デジタルツインを遊ぶ「すPLATEAU~ん?」が優勝。Unity×Web GISで拓く新たな可能性。
「PLATEAU Hack Challenge 2022 in ヒーローズ・リーグ」レポート
国土交通省が主導する、3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU(プラトー)」では、ライトニングトーク、ピッチイベント、ハッカソン、そしてコンテストとしてのAWARDなど、広く開発者やクリエイターに向けた企画を行っている。2022年8月27日・28日には、2022年度第1弾のハッカソンとして、デジタルハリウッド大学東京・駿河台ホールを会場に「PLATEAU Hack Challenge 2022」が開催された。誰もがヒーローになれる開発コンテスト「ヒーローズ・リーグ」とのコラボという形で実施された本イベントのレポートをお送りする。
- 写真:
- 曽根田 元
- 文:
- 大内 孝子
- 編集:
- 北島 幹雄 (ASCII STARTUP)
エンタメ要素を盛り込みやすいハッカソンでの3D都市モデルへの期待
3D都市モデルのポテンシャルを引き出すため、2020年から開催されているPLATEAU Hack Challenge。3年目になる2022年は、エンターテインメント、教育、防災、暮らし、さまざまなシーンにおける成果物がそろった。
具体的な作品の紹介に入る前に、3D都市モデルについて少し触れておこう。PLATEAUがオープンデータとして公開している情報は、CityGML形式と呼ばれる国際標準に準拠したデータだ。日本国内の都市における地形や建築物、橋梁、道路、土地利用といった地理空間情報が格納されている。また、PLATEAUのデータには建築物の名称や高さ、用途、建設年、階数などの属性情報が付与されていることも大きな特徴の1つ。こうした属性情報を掛け合わせることで、デジタル空間での精緻な現実世界のシミュレーションができる。これが、「デジタルツイン」と呼ばれ、期待されている世界だ。
ただし、CityGMLデータは定義済みの名前空間を使って記述されたXMLファイルで、GIS(Geographic Information System:地理情報システム)などを使ってソフトウェア的に解釈する必要がある。そのままで使えるソフトには専門的なものが多く、扱いにも慣れが求められる。手軽に触ってもらうため、PLATEAUがCityGML形式で持っているデータのうち、東京都などの場合は、FBX、OBJ、3D Tilesなどの形式に変換したデータセットも公開されている。3Dソフトに取り込んだり、地図リソースと組み合わせ、容易に活用できるようにしてある。
こうした3D都市モデルデータを活用しようということで、エンジニア、デザイナー、プランナー、マーケターなど、さまざまな領域の人たちがスキルやその想像力を持ち寄って、新たな活用の探索が行われている。
今回のハッカソンは、1日目にアイデアピッチとチームビルディングが行われ、2日目夕方には成果発表というスケジュール。当日参加者から出た約150ものアイデアから、8つのチームが生まれ、実装を進めていった。
メンターとして、於保俊氏(ホロラボ)、常名隆司氏・竹内一生氏(ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン)、茂出木謙太郎氏(キッズプレート/デジタルハリウッド大学准教授)、星野裕之氏(otuA Inc)、石丸伸裕氏(OGC CityGML仕様策定WG 副議長)、本間悠暉氏(MESON)らがサポート。サポートデバイスとして提供があったtoioのプロジェクトリーダー・田中章愛氏(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)やobnizの副社長/共同創業者・木戸康平氏(obniz)も会場でのアシストに加わっている。
初日の夕方時点で「Unityでこうやれば使えるというような動画がいろいろと共有されているので、そういうものを見て、みんなのスキルが上がっているのは感じます。もう部品がしっかりできていますよね」と石丸氏が言うとおり、実装部分でのペースの速さが、今回際立った。
反面、アイデアの醸成段階でもっとできることがあったのではないかとするのは星野氏だ。「テーマ設定のところでもっとディスカッションしたかったと個人的には思います。過去の作品であったり、誰かの想像の域を超えるものができていたとして、それが誰にどういうインパクトを与えるか、あるいはそのビジネス的インパクトについてもっと考えられるところもあったのではないか」と言う。
一方、本間氏は、PLATEAUプロジェクトのユースケースとして考えがちな防災や都市計画といった堅いものが多い中で、エンタメの要素を盛り込みやすいハッカソンの場に期待していると言う。
グランプリはUnityとWeb GISで3D空間を遊ぶ「すPLATEAU~ん?」
成果発表は各チーム持ち時間5分、8チームすべてがデモを行った。審査委員は内山裕弥 氏(国土交通省)、伊藤武仙氏(ホロラボ)、竹内一生氏(ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン)、石丸伸裕氏(OGC CityGML仕様策定WG)。審査の基準は、11月末の締め切りで展開されている開発コンテストPLATEAU AWARDになぞらえた次の4点となる。
・3D都市モデルの活用
・アイデア
・デザイン
・技術力
グランプリは審査員による選出で「すPLATEAU~ん?」が受賞した。PLATEAU+Unity+Web GISによる意欲的な作品で、まさに現実空間をデジタルゲームの舞台にしようという試みだ。
基本的な仕組みは、Unity側でARCore Geospatial APIを使って緯度・経度・高さ・向きを取得し、そのカメラ位置をCesiumのカメラ位置に合わせてWebViewで表示するという形だ。ARCoreで取得する高精度のデータは誤差わずか2度前後(周囲の明るさにもよる)。PLATEAUのデータもWeb側で扱うことで、Unity側ではいちいちデータを取り込まない。3D描画の処理を簡易にし、場所に応じた都市データを(3D Tilesデータの変換プロセスを入れずに)、容易に読み込むことができる。
実際の対戦機能について見ておこう。プレイヤーモード[地上で陣取りゲームの前線に立つ]と司令官モード[全プレイヤーの位置と状況を俯瞰する]が用意され、建物の色を塗り合って陣取りゲームを行う想定だ。通信にはWebSockerを使っている。 当たり判定などもWebView側で行っており、デモでは、PC上のプレビュー画面にて目の前の建物に対し手裏剣を投げたり、ステッカーを張ったりといったインタラクションが紹介された。
単なるゲームだけでなく、クーポンや広告の表示、あるいはハザードマップとしての機能、展示場としての活用も考えられるとしている。発表後の講評で石丸氏は、プラットフォームとしての可能性を高く評価した。同じく内山氏は、Unity側ではPLATEAUのデータを読み込まないという発想の転換に驚きの声をあげた。この部分については、PLATEAU開発ツールの1つとしてSDK化できないかと同チームから提案も。ARでデジタルツインを容易に実現させる試みによって、PLATEAUを使ったサービス開発も俄然、勢いがつくだろう。
続いて、ホロラボ賞として審査員の伊藤氏(ホロラボ)から選出されたのは「マチハナビ」と「サイレント・シブヤ」。
「マチハナビ」は街中で花火が見られる場所・スポットをお知らせしてくれるというもの。PLATEAUのデータから建物、高さ、地形をインポートし、Unity上で花火が見える場所の計算、可視化を行う。花火の種類により花火の高さも変わるため、高さによる見え方をランク分けするなどの細かな設計がされている。
Unityのraycast機能を使って花火が見えるか見えないかを判定(打ち上げの場所・花火が打ち上がる高さを基準にraycastを飛ばして「ビルに当たっていないところ」を「見えるスポット」とする)。スポットをアプリ上のマップで表示するほか、個々のスポットから花火がこう見えるというイメージをUnityのプレビューで確認できるようになっている。その他、外部APIを利用して周辺の混雑度、お店情報、公園などの情報も表示できる。今後、夜景や夕日などの景観への展開も考えているという。
この作品はアイデアのときから注目度が高かった。メンター茂手木氏は「多くのアイデアが想像の域をなかなか超えてこない中で、より具体的かつ実用的、そして、その中でより面白そうにしていくことが重要になる。その意味で、『花火が見える場所がわかる』というアイデアはシンプルなのに、何気に便利で面白い」と初日の段階でコメントしている。また、本間氏も「花火がどこから見えるか、誰しもが一度は思ったことはあると思う。そういう寄り添い方がいい」と述べている。
審査後の講評では、伊藤氏が「3次元でのメリットをどう出すか、というのは我々も常に考えているところ。この作品では高さ方向で花火がどう見えるかを打ち出していて、非常に理にかなっている」点を評価した。また、竹内氏からは、事前に花火の見え方を調べたお店を予約できる機能があるとよいのでは、などの案が示された。
続いて「サイレント・シブヤ」。こちらはホロラボ賞およびUnity賞のダブル受賞。VR空間で再現されたバーチャル渋谷を舞台に、仕掛けられた爆弾を見つけ解除するというゲーム作品だ。
「テロリスト」が爆弾を仕掛け、VRデバイスを装着した「爆弾処理班」が制限時間内での解除を目指し爆弾の捜索にあたる。その際、俯瞰した地図を見ることができる「指示班」からの指示で街を進んでいくというストーリーだ。VRアプリ内だけではなく、フィジカルも連動しており、現実の机上では処理班を模したコマがtoioプレイマットにプリントされた地図上を進んでいく。これはtoioとの連携で実現している機能だ。見ていて楽しいポイントで、VRの新しい楽しみ方の提示であり、実際会場でのデモも非常に盛り上がっていた。
講評では、Unityの動きをtoioへ持っていくというのは珍しいと竹内氏。この点で竹内氏から、どういうスケール調整がされたかの質問があったが、Unityの中の動きを現実のスケール値に落とし込むということで縮尺値など微妙な手調整をしているという回答だった。また、VRキャラの大きさもVR内における等身大の描画にすると、動きとしてプレイヤーが酔ってしまうくらいの速度になるため、"いい感じ"の大きさを探ったという。
続いてCityGML賞、審査員の石丸氏による選出は「PLATEAU_WINDOW」だ。場所と階数、向きを入力すると、窓のある部屋から、そこから見える風景がどんなものかを体感することができるというもの。これから引っ越しをする部屋であったり、憧れの誰かが住んでいる部屋など、「ある部屋の窓」からの風景を見ることができる。ランドマークとして登録された建物や緯度経度、高さ、方角から指定する他、toioプレイマット上にプリントされた地図上にコマを置くことで該当の建物が確認できる。
TouchDesignerを使った実装で、緯度経度を距離に換算するところで苦労したという。また技術面では、CityGMLの属性情報から建物の高さ情報を持ってきて活用を試みた点に注目が集まった。今後、不動産、観光、ハザードマップを使った災害訓練、古地図を使った学校教育などでの利活用への展開も考えられるとしている。
都市伝説APIや水害対策、宇宙人侵略や首都防衛など多彩な3D都市モデル活用
そのほか、惜しくも受賞は逃したが、意欲的な作品が成果物としてラインナップされた。
Unity上に構築した都市に各地のさまざまな噂をマッピングすることで都市のストーリーを浮き上がらせようというもの。Unityアプリ側から緯度経度を送ると、「都市伝説API」から地名、噂、向き、距離が返ってくるという仕組みになっている。構想としては、自動追尾・自動運転のロボット上に乗せてアプリを走らせ、街自体にコンテンツを展開する部分も考えられている。会場でのデモでは実際にレーザーを発するマシンも登場した。
大雨、洪水など水の大災害が増えている昨今、特に障害者や高齢者の退避行動をいかにアシストできるかは社会課題となっている。そうした状況を踏まえ、水害リスク発生時の避難経路をシミュレートしようというもの。Unity上に実際の地形データ(高さも含め)を取り込み、水害時の避難経路を作成。また、obnizを使って避難者の行動をモニタリングし避難経路を外れた際にブザーで通知する。
伊藤氏は「防災3D都市モデルにおいて高さという情報が非常に重要だということもあり、この作品がよいユースケースを示すことができているのではないか、またobnizと連携することで現実との紐付けが考えられた取り組みだ」と評価した。
UFOに乗った宇宙人と戦うゲーム。プレイヤーは二人で、「宇宙人」役はコントローラとしてのtoioでUFOを操作し、VR空間内の地球人を吸い込んだら勝ち。「地球人」役はキーボードで操作し、VR空間内の3つの「エネルギータワー」を破壊(タッチ)すれば勝ちというもの。竹内氏からは、UFOから逃げるというところで現実の空間に合わせたゲームにするともっとおもしろいいのではないかとコメントがあった。
「机上の空論で国を守る」をミッションとする”机防隊”が街に現れるゾンビと戦うというFPSゲーム。視点は現場指揮官と隊員視点の2つ。PLATEAUのデータを用いることで、現実世界と同じ状況でシミュレーションできるというところがメリット。今回唯一のメンバー1名のボッチソンチームであり、これが初のUnityで作り上げた作品だという。今後、敵が攻めてきた際の、事前の部隊配置というところの評価もできるのではないかと検討しているという。
PLATEAUに技術をつなぎ合わせて新しいソリューションを
今回特徴的だったのは、Oobniz、toioといったデバイスと組み合わせ、現実世界との連携が多くの作品で検討されていたことだろう。いかに現実に紐付けるか、そんな体験を目指すゲームやサービス、さまざまなプロダクトの種が生まれたのではないか。
PLATEAUならではの属性データの活用について、やはりまだまだ使いどころがあると指摘するのはメンターとして参加した於保氏だ。「CityGMLデータを直接使っていく、属性データ系を本気で使い切った作品がまだあまり出ていません。モノとして地味なものになるかもしれませんが、今後そういうものが出てきたら面白いでしょうね」と、期待を込めた。
また、同じくメンターの茂手木氏はより高いレベルに成果物を押し上げるために、「実際にユーザーが体験したときに本当におもしろいのかという点と、『とりあえずデモが動く』手前のところで一旦立ち止まって考えるとよいのではないでしょうか」とコメント。ハッカソンの2日間、限られた時間の中で一気に進めなければならない状況だとしても、むしろハッカソンだからこそ、開発のプロセスとして全体を俯瞰するステップを入れてはどうか、という視点を示した。
審査員総評の最後、内山氏はグランプリの「すPLATEAU~ん?」を挙げ、「PLATEAUをベースに、Web GIS、ゲームエンジン、XRといったさまざまな技術をつなぎ合わせて新しいソリューションを生み出している。実は、これは我々PLATEAUプロジェクトとしてやりたいことでもある。こうした作品を通して、PLATEAUの使い方という意味でもどんどん可能性が広がって、これまでできなかったことができるようになったり、いろいろな技術分野の人がPLATEAUを切り口に開発に参加していただけるのではないか」と語った。
PLATEAU Hack Challenge 2022 in ヒーローズ・リーグ