j026-Report

戦艦大和でジャンプ!観光名所のVR空間でラジオ体操できるアプリが優勝。広島・呉でPLATEAUハッカソンを開催

「PLATEAU Hack Challenge 2022 in 大和ミュージアム(呉)」レポート


国土交通省が主導する、3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU(プラトー)」では、ライトニングトーク、ピッチイベント、ハッカソン、アプリコンテストなど、広く開発者やクリエイターに向けた企画を展開している。2022年11月5日・6日には、2022年度PLATEAUハッカソン第3弾として、広島県・呉市の大和ミュージアムを会場に「PLATEAU Hack Challenge 2022 in 大和ミュージアム」が開催された。各チームによる3D都市モデルを使ったハッカソンの模様をレポートする。

文:
大内 孝子
編集:
北島 幹雄 (ASCII STARTUP)
撮影:
高橋 智
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開発中のPLATEAU SDKが登場!

エンジニアコミュニティとのコラボを柱の1つとする「PLATEAU Hack Challenge 2022」の第1弾は東京で「ヒーローズ・リーグ」とのコラボにて開催。第2弾以降は全国の各都市を巡り、福岡に続く第3弾は広島・呉にて行われた。初日はアイデアピッチとチームビルディングを経てハックがスタート。エンジニアやプランナーなど19名の参加者が4チームに分かれ、2日目夕方には成果発表を実施した。

ハッカソン第3弾は、明治以降の呉の歴史と造船・製鋼など各種の科学技術を紹介する博物館『大和ミュージアム』にて、呉・広島のエンジニアコミュニティと連携して開催

PLATEAUハッカソン初心者にとって、3D都市モデルの扱いはまだまだ難しいという声もある。そのような声に応えるように、開発の裾野を広げていくため、PLATEAUの3D都市モデルを扱いやすくするツールキット「PLATEAU SDK for Unity/Unreal」の開発が現在進められている。今回のハッカソンでは、そのα版が参加者限定で提供された。

メンターとして参加していた石井勇一氏(ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン株式会社 Unityトレーニングセンター長)は、PLATEAU SDKを触ってみた感想として、「初めて触る人にいきなりCityGMLのデータをポンと渡して『これで作ってください』というのは、大変。手軽に触れるように、まず開発するための環境、ツール群を充実させることは重要です。私もPLATEAU SDKを使ってみましたが、非常に可能性を感じますね」と話す。

参加者からのフィードバックとしても「緯度経度と簡単に対応付けることができ、外部のARフレームワーク(ARCore Geospatial APIなど)との位置合わせが容易だった」など、PLATEAUの都市モデルデータが使いやすくなったことを評価していた。

PLATEAU SDK開発担当の株式会社シナスタジア CTOの崎山和正氏は、「今回、実際に使っていただき、簡単にPLATEAUの都市モデルデータを扱えるという評価が得られたことで、PLATEAU SDKの目的であるPLATEAUの3D都市モデルデータの利便性向上が達成できていると実感できました。一方で、バグやUIがわかりづらいといったネガティブなフィードバックもあり、今後の開発に活かしていこうと思います」とコメントしている。

今回、SDKとして提供されたのは、主にCityGMLをゲームエンジンにポリゴンメッシュとして取り込む機能やCityGMLの属性情報へのアクセス機能だが、今後はLODや属性情報など詳細な設定による都市モデルの抽出機能、2D地図を見ながらインポートできる範囲選択機能などが実装される予定だ。

グランプリは「Virtual ラジオ体操」。「運動はしたいが続けられない」を解決する

2日目に行われた成果発表会では、各チーム持ち時間5分でプレゼンとデモが行なわれた。審査委員は松本慎平氏(広島工業大学情報学部知的情報システム学科准教授)、常名隆司氏(ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン株式会社)、内山裕弥氏(国土交通省都市局都市政策課課長補佐)。なお、審査基準には「いかに地域に貢献できるか」が入っている。

・3D都市モデルの活用
・アイデア
・デザイン
・技術力
・地域貢献

審査の結果、Virtual Cawamotoチームの「Virtual ラジオ体操 in 呉」がグランプリを受賞した。

バーチャル空間に構築した呉の観光スポットを舞台にラジオ体操ができるというもの。総人口減少並びに高齢者人口の増加という呉市を取り巻く現状に対する1つの解決策として、一人ひとりの健康維持をサポートすることを目指している。飽きさせずに、高齢者でも楽しく取り組める健康システムとして考えたのが「Virtual ラジオ体操」だ。

チーム「Virtual Cawamoto」-Virtual ラジオ体操 in 呉
デモの様子。Unity上でステージを選択してバーチャル空間の中に入ると体操のモデル(ユニティちゃん)が現れ、一緒にラジオ体操ができる

グランプリ受賞の決め手となったのは、技術的なフィジビリティーの高さとそれに対する実装の近さ、アイデアのおもしろさ、今後の展開も期待できるというポテンシャルの高さだ。

バーチャル空間もかなり精密に作り込まれており、マイコンモジュールのM5StickCと組み合わせて空間内の移動も可能だ。M5StickCを装着して羽ばたきの動作をすると、M5StickC内の角加速度センサー(MPU6886)が動きを検知し、その動きを羽ばたきの回数に換算して移動の距離を決定する仕組み。

当初はリアルな身体の動きをトラッキングしてバーチャル空間を移動する仕掛けを考えていたが、短時間での開発は難しい。そこで、羽ばたきで飛び上がるというミニマムな体験にまとめたとのこと。

メンターの石井氏は「アイデアのレベルではVRコンテンツを作りたくても、実際に作り上げるには開発環境を整えるだけでも1日かかってしまう」と説明。ハッカソンでは短い期間で動くものを作ることが目標となる。時間の制約や技術的制約を受けて絞った結果、「羽ばたきで飛び上がる」という仕組みが今回のコンテンツにも合っていたことが評価された。

プレイヤーが羽ばたきの動きをするとジャンプできる
動作のデモンストレーション

今後の展望としては、呉市の美しい自然と軍艦といった観光資源の魅力を伝えるアンバサダーとしての機能も強化していきたいとのこと。

発表後の質疑において、審査員の内山氏は「体験としてシンプルだがおもしろい」と高評価。松本氏からは「PLATEAUならではの特性を今後どう活かすのか」という指摘があった。それに対して「PLATEAUの3D都市モデルデータのリッチさを活かし、擬似的に外に出ている感じを今後もっと出せるようにしたい」と回答。また常名氏は「PLATEAUのデータが公開されている自治体に広げられるのではないか」と期待した。

旅アプリやユニバーサルガイド、仮想マラソンなど、呉をテーマとした多彩な発表

続いて、Unity賞に選ばれたのは、チームたけだの「旅の感動共有アプリ〜世界のみんなと一人旅~」。

チーム「たけだ」-旅の感動共有アプリ〜世界のみんなと一人旅~

旅先での感動をその場でメッセージに残すことで、その場を訪れた他者と感想を共有するためのアプリだ。一人旅は自由で気ままに楽しめるが、その場そのときの感情を誰かとわかちあえない寂しさがある。言葉をそこに残すことで同じ場所を訪れた誰かと感情を共有できないかと考えたアイデアだそう。

ただ単に感情・情報を共有するだけならSNSもあるし、Googleマップには地図情報と結びつけて店舗や施設の情報(口コミを含む)を共有できる。このアプリケーションが目指すのは、PLATEAUの3D都市モデルデータならではの特性を活かした立体的な情報の提示だ。

スマートフォンの画面越しにARCore Geospatial APIを用いて現実世界に都市データを重ねて表示し、そこで建物にメッセージを貼り付けたり、誰かが残したメッセージを読むことができる仕組み。現在位置の特定にはスマートフォンのGPS情報とカメラで取得した周囲の画像を使っている。

システム構成
建物の壁にメッセージを書き込んで思い出を残せる

一人旅をターゲットにしているが、活用シーンとしては聖地巡礼マップへの活用や自治体や店舗のPRなどにも使えそうだ。

現時点では、共有や日本語表示に対応していないので、引き続き実装を進めていく予定だ。また、離れた場所のメッセージを見られるようにもしたいとのこと。

質疑では、常名氏から「アイデアの段階では、なぜPLATEAUのデータを使うのかが疑問だったが、離れた場所のメッセージを見ることができるようにしたい、という点で得心した」というコメント。また、内山氏は「ARCoreとPLATEAUの組み合わせはある意味王道でさまざまなサービスが生まれようとしている」としたうえで、「ビジネスモデルとしてのターゲティングをもっと考えるといい」とアドバイスした。松本氏も「観光以外の分野にも着目して欲しい」と述べた。

さらに常名氏からは、「ハッカソンで終わりではなく、リリースするところまでいって欲しい」とサービスのリリースが宿題として与えられた。

続いて、呉市賞を獲得したのは、チームゆにぷらの「UNIVERSAL PLATEAU」だ。

チーム「ゆにぷら」-Universal PLATEAU(ユニプラ)

CityGMLから取得した建物までの距離や階数、おすすめ情報などを音声に変換してガイドすることで、視覚障害者が安心して街歩きを楽しめるというもの。PLATEAUの立体情報とCityGMLが持つ属性情報を使って点字ブロックの先にある情報にアクセスすることで、誰もが都市をもっと楽しめる世界を目指すアプリだ。

例えば、建物に近づくと、あとどれくらいか距離を教えてくれたり、建物の概要(建物の階数など)を音声でアナウンスしてくれる。

建物までの距離、建物の階数、必要に応じてどういう施設かをガイド
工事中の建物に対する注意喚起もできる

システムとしては、3D都市モデルを取り込んだUnity上で構成され、Raycast機能を使って建物を検知する。自分の位置から前方にRaycastを飛ばして、オブジェクトとして建物を検知したら距離や階数を取得する。そしてOpenJTalkを使って、取得したテキスト情報を読み上げる仕組みだ。スマートフォンのアプリとしての実装を予定し、音声入力で操作できる。

システム構成

受賞理由として、3D都市モデルの活用というとメタバース、VRに目が行きがちだが、視覚障害者向けという新しいPLATEAU活用の可能性を示したという点が評価された。

発表後の質疑では、常名氏は「対象の建物の検知にRaycastを飛ばすだけというシンプルな仕組み。ユーザーが画面操作なしにアクションが起こせるのがいい」と評価した。点字ブロックでは伝えられないリッチな情報、更新性の高さなど、実用性での期待も高い。

内山氏からは「スマートフォンアプリとして実装する際のUnity側との位置合わせについては、Raycastだけでいけるのか、GPS情報、カメラの周辺画像から特定することになるのか、といった技術的なハードルがあるのではないか」との指摘があった。また随時情報の収集、提供システムについての課題もあるが、これらの課題を解消できれば有用なソリューションになりそうだ。

チーム「Team Glasses」-呉仮想マラソン

受賞は叶わなかったが、Team Glassesの「呉仮想マラソン」は、呉市の魅力をもっと知ってほしいというところから発案された作品だ。呉市の聖地巡礼をしたい、あるいは戦艦で遊ぶなど少し非日常な体験をしたい人に、PLATEAUの3D都市モデルを使った仮想マラソンゲームを提供するもの。

赤い線に沿って走っていく

今後は、建物にテクスチャーを貼ったり、戦艦の部分への対応、またVR対応をしていきたいとのこと。

質疑では、内山氏は聖地巡礼やマラソンという着目点は大きく評価しつつも、リッチな体験とするにはもうひと手間がいるだろうという指摘。松本氏は「現実ではできないことができるという点で、もっと現実離れしてもよいのではないか」とする一方、「マラソンのシミュレーションにするという方向性もあるのではないか」とコメントした。また常名氏からは「ゲームとしての作り込みという点(マルチプレイヤー対応など)や広告機能を搭載するとよい」とアドバイスした。

メンターとしてオンラインで参加していた西尾悟氏(株式会社MIERUNE)は、総評として「全体としてエンタメ系(特に観光)分野のアイデアが目立っていた。ただ、まだVR空間上での観光という体験は現実世界の体験に勝るものではないだろう。観光客をサポートする、もしくはその体験を拡張するような発想のほうが成り立ちやすいのではないか」と語った。

PLATEAUとマッチするハックの相性

印象的だったのは、メンターで参加されていたKula Takahashi氏(TIS株式会社)の「まず触ってもらって、ここをこうしたほうがいいといったフィードバックを受けて、それをすぐまた直していく、というPLATEAUの開発の進め方が、ハッカソンというカルチャーと見事にマッチしていて良い」というコメントだった。

実際、今年度のPLATEAU Hack Challengeは東京以外にも各地方都市を巡ることで、より広い層のユーザーにリーチしてきた。そこで顕在化してきた課題、例えば、3D都市モデルデータを扱うハードルに対してはPLATEAU SDKが準備されている。最初から全部準備したうえで進めていくのが理想的だが、それでも、とにかく始めて、必要なものは作っていく、直していくことで進めるという姿勢はハック文化と同じ方向を向いている。

一方で、PLATEAUデータのセマンティック性を活かす活用例のさらなる登場も期待したいところだ。メンターの黒川史子氏(アジア航測株式会社)は、ハッカソン終了後のコメントとして「老若男女の幅広い参加者がアイデアやロジック、経験などを相互に補完しながら進めていくプロセスがよい雰囲気だなと感じました。一方で、今回のアイデアはどちらかというと3D都市モデルの位置や形状を利用したものが多かったので、セマンティクスを利用したアイデアがもっと増えてくるとよいなと考えています。そのためには、自治体をはじめとする各コンテンツ保有者に有益な情報を出してもらう必要性を強く感じています」と語った。

来場した呉市の市長・新原芳明氏は、自治体としての観点から「明治開国の折、日本の近代化の中心になった場所の1つが呉であり、海外の軍艦の輸入から始まり、そこから自前で最先端の戦艦大和を作り上げた。現在はドローン、ロボットやAIといった新たな技術を使った第2の開国を迎えているとし、そこで近代化の主役となる参加者のみなさんとともに新たな社会を作っていきたい」と述べている。

呉市では、PLATEAUや都市データに関連して、呉市のさまざまな行政データの公開が進められており、東京のベンチャー企業とも提携し、呉市データプラットフォームを開発中だという。こうした地方都市の取り組みとの新たな技術が出会えることも、ハッカソンイベントを全国開催するメリットのひとつ。PLATEAUプロジェクトでは今後も引き続き、ハッカソンなどのイベントを開催していく予定だ。