uc24-06

防災エリアマネジメントDX v2.0

実施事業者東日本旅客鉄道株式会社 / KDDI株式会社 / KDDIアジャイル開発センター株式会社 / 株式会社JR東日本建築設計
実施協力品川区、広島市、広島電鉄株式会社
実施場所大井町駅周辺
実施期間2024年11月〜2024年12月
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3D都市モデルを活用した大規模避難シミュレーションシステムを開発。シミュレーション結果に基づいた精度の高い都市再生安全確保計画等の防災計画や防災マニュアルの策定を支援し、防災分野での実効性のあるまちづくりを目指す。

本プロジェクトの概要

まちの持続的な価値向上を推進するエリアマネジメントにおいて防災の重要性は高いものの、潜在的なリスクは可視化が難しい上に、一般的に利害関係者が多いことから合意形成の難易度は高く、それに伴うコスト負担も大きい。加えて、実践的な分析に基づく避難経路の設定や避難場所の確保、避難訓練を経た課題抽出等により、精度の高い計画策定を展開していく必要がある。

本プロジェクトでは、2022年度の「防災エリアマネジメントDX」にて開発され、計画策定の支援ツールとして一定の有用性が得られたシステムをベースに、従来は専門の作業従事者が操作する必要のあった同ツールを改善し、シミュレーションシステムの専門知識が無くても防災計画に対応した設定が行える大規模誘導・避難シミュレーションシステムの開発を行う。大井町駅周辺エリアの再開発地区を対象にエリア防災計画に基づいた大規模災害時の避難シミュレーションを実施することで、本システムを用いた防災計画の更新や防災マニュアル整備のためのスキームを構築する。

本システムにより、関係者理解が促進され合意形成に要する時間が低減、精度・実効性の高い計画・マニュアルの策定が実現されることで、防災の切り口でのエリアマネジメントのDXを目指す。

実現したい価値・目指す世界

まちにおける再開発や機能更新にともなって、街区形状や人口の属性・滞留者数・人流も従来から大きく変化し大規模化する傾向にある。そのため、より実践的な避難経路の設定や避難場所の確保等の計画策定、防災計画や防災マニュアル等の更新・新設が必要となる。防災計画等の更新にあたっては関係者間で合意形成を図る必要があり、まちびらき前の段階で発災時の人流を検証・分析し、潜在的なリスクを可視化することが求められるが、汎用的かつ実用的なツールがなく分析の負荷も大きい。

本プロジェクトでは、2022年度に開発した大規模誘導・避難シミュレーション環境を基礎としつつ、シミュレーションの基盤整備や災害シナリオ設定の煩雑さを解消するために、UI/UXの簡易化を図るとともに、任意のUnreal Engineエディタへ導入可能なツールのプラグイン化により多くのユーザーに利用可能なシステムとして開発を行う。具体的には、避難シミュレーションを実施するにあたって必要な避難者の配置や経路設定などのシミュレーションのシナリオ設定を容易にできるようUI/UXの改善を行うことで、システム操作性の向上を図る。さらに防災計画・防災マニュアルの整備・更新における本システムの使い方やノウハウを整備することで、システムを活用できる対象者を増やし多くのエリアで活用できる環境を構築する。

この取り組みにより、様々なまちにおいて実践的な避難シミュレーションに基づいた防災計画・防災マニュアルの整備や検証を可能とする。さらに、防災施策等における課題の抽出とその改善策の検討や可視化により関係者の理解・合意形成を支援することで、各地における災害に強いまちづくりに寄与する。

対象エリア(東京都品川区大井町駅周辺)の地図(2D)
対象エリア(東京都品川区大井町駅周辺)の地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

本プロジェクトでは、3D都市モデルを活用し、災害時の避難誘導を想定した大規模シミュレーションシステムを開発した。実証エリアとして、2026年3月開業予定の大規模複合施設OIMACHI TRACKSを含む大井町駅周辺エリア(約0.1平方キロメートル)を選定した。複数の路線が乗り入れる駅周辺で想定される避難者の最大1万人規模の人流シミュレーションを実現するため、3D都市モデルの作成と統合、Unreal Engine 4を基盤とした大規模人流シミュレーション環境の構築、シミュレーション結果の分析および可視化環境の構築を行った。シミュレーション環境はローカルPC上に、分析・可視化環境はクラウドサービスであるAWS EC2上に実装を行った。

3D都市モデルの作成と統合では、OIMACHI TRACKSの設計データ(BIMモデル)を活用して建築物内部を含む建築物モデルLOD4を作成し、周辺エリアの既存の建築物LOD1/LOD2のモデル、交通(道路)モデルLOD3と統合した。この統合された3D都市モデルを地理座標(緯度経度座標)に基づいて扱うため、FME Formを用いて3DTiles形式に変換した。

大規模人流シミュレーション環境の構築では、3DTiles形式に変換した3D都市モデルをCesium for Unrealを用いてUnreal Engine 4に取り込み、シミュレーションのベースとなるマップを設定する。3DTilesデータの効率的な表示を可能にするため、一度に複数の3DTilesの読み込みができるように、読み込み機能を提供するTilesetLoaderコンポーネントを改良した。さらに、Unreal Engine 4のNavigation SystemとCrowd Managerを利用して、AIキャラクターの群衆挙動をシミュレートした。Navigation Systemは、仮想空間内での経路検索とナビゲーションを担当し、群衆が目的地に向かって効率的に移動できるようにする機能である。一方、Crowd Managerは、複数のAIキャラクターが同時に移動する際に、互いの障害物や他のキャラクターを回避しながら目標地点を目指すためのアルゴリズムを提供する。これにより、現実に近い群衆挙動を再現することができる。これらのシミュレーション結果は、キャラクター移動軌跡ログとして出力する機能により、CSV形式で出力される。

また、UI/UXについては、2022年度の「防災エリアマネジメント」にて課題となっていたシナリオ設定の複雑さを解消するため、ウィジェットメニューを導入し操作手順を視覚的に整理することで、専門知識のないユーザーも設定作業を進められる改善を行った。具体的には、操作手順をステップごとに分けて表示し、各ステップで必要なアクターや機能を限定することで、ユーザーが迷わずに作業を進められるようメニューを設計した。また、システムをUnreal Engineのプラグインとして提供することで、シミュレーション環境構築にかかる工数を抑制し、容易に利用できる汎用性を担保した。なお、本システムではUnreal Engine 4を用いているが、これはUnreal Engine 5で物理エンジン*1が変更となり、同規模のシミュレーション実行が担保されなくなったことからUnreal Engine 4を採用した。

*1 物理エンジン:コンピューター上で物体の動きを、衝突、摩擦、重力などの物理運動法則に従って計算するツール

シミュレーション結果の分析および可視化環境の構築では、AWS Glue、Athena、QuickSightを用いた分析・可視化環境の構築、およびUnreal Engine 4をインストールしていないPCでもリプレイファイルが再生可能となるリプレイアプリを開発した。

構築した分析・可視化環境では、シミュレーション環境から出力される移動軌跡ログを入力として、人流の密集度や移動時間などの分析や、グラフ描画による結果解析が可能である。この環境に利用したAWS Glueはデータの抽出、変換、ロードを行うAmazon社のサービスである。AthenaはAmazon S3上のデータに対してSQLクエリを実行するサービスである。Quicksightは、データの可視化とダッシュボード作成を行うサービスである。本環境はAWS CDKと呼ばれるインフラストラクチャをコードとして管理するツールを利用して環境構築をコード化することで、分析・可視化環境のセットアップを簡略化した。

リプレイアプリは、Unreal Engine上の機能を使用して、再生・一時停止・時間指定再生・視点移動に対応している。

開発したシミュレーション環境を利用し、2016年に策定された大井町駅周辺地域エリア防災計画(以下、エリア防災計画)で想定する災害や滞留者の推計等をもとに、大井町駅周辺エリアにおける災害時のシミュレーションを実施した。OIMACHI TRACKS内には、発災時に広域避難場所として開放する広場等が整備されるため、「首都直下地震発生直後における開発敷地内外から開発敷地内の広場及び品川区庁舎への一時避難(フェーズ1)」と「地震に伴う開発敷地外における火災発生による開発敷地内の広場及び品川区庁舎への一時避難(フェーズ2)」について、一連の流れでシミュレーションを行った。

こうして得られたシミュレーション結果により、OIMACHI TRACKSにおいて人流が混雑する課題箇所の把握や対応策の導出、検証を実施した。

検証で得られたデータ・結果・課題

本システムに、OIMACHI TRACKSを含む大井町駅周辺エリアの大型地震発生時の状況を対象として作成したシナリオを読み込ませて、得られたシミュレーション結果を用いて、シミュレーション結果そのものの有用性の検証と、本システムを利用する1次利用者・2次利用者に対するシステムの有用性検証を行った。作成されたシナリオに基づいたシミュレーション設定や実行を行うシステム利用者を1次利用者、シナリオの作成及びシミュレーション結果を確認し防災計画等へ反映するサービス利用者を2次利用者と設定した。それぞれ、1次利用者は設計業務従事者・建設コンサルティング会社、2次利用者は地方公共団体・エリアマネジメント団体・デベロッパー等を想定して有用性をヒアリングした。

検証実験の様子
システムを利用する被験者

シミュレーション結果を用いた検証では、まちの中の避難の阻害要因を持つ場所を特定し考察することで、示唆とその対策(ソフト面での対策)の導出が図れた。具体的な結果として、フェーズ1では、運営者側で緻密な避難誘導を行わないと、避難場所では避難先の広場によって混雑度にばらつきが生じること、避難経路では人流の交錯や集中により局所的な混雑が生じることが判明した。ここから、一律で最寄りの避難場所に避難させるのではなく、場所によってはあえて遠くの避難場所に避難させた方が混雑を抑制できて避難者の安全が図れること、通行箇所を制限することで避難者同士の交錯の回避が図れること等、新しい示唆が得られた。加えて、運営面でも、一度に避難者を誘導する避難場所を1か所に絞ること、避難者動線を一本化することにより誘導方法が簡素化され、誘導等に要する人員を抑えることができる可能性についても示唆を得られた。なお、フェーズ2はフェーズ1と比較して避難者数が少なく、避難開始のタイミングもまばらであることから、大きな問題は発生しなかった。

1次利用者向けの検証は、シミュレーション設定作業を課題として与え、有用性を検証した。本システムに読み込んだOIMACHI TRACKSのモデル上での小規模な人流設定を実施し、その様子を観測することで、スムーズに操作できているか、どこでつまずいたかを確認すると共に各被験者にヒアリングを実施した。検証対象は、実業務としてシミュレーション用のインプット情報の入力実施、及び建築設計等への反映が想定される3Dモデル設計業務従事者4名とした。

検証の結果、3次元的な位置設定を行うケース等(アクターの発生位置設定等)ある程度の慣れが必要な箇所において、操作に時間を要しているケースもあったが、全被験者が人流設定に関する課題を人的なサポートなしにチュートリアルを各自にて参照することで完遂でき、直感的に操作ができた等高い評価を得た。操作への慣れに関する課題は指摘されたものの、反復実施で習得可能な範囲であることが確認された。

1次利用者向けの検証を通じて、CAD等の3D設計業務従事者であれば十分利活用できることが確認された。特に、チュートリアルスタイルを採用し作業設計をステップごとに分け、各ステップで扱うアクターや機能数を限定することで、着実な作業進行が可能となった。また、人流の発生と中継・ゴール地点の設定など難易度の高い作業においても、ステップごとに分けた設計が有用であることが示された。

被験者が自力で設定しているシミュレーション画面

2次利用者向けの検証は、大井町駅周辺エリアの人流シミュレーション結果の防災計画での活用可能性について、自治体とデベロッパーを対象にプレゼンテーションを実施し、意見交換とアンケート調査により行った。検証対象は、大井町駅周辺地域エリア防災計画策定主体である品川区5名、および広島都心地域都市再生安全確保計画策定主体である広島市6名と広島電鉄3名の計14名とした。

検証の結果、シミュレーションの分かりやすさや動画・グラフの活用可能性については、全員が高評価を示し、特に関係者との状況共有の効率化において79%の被験者から高い評価を得て、残りの被験者からも好意的な評価を得た。避難者の滞留状況や混雑の危険性の視覚化についても好意的な評価が得られた。

2次利用者向けの検証を通じて、関係者間の状況共有や合意形成の円滑化に貢献することが確認され、防災計画の検証・改善・精緻化へ寄与することが示された。また、大井町駅周辺エリア以外でも活用可能性が確認され、より詳細な避難マニュアルや下位の防災計画での活用が適切であることが示唆された。発災時間帯・天候などシナリオの多様化により、さらなる課題抽出が可能であることも分かった。

また、親子を想定し子どものアクターを設定したが、子どもだけが後で避難所に到着することに対して違和感を覚える、といったコメントも得られた。シナリオ改善の中で一部のアクターを遠回りさせ歩行間隔に余裕を持たせた結果、混雑の中で進行する時よりも歩行速度の差が顕著に現れてしまい、親子の移動が別々になってしまった可能性がある。これを考慮するためには、複数人の一体行動機能や一時的な待機を設定する機能が必要であることが示された。

2次利用者の実証ヒアリングの様子(品川区)
 2次利用者の実証ヒアリングの様子(広島市・広島電鉄)
実証ヒアリング用のスライドより(広場の対策前後の混雑度比較画像)

参加ユーザーからのコメント

1次利用者(シミュレーション設定や実行等を担当)コメント

・シナリオ設定は少し時間がかかったが、すべての作業をサポートなしに完遂できた
・設計中の建物を試すうえで人流シミュレーションを使う、設計する人の学習や教育のために使う等の応用がありそう

2次利用者(防災計画や防災マニュアルの策定・更新等を担当)コメント

・今までは数字でしか分からなかったものが視覚的に分かり、関係者間の理解度・認識度を上げられると思った
・関係者に説明する際に紙資料だけではなく、シミュレーション動画を使用することで、関係者同士での共通認識がより広がると感じ、本シミュレーションの今後の活用に期待を抱けた
・従来は図面、数字でしかわからなかったものが具体的にイメージできる。視覚的に見ることができ、関係者間の合意形成などに有効活用できる
・言語だけではわからないものを可視化できるのは、共通認識になるのでとても良いと思う。細かい要件、例えば人の特性などがアップデートできると、よりリアリティのあるものになると思う

今後の展望

今回のプロジェクトでは、システムをプラグイン化しUI/UXを向上させたことで、関係者間の状況共有や合意形成が容易になることが確認できた。これにより、本システムを利用した防災計画等の検証・改善・精緻化が可能となった。また、大井町駅周辺エリアだけでなく他都市でも有用であることが示された。

今後は、より信頼性の高いシミュレーション結果を得るために、複数人で一緒に行動するといった実態に即した人流表現や待機行動に関する機能の更新が必要である。具体的には、複数人の一体行動機能や、一時的な待機・滞在を設定する機能の開発を目指す。さらに、他の都市への展開を加速するために、今回の実証実験で想定した震災とそれに起因する火災の避難シミュレーションだけではなく、豪雨・水害、土砂災害、雪害といった災害での活用を想定し、防災コンサルタント等の専門家と連携して多様な災害におけるシミュレーションサンプルを増やしていくことが重要である。

これらの取り組みにより、本シミュレーションを用いることでエリアマネジメントにおける防災計画の策定をDXし、あらゆる災害に対し強靭なまちづくりを目指す。