uc22-023

歩行者移動・回遊行動シミュレーション

実施事業者株式会社構造計画研究所 / 大成建設株式会社
実施場所東京都新宿区 西新宿地区
実施期間2022年4月〜2023年2月
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まちの賑わい創出のための施策効果検証が可能な歩行者行動シミュレーションを開発し、エリアマネジメント活動の推進を支援する。

実証実験の概要

近年、全国的に「人間中心のまちづくり」が志向されているなか、その実現のためにさまざまなまちづくり活動(エリアマネジメント)が実施されている。エリアマネジメントを効果的なものとするためには、都市空間・歩行者の行動特性を理解することが必要である。

今回の実証実験では、東京都西新宿エリアを対象として3D都市モデルを活用した歩行者行動シミュレーションを実施し、そのシミュレーション結果の分析と可視化によって、平常時・イベント実施時等におけるまちの賑わい創出のための施策の検討や検証を支援するツールを開発する。

実現したい価値・目指す世界

現在、良好な都市環境の形成、ウォーカブル・コンパクトなまちづくりの実現など、「人間中心のまちづくり」が全国的に志向されており、官民が協働して地域の価値向上を目指すエリアマネジメントも、その実現のための重要な手法の一つである。他方、エリアマネジメントを担うまちづくり団体等では、地域の賑わい創出や利便性向上等を目的としてさまざまな施策を検討しているが、その実施には多岐にわたる関係者との調整や合意形成のための有用性の検証などが必要であり、コストが大きい。

そこで、今回の実証実験では、都市スケールで建築物や道路ネットワークをデータ化している3D都市モデルを活用した歩行者行動シミュレーションを開発する。このシミュレーションでは、オープンカフェの設置等の施策実施による賑わい創出効果を検証することで、これまでまちづくり団体が実施してきた社会実験を代替する手段として活用することを目指す。これにより、エリアマネジメント活動における合意形成の推進・効率化に寄与し、さらに活発な活動が可能となる。

将来的には、企画立案・合意形成の場面における社会実験の一部を代替するツールとして活用されるだけでなく、都市計画・まちづくりの分野におけるシミュレーションを活用したEBPM(Evidence - Based Policy Making)の土壌を形成するものとして活用することで、「人間中心のまちづくり」の実現を目指す。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

今回の実証実験では、大規模な地下通路やペデストリアンデッキ、高層ビルなど、立体的かつ複雑な都市構造を特性として有する西新宿において、歩行者が移動する際の心理的な行動アルゴリズムを反映した平常時・イベント開催時の三次元的な人流シミュレーションが可能なシステムの開発を行った。シミュレーション実行環境は構造計画研究所が運用するMAS(マルチエージェント・シミュレーション)プラットフォームのartisoc Cloudを使用した。

シミュレーションに利用する歩行ネットワークは、3D都市モデル(道路モデルLOD1及びLOD3)をベースにQGISを用いて作成した。作成に当たっては、歩行ネットワークを構成する道路リンクを3D都市モデルの道路モデルの枠線から自動抽出する処理をQGISで行うためのPythonスクリプトを開発した。また、3D都市モデル上でシミュレーションの結果及びその分析結果を可視化し、関係者で共有・討議等を行うため、Unityを用いた3D可視化ツールの開発を行った。

人流シミュレーションの開発にあたっては、平常時の人流の再現にあたり、西新宿において幅員が広く上空が開けている道路や新宿駅直結の地下通路を通行している人が多い実態を踏まえ、通路の特性として幅員が広い空間や上空が開けている空間を歩行者が好んで選択する経路選択モデルを作成した。このモデルでは、歩行者のある地点の視野情報を算出し、より開けた空間を選好するように経路を選択していく。一般的に用いられるダイクストラ法に基づく最短経路選択モデルは物理的なリンクの長さに基づく計算を行うが、このモデルでは、歩行者の視野の逆数、リンク周囲のイベントの規模の逆数、物理的なリンクの長さに比例する「歩行者が認識するリンクの長さ」に基づく計算を行う。視野情報は、3D都市モデル(建築物LOD2及び道路モデルLOD1)の外形情報(ジオメトリ情報)を利用して算出を行っている。歩行者の視界は、3D都市モデルから得られる歩行者が見通せる距離(歩行ネットワーク上のリンク長)と歩行者の視野角(170度と設定)から算出される。また、実際の視野は3D都市モデルとの重なりによって求められる(QGISによる面積計算機能を使用)平面上の可視範囲、及び3D都市モデルに基づく各道路ネットワーク上のノード位置における上空の建物有無をかけ合わせ、歩行者の視界から算出を行いパラメータ化している。

イベント実施時の人流の再現にあたっては、平常時の経路選択モデルに加えて歩行者がイベント実施場所の周辺に近づいた際、西新宿における過去の社会実験の結果を参考した歩行者がイベントに立ち寄る割合に基づき、そのイベントに立ち寄るような経路変更を行うモデルを作成した。併せて、イベントを宣伝するような広告の設置を想定し、広告を見た歩行者がイベントへの興味を増し、イベント実施場所に近づくような経路変更を行うモデルを作成した。

また、可視化ツールでは、人流シミュレーションの結果に基づき人が歩行する様子に加えて、イベント等を実施した際の通行量の変化が俯瞰的に理解できるヒートマップ、人流の変化量を定量的に理解できるグラフ表示機能、任意の時点の人流を可視化できるタイムシークバーの機能を実装した。

開発したシステムは人流シミュレーションの精度とまちづくり分野への活用可能性の2つの観点から検証を行った。

人流シミュレーションの精度検証として、シミュレーション結果と平常時における実際の人流データを比較した。また、2022年11月に西新宿で実施された歩道や公開空地等を活用した未来の新宿を体験できる社会実験イベント「FUN MORE TIME SHINJUKU」と連携し、イベント実施時の人流データとシミュレーション結果の比較もおこなった。有用性検証では、そのツールを実際のまちづくりに携わる自治体やエリアマネジメント団体にシミュレーションシステムを操作してもらい、その活用可能性についてヒアリングをした。

3D可視化ツール体験の様子
3D可視化ツールによる人流可視化

検証で得られたデータ・結果・課題

人流シミュレーションにおける精度検証は、平常時とイベント時に分けて実施した。検証の基となる実データとしては、KDDI Location Analyzer(※)から取得した平常時の人流データを利用した。シミュレーション結果と実データをヒートマップ形式に変換して比較したところ、70%以上の一致が確認された。これは、出発地から目的地までを最短距離で行動する経路選択モデルよりも高い一致度であった。このことから、今回開発した歩行者の可視範囲を考慮した経路選択モデルの再現性が高いことがわかった。

また、イベント実施時の人流シミュレーションの精度検証は、スマートポールから取得できる通行人数のデータと、人流シミュレーションの結果を比較することにより行った。その結果、70%以上の一致が確認されており、再現性が高いことがわかった。

3D可視化ツールでは、3D都市モデル上で人が動く様子とともに、通行量の変化を示すヒートマップやグラフを表現することで、俯瞰的に人流の通行量の変化を把握し、ポイントとなる箇所の人流を直感的かつ詳細に確認することができた。自治体やエリアマネジメント団体からは、都市計画・まちづくりの場面での合意形成の円滑化に活用できるといったコメントがあった。

一方で、人流シミュレーションの実行と3D可視化ツールにおける可視化がシームレスに連携したシステムとなっていないなど、実用化に向けた課題も明らかになった。また、3D可視化ツールの操作性として、自治体やエリアマネジメント団体の方々が使いやすいようなユーザエクスペリエンスとなっていないといったコメントもあった。

※技研商事インターナショナル「KDDI Location Analyzer」。データの提供にあたってはauスマートフォンユーザーのうち個別同意を得たユーザーを対象に、個人を特定できない処理を行って集計している。

西新宿全体におけるイベントを想定したシミュレーション結果
人流の様子とその変化を定量的に示す可視化ツール

参加ユーザーからのコメント

・デジタルサイネージなどの設置物によって人流が変化する様子をリアルタイムでシミュレーションして可視化できれば、広告掲示等の配置計画やそれを実施する際の関係者協議へ活用できる可能性がある
・3次元の表現に対してはよりミクロなものを期待する。特に人が動いて見えることはまちづくりの協議にとって効果的な表現手法であり、よりリアリティな表現が実現できれば、防災など非常時の場面でも活用できる可能性がある
・2次元よりも3次元の方がイメージしやすいので、操作性が改善されていけば3次元での再現が主流になることも考えられる
・3Dのヒートマップで概略を把握し、グラフを表示して詳細を見るという活用が可能と考える
・これまで4号街路等の特定の道路の交通量調査を実施することはあったが、回遊性に関するシミュレーションは実施したことがなかった。南北方向の交通量が減少している等、西新宿を俯瞰したときの回遊性の把握ができて良いと考える
・今回のシミュレーションの新規性は、人の回遊行動に心理的な要素を考慮している点だと考える。例えば交差点の信号待ちといった心理的な影響を考慮することによって、回遊性の評価がしやすくなるのではないか
・シミュレーション精度の向上は今後も期待するところだが、操作性もポイントであると考える

今後の展望

本実証実験で得られたユーザーからのフィードバックなどを活用し、今後は行政やデベロッパー等を主体とした他地域へ展開していくため、更に精緻なシミュレーションの実装や3D可視化ツールのエクスペリエンス改善などのブラッシュアップを検討していく。将来的にはウォーカブル・コンパクトなまちづくりの実現のため、歩行回遊性や賑わい創出のための施策検討、交通施策の検討や防災分野での活用など、都市計画・まちづくり分野において幅広く人流シミュレーションを展開し、EBPM(証拠に基づく政策立案)の推進を目指し、社会実装に向けた技術検証を進めていく。