uc22-036

ヒートアイランド・シミュレーション

実施事業者エムエスシーソフトウェア株式会社
実施場所東京都千代田区
実施期間2022年4月〜2023年2月
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3D都市モデルを活用した熱流体解析による温熱環境シミュレーションを実施。ヒートアイランド現象による影響を分析し、対応策の効果を定量的に検証する。

実証実験の概要

都市部では、地球規模の気候変動に伴う気温上昇に加え、オフィスビル等からの排熱も加わったヒートアイランド現象による夏季の屋外環境の高温化が顕著となっており、その抑制は都市開発における重要な課題となっている。

今回の実証実験では、3D都市モデルの建物形状を活用し、熱流体解析による温熱環境シミュレーションを実施することで、ヒートアイランド現象による影響を分析する。また、緑化等の効果をシミュレートすることで、ヒートアイランド対策の効果を定量的に検証する。

実現したい価値・目指す世界

環境問題の一つであるヒートアイランド現象とは、都心部の気温が郊外に比べて島状に高くなる都市の高温化現象である。著しい高温化は、熱中症を含め人体への健康被害をもたらすこともあり、都市計画や住宅街の周辺環境を検討する上でヒートアイランドの抑制は重要な課題となる。

ヒートアイランド現象の影響の検証には都市スケールの三次元モデルが必要となるが、従来は個別に地方公共団体等が三次元モデルを整備する必要があり、コストと準備時間が課題となっていた。

3D都市モデルは建物形状を含むオープンなデジタル・インフラであり、これを活用することでシミュレーション全体の工数が大幅に縮減でき、低コストかつ効率的に建物から都市までの多様なスケールでシミュレーションを実施することが可能となる。

今回の実証実験では、千代田区の3D都市モデルを活用し、熱流体解析ソフトウェアで利用することで、数値流体力学(CFD; Computational Fluid Dynamics)に基づく温熱環境シミュレーションを実施。3D都市モデルを活用したヒートアイランド現象の影響分析手法を確立する。また、ヒートアイランド対策実施前後等のシミュレーション結果を定量的に比較・検証する手法を開発することで、今後のまちづくりへの活用を目指す。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

シミュレーションは、千代田区の中でも高度に都市機能が集積しており、3D都市モデルのLOD2建築物モデルの整備範囲である大手町・丸の内・有楽町地区を対象として実施した。

温熱環境シミュレーションにあたっては、対象地域の3D都市モデル(LOD2建築物モデル)を用い、建物形状を熱流体解析(日本建築学会「市街地風環境予測のための流体数値解析ガイドブック」の解析内容に準拠)の物理的条件として用いた。環境条件は、最も暑く、日射強度の強い時間である8月1日13時を対象として、風速、風向などの気象情報は気象庁が公表している東京の8月の平年値を使用した。風況や日陰形成に影響を与える要素として街路樹が重要となるため、3D都市モデル上に手作業で街路樹モデルを追加した。街路樹の位置情報は航空写真を参照し、「街路樹管理マニュアル」(令和4年2月国土交通省関東地方整備局東京国道事務所)を参考に樹幹高さ及び樹高を設定した。

また、ヒートアイランド現象については、「平成15年度 都市における人口排熱抑制によるヒートアイランド対策調査報告書」(平成16年3月国土交通省・環境省)に基づき、建築物ごとに排熱条件を設定し、対象エリアへの影響を再現した。同報告書では、床面積当たりの排熱量が商業用途だと事務所用途の約4.5倍に及ぶなど、用途ごとに排熱条件が設定されている。これに基づき、LOD2建築物モデルの属性情報(床面積及び建築物用途)を用い、対象エリア内の建築物の排熱量を計算した。なお、使用したソフトウェアには地理空間情報が保持する属性情報をインポートする機能が無かったため、建築物モデルの属性情報は手作業で入力した。

これらの入力条件の下、メッシュサイズは3mを基本に熱流体解析ソフトウェアにより対象エリアの熱環境をシミュレーションした。

次に、ヒートアイランド対策として、街路樹による緑化、車道の遮熱性舗装、歩道の保水性舗装の3つの施策を想定し、これらの対策の有無による表面温度、地表面から1.5m高さの空気温度、WBGT(暑さ指数。熱中症リスクを測る目的で提案された酷暑環境評価指標)の差異を比較することで効果をシミュレーションした。街路樹による緑化については街路樹の日射吸収率を設定し、木陰部分の温度低下を算定した。車道の遮熱性舗装については、通常の舗装よりも高い日射反射率を設定し、温度変化を算定した。歩道の保水性舗装については舗装面の水分による蒸発潜熱を設定し、温度低下を算定した。

シミュレーション結果については、対策ごとの代表地点での温度変化、温度差ごとの面積比率を相対比較して妥当性を確認した。また、千代田区ヒートアイランド対策見直し検討部会に分析結果を提示し、本シミュレーションの有用性についてのヒアリングを実施した。

千代田区ヒートアイランド対策見直し検討部会 議論風景
千代田区ヒートアイランド対策見直し検討部会 議論風景

検証で得られたデータ・結果・課題

今回のシミュレーションにより、千代田区大手町・丸の内・有楽町地区でヒートアイランド対策(街路樹による緑化、車道の遮熱性舗装、歩道の保水性舗装)を講じることで、地表面の温度及びWBGT(暑さ指数)が60%超のエリアで低減、地表面から1.5m の高さでは70%超のエリアで温度の低減効果が見込まれると算出された。また、前述の対策に加えてドライ型ミストを設置することで、さらに地表面付近の温度を最大で2.3℃程度低下しうることがわかった。車道や歩道は日向の温度が特に高くなることが懸念されるが、これらのヒートアイランド対策を複合的に行うことで日向であっても地表面から1.5m高さの空気温度では7℃を超える低減効果も見られるなど大きな効果を発揮すると見込まれる。

3D都市モデルの活用によるコスト及び作業時間の削減については、4割程度の効果が見込まれた。特にLOD2建築物モデルを活用することで、高精度の形状情報を利用することができ、シミュレーション精度の向上が図られた。建築物モデルに付与されている床面積や建物用途といった属性情報を活用して建築物の排熱量を精緻に算出できる点もシミュレーション精度の向上に寄与している。

千代田区ヒートアイランド対策見直し検討部会においては、3D都市モデルの活用によるコスト・時間の縮減や、様々なヒートアイランド対策を設定してシミュレーションできる点について評価を受けた。

他方、本シミュレーションの課題としては、3D都市モデルが保持する建築物の属性情報をシミュレーションソフトウェアへ入力する方法が手作業に限定されていることや、汎用的なGIS等のソフトウェアで演算結果を可視化する手法が乏しいこと(データ変換が必要となること)などが挙げられる。

ヒートアイランド対策前(1.5m高さ温度)
ヒートアイランド対策後(1.5m高さ温度)
ヒートアイランド対策前(表面温度)
ヒートアイランド対策後(表面温度)

参加ユーザーからのコメント

千代田区ヒートアイランド対策見直し検討部会委員から、以下の主な指摘があった。

・実際の街区を対象としているため、可視化された結果は大変わかりやすいものになっている。
・計算結果の検証が必要だが、表示自体は大変わかりやすい。
・3D都市モデルは、解析を進める上での形状入力の簡素化などの面で大変有効なツールになり得る。その上で、解析に当たっての条件や解析結果の検証など、精度向上に必要なことはきちんと提示すべき。
・解析に当たっての詳細な条件設定と合わせて評価する必要があるが、実街区を対象とした解析を行う際に、要する時間が短縮される、結果の表示がわかりやすいなどのメリットがあることは確認できた。
・作業が簡易化できることは良いことだが、それに伴い精度が低下しないための方策や、境界条件として必要な情報のデータベース化などが必要である。
・再開発等を行う場合に、事前に検証できれば、適切な対策を選択することが可能である。

今後の展望

3D都市モデルを活用することで、実際の建物の立地状況を精緻に再現した熱環境シミュレーションを効率的に実施することができた。また、建築物モデルに付与されている属性情報を利用することで、各建物の用途に応じた排熱を設定するなど、詳細なヒートアイランド現象の影響解析が可能であることが検証された。これらの結果を活用することにより、簡易かつ効率的にヒートアイランド対策の効果検証を行い、最適な施策を実施することが可能となる。

今回は限定されたエリアでの検討であったが、ヒートアイランド現象は広域に高度な都市化が進展した結果であるため、LOD2建築物モデルの整備範囲が拡大されることで、より広域でのシミュレーションと対策検討が可能となる。また、複数の地域での再開発の複合的な影響分析などを事前にシミュレーションし、まちづくりと一体となったヒートアイランド対策の立案及び実施に役立てることなども可能となる。このため、広域での演算のためのシミュレータのスケーラビリティの拡大や、3D都市モデルの属性情報のインポート機能の開発、属性情報に応じた細かい排熱条件の設定機能の開発などが必要となる。

これらの積み重ねにより、高密度な都市部の熱中症による健康被害の緩和、空調の二酸化炭素排出量の減少、集中豪雨などの局地異常気象の減少といった社会的な効果の拡大に期待したい。