uc22-040

ウォーカブルな空間設計のためのスマート・プランニング

実施事業者パシフィックコンサルタンツ株式会社 / 株式会社フォーラムエイト
実施場所東京都渋谷区
実施期間2022年4月~2023年2月
Share

まちづくりの将来像をバーチャル空間で共有。街の質的な変化が歩行者行動に与える影響をシミュレーションし、ウォーカブルな空間づくりを推進する。

実証実験の概要

近年、住民目線でまちなかにおける歩行者の回遊性を高め、賑わいを創出する「ウォーカブルなまちづくり」の実現に向けた空間再編の取組が活発に行われている。他方、歩行空間再編による空間の質的変化が歩行者行動にどのような影響を与えるのかを定量的に評価する手法は確立されておらず、EBPMに基づくまちづくり(スマート・プランニング)の推進が求められている。

今回の実証実験では、今後計画されている渋谷区道玄坂の道路空間再編の将来イメージを3D都市モデルを用いてバーチャル空間に構築。これを用いたVRアンケートを実施し、空間再編後の道玄坂への訪問意向の変化を把握する。アンケート結果や現状の人流データ、沿道建物の属性情報を取り込んだシミュレーションモデルの構築により、歩行空間再編による人流変化を予測し、施策効果をビジュアルと定量評価の両面からわかりやすく可視化する。

実現したい価値・目指す世界

近年、世界的にウォーカブルな空間の重要性が認識され、国内各地でも歩行者目線での街路空間の再編の取り組みが活発化している。他方、空間の質の変化を定量的に評価することは難しく、その変化が歩行者の行動変容に与える影響を予測する手法は未だ確立されていない。また、空間の将来像について関係者間で合意形成をするためには、施策効果をエビデンスとして定量的に示すとともに、関係者が共通のイメージを持つことが重要となるが、まだ見ぬ将来の姿を想像することは難しい。

今回の実証実験では3D都市モデルを活用して都市空間再編の将来像をビジュアルに共有しつつ、その効果を定量的に示すことで、まちづくりの合意形成を支援するツールを開発。これにより、施設配置や歩行空間等の質を変化させた際の歩行者の回遊行動の変化をシミュレーションし、データ・ドリブンなまちづくりを検討する手法(スマート・プランニング)の実現を目指す。具体的には3D都市モデルのデータを活用し、渋谷区道玄坂の歩行者空間再編後の将来イメージをバーチャル空間上で構築。これを用いた将来の都市内回遊をVRアプリケーションによって来街者・住民等に体験してもらい、回遊行動の変化をアンケートする。さらに、アンケート結果とともに、人流データや都市内の施設情報等を基にした個人行動を予測するシミュレーションモデルを構築し、ウォーカブルな空間再編が歩行者の行動に与える影響を定量的に算出するシステムを開発する。把握した予測結果を再びバーチャル空間上で可視化し、官民の様々な関係者間の合意形成を手助けするツールとしての活用可能性を検証する。

これらのスマート・プランニングの手法を確立することで、関係者の円滑な合意形成や効果的な空間設計を促進し、ウォーカブルなまちづくりの推進を目指す。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

今回の実証実験では、3D都市モデルを基に作成したVRを活用して、都市空間の質的変化が歩行者行動へ与える影響の評価手法、評価結果をもとに推定した歩行者交通量をVRに反映し関係者の合意形成を支援する手法、一連の評価に必要な沿道のデータ取得を3D都市モデルから容易に行うツールを開発した。

まず、VR作成ソフト(UC-win/Road)と3Dモデル作成ソフト(Shade3D)を用いて、道玄坂、国道246号、マークシティ内通路の現況の空間と、道玄坂の再編後の空間を再現した。道玄坂及び国道246号の対象区間の建築物については、テクスチャ付きのLOD2で3D都市モデルが整備済のため、3D都市モデルをVR作成ソフト(UC-win/Road)に取り込み沿道の建築物を再現するとともに、道路面、街路樹、ボラード等を現況に合わせて配置することで構築した。ただし、道玄坂については、3D都市モデルの建築物のテクスチャに影が映り込んでおり、沿道店舗の再現性低下が懸念されたため、別途撮影した沿道建物の写真を3Dモデル作成ソフト(Shade3D)で貼りかえる操作を行った。また、建物の内部空間であるマークシティ内通路は、3D都市モデルの対象外であるため、3Dモデル作成ソフト(Shade3D)で建物内部のモデリングとテクスチャの貼り付けを行った上で、VR作成ソフト(UC-win/Road)に取り込み、VRを構築した。

次に、空間再編が道玄坂への訪問意向に与える影響を把握するため、渋谷駅周辺を訪れた経験のある方1,000名を対象に、VR空間に再現した道路空間再編後(歩道拡幅や歩行者天国化など)の道玄坂を回遊する経験を提供し、訪問意向を尋ねるwebアンケートを実施した。アンケートから集計した年代別の道玄坂への訪問意向の割合を被説明変数とし、3D都市モデルから取得した道路や沿道の情報(経路延長、沿道建物の数・用途・面積・高さ等)、現況交通量から算出した歩行者密度等を説明変数として、行列演算プログラミング言語(GAUSS)を用いてパラメータ推定を行い、統計的に有意なパラメータによる歩行者行動モデルを構築した。その際、道路や沿道の情報については、3D都市モデルから指定した道路と沿道の情報を一括取得できるQGISのプラグインを開発し、効率的に道玄坂・マークシティ内通路・国道246号の情報を算出した。

続いて、渋谷駅周辺のWi-Fiプローブデータから集計した年代別経路別の歩行者交通量の構成比を、実態の断面交通量に乗じ、年代別経路別の歩行者交通量を算定した。この年代別経路別の歩行者交通量を歩行者行動モデルにインプットし、空間再編後の道玄坂の歩行者交通量をシミュレーションした。

さらに、シミュレーションで得られた歩行者交通量を、VRにおいて再編後の道玄坂を通行する歩行者の人数に反映し、施策効果の定量的な評価結果を、空間体験を通じて理解できる、まちづくりの現場での合意形成を支援する手法を開発した。

シミュレーションした歩行者交通量を可視化したVR
プラグインによる情報取得のための経路指定

検証で得られたデータ・結果・課題

今回の実証実験では、道玄坂の空間再編のパターンとして、①歩道拡幅のみ、②歩道拡幅に加えてオープンカフェを設置、③歩道拡幅に加えて歩行者天国化、の3パターンを用意した。歩行者行動モデルによるシミュレーションの結果、それぞれの空間再編によって道玄坂の歩行者交通量が現状よりも増えることが明らかになった。アンケート回答者からはVRの体験により空間のイメージが掴みやすかったとの意見が複数挙がっており、道路空間の再編という空間の質的な変化をVRによる体験を経ることにより、平面図や事例写真、ある1シーンを切り取ったパース等に比べてよりリアルな体験に基づく歩行者行動モデルを構築することができたと考えられる。

道玄坂の道路整備事業を担当している渋谷区職員との意見交換においては、3D都市モデルを活用してVRを作成し、リアルな空間体験に基づく歩行者行動モデルの構築とシミュレーションによる施策実施効果の定量的な評価手法、さらにその結果をVRに反映し体験可能とする手法は、多様なステークホルダーが存在する道路整備事業において整備方針を協議・調整する場面で有効ではないかとの意見があった。また、3D都市モデルを活用することによりVRの作成コストを約4割削減できることが検証され、3D都市モデルの活用がVRの効率的な作成に寄与することが示された。

一方で、シミュレーションの結果を関係者に示していくにあたり、VRで表現している空間のイメージが実際の検討内容と一致していることが重要となるとの指摘があった。例えば、現時点ではオープンカフェの具体的な配置の検討が進んでいないため、今回の実証実験で作成したVRではオープンカフェを道路全体に均等に配置したが、今後にぎわい施設や道路のデザインの検討の進捗に合わせてVRに反映した上で再度シミュレーションを実施することが望ましい。今回の実証で開発した手法を関係者間の合意形成に用いる等、活用の幅を広げるためには、関係者調整の結果を都度VRに反映し可視化できるシステム拡張の必要性が示されており、今後の課題となる。加えて、渋谷区をはじめとした自治体ではネットワークセキュリティ等の都合からVR作成ソフトやビューアの利用が難しいとの指摘もあり、自治体における操作環境の向上にも取り組んでいくことが求められる。

また、今回の実証実験で開発したQGISのプラグインにより、今回シミュレーションの対象とした道玄坂・渋谷マークシティ内通路・国道246号の道路と沿道の情報取得が効率化された。開発したプラグインの活用により3D都市モデルデータが整備されているエリアでの経路選択モデルの効率的な構築が可能となった。

歩行者天国化した場合の道玄坂
歩道拡幅した場合の道玄坂
VR体験・意見交換の様子

参加ユーザーからのコメント

渋谷区職員の意見

・3D都市モデルを活用したVRによる空間再編の効果検証や検証結果の可視化によって、再編後の空間イメージや空間再編の効果がわかりやすく、検討に有効だと感じた。検討段階から関係者への事業計画や施策の効果の説明等、様々な場面で活用できると考える。
・例えばオープンカフェの配置など、空間の利用方法を今後地元の方と配置を具体的に検討していく際に活用できると考える。検討の具体化に合わせて、 VRでの実施施策の可視化や、施策効果のシミュレーションを容易に実施できるようになれば、より活用しやすくなると考える。

アンケート回答者の意見

・提案内容がVRで体験できたのでイメージがつかみやすかった。
・自分がその場にいるかのような不思議な体験ができた。
・道玄坂の街路が広がると歩きやすく、大変気持ちが良い。

今後の展望

今回の実証では、3D都市モデルを基に作成したVRを活用して、都市空間の質的変化による歩行者行動への影響評価を行う手法、評価結果をもとに推定した歩行者交通量をVRに反映し関係者の合意形成を支援する手法、一連の評価に必要な沿道のデータ取得を3D都市モデルから容易に行うツールを開発することにより、ウォーカブルな空間づくりを推進することを目的としていた。VRを活用して都市空間の将来イメージと、施策実施の効果をビジュアルに共有することは、まちづくりの現場における多数の関係者と共通認識を図った上で意見交換をするために効果的であることが明らかになった。

一方で、都市空間の将来イメージについて合意形成に至るまでには、一般的に、将来イメージの検討と関係者との意見交換を繰り返し、将来イメージの度重なる調整が必要となる。したがって、VRは一度作成した後も、将来イメージの検討状況に合わせて施設配置やデザイン等を調整していく必要があり、施策実施効果のシミュレーションも繰り返し行う必要がある。今回開発した手法を真に合意形成を支援する手法とするためには、今後、自治体職員をはじめとしたまちづくりに携わる人が気軽にデザイン等の調整や、施策実施効果のシミュレーション、シミュレーション結果のVRへの反映を行えるようなシステムを構築することが望ましい。