらい、といった理由から取組が停滞するおそれがあり、活動の効率化・成果の見える化が課題となっている。

今回の実証実験では、品川駅北周辺地区の3D都市モデルを活用した大規模誘導・避難シミュレーション環境を整備し、災害時の潜在的リスクや、これに対応するために必要な避難計画を三次元的に可視化する。また、その成果を活用し、都市再生安全確保計画(官民連携によるエリアの防災計画)の更新に向けた避難のプランニングや合意形成の支援を行う。これらの取組みを通じて、災害リスクの共有や合意形成コストの軽減といった観点から3D都市モデルを利用したエリアマネジメント活動の有効性を検証する。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

本実証実験では、まず、建築物内部を含む建築物モデルLOD4、対象エリア周辺の建築物モデルLOD2、ペデストリアンデッキモデル、道路モデル等を統合した対象エリアの3D都市モデルを作成した。対象エリアとなる高輪ゲートウェイの開発区域(品川駅北周辺地区)は開発段階のため、建築物モデルLOD4等の作成に当たっては、地権者の協力を得て、設計データ(AutoCAD、REVIT)の提供を受けた(3Dモデル作成・統合にはRhinocerous、BlenderGISを利用)。これを基礎に、Unreal Engine(以下、UE)を利用して1万人を超える人流を扱うことが可能なシミュレーション環境をAWS EC2(GPU搭載)上に構築した。

3D都市モデルを地理座標に基づいて扱うため、作成したデータを一度ウェブGISのためのレンダリングフォーマットである3DTilesに変換し、これをUEプラグインであるCesium for Unreal(C4U)を用いてUEに読み込んだ。また、C4Uを改修することで、取り込んだ3DTilesデータにNavMesh(移動可能領域)を自動生成できるようにした。シミュレーション内の人流のモデルは、UEが提供するNavigation Systemの群衆制御アルゴリズム(Crowd Manager)や経路検索アルゴリズムを利用して構築した。

人流を生み出す方法としては、UEのEditor上で人流発生地点及び目的地点を設定し、生成するキャラクター数などを設定できる仕組みとした。また、大規模なキャラクター数を扱うためのパフォーマンスチューニングとして、 キャラクターの移動処理のマルチスレッド化やキャラクターのアニメーション処理削減などの軽量化を行った。また、本システムの拡張性と利便性を向上させるため、シミュレーション及びレンダリングをクラウドサーバで実行する仕組みを構築した。

シミュレーション結果である人流の密集度(経路と目的地)や移動完了時間等を分析・可視化するため、UEが演算したシミュレーションログ(キャラクターの移動軌跡ログなど)をCSVでアウトプットし、これをAWSの分析マネージドサービス(AWS Glue, Athena, QuickSight)で処理する仕組みを構築した。また、UEでシミュレーションの実行内容を再生できるリプレイアプリを開発し、分析結果から抽出された課題を考察できるようにした。

より多くのまちづくり・エリアマネジメントの関係者に避難イメージが伝わるよう、シミュレーション結果からビジュアル(静止画や動画)を作成する仕組みを構築した。ビジュアル作成のためのレンダリングはシミュレーション環境とは分離したシステムとし、分析作業と資料作成を効率的に進められるようにしている。ビジュアルの作成方法としては、3D都市モデルの床壁や店舗部分などにテクスチャやマテリアルを付与しリアリティを向上させるとともに、アニメーションを付与したNPCモデルを作成し、シミュレーション結果を参照して配置した。映像は群衆アニメーションソフトAnimaを用いて作成し、レンダリングにはシミュレーション環境とは別のUE環境を用いた。

開発したシミュレーション環境を利用し、令和3年度に策定された品川駅・田町駅周辺地域都市再生安全確保計画(以下、安確計画)で定める災害時行動フローを基に、品川駅北周辺地区における「発災後から3時間における屋内及び駅から屋外の広場等一時避難場所への避難」と「発災後3時間から6時間における一時避難場所から建物内の一時滞在施設への避難」を想定した避難シミュレーションを実施した。

こうして得られたシミュレーション結果を安確計画のフィジビリティの検証・考察に活用し、新たな課題の識別や現計画に記載されている課題の深堀りと対応策を導出した。それらを資料としてとりまとめ、当該計画の実施主体である高輪ゲートウェイ駅周辺地区広域連携連絡会安全安心ワーキンググループ(以下安全安心WG)にて共有・討議を行い、本シミュレーションの有用性の評価を行った。さらに、商業業務地区で安確計画を策定している大丸有地区の一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会(エリア防災推進委員会、スマートシティ推進委員会)へのヒアリングも行い、今後の展開可能性の検討を行った。

実証対象地区での討議の様子
他地区へのヒアリング・討議の様子

検証で得られたデータ・結果・課題

本検証では、シミュレーション結果からまちの中の避難の阻害要因を持つ場所を特定し考察することで、示唆とその対策(ソフト面での対策)を導出した。結果としては、「発災後から3時間」では、屋外へ一時避難させる場合、運営者側で緻密な避難誘導を行わないと、混乱(群衆の対向、人の合流、収容容量オーバー)が発生する可能性が高いことがわかった。ここから、各建物からとにかく早く屋外に避難させるといった個別最適施策はかえって全体最適につながらない可能性が識別され、屋内に留める一時避難も選択肢としてなりうること等、新しい示唆を得られた。また、「発災後3時間から6時間」では、建物外から一時滞在施設への避難者が合流することにより、建物内で滞留が発生する可能性が高いことがわかった。このことから、屋外と屋内で時間帯による避難の分散を行うという対応方針を導出することが出来た。加えて屋外の避難誘導に注力することで、地域の限られた人員を一時滞在施設の開設などの災害対応に割り当てられる可能性についても示唆を得られた。

さらに、上述の課題及び対応策を安全安心WGにて議論する際、作成したビジュアル(静止画や動画)を用いたところ、施策の理解促進につながり、議論を深めることができた。このことから、シミュレーション環境を活用した計画検証の有用性や継続的なエリアマネジメント活動の必要性など多くの評価と期待を得ることができた。

一方で、シミュレーション環境構築にあたって必要となる3Dモデルの作成コストの高さが課題となった。特に建物内部を再現するために利用した建築物モデルLOD4の作成に当たっては、その元データとなったBIMモデルのデータ量が大きく、パフォーマンスに支障をきたした。また、BIMモデルのデータ量の削減に向けたポリゴン数の間引きにあたっては、データ構造上の理由から機械的に処理できず、手作業が必要となる部分が大きかった。

プレゼンテーション用に作成した動画(2000人を収容した避難場所)
プレゼンテーション用に作成した動画(フロアから階段への避難時の人流)
シミュレーションの様子(避難開始から避難完了)
シミュレーション環境の設定UI
リプレイアプリのUI

参加ユーザーからのコメント

安全安心WGの参加者からのコメント

・災害時の状況について想像力が高まるため、計画検証には有用である
・このシミュレーション環境を活用した計画検証を通じて共通認識が構築できたので、これが今後の議論の基盤となる
・構成員同士の平時からの連携の必要性やシミュレーションのケースを増やしていくことで更にエリアとしての災害への備えが拡充する

他地区へのヒアリング参加者からのコメント

・合意形成のしやすさ、わかりやすさ、応用可能性といった観点などからまちづくり・エリアマネジメント活動に非常に有用である
・シミュレーション環境の進化の方向性として、用途を増やしていくことやシミュレーションの命題をどこにおくか(どこまでやるか)が重要である

今後の展望

計画検証のサポートツールとしての有用性が得られたことから、実証対象地区での継続的な使用や他の安確策定地区以外の不動産デベロッパーやエリアマネジメント組織への展開についても検討を進める。具体的には以下の観点での課題に継続して対応し、エリアの安全性向上、価値向上に寄与する。

シミュレーション環境としては、精度の高い結果を出すための複雑なパラメータ設定や、シミュレーションの実行時間を短縮するための機能追加・改善が必要である。例えば、不自然な人詰まりを自動検知する仕組みや、リプレイの速度を変更可能にし、倍速確認できるようにする機能を想定している。また、シミュレーションの考察結果として、ウィークポイントを3D上でマーキングできるようにすることで課題を考察し、様々なシナリオをシミュレーションした上での街全体の課題を可視化でき、関係者で更に共通認識を持ちやすくなるような環境を整備していく必要があると考える。

本システムを汎用的なツールとして展開していくには、非エンジニアの関係者が簡単にシミュレーションを実行し、対策を検討することができるよう、UI/UXの整備やビジュアル作成も含めたクラウド活用のシミュレーション・レンダリング環境の構築及びシミュレーション用3Dモデル作成の自動化などが求められる。将来的には安確計画をはじめとした各種防災計画の立案・策定・更新業務に本シミュレーション環境を適用し、まちづくりのDXを防災観点でも推し進めていく。