ec24-01-05

不動産敷地内のグリーンインフラ推進による、温熱環境と人流への影響の可視化

実施事業者株式会社構造計画研究所 / 朝日航洋株式会社
実施協力森ビル株式会社
実施場所東京都港区 外堀通り・桜田通り・外苑東通り・放射1号線に囲まれたエリア
実施期間2024年9月~2025年2月
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不動産敷地・周辺の温熱環境を緑化の段階別にシミュレーションし、人流と比較するビューアを開発。
緑化が歩行者のにぎわいや不動産価値に与える影響を評価し、定量的な緑化の推進支援を目指す。

本プロジェクトの概要

アプローチする課題(サマリー)

不動産敷地・周辺の緑地割合・緑地面積の増加は、暑熱の緩和や生物多様性の確保、Well-beingの向上を通じて、快適な歩行者回遊空間を創出する。更には、歩行者回遊性の向上に伴う不動産価値の向上も期待できる。近年、民間デベロッパーによる敷地内の緑化の取組は活発化しているが、その評価は緑化や温熱環境の現状の把握に留まり、緑化推進が不動産価値に与える影響が定量的に評価されることは少ない。そのため、民間デベロッパーは緑化効果を考慮した不動産の資産価値評価を行うことが困難であり、最適な施策を打てていない。緑化推進効果の定量的評価手法の欠如は、緑化推進に係る投資の鈍化を招く可能性があり、ひいては民間デベロッパーが自社の不動産敷地内に歩行者を呼び込む機会の損失につながる。

課題解決アプローチ(サマリー)

本プロジェクトでは、従来の温熱環境シミュレータをベースに、緑被データ等の解析インプットデータの精緻化や歩行者移動実態データの可視化機能の開発を実施する。そのうえで、緑化と歩行者のにぎわいの相関関係を分析することによって、緑化施策が不動産価値に与える影響を、歩行者回遊性を手掛かりに考察する。分析・考察結果を踏まえ、定量評価の妥当性、システムの有用性を検証する。

※温熱環境解析時は、森ビル株式会社様ご提供の保有物件の建物データを利用

実現したい価値・目指す世界

アプローチする社会課題(詳細)

緑化に応じた容積率の割増制度等に応じる形で、民間デベロッパーによる敷地内の自発的な緑化は、ますます隆盛の機運を見せている。一方で、外構・壁面・屋上・空地等の緑化施策が不動産価値の向上に与える影響の評価は、航空写真等による緑被率の算定、あるいは、実測による気温変化の記録に留まっているのが現状である。民間デベロッパーにとって、温熱環境シミュレーションによる緑化施策の評価や人流に与える影響の考察は技術的なハードルが高く、明確な評価指標も存在しないため、まちづくりにおける定量的な緑化の推進は実現していない。

課題解決アプローチ、システム開発スコープ

2023年度ユースケース「熱流体解析に関する大規模シミュレーション」で開発した、3D都市モデルを活用した熱流体シミュレーションシステムを利用して、不動産敷地内外の温熱環境解析を実施する。温熱環境解析における境界条件として、屋上緑化/壁面緑化等の施策の有無を建物ごとに設定したうえで、複数のシナリオでシミュレーションを実行する。あわせて、データプロバイダから購入したスマートフォン等から取得される歩行者の位置情報データを熱流体シミュレーションシステムのWebビューワ(CesiumJSベース)上に可視化する。
歩行者の位置情報データを温熱環境解析結果と重ね合わせて可視化することを通じて、不動産敷地内外の温熱環境と歩行者移動実態の相関関係について考察する。緑化施策の不動産価値向上への寄与については、複数シナリオのシミュレーション結果をもとに不動産敷地内外の緑化に伴う温熱環境改善効果、および温熱環境改善による歩行者/滞在者数の増加の有無を分析する。
上記アプローチを通じて、民間デベロッパーが緑化効果を反映した形で不動産の資産価値を評価できるよう、定量的な評価手法の開発を行う。

目指す世界・実現したい価値

不動産保有者が、緑化が温熱環境及び歩行者回遊性に及ぼす効果を確認できることで、グリーンインフラ整備に関する投資の活性化、更には既存施設/敷地における緑化施策の活性化を目指す。更に、民間デベロッパーによるグリーンインフラ投資が、テナント誘致をはじめとしたマーケティング的な意義を持つことを支援するサービスとして、本取組の成果をビジネスとして発展させたい。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)※温熱環境解析時は、森ビル株式会社様ご提供の保有物件の建物データを利用

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

本プロジェクトでは、2023年度ユースケース「熱流体解析に関する大規模シミュレーション」で開発された熱流体シミュレーションシステムの既存機能を活用し、温熱環境解析及び解析結果の可視化、3D都市モデル上に歩行者移動実態データの表示を行った。活用した熱流体シミュレーションシステムは、オープンソースのCFDソフトウェアである「OpenFOAM」をエンジンとして採用したWebアプリであり、3D都市モデルの取り込みや編集・シミュレーションモデルの作成・熱流体解析の実行・解析結果の可視化/公開等を行うことができる。3D都市モデル等のオープンデータ、またOSS化されたWebアプリの利用を前提とするシミュレーションシステムを活用することで、民間デベロッパーが自ら温熱環境解析が可能となり、更に、民間デベロッパー向けのサービス展開に求められるインプットデータや解析条件の粒度、更には必要な歩行者移動実態データの種別等を本プロジェクト内で明らかにすることで、熱流体シミュレーションシステムの機能向上に反映させることを目指した。活用した熱流体シミュレーションシステムは、オープンソースのCFDソフトウェアである「OpenFOAM」をエンジンとして採用したWebアプリであり、3D都市モデルの取り込みや編集・シミュレーションモデルの作成・熱流体解析の実行・解析結果の可視化/公開等を行うことができる。3D都市モデル等のオープンデータ、またOSS化されたWebアプリの利用を前提とするシミュレーションシステムを活用することで、民間デベロッパーが自ら温熱環境解析を行うことが可能となり、更に、民間デベロッパー向けのサービス展開に求められるインプットデータや解析条件の粒度、更には必要な歩行者移動実態データの種別等を本プロジェクト内で明らかにすることで、熱流体シミュレーションシステムの機能向上に反映させることを目指した。

なお、実証に際しては、データ提供・対象エリア選定・実証ポイントの絞り込み・フィードバック等、実証開始から終了に至るまで、森ビル株式会社の協力を得てプロジェクトを進めた。

今回、3D都市モデルでは未整備だった不動産敷地内の個別の建築物については、森ビル株式会社保有の3DCGデータ、及び朝日航洋株式会社保有の高精度3次元点群データをもとに、既存3D都市モデルに追加した。また、不動産敷地内の詳細な緑化状況を温熱環境解析に反映させるため、森ビル株式会社が独自で保有する緑被率データを、3D都市モデルの属性情報(土地利用区分)に反映させた。

また、不動産敷地内の建物排熱条件は、全建築物に対して屋上・壁面で別々に温熱環境解析のインプットファイルを作成し、「屋上のみ排熱あり」の現実に即して設定したうえで解析を実施した。

さらに、歩行者移動実態データを可視化するため、対象エリア・期間における個人の位置情報を示したポイントデータ(5~15分間隔)をCSV形式からCZML形式へのデータ変換を行った上で、熱流体シミュレーションシステムへ取り込み、Cesiumビューワ上で年代別に分類し表示した。

以上のシステム機能向上を行った後、対象エリアにおける温熱環境解析を実施し、その結果を歩行者移動実態データとあわせて可視化した。そのうえで、緑化が温熱環境及び歩行者回遊性に与える効果を検証するため、緑化の有無に応じた温熱環境の差異を確認するとともに、歩行者回遊性との相関分析を試みた。

検証で得られたデータ・結果・課題

対象エリアとして、森ビル株式会社と協議のうえ、東京都港区内の約0.75平方kmのエリアを選定した。温熱環境解析及び歩行者の移動実態を把握する期間は、人の回遊が見られやすい「春」、及び温熱環境の影響が出やすい「夏」とした。温熱環境と人流の相関分析の有用性を確認するため、システムによる解析及び可視化結果、更には相関分析の結果について、森ビル株式会社への報告とフィードバックの機会を設けた。

3D都市モデル設定画面
対象エリアの人流データ

温熱環境解析に際しては、対象エリア内でイベントが実施される5/4・8/9を対象日とし、両日とも7時・12時・19時の温熱環境をシミュレーションした。その際、不動産敷地内の建物排熱条件を現実に近い設定で精緻化するため、「屋上のみ排熱あり」の設定とした。また、緑化の効果を検証するため、解析用3D都市モデルを「緑化あり」「緑化なし」の2パターン準備し、それぞれのシミュレーション結果を比較した。

その結果、緑化の効果として、5/4・8/9の両日ともに、特に12時台の暑さ指数(WBGT)が下がっていることが明らかとなった。特に、麻布台ヒルズの中央広場は周囲と比べてもWBGTが低い(すなわち熱中症等のリスクが少ない)ことが顕著であり、同広場が滞在場所として有効に活用できる可能性が示唆された。熱中症リスクの低い場所に人の回遊を促すような施策として、特定場所における温熱環境の快適性に関する情報等を提供していくことで、場の活用の方向性が拡大されることが期待される。

緑化による暑さ指数(WBGT)の低下度合(5月12時台)
緑化による暑さ指数(WBGT)の低下度合(8月12時台)

歩行者移動実態データは、株式会社ブログウォッチャーより、上記対象エリア・対象日を含む一定期間のデバイスロケーションデータ(緯度経度情報)を取得した。本プロジェクトでは、緑化状況と人の滞在の関係性に着目した考察を行うべく、取得したデバイスロケーションデータから、主に「滞在」に関するデータを利用した。対象データをCSV形式からCZML形式に変換したうえで、滞在者年代別に熱流体シミュレーションシステムの3Dビューワ画面で表示し、歩行者滞在人口を3D都市モデル上で視認できるようにした。また、歩行者滞在人口の可視化画面を、温熱環境解析結果の表示画面と並べて表示できるようにすることで、それらを容易に相互参照できるようにした。

温熱環境と歩行者滞在状況の相関分析にあたっては、温熱環境と人流の関係性を定式化し、人流を増加させるための目標となるWBGTを検討できるようにするため、単回帰分析による推定精度(R^2)を検証した。あわせて、「WBGTがカテゴリ変数(絶対値ではなく絶対値の範囲で定義した分類)による分類問題になり得るか」について、分析した。結果、単回帰分析・カテゴリ変数による分類問題のいずれの分析結果によっても、緑化と歩行者滞在の明確な相関は見出せなかった。

森ビル株式会社による実証結果のフィードバックでは、温熱環境シミュレーションの解析条件として、道路面の蓄熱や照り返し及び緑陰の考慮の必要性に関するコメントを得た。また、歩行者回遊性の評価にあたっては、地表に加えて屋内空間と地下空間も含む形で歩行者や滞在者の動態を把握できることが重要との指摘があった。地下や屋内を含む三次元人流データ等の活用により、本プロジェクトでは明らかにできなかった相関把握を発展させられる可能性があるため、活用を前向きに検討したい。また、入居テナントや不動産利用者に対して、温熱環境と歩行者回遊に関する情報を用いた情報提供サービスの形としてどのようなものが考えられるかについて意見聴取することができた。民間デベロッパーのニーズとして、ビジネスアイデア具体化の手がかりとする。

歩行者滞在人口の可視化 ※温熱環境解析時は、森ビル株式会社様ご提供の保有物件の建物データを利用
温熱環境解析結果と人流データの重ね合わせ

今後の展望

本実証を通じて、民間デベロッパーの敷地内緑化による温熱環境の改善について、粒度の細かい建築物データや緑被率データを補完することにより、熱流体シミュレーションシステムによる定量評価が可能であることが確認できた。
また、民間デベロッパーが本シミュレーションを利用する可能性のある具体的な活用シーンや業務フェーズを確認することができた。同時に、敷地内の緑化影響評価にあたっては、高次の植生モデルをシステムに取り込んだうえで植樹の緑陰影響等を評価できること、舗道の暑熱をより高い精度で評価できるようにすることなど、更なる解析精度の向上が求められることも明らかとなった。

他方、温熱環境と人のにぎわいの相関については、本プロジェクト内の分析で、有意な相関関係を明らかにすることは叶わなかった。歩行者属性ごとの回遊パターンの抽出や、多様な相関分析手法の適用を試行しつつ、温熱環境の改善が人流に与える影響の検証を継続していきたい。また、特に都心部の不動産施設については、充実した地下空間を有する超高層ビル等も数多い。緯度・経度・高度情報を含む三次元人流データや、携帯端末由来のデータ以外の歩行者移動実態データの活用も視野に入れつつ、更なる技術開発を継続していきたい。

上記の技術的課題(樹木の緑陰影響等の考慮、多様な歩行者移動実態データ・相関分析手法の活用等)について、令和7年度中に解決に向けて取り組むことを検討する。更に、令和7年度中の本システムのトライアル導入を目指し、民間デベロッパーへのニーズヒアリング、マーケティング活動を積極的に行う。ビジネス化における課題や、訴求ポイントを整理したうえで、本システムをSaaSサービス化した際の提供メニュー等を具体化させる。
その上で、令和8年度には本システムを用いた民間デベロッパー向けSaaSビジネスを開始することを目標として、温熱環境と歩行者移動実態の可視化システム及びそれらの関係性分析コンサルティングについて、不動産保有者/不動者入居テナント/不動産利用者それぞれの具体的な活用シーンやメリット等を詳細化する。

こうした取組を通じて、将来的に民間デベロッパー自らが緑化施策検討にシミュレーションを活用する環境を提供することで、温熱環境と歩行者回遊性双方の定量評価にもとづいた緑化施策に係る意思決定の実現を目指す。