uc24-07

汎用的な人流シミュレーションシステム

実施事業者株式会社フォーラムエイト
実施協力宮城県仙台市
実施場所宮城県仙台市
実施期間2024年10月~2025年1月
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形式がバラバラな人流データを国際標準規格に変換しインプットデータとする、汎用的な群衆シミュレーションシステムを開発。低コストで簡易なシミュレーション環境の実現により、まちづくりにおける空間設計や混雑解消等の分野でのデータに基づく施策立案を支援する。

本プロジェクトの概要

人流データの取得・分析やそれをもとにした群衆シミュレーションは、都市開発、観光関連施策及びイベント開催等における企画の熟度を高める、重要な手段のひとつである。他方、IoTデバイスから取得される移動体情報が標準化されていないことや、汎用的なツールが普及していないなどの理由により、地方公共団体やまちづくり団体等のエンドユーザーが簡単にシミュレーションを実施し、施策検討に活用することには課題がある。

本プロジェクトでは、様々な形式で存在する人流データを標準的に扱うため、国際規格であるMoving Features JSON 形式(以降、MF-JSON形式)にデータを変換するツールを開発する。このツールと連携する形で、3D都市モデルを活用し再現した空間においてシミュレーションを実行し、結果を可視化・解析する人流シミュレーションツールと、人流データを3D空間内で可視化する人流可視化ツールを構築する。シミュレーションの実行においては、必要な初期条件、変動条件及び制約条件、監視地点の指定、監視エリアの指定等の設定を簡易に行うことができる設計とし、ユーザビリティを高める。

実現したい価値・目指す世界

都市開発や観光関連施策において、災害時の安全を考慮した空間設計やイベント時の混雑回避等、歩行空間の高度なマネジメントが必要とされている。人流データをもとにした群衆シミュレーションは、事前に様々な仮定での検討を行った上での施策決定を可能とする、重要な手段である。しかし、IoTデバイスなどから取得される移動体情報のデータフォーマットがベンダーやデバイスに依存したデータ形式であるほか、誰もが簡易に利用できる汎用的な群衆シミュレータが存在しないため、人流データの取得や分析、シミュレーションに関する業務をその都度外部に委託せざるを得ない現状となっており、データに基づく施策検討が進んでいない。

本プロジェクトでは、汎用的な人流シミュレーションシステムを、人流データ標準変換ツールと人流シミュレーションツール及び人流可視化ツールという3つのツールを連携させ開発する。人流データ標準変換ツールは、様々なデータ構造および拡張子で流通している人流データを国際標準化団体OGC(Open Geospatial Consortium)*が採択した移動体情報の標準フォーマットであるMF-JSON形式に変換する。人流シミュレーションツールは、MF-JSON形式の人流データをインプットデータとし、歩行者の目的地や歩行速度等の初期条件、障害物や天候などの制約条件、時間ステップ(シミュレーション速度に影響)等の変動条件を設定することで、様々な状況下での人流シミュレーションを実行する。人流可視化ツールは、3D都市モデルをもとに再現した歩行空間上で人流データを可視化する。いずれもUI/UXに配慮した設計とし、専門性に依存しないツールを実現することで、地方公共団体職員などが簡便に利用できる環境を提供する。加えて、実行したシミュレーション結果を解析し、グラフや画像等で表示・出力する機能を開発することで、様々なパターンでの検討結果の比較が容易にできるようにする。

エンドユーザーが自分たちで取得した人流データをインプットし、手元の端末で群衆シミュレーションを実行の上、容易に解析が可能なシステムを実現することで、まちづくりにおける空間設計や混雑解消等の分野において、データに基づく施策立案が当たり前になされる環境を目指す。
* OGC(Open Geospatial Consortium):地理空間情報分野の国際標準化団体。3D都市モデルの標準データモデルである「CityGML 2.0」もOGCにて策定された規格の一つである。

対象エリア(仙台市)の地図(2D)
対象エリア(仙台市)の地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

本プロジェクトでは、観光・まちづくりにおける施策立案における人流データの活用促進のため、多様な形式で存在する人流データに対し、汎用的に利用可能な人流シミュレーションシステムの開発を行った。本システムは、データ構造や拡張子の異なる人流データを国際規格であるMF-JSON形式に変換する「人流データ標準変換ツール」と、MF-JSON形式の人流データと歩行空間等の各種初期条件・制約条件をもとにシミュレーションを実行する「人流シミュレーションツール」、人流シミュレーション結果をWebブラウザ上で表示する「人流可視化ツール」の3つの機能で構成される。各システムは全てGUIベースのUI/UXで開発されており、ノンエンジニアでも直感的に操作可能な仕様としている。

「人流データ標準変換ツール」は、異なるデータ構造や拡張子(CSV形式、XML形式、JSON形式)の人流データをMF-JSON形式データに変換するツールである。一般的に人流データは、GPS等によって個体識別子単位の位置情報や時刻情報を記録する方法と、AIカメラ等で特定区間を通行した人数を記録する方法の2つに分類される。本ツールは前者の計測形式によって取得・提供されたものを対象としている。この人流データに記録された個体識別子、緯度経度情報および時刻情報の3つの情報をツール側で認識し、対応するINI形式の定義ファイルに基づきデータ変換を実行することで、MF-JSON形式にデータ構造を変換し出力する。これら3つの情報は、一般的にデータサプライヤーごとに異なるデータ構造や拡張子で管理されているが、本ツールでは主要なデータサプライヤー(ブログウォッチャー社、Agoop社、unerry社)のデータ変換用定義ファイルがプリセットで登録されている。そのため、市場に流通する大多数の人流データは追加設定なしにMF-JSON形式へ変換することができる。その他、プリセットにないサプライヤーや独自に取得した人流データを用いる場合でも、INI形式の定義ファイルを編集し、ツールに読み込むことで、MF-JSON形式への変換が可能である。本ツールにより多様な人流データをMF-JSON形式に変換することで、様々なシステムで統一的に活用できるようにした。

人流データ標準変換ツール

「人流シミュレーションツール」は、MF-JSON形式に変換した人流データをインポートし、歩行エリア等の各種条件を設定した上で人流シミュレーションを行うツールである。本システムはフォーラムエイト社が販売するVRシステムである「UC-win/Road」の拡張プラグインとして開発した。一般的に、人流シミュレーションは想定される歩行エリアに対し、ユーザーが流入出量を指定することで演算され、歩行エリア内の混雑度等、人流の挙動が可視化される。一方、本シミュレーションツールでは、流入出量や各移動体の経路情報が実際の人流データを基に設定されるため、ユーザー側で細かな設定を行うことなく、実態に即した値が自動設定される。本シミュレーションツールは、インプットしたMF-JSON形式の人流データから現在地及び目的地情報を取得し、歩行者情報や歩行エリア等の制約条件を踏まえて、歩行者の目的地への移動経路が計算される仕組みである。この際、歩行者情報としては、歩行速度や歩行者間の距離等の設定が可能である。歩行エリアについては、3D都市モデルの交通(道路)モデルLOD1~LOD3.3の形状を基に生成されたメッシュの形状を編集することで、自由に拡大・縮小が可能である。さらに、メッシュ形状を操作し、道同士を接続することで、単なる歩道幅の評価のみならず、横断歩道の設置やイベント時の歩行者天国化等の、大がかりな交通施策を想定したシミュレーションにも対応した。歩行者の経路の演算ロジックについては、ノースカロライナ大学で研究開発されている人流シミュレーションライブラリであるMengeを利用しており、人流データから得られた現在地・目的地情報と、2点間に存在する障害物等の制約条件を踏まえて歩行者が取りうる経路が算出される。本システムは10,000人以上の人流規模における演算に対応しており、都市部の人流規模においても活用が可能である。シミュレーション結果は3Dのアニメーション形式(MP4形式・AVI形式)やヒートマップ形式(PNG形式)等、直感的に把握可能な形式で表示される。また、地図上で範囲を指定すると、その領域を通過した人数を集計したデータがCSV形式で出力される。この機能を用いることで、シミュレーションパターンごとの通行人数の増減比較等、ユーザーの用途に合わせてシミュレーション結果を基にした集計処理を施すことも可能である。

人流シミュレーションツール

「人流可視化ツール」は、MF-JSON形式で出力された人流データをインポートし、アニメーションとしてWebブラウザ上で表示できるアプリである。本アプリの開発環境としては、フォーラムエイト社が販売するメタバース開発プラットフォームである「F8VPS」を、ライブラリとしてはVue.jsをベースに、UIライブラリとしてVuetify、3Dグラフィックスを表示するためにBabylon.jsを採用し開発した。本アプリを用いることで、シミュレーションの実行に耐えうる高スペックなPCのみならず、一般的なPCやスマートフォン等の環境においてもシミュレーション結果の共有・閲覧が可能となる。

人流可視化ツール

開発したシステムの有用性を評価するため、地方公共団体の都市計画やイベント企画における実務担当者向けに人流シミュレーションの操作体験会を実施の上、アンケートとヒアリングを実施した。

検証で得られたデータ・結果・課題

本実証実験では、仙台市役所職員(人流データ活用の促進を担当する課室・都市計画やイベント計画を担当する課室)と仙台市からイベント運営の実務を受注している事業者の合計20名を対象に、実際の業務を想定したシナリオにおけるシステムの操作体験と、事後ディスカッションおよびアンケートによる有用性評価を実施した。想定シナリオとしては、仙台市七夕祭りを題材に、祭りの展示物を道路上に設置した場合と、そうでない場合による人流シミュレーション結果の差異を確認することによる交通誘導施策への活用を取り上げた。有用性評価の観点としては、人流データ活用におけるデータ加工やシミュレーション条件設定等の技術的障壁の低減と、人流施策立案や効果検証におけるEBPMへの活用余地、ステークホルダーとの合意形成の促進の3点を中心に、その他有用性評価に影響しうる要素として、システム自体の操作性や視認性についても合わせて確認した。

人流データ活用における技術的障壁低減という観点に対しては、データ加工やシミュレーション条件設定等の技術的障壁の低減を期待する評価が8割以上に及ぶことに加え、人流データの可視化機能によるシミュレーション結果の解釈性向上についても過半数から高い評価を得られた。特に、手間のかかる人流データの加工からシミュレーションへの入力・設定までを一気通貫で操作可能であることが高く評価された。一方で、システムの操作性については、特に人流シミュレーションツールを中心に、3D都市モデル上におけるマウスでの視点操作方法やメッシュ形状の定義による歩行領域の条件設定方法等、いくつかのシステム操作に関しては直感的でないという意見も散見された。

EBPMへの活用余地については、7割以上の参加者から都市計画やイベント施策立案時に用いるエビデンスとして有用であるとの評価を得た。特に3D都市モデルを用いた歩行エリア編集機能を応用し、道路に占有物を設置した条件下における人流シミュレーションによって、実際に道路を交通規制することによる実証実験が不要になるのではないかというコメントが寄せられた。このことから、通行止めを伴うようなイベントにおいて本システムを人流誘導施策の事前検討に活用することで、混雑箇所に重点的に誘導人員を配置できる等、イベント開催時の効果的な人流誘導の実現に繋がることが示唆された。他方、機能面の指摘として、より実業務での活用を推進していくためには、複数期間のデータを比較し、分析する機能が必要であるという指摘が挙げられた。

ステークホルダーとの合意形成促進の観点については、8割の参加者から高い評価を得た。特に、3D都市モデル上で人流シミュレーション結果を可視化することにより、多角的な視点からシミュレーション結果を確認し、議論可能となることで、コミュニケーションコストの削減に繋がるという声が寄せられた。合意形成プロセスにおける利用用途としては、アニメーションを参考資料としてプレゼンテーションに入れ込むことや、シミュレーション結果のスクリーンショットを申請書類の添付資料として用いることなどが挙げられた。一方、検証元となるインプットデータ自体の精度や、シミュレーション条件設定時の拡大係数等の設定値の調整次第で出力される結果が大きく影響され得るため、その結果の信頼性を懸念する声もいくつか挙げられた。シミュレーションは現実世界における全ての要因を考慮したものではないことや、インプットデータ自体の品質にも影響され得ることから、精度検証は困難であるが、今後は業務内での試験的な活用とチューニングを通して、実用に耐えうるシミュレーション条件を特定していくことで、段階的にシステム導入を進めていくことが重要となると考えられる。 

実証実験の様子
実証実験で用いた歩行エリア設定

参加ユーザーからのコメント

・データ変換が一番面倒でくじけそうな作業なため、変換からシミュレーションまで1つのソフトでできるのは作業効率がとても上がると思う
・人流データを活用してインサイトを得るには地点ごと、期間ごとの比較が必要になると思われる
・歩道や車道の有無を設定し、シミュレーションすることで、交通規制に伴う実証が不要となる
・アニメーションと数値の両方で示せるのは、プレゼン方法の幅が広がると思う
・人流シミュレーション結果をスクリーンショットできれば、進路課や中央署に提出する申請書の添付資料として利用できるかもしれない

今後の展望

本プロジェクトで開発した人流シミュレーションシステムは、実証実験参加者から総じて高い評価を得られ、人流データの利用障壁の低減の観点、EBPMへの活用余地の観点、ステークホルダーとの合意形成促進の観点のいずれも高い有用性を確認することができた。さらに、交通施策の方向性検討のための人流シミュレーションの活用等、EBPMの萌芽となる活用イメージの提案も得ることができた。

一方、実業務への導入の観点を中心に、いくつか課題も残されている。特にエビデンスとして実際の企画立案に活用するためには、複数期間・複数条件下のシミュレーション結果同士を比較・検討できる機能が必要になる。この機能によって、歩行エリアの作成パターン間の人流の変化の評価が可能となるため、特定エリアにおける人流の減少率等、交通計画等の企画検討時にエビデンスとなりうる示唆の出力が容易となる。その他、申請業務等の承認プロセスへ実用していく観点では、シミュレーションの前提となる人流データ自体の精度や、条件設定の妥当性について懸念する声も寄せられていることから、業務上の試験運用を通じたシミュレーション条件のチューニングが必要になると考えられる。

将来的には、本システムによって人流データの活用が促進され、歩行空間マネジメントにおけるEBPMが一般化することで、地方公共団体内や事業者内でのデータに基づく議論が活性化することを図る。これにより各地域の実情に鑑みた適切な都市空間設計がなされることで、ウォーカブルな街づくりの拡大が期待される。