全国の港湾背後地には、日本の経済を支える産業拠点や市街地が広がっている。これらの地域の多くは津波による浸水が想定されており、ひとたび大規模津波が発生すれば、産業活動や近隣住民の生活に深刻な影響が及ぶ恐れがある。

こうした事態に備えるため、国土交通省では、広域にわたる大規模津波による多数の死傷者の発生や産業拠点への浸水を防ぎ、速やかな復旧を可能にすることを目的として、海岸の防潮堤や避難施設の整備などによる津波対策を推進している。

南海トラフ地震による大規模津波の襲来が想定されている和歌山下津港海岸(和歌山県海南市)もまた、津波対策に力を入れている地域の一つだ。ここでは、護岸や津波防波堤、水門を組み合わせた防護ラインの整備「和歌山下津港海岸直轄海岸保全施設整備事業」が進められている。

本記事では、臨海部に産業拠点が集積した地域における津波浸水対策について、現場で培われた工夫や知見を関係者の声とともに紹介する。

災害の教訓と地域防災――和歌山下津港海岸の整備事業

和歌山下津港海岸に位置する和歌山県海南市は、江戸時代の安政東海・南海地震など、過去にも繰り返し津波の影響を受けた記録が残っている。直近では、昭和南海地震(1946年)において和歌山県全体で死者269人、全壊1,300棟の被害が発生した。

市街地に打ち上げられた船舶(海南市) (出典:「南海道地震から50年」(平成8年12月、和歌山県))
文里(もり)湾周辺(田辺市) (出典:「南海道地震から50年」(平成8年12月、和歌山県))

一方、高度経済成長期には臨海部が埋め立てられ、鉄鋼や石油などの重化学企業の工場が進出した。世界トップシェアの製品を手がける工場のほか、みかんや梅といった和歌山県の名産を使った食品工場など、さまざまな企業が集積し、現在も日本や地域の経済活動を支えている。

そのため、これらの工場群が津波による浸水被害を受けた場合、従業員の人命のみならず、世界的シェアを持つ製品の生産停止によるサプライチェーンの寸断、さらには地域産業や国全体の産業にも重大な経済的影響が及ぶことが想定される。この事態を防ぐため、和歌山下津港海岸では臨海部の工場群の前面に防潮堤を整備し、工場とその背後にある市街地を一体的に防護する計画を進めてきた。

防護ラインと工場・市街地の状況(近畿地方整備局)
防護ラインと工場・市街地の状況(近畿地方整備局)
東海・東南海・南海3連動地震の津波シミュレーション結果(近畿地方整備局)
東海・東南海・南海3連動地震の津波シミュレーション結果(近畿地方整備局)

しかしながら、建屋内では精密機械が絶え間なく稼働し、大型船による原材料や製品の入出荷が行われ、工場内を車両や製品が行き交う。そのような状況下で業務を妨げることなく、安全に防潮堤の工事を実施するには多くの課題があった。次々に顕在化する課題を、企業、施工者、国の連携によって一つひとつ解決しながら、防潮堤の建設は進められている。

国・施工者・企業の協力体制――“綿密”かつ“臨機応変”に連携

和歌山下津港海岸の船尾地区。ここに立地する日本製鉄株式会社 関西製鉄所(以下、日本製鉄)の工場内では、防潮堤の建設が進められている。

この工場は1966年に海南鋼管株式会社として設立され、その後の合併等を経て、設立から約60年にわたり地域や日本の産業を支えてきた。たとえば、石油掘削など過酷な環境下で高い耐腐食性が求められる現場に使用される、溶接による継ぎ目のない「シームレスパイプ」を製造し、世界トップシェアを誇る。

防潮堤建設の施工環境は難しい状況にある。計画では、工場建屋や道路へのトレーラーの出入り、船への荷役作業の影響を考慮しつつ、工場建屋前の緑地部分に道路をセットバックし、道路と岸壁の間に護岸を整備するものだった。整備箇所の背後にある建屋には精密加工のための設備が設置され、道路には加工途中の製品などを積載した大型トレーラーが通行し、前面の岸壁には大型船が着岸、建屋からは完成品が次々と出荷される。こうした状況下で工事を円滑に進めるには多くの課題があった。

防潮堤と工場、岸壁の位置関係
防潮堤と工場、岸壁の位置関係

防潮堤整備は、設計段階から日本製鉄、国、そして工事開始時には施工者を加えた三者による調整を重ねて進められている。工事が本格化した現在も、三者間で定期的に打ち合わせを行いながら事業を推進している。

設計段階で最初に議論されたのは施工手順だった。防潮堤を整備する箇所には平地がなく、施工用の機械や資材を配置するためには岸壁上のスペースが不可欠だった。しかし、岸壁からも製品の出荷が行われており、充分なスペースを確保することは非常に困難だった。

そこで、製品出荷に利用する船舶の船長や喫水などを勘案し、4バースのうち1バースを工事のために占用し、残りの3バースで船舶着岸を継続する案を国から提案した。その後、日本製鉄がこの提案をもとに荷役や操業に関する調整を行い、1バースずつ占用しながら東から順に施工を進める計画となった。

この計画を円滑に実現するため、3バース運用時の荷役機械の配置や固定箇所、係留索の配置、工場から岸壁までの車両動線、施工時の道路切り替え、歩行者の通路など、さまざまな事前調整を実施して工事着手に至った。

どれほど綿密に計画を立てても、不測の事態や施工の過程で新たな課題が生じることもあり、その都度三者で協議しながら解決してきた。たとえば、軟弱地盤の影響で掘削機械であるバックホウを所定の作業エリアに配置できない場面もあったが、作業時間の調整によって作業エリアを拡大するなど柔軟に対応している。

東洋・りんかい日産特定建設工事共同企業体の監理技術者である池田正悟氏は、「国や日本製鉄と協議を重ね、作業エリアの拡大や作業時間の調整を行いました。操業を止められない現場である以上、工程が遅れれば影響が広がる可能性があります。想定外の事象が起きても全体工程に波及させないよう、常に先を読みながら対応していました」と振り返る。

一方、製品を積載したトレーラー等が通行する道路の切り替え工事では、施工スケジュールと操業計画の調整が必要となる場面もある。

日本製鉄株式会社 関西製鉄所 総務部 和歌山庶務室の高木 秀明氏は、「施工者と情報共有を行い、施工スケジュールと操業のすり合わせを進めました。岸壁を一部占用する以上、入出港計画や荷役の順序を細かく見直す必要がありました。数字上は成立していても、実際に安全に運用できるかどうかは別の問題です。現場の状況を確認しながら、日々調整を重ねてきました」と述べ、その重要性を強調した。

施工の様子
施工の様子
施工の様子

さらに今後も、外国航路の船舶が2隻同時に入港するケースなど、状況に応じて入港や荷役の運用調整が必要となる場合がある。事前に綿密な調整を進めておくことで、円滑な工事計画の策定だけでなく、各者がしっかりとコミュニケーションを取れる体制が自然に構築される。これにより工事実施時の突発的な対応においても、連携によるスムーズな対応が可能となる。