uc24-05

高精度観光動態分析システム

実施事業者株式会社ゼンリン / 株式会社ブログウォッチャー
実施場所長野県松本市 / 岡谷市 / 諏訪市 / 伊那市 / 茅野市 / 佐久市
実施期間2025年1月
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公的統計情報を活用した高精度な観光周遊分析システムを開発。
官公庁や地方自治体等が実施する観光施策の立案に活用し、的確な意思決定や合意形成を実現する。

本プロジェクトの概要

近年、地方自治体等が観光施策を検討する際には、GPS等の位置情報データや、観光客の移動動態に関する調査等のデータに基づき観光周遊の状況を分析する手法が広がりつつある。一方で、従来の分析手法では、大メッシュ間の流動や、都道府県又は市町村レベルの移動を把握するにとどまり、個別の旅行客の立寄地点や属性情報、移動手段など周遊状況を精緻に把握・分析する手法は確立されていなかった。一方で、個別のアンケートに基づく精度の高い調査手法は存在するものの、少数のサンプリング調査とならざるを得ず、広域で活用することは難しかった。

本プロジェクトでは、3D都市モデル及びGPS位置情報にもとづく人流データに加え、全国の都道府県で実施されている「観光統計」の「原票」(調査票)をデータとして活用することで、大規模かつ高精度な観光周遊データを出力するシステムを開発する。また、整備したデータを用いて分析を行うアプリケーションをあわせて開発することで、官公庁や地方自治体の観光施策立案業務において、意思決定や施策立案を支援するソリューションとして社会実装可能か検証を行う。

観光スポット別入込客数集計(月別・国内旅行者)

実現したい価値・目指す世界

アフターコロナによる観光客増加に伴い、各地で交通渋滞や混雑地域などのオーバーツーリズムが課題となっている。一方で地方への誘客や観光消費の増大、観光周遊の平準化を実現するために、観光資源の開発や交通インフラ、宿泊施設等の整備が重要となる。このことから、混雑緩和と集客を両立するための観光施策立案が必要とされている。

従来、観光客の周遊状況等を分析する手法として、GPS等を用いて取得した位置情報を活用し、観光スポットを分析する手法が取られていた。この手法では、来訪者の推計は可能だが、個々の人流の直前・直後の滞在地を特定することや、旅程全体の立ち寄り地点、周遊順序の分析を行うことは困難であり、混雑緩和を考慮した観光施策の立案につながりにくいという課題があった。また、地方自治体が実施する二つの観光統計調査の一つに観光地点等入込客数調査があり、人力での計測が主流で人員配置数の制約から対象となる観光スポットが絞られること、配置方法による計測漏れが発生することなど調査精度にバラツキがあり、集客のための施策立案の参考値としては信頼性に欠ける課題がある。もう一つの調査に観光地点パラメータ調査があるが、観光スポットにおける現地アンケートで性年代・細かな情報を得ることができる反面、アンケートを行う観光スポット数が少ない(約10ヶ所)こと、四半期に一回(1週間程度)の調査であるため、カバーできる範囲が少ないことが課題となっている。

本プロジェクトでは、3D都市モデル及びGPS位置情報、観光統計原票などを活用することで、観光スポットの入込客数や観光スポット間の移動手段等を高精度に推定する「高精度観光動態データ」を出力するシステムと、その結果を地図及びダッシュボード上に可視化する観光周遊分析システムを開発する。

本システムでは、まず、3D都市モデルを用いて観光スポットを定義し、位置情報ビッグデータからそのスポット内にとどまった観光客を抽出・集計するアルゴリズムを開発することで、位置情報をベースとした個人単位での周遊データを作成する。

また、観光統計原票等の調査結果を組み合わせて分析を行うことで、観光スポット間の周遊行動の把握、従来手法である観光統計原票を活用し、分析することでアンケート調査結果の広域推計機能を実現する。本システムから出力される客観的データに基づき、具体的な観光施策立案のエビデンスや資料作成に活用することができる。

本プロジェクトは、国土交通省情報政策本部が進めるProject LINKSとの連携プロジェクトとして実施する。Project LINKSは、行政情報のデータ化と活用を進める分野横断的なDXの取組である。今回のプロジェクトでは、紙やエクセルなど様々な形式で作成されている観光統計原票(観光地点パラメータ調査)を正規化されたデータとして再構築するため、LINKSが開発する大規模言語モデル(LLM)の技術を用いたデータ変換システムを活用する。

本システムが観光施策の意思決定や施策の品質向上の一助となり、地域経済の活性化や観光周遊の平準化につながることを目指す。

対象エリア(2D):松本市、岡谷市、諏訪市、伊那市、茅野市、佐久市
対象エリア(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

本プロジェクトでは、3D都市モデルと、観光地点等入込客数調査をはじめとした各種観光統計原票及びGPS位置情報に基づくデータを組み合わせた高精度な観光動態分析システムを開発した。本システムは、3D都市モデルを用いて観光スポットのエリアを定義する「①観光スポット作成機能」、定義した観光スポット情報と人流データから観光スポットへの来訪を判定する「②観光スポットへの入込客数推定機能」、人流の移動速度や経路情報を活用した「④観光スポット間の移動手段の推定機能」、②と③で推定した観光客の行動情報と観光動態に関する公的統計情報を掛け合わせることで行う「③観光消費額の拡大推定機能」によって構成される。本システムは、人流データの処理プロセスのみブログウォッチャー社の人流データ分析プラットフォームである「プロファイルパスポートDMP」を利用しているが、その他の部分はWebブラウザで利用できるArcGIS Online上で開発されており、業務で用いるPCのスペックを問わず分析条件設定や分析結果の可視化・共有を実現している。

①観光スポット作成機能は、観光地のポリゴン形状の定義工程と、その形状に対応するメッシュコードの抽出工程により成立している。PLATEAU GIS ConverterでGeoJSON形式に変換した3D都市モデル(建築物モデルLOD1、交通(道路)モデルLOD1、土地利用モデルLOD1)から観光地のポリゴン形状を定義し、観光スポット名と紐づけて保存する。次に、観光地のポリゴン形状から東西南北の端の座標を抽出し、この4点を結んだ長方形の範囲に一辺10mのメッシュ型のポリゴンを生成する。最後に、観光地のポリゴン形状と生成したメッシュ型のポリゴンの重なりを判定することで、観光スポットを内側に含むポリゴンを抽出し、各ポリゴンに属性情報として付与したメッシュコードを取得することで観光スポットのエリアを定義している。10mのメッシュコードで観光スポットを定義、管理することで、データサイズが大きい人流データにおいても効率的に集計、可視化が可能な仕様としている。なお、3D都市モデルの整備範囲以外への対応のため、地図上で任意の範囲を指定する機能を実装している。 
3D都市モデルのポリゴンをベースとした観光スポットの定義を行うことで、「面」として観光スポットを特定し、「②観光スポットへの入込客数推定機能」においてより精度の高い来訪判定を可能としている。

観光スポット作成画面(長野県松本城)

②観光スポットへの入込客数推定機能は、観光スポットへの来訪判定と、来訪者の拡大推計によって構成される。機能①で作成した観光スポットを内側に含むポリゴンのメッシュコードと、GPSの位置情報で取得した人流データを紐づけることで、観光スポット内の人流データを抽出する。この人流データを集計した結果、観光スポット内に連続して2点以上の位置情報ログが検知された場合に、観光スポットへの来訪者として判定する。人流データはGPS位置情報の取得を許諾している観光客のうち、データサプライヤーが計測出来ているものに限られるため、実際の人口規模に拡大推計する必要がある。この拡大推計用の係数は、国内旅行者においては2020年住民基本台帳に基づく人口と、週次の推定居住都道府県別ユーザー数を用いて算出し、訪日外国人の場合はJNTO訪日外客統計の年月別国籍別観光客数と、年月別国籍別ユーザー数から算出する。人流データから取得した観光スポットの来訪者数に対し、これらのデータから算出した係数を乗じることによって拡大推計を行う。

観光スポット別入込客数集計機能(国内旅行者)、交通手段の割合

③観光スポット間の移動手段判定機能は、人流の移動経路情報や速度情報、交通インフラの路線情報を用いて行う。滞在場所から次の滞在場所までの一連の移動ログの平均速度や移動経路から特徴量を作成し、各移動ログを「鉄道」、「自動車等」、「自転車等」、「徒歩」の4つに分類する機械学習モデルを構築する。このモデルで分類された人流データのうち、「自動車等」もしくは「自転車等」と判定された移動パターンについては、バスプローブデータと、GTFSや国土数値情報のバス路線データから移動経路の照合を行うことで、バス移動と推定されるものをさらに分類する。

④観光消費額の拡大推計機能は、観光地点パラメータ調査から推定した、交通手段及び観光施設のタイプ別の一人当たりの消費額の原単位に、機能②で推定した入込客数を乗じ、費目の総和を取ることで実行される。観光消費額は観光地点パラメータ調査にて定義される各費目を「交通費」、「観光消費額(土産代、飲食費、入場料、その他)」、「宿泊費」の3つに分類し、合計を取ることで算出するモデルとし、うち、「交通費」と「観光消費額」の推定においては、ある目的変数に対して各要因がもたらす影響の程度を関数としてモデリングする手法である重回帰分析を用いた。「交通費」の推定における説明変数としては、観光客が選択した交通手段を採用し、「観光消費額」の推定における説明変数としては、訪問した観光施設のタイプ(寺社仏閣、飲食店、レジャー施設等)や訪問回数を採用した。「宿泊費」の推定においては、パラメータ調査の対象者の総宿泊費を総宿泊日数で除すことにより、1人1泊あたりの平均宿泊費として含めた。

拡大推計観光消費額

なお、本システムへのインプットとして用いる各種観光統計原票は非構造データであり、現在は自治体が集計処理を外注し構造化処理を行っているものである。今回はProject LINKSにて開発している、ワードやエクセル、PDF、紙などの「非構造データ」を「構造データ」として再構築するためのソリューションである「LINKS Veda」を活用し、簡単なGUI操作でスキャンした原票PDFデータをLINKS Vedaに取り込み、構造データ化することで、調査から集計、システム利用までをノンエンジニアでもシームレスに対応可能な仕組みを実現した。

本システムの開発技術の検証としては、開発ロジック(観光スポットへの入込客数推定機能、観光スポット間の移動手段判定機能)の推定値と既存調査手法の集計結果との相関性を評価し、システム自体の有用性検証については、長野県庁の職員を対象としたシステム操作体験とアンケートを通して行った。

検証で得られたデータ・結果・課題

本プロジェクトでは、開発技術の検証として、開発ロジックに基づいた観光動態推計結果と、既存調査手法による集計結果の相関性を評価することで、その妥当性を確認した。具体的には、機能②で推定した観光スポット別の入込客数と観光地点等入込客数調査の集計値の間の相関性と、機能③で推定した移動手段とパーソントリップ調査で聴取した観光客の移動手段の相関性をそれぞれ評価した。前者は観光スポット間の入込客数の大小の連動性を示す指標としてピアソンの相関係数を採用し、統計的に相関しているといえる0.5を目標値に設定した。後者は移動手段の選択傾向の連動性を評価する指標として順位相関係数を採用し、両数値の完全な相関を示す1.0を目標値とした。

検証の結果として、人流データを活用した入込客数の推定値と入込客数調査の集計値の相関係数は0.827、移動手段推定結果とパーソントリップ調査の集計値の順位相関係数は1.0と出力された。これにより、開発ロジックの推計値と実務で用いられている各調査の集計値との間には高い相関性があるといえる。このため、開発ロジックを基にした推計方法は、既存調査手法と比較しても一定妥当性のある結果を出力していることが確認できた。

システムの有用性検証は、長野県庁の協力を得て、システムの操作説明と施策案に関するエビデンス資料の作成体験を実施した後、アンケートを通して行った。長野県庁からは、観光企画業務に携わる長野県観光スポーツ部及び企画振興部の合計8名の職員が参加した。有用性の評価は、①観光企画業務におけるエビデンスとしての活用余地と、②システム活用による既存業務の工数削減余地の2つの観点を対象に行った。また、両観点に影響しうる要素であるシステムのユーザビリティについてもあわせて確認を行った。 

①観光企画業務におけるエビデンスとしての活用余地の観点については、既存手法に比べ観光動態分析の解像度が向上したと評価した参加者が過半数であった。具体的な意見としては、訪日外国人の宿泊先が自治体単位で詳細に分かること等、情報の高解像度化を評価する声に加え、観光スポット間の周遊表現をはじめとする、ダッシュボード上での観光動態表現の明瞭さにも高評価が寄せられた。
一方で、本システムの出力値を観光企画のエビデンスとして用いるためには、傾向の妥当性のみならず、算出された入込客数推計結果や、観光消費額推定結果の絶対値の精度についても更なる検証が必要であるという声が挙げられた。本プロジェクトはロジックの開発とシステムへの実装にスコープを置いていたが、今後実務への適用を目指す場合は、その精度の評価尺度の開発と、推定モデルのチューニングをはじめとする精度改善が必要になると考えられる。

②システム活用による既存業務の工数削減余地についても、参加者の半数から高評価を得た。具体的には、従来型のアンケート調査のような労働集約型の調査手法に比べ、調査人員の削減が実現できるという意見が挙げられた。また、観光入込客数等のデータを誰でも簡単に集計・閲覧できるようになるため、観光統計情報の管理者の分析負担の軽減を期待する声もあった。一方で、複数の観光動態分析手法の間で出力する数値に差が発生した場合、システムの出力結果の整合性に対する確認作業が発生することを懸念する意見が寄せられた。業務効率化のためには、システム導入のみならず、システムを用いた意思決定ガイドラインの策定等の業務設計も併せて必要になると考えられる。

高精度観光動分析システム概要を確認する参加者
高精度観光動態分析システムで訪日外国人観光客の分析を体験する参加者
実証実験参加者がエビデンス資料作成体験で分析した画面イメージ(訪日外国人旅行者分析):冬季シーズンの外国人来訪者は白馬スキー場を中心に滞在しており、その内訳として香港やオーストラリアからの来訪者が多いことがわかる

参加ユーザーからのコメント

・入込客数の推定については、地点毎の入込客数推計の手法が統一されているため、既存調査手法と比較して信頼度が高いと感じた。
・観光庁の統計ではどうしても宿泊ベースの情報しか出てこないので、日帰りも含めて、実際にここに人が集まっているというのがよく観察できる。前後の動きについても矢印などで視覚的にわかりやすく、施策検討に反映させやすいと感じた。
・現状の推定も、限定的なアンケート調査等により実施されているため、人流データによる方法も有効だと思う一方、人流データにも拡大推計等の問題点はあるため、互いに補い合うようなものができればいいと思う。
・来訪者の周遊ルート、居住エリアや交通手段を、一定のサンプル数のもとピンポイントに把握することができるため、より適切なKPIの設定及び評価に繋げることができると感じた。
・人流データにより既存の調査手法よりは幅広なデータの分析ができるという点では良いが、交通手段や消費額の算出がどの程度信頼性のあるデータであるかの判断が難しい。

滞在判定されたポイントデータをヒートマップ表示することで、観光スポット以外にも観光客が訪問するエリアの把握が可能

今後の展望

本プロジェクトで開発した「高精度観光動態分析システム」については、実証に参加した長野県庁職員から好意的なフィードバックが寄せられ、今後の自治体・DMOへの展開に向けて好感触を得ることができた。特に、システムの出力結果の信頼性向上に向けて更なる改善の余地があるが、アンケートやヒアリングの内容をもとに必要な改修を行い、今後は観光庁と連携し、全国の都道府県・市町村の観光部局への展開を加速していきたい。

今後は自治体の観光課や民間の観光事業者などの利用も促進し、観光に関係するあらゆる人々の利用を可能とするシステム構築を進めていくことを目指す。観光に携わる関連団体(都道府県観光部局や自治体観光課、DMO、観光事業者)は、それぞれの役割に応じて必要な情報の解像度が異なる一方で、現況の課題認識、中長期的な目標等を共有すれば各主体の施策の方向性が揃うことが期待される。そのため、本システムを共通基盤として位置付けた上で、各主体のニーズに応じた解像度の情報生成機能の拡充を進めていくことが必要である。

今後は本システムの活用範囲拡大を通じて、観光施策検討領域におけるデータ活用型EBPMを活性化することで、観光客が再訪したいと思える地域づくりを推進し、オーバーツーリズムの解消と地域経済の最大化の両立を目指す。