3D都市モデルを活用した気候変動影響シミュレーション
実施事業者 | アルテアエンジニアリング株式会社 / 東京大学 |
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実施場所 | 愛知県名古屋市中区錦二丁目 / 東京都西東京市 |
実施期間 | 2022年4月~2023年3月 |
3D都市モデルを用いた都市部における気候変動影響シミュレーションの手法を開発。多様な主体による協働型まちづくりを推進する。
実証実験の概要
近年、地球規模の気候変動に伴う気温上昇の影響が我が国でも顕在化しており、ヒートアイランド現象と相まって、特に都市部における夏季の屋外環境の高温化が顕著である。
今回の実証実験では、3D都市モデルから市街地空間の建物形状と土地利用を把握し、数値流体力学(CFD; Computational Fluid Dynamics)に基づく温熱環境シミュレーションを実施することで、現在から将来にかけて予想される気候変動が屋外環境に及ぼす影響を解析する。さらに、実測調査によりシミュレーション結果の妥当性を検証する。
実現したい価値・目指す世界
年々厳しさを増す暑熱対策には、樹木などによる日陰の創出、緑地や農地の配置など地区スケールの適応策が重要であり、建築物や敷地の対応、公共空間の再編・再整備などに市民・行政・企業・研究機関などが連携して取り組む多主体協働型のまちづくりが効果的である。このようなまちの課題に共通の認識を持って対策を検討・実践するためには、非専門家を含む様々なステークホルダーが将来的な気候変動の影響を考慮した温熱環境を把握する必要がある。
今回の実証実験では、特に暑熱対策が急務である都心・近郊市街地に着目し、3D都市モデルの建物形状や土地利用情報を活用して、当該都市空間の将来的な気候変動下の温熱環境をシミュレーション・ビジュアル化するシステムを構築することで、多様なステークホルダー間の円滑な合意形成を支援する手法を開発する。
例えば、愛知県名古屋市中区錦二丁目のような日中の歩行者の多い商業業務地において、熱中症リスクが高い歩道を特定することは、街路樹やアーケードの設置、周辺敷地の遮熱化・保水化といった地域における施策検討に繋がっていく。また、都市農地の保全活動が進められている東京都西東京市においては、暑熱緩和効果の観点から合理的な農地の配置を検討することが可能となる。このように、多様な主体のもつリソースの活用や協働のため、事前に仮想空間内でシミュレーションを実施することは今後欠かせないプロセスとなっていく。
今回の実証実験により、自治体やエリアマネジメント団体が気候変動適応に向けたまちの課題を共有し、地区スケールでの施策を検討する際の汎用的な知見を創出することで、全国のまちづくりにおいてエビデンスに基づく合意形成や取組が行われる社会の実現を目指す。
検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材
今回の3D都市モデルを活用した温熱環境シミュレーションは、CFD解析ソフトAltair AcuSolve(アルテアエンジニアリング株式会社)を利用した。
具体的には、対象地の3D都市モデルの建築物モデル及び地形モデルをSTLファイルに変換して同ソフトに読み込み、その範囲を十分に囲む空間を解析対象として設定した。名古屋市錦二丁目では建築物モデルLOD2、西東京市では建築物モデルLOD1を利用した。解析モデルの構築においては建物や地面表面の熱伝導率などの熱的物性値を設定する必要があるため、3D都市モデルの建築物モデル・土地利用モデルの属性情報を参照し、土地については緑地やアスファルトの別、建物表面については構造と現地調査によるガラス面積割合を建物の壁面に解析条件として設定した。
解析の気象条件は、現時点の代表日は2022年8月5日正午、将来の代表日は2030年、2050年、2090年の同日同時刻をモデルに設定した。現時点の気象条件については気象庁が公開する最寄りの気象台のデータ、将来の気象条件については気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)が公開する気候変動の将来予測データを参照して算出した。
また、シミュレーション結果の妥当性検証のため、名古屋市錦二丁目と西東京市の各地点における実測調査を実施した。測定項目は気温、湿度、黒球温度、風向・風速、表面温度である。2022年時点のシミュレーション結果と比較検証し、地表面の蓄熱を反映するなどの解析モデルの改善を行った。
検証で得られたデータ・結果・課題
シミュレーション精度の妥当性検証の結果、複数地点の地上1.1m気温の日変化について実測結果と概ね同様の推移が示され、特に着目すべき日中の最高気温においては両者の差異が約1℃以内となっていることを確認した。名古屋市錦二丁目では高層建築物が多く気温が高まりやすい状況、西東京市では畑と駐車場において日中を通じて気温差が生じている状況といった地域特性に応じた変化がシミュレーション上でも再現されていることを確かめた。
今回の温熱環境シミュレーションの結果を3D都市モデル上で可視化することにより、名古屋市錦二丁目と西東京市の現時点と将来の環境を視覚的に把握することが可能となった。
現時点における表面温度の結果では、太陽光に伴う日向部分と日陰部分の温度差が明確に表れ、街区や土地利用による温度分布の偏在が明らかになった。錦二丁目は格子状の街区配置であるため、正午時点において南北方向の道路・歩道では直射日光を遮る建物が少なくなり表面温度が高まりやすい。西東京市においても道路や駐車場などアスファルトで覆われた場所は表面温度が高まりやすいが、一方で市街地に分布する畑の表面では温度の上昇が抑えられている。
このとき歩行者レベルである地上1.1m気温の結果では、建物表面の近くでは太陽光を捕捉するために温度が高く、特に建物南側にて温度が相対的に高い傾向がみられた。さらに錦二丁目では高い建物が多いことなどから気流が滞り、温められた空気が留まる場所が生じている。西東京市でも同様の傾向は見られるが、南北に長い形状の畑などでは気流が生じているため相対的に気温が低い様子がみられた。
今後の気候変動が深刻に進行する状況を想定した将来のシミュレーション結果をみると、2090年までに温熱環境が大きく悪化する様子がみられた。錦二丁目、西東京市の各地点において、2090年までに表面温度は約3~6℃、地上1.1m気温は約2~4℃上昇する様子が確認され、人間の体感温度や熱中症リスクに大きく影響を及ぼすことが示された。特に、小さい子どもや高齢者はこれらの影響を受けやすいため、今後の気温上昇に適応した歩きやすいまちづくりを推進する必要性を示すエビデンスとなる。
これらのシミュレーション結果及びその可視化結果を活用し、名古屋市と西東京市の自治体・エリアマネジメント団体の方々との意見交換会を実施した。参加者からは各地の将来的な気候変動影響を視覚的に示すことで危機感や対策の必要性について共有することができたとコメントをいただき、またこのプロセスにおいて3D都市モデルの有用性について高い評価を得ることができた。特に、街なかに日陰を作ることの有効性がエビデンスをもって示されたため、まちづくりを通じた暑熱対策としてアーケードの存廃・街路樹の維持や農地保全の重要性などについて議論が交わされた。今回の実証実験により、3D都市モデルを活用することで都市の温熱環境シミュレーションを容易に実施可能であることが示された。一方で、建物表面のガラス面割合について現地調査を要するなど表面条件の設定に未だ一定の工数を要した。また、2022年の実測結果との比較によりシミュレーション結果の精度を確認したが、夕刻以降に表れる地面の蓄熱の影響を再現する手法検討が、今後の課題として明らかになった。
参加ユーザーからのコメント
今回の解析結果をもとにした名古屋市・西東京市の自治体・エリアマネジメント団体の方々との意見交換においては、以下のコメントがあった。
・これまで感覚で認識していた畑の効果などをシミュレーションによって知ることができた。
・夏季の都心部は現在でも暑さが厳しく、将来に向けた危機感を共有することができた。
・多くの方々でまちづくりを考え、エリアの価値向上につながるツールになると良い。
・人々の行動パターンなどのデータと組み合わせて、暑さが危険な場所や時間を把握することにつなげたい。
・3D都市モデルに含まれている水害ハザードマップなどと組み合わせ、様々な観点からまちのリスクを評価できると良い。
・3D都市モデルをベースに、ヒューマンスケールのデータ(細かい構造物など)を自分たちで追加できるようになると面白い。
今後の展望
本プロジェクトでは、市街地の将来的な気候変動影響をシミュレーションする手法・技術を構築した。今後は地域の自治体やエリアマネジメント団体と協働して対象地の将来像をイメージし、さらに、暑熱対策を導入した場合の効果などを具体的に検証していくものとする。その際、街なかのアーケードや街路樹などの地物を3D都市モデルとして再現することで、温熱環境の再現性向上のみならず、まちづくりや個人で出来る暑熱対策の検討や議論に役立つと期待される。街の将来をイメージするときは、将来的な気候変動の進行度や社会経済状況の変化などを踏まえて複数のシナリオを想定することが望ましい。例えば、世界平均気温の上昇幅や人口動態に代表される地域情勢、都市化や適応策などの状況に応じた複数のビジョンを描いていく必要がある。
地域の各主体が街の将来像をイメージするとき、これらを3D都市モデル上に再現して様々な観点から検証することは重要なプロセスとなり得る。今後は本プロジェクトで構築した手法・技術をもとに、次世代のまちづくりに貢献する温熱環境シミュレーションのあり方を提案していきたい。