風・温熱環境シミュレーションを活用したスマートタウン適地選定
実施事業者 | 株式会社ミサワホーム総合研究所 |
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実施場所 | 埼玉県熊谷市(籠原駅北 / 籠原駅南 / 熊谷駅北) |
実施期間 | 2021年6月~2022年3月 |
深刻化する暑さに対応するため、まちづくりの新たな指標を開発する。
実証実験の概要
熊谷市は平成19年8月に40.9℃、30年7月には41.1℃の日本最高気温を更新するなど、「暑いまち」として全国的に知名度が高い一方、「暑くて住みづらいまち」としてのネガティブイメージが先行し、人口減少が課題となっている。その解決策の1つとしてAIやIoTなどの技術を活用し、人々がより快適に暮らしやすいまちづくりを推進している。
今回の実証実験では、3D都市モデルを用いた風・温熱環境シミュレーションを行うことで、通風や熱ストレスを踏まえたスマートタウン開発の適地選定を進めることを試みた。
実現したい価値・目指す世界
熊谷市は「暑さに対応したまち」を柱の一つとしてスマートシティを推進しており、「国土交通省スマートシティモデルプロジェクト」において国内27の先行モデルプロジェクトの1つとして選定されている。
3D都市モデルを汎用的に利用可能な都市の3次元地理空間情報として活用し、これを物理演算の条件として風・温熱環境シミュレーションを行うことで、「暑さ」という従来にない観点をまちづくりの評価指標に取り入れ、気候変動が進行し、暑さが深刻化する中でのまちづくりにおいて新たな視点をもたらすことが可能となる。
検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材
今回のシミュレーションでは熊谷市のスマートタウン開発候補地となっている3エリア(籠原駅北、籠原駅南、熊谷駅北)を対象として検証を実施した。
風環境シミュレーションにおいては、CityGMLファイルをFMEを利用してSTLファイル形式に変換。その後、三次元熱流体解析シミュレーションソフトウェアのSTREAM(株式会社ソフトウェアクレイドル)を用いて解析を行った。解析では、夏季と冬季の季節風を設定し、街区内の風速・風向分布を算出した。
温熱環境シミュレーションにおいては、CityGMLファイルのセマンティクス(属性)をもとに物性値を与え、「熱環境シミュレーションTHERMO Render 2021」(エーアンドエー株式会社)を用いて計算を行った。出力結果は、データ可視化ソフトParaViewを用いて建物の外表面温度や地表面温度を出力した。また算出された表面温度および受熱日射量から、直達日射成分を含む平均放射温度MRT(Mean Radiant Temperature)を求め、人の胸部高さである地上高さ1.2mのMTR分布画像として出力した。最寄り駅からスマートタウン開発候補地までの歩行動線上のMRTを抽出し、通勤・通学、買い物などにおいて住宅地周辺を歩いた際に受ける熱放射量を算出することで、当住宅地に住まう中での熱中症リスクの評価を試みた。
気象条件は、熊谷市標準年EA気象データ(2010年)の8月5日および1月9日をそれぞれ夏季、冬季の代表日として使用した。
検証で得られたデータ・結果・課題
今回のスマートタウン開発候補地となっている3エリアにはそれぞれ違った特徴がある。①近隣に田畑が広がり低層~中層の建物で構成される籠原駅北エリア、②駅周辺には高層の建物があり大通りに近接する籠原駅南エリア、③開発候補地自体は田畑および低層な戸建住宅が広がるが、最寄りの熊谷駅は高層な建物が立ち並ぶ熊谷駅北エリアである。
風環境シミュレーションでは、田畑や低層な建物が広がるエリアにおいては、風の出入り口を確保することで夏期の適切な通風が期待できることがわかった。高層な建物が立ち並ぶエリアでは、高層ビルの影響で水平方向だけでなく鉛直方向の風速の分布も大きく、住宅地に強風が吹きこまない対策が必要なことがわかった。
温熱環境シミュレーションでは、時刻別で日の傾きが移っていくにつれ、建物によってできる影が可視化され、影になっている部分の表面温度が低くなっていることや、大通り沿いなど日射を遮るものがないところでは表面温度が高いことが確認できた。また、表面温度を日射成分を含む平均放射温度(MRT)に変換することで、最寄駅からの距離が近く、徒歩で開発候補地まで移動することが想定される①、②エリアについて、動線上の熱ストレスの評価を行った。それにより、最寄駅から熱ストレスが少なくなる開発候補地が明らかとなり、適地選定の指針の一つとして活用できた。
ただし、今回はLOD1の建物モデルを用いた解析となっており、住宅地の庭木や生垣、街路樹などが反映されていない。これらは実際には日射を軽減する効果やMRTへの影響が大きい表面温度の低下が期待され、今回のシミュレーション結果より全体として良い環境となっている可能性が考えられるため、LOD2以上を用いてシミュレーションを行えば、より精緻な結果を期待できる。
今後の展望
今回は開発候補地から最寄駅周辺の範囲のシミュレーションを行った。次のステップとしてはこの結果を踏まえた、開発候補地自体の街区設計などへの落とし込みが想定される。街区レベルで風・温熱環境シミュレーションを行うことで、各住宅で必要な配置計画や、植栽の量、舗装材の素材などが見えてくる。そういった必要な要素をまとめることが、その街を作っていくうえでの設計ガイドラインとなり、そのルールに沿ってまちづくりを推進していくことで、周囲と比べて住みやすく快適な分譲地となっていく。
3D都市モデルを活用し風・温熱環境シミュレーションを行うことにより、開発事業者や住まい手はこれまでの最寄駅や主要施設との距離といった土地の評価基準に加え、「快適性や住みやすさ」といった新しい指標で土地を選定することができ、分譲地ごとに有効な設計ガイドラインが作成されるといった新しいまちづくりのプロセスとなっていくような未来を期待したい。