都市OSと連携した都市政策シミュレーション
実施事業者 | 日本電気株式会社 / パシフィックコンサルタンツ株式会社 / 株式会社Eukarya |
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実施場所 | 香川県高松市 |
実施期間 | 2022年4月〜2023年3月 |
都市OSをプラットフォームとした地理空間データの管理・分析・可視化プラットフォームを構築。多様なデータを用いて都市の将来変化をシミュレーションする。
実証実験の概要
人口減少、少子・高齢化が顕著な地方都市では、地域の活力を維持するための、コンパクトで持続可能な集約型都市の構築が喫緊の課題であり、高松市でも「多核連携型コンパクト・エコシティ」の推進を目指している。他方、多様なステークホルダが関係する都市政策は合意形成の難易度が高く、効果的な施策展開のためにはデータを活用した施策効果のエビデンスの提示が必要である。
今回の実証実験では、高松市を舞台として、中長期の都市構造の変化を予測する都市政策シミュレーションを構築する。また、予想された将来の都市構造をもとに、災害リスクやヒートアイランド現象などのシミュレーションを実施し、複数の都市政策シナリオを評価する。これらのデータを都市OSをプラットフォームとして統合し、WebGISを用いて一元的に可視化することで、都市政策の合意形成ツールとして活用する。
実現したい価値・目指す世界
高松市では中心市街地等の「核」の間を公共交通で結ぶことで地域の活力を維持・向上させる「多核連携型コンパクト・エコシティ」の推進を目指し、中心市街地等における都市機能の集積や、住居・生活サービス機能と連携した公共交通ネットワークの構築などの施策を推進している。他方、ステークホルダが多岐にわたる都市政策では、住民理解や多様な関係者との連携のため、EBPM(Evidence-based policy making:証拠に基づく政策立案)の推進が特に重要であり、様々なIoTデータやシミュレーション技術などを用いつつ、円滑な合意形成を進めていくことが求められている。
今回の実証実験では、FIWAREをデータ統合のための都市OSとし、これにオープンソースのWebGISであるRe:Earthと接続することで、地理空間データの管理・分析・可視化プラットフォームを構築する。これをデータ連携基盤として、3D都市モデルのもつ建物や土地利用のデータ、人々の移動データ等を組み合わせて都市構造の将来変化を予測する都市政策シミュレーション技術を開発する。ゾーニング規制や都市機能誘導施策、公共交通再編等の政策シナリオごとの都市構造の変化をシミュレーションすることで、都市政策の効果をわかりやすく可視化し、合意形成のためのエビデンスとして用いることができる。また、予測された将来の都市構造モデルにデータプラットフォームから取得される河川水位やCo2濃度といった各種IoTデータ等を統合することで、災害シミュレーションや熱環境シミュレーションを行い、災害リスクや環境等の観点から将来の都市構造を評価する。
これらの技術開発により、3D都市モデルを基盤的なデータとした都市OSと可視化環境の統合システムが、都市政策におけるデータに基づく政策立案や合意形成の円滑化にどのように貢献し得るのか、その有用性を検証する。
検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材
本実証実験では、高松市が保有する各種データやシミュレーション結果について、3D都市モデルをベースとした3D-WebGIS上で一元的に可視化する「都市政策評価システム」を開発した。本システムは、各種IoTセンサから取得される動的データや、3D都市モデルを活用した都市政策、災害、熱環境のシミュレーション結果を都市OS(FIWARE)で一元的に管理し、3D-WebGIS上に表示させるものである。
「都市政策評価システム」で可視化できるデータのうち、河川水位と潮位の動的データは高松市が設置したIoTセンサによって取得したものを都市OSを用いてWebGISで表示可能な形式に変換、編集、データベース管理した。静的なデータとしては、都市政策、災害、熱環境の3分野のシミュレーションシステムを構築し、シミュレーション結果をWebGIS上で可視化できる仕組みとした。
都市政策シミュレーションでは、人口フレームと人流データ、土地利用状況等から交通需要と土地利用需要の双方の均衡点を推計する「応用都市経済モデル(CUE(Computable Urban Economic)モデル)」を構築した。このインプットデータとして、3D都市モデル(建築物モデルLOD1及び土地利用モデルLOD1)が保持する属性情報である建物用途や土地利用等の情報、携帯基地局データに基づく移動データ、人口・地価等の高松市保有データを活用した。また、中心市街地の用途変更や容積緩和など、都市政策の変更や再開発、公共交通網再編等の交通政策の変更を想定した複数のシナリオを設定し、上記モデルに投入して建物単位の人口・事業所数(従業者数)の変化やトリップ数の変化を500mメッシュ単位で算出した。これらのデータに基づき、必要な建物床需要の変化をシミュレーションし、WebGIS上に可視化した。シミュレーション結果はGeoJSON形式で出力した。
このほか、3D都市モデルを活用した洪水浸水シミュレーションや熱環境シミュレーションを行い、いずれもWebGIS上で可視化する仕組みを構築した。洪水浸水シミュレーションは、国土数値情報によりモデル構築が可能な河道・氾濫一体化モデルを適用したシミュレーションソフトiRICを活用し、香東川における5か所の越水・破堤の結果(浸水深の時間変化予測値)を算出した。シミュレーション結果はJSON形式で出力され、WebGIS上で時系列によって浸水範囲が3次元的に広がっていく様子を描画した。合わせてIoTセンサで取得した河川水位・潮位データ、気象庁の降水ナウキャストを入力値とし、深層学習技術で構築した水位予測モデルを用いて2時間後の水位予測を10分間隔で推計、表示している。
熱環境シミュレーションでは、8月の一番暑い日時を想定し、3D都市モデルの建物・道路の属性情報からその熱物性を設定、アメダスの気温・風向・風速を入力値として、3次元熱流体解析ソフトウェアWind Perfectを用いて、中心市街地の再開発前後を想定した気温・風速・風向の3次元格子点の値を算出した。
WebGIS上での可視化環境は3D表現が可能なOSSであるRe:Earthを用いて構築した。都市OSから配信されるデータを行政職員が確認できるよう、各種データ表示の切り替え機能などのユーザーインターフェースを開発した。
本システムの有用性検証として高松市職員に対する操作研修を行い、施策検討への活用可能性などを検証した。
検証で得られたデータ・結果・課題
都市政策シミュレーションモデルについては、交通手段ごとの運賃や時間が変化した場合に利用者の交通手段選択がどのように変化するかといったパラメータごとの重みづけの再現性について、具体的な移動データ(現況)との比較によりモデルとしての妥当性を確認した。また、河川水位予測は実測値との誤差を検証し、一定の精度を満たすことを確認した。熱環境シミュレーションの適合性については気象庁の観測データとの誤差を検証し、妥当性を確認した。
市職員の操作研修では、政策による効果影響のシミュレーション結果を3次元で視覚的に分かりやすく提示し、住民合意形成に活用できること、都市・環境・防災など複数の分野のデータを集約可能であり、インフラ維持管理への活用をはじめ、組織横断的な利用が期待できることなど、今後の政策立案や合意形成への活用の有効性を確認した。
他方、本システムの今後の課題としては、利用者が各シミュレーションのシナリオ設定から分析・表示までを容易に実行可能なUI/UXの構築、描画パフォーマンスの改善、表現方法の工夫があげられる。
今回のシミュレーションについては、一定のパラメータ設定に基づきあらかじめ計算した結果をWebGISで表示し、政策の検討に役立てるにとどまったが、今後は行政職員が検討中の内容に応じエリアやパラメータを設定し、その都度シミュレーションを行えるようなインタラクションの実装が必要となる。
また、描画パフォーマンスについては、温熱環境のシミュレーション結果のデータ量が大きく、表示に負荷がかかるため、利用環境によっては表示に時間を要することが判明した。表示速度及び視認性を考慮した格子点間隔の設定、風速・風向の表現方法の改善が必要である。
また、表現方法として、シミュレーション結果だけでなく、シミュレーションの前提となるシナリオとその設定条件を合わせて表示するなど、政策の合意形成の利用シーンを想定した利用者に分かりやすい工夫についても検討の余地がある。
参加ユーザーからのコメント
研修に参加した高松市の職員より、以下のコメントがあった。
・中心市街地活性化のため、土地の価値やにぎわいの向上を図る施策の検討、外部との協議での使用が考えられる。このような3Dで施策効果を見せられることで、整備が必要なのかどうかを視覚的に示すことができ、対外的な説明で有効活用ができるのではないかと思う。
・3Dの浸水シミュレーション等は危険状況をミクロ、マクロに見られるのが使い勝手が良いと思った。将来の土地利用と風速を重ねる等、建物が整備されることで、日当たりがどう変わるかなど、各シミュレーションを重ね合わせて可視化できると良いと思った。
・施設整備等のパースをつくるときのデータとして活用したいと思った。
・ワーク時に興味を持って取り組んでいる参加者もおり、実際に3D都市モデルに触れて、どう使ってもらうかを考えてもらうことが重要だと思う。自分たちの業務の中でこの3D都市モデルをどう使っていくかを考えてもらうきっかけになったのではないかと思う。
今後の展望
本実証を通じて、様々な動的・静的データを一元管理する都市OSとウェブ上で各種データを三次元空間に描画するWebGISを連携させることで、都市政策による土地利用や交通、防災、環境など様々な政策領域に影響を及ぼす施策の効果を連動して可視化し、政策立案や住民合意形成に活用し得ることが検証された。今後の実装に向けては、都市OSとWebGISの連携を強化し、行政職員が実際に現場で活用することを想定したシミュレーションの自由度、操作性、表現力の向上が求められる。また、住民に都市政策の効果をわかりやすく提示するための具体的かつ説得力のあるシミュレーションのシナリオ作成も重要となる。
土地利用、人の動き、気象状況など、日々変化する環境を取り込み、政策によって起こりうる変化を可視化する都市政策評価システムとして、立地適性化計画の策定、再開発・土地利用再編の影響評価、防災計画の策定などの地域の政策企画、合意形成を促進し、地域の課題解決に向けたスマートシティの実現を担う機能向上を目指す。