j078-Interview

生活に埋め込まれたメタバースは、ゲームという認識からも遠ざかっていく

『ドラゴンクエストウォーク』プロデューサー・柴貴正氏インタビュー

『ドラゴンクエストウォーク』プロデューサーの柴貴正。2019年9月にスタートしたこのゲームは、コロナ禍や、「Google Maps Platform Gaming Services」の事業撤退など、多くのことがらを乗り越えて人々に愛され続けている。マップデータを基盤としながら、バーチャル空間にゲームの世界観を展開させ、現実の世界に行動変容を起こす。柴プロデューサーが語る、メタバースにおけるエンターテインメントの条件とは?

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  • 柴貴正
    柴貴正
    プロデューサー / 株式会社スクウェア・エニックス 執行役員
  • 春名慧
    春名慧
    国土交通省 / 都市局 国際・デジタル政策課 デジタル情報活用推進室

エンターテインメントでは、正確さよりも軽快さが重要

——『ドラゴンクエストウォーク』とPLATEAUは「現実空間と呼応するマップ」という点では共通する要素があると感じます。同時に、データ処理のアプローチやユーザー体験において重視するものはまったく異なるようにも見えます。

 『ドラゴンクエストウォーク』はエンターテインメントなので、それほどきっちりとしたマップ情報はいらないんですよね。それよりも、軽かったり、早かったりすることが大切。一方で、PLATEAUのようなサービスでは、まちなかでの人の動きや天気の移り変わりなどを長期的な視点で観察できるような、シミュレーションに対応できる素地が大事だと思うんです。だからやっぱり、しっかりしたものをつくっていますよね。同じマップという要素があるにしても、立ち位置がまったく違うな、という感じはします。

——正確さよりも、その瞬間に快適に遊べるかどうかが大切なのですね。

 そうなんです。もしPLATEAUのようなマップデータをゲームにするのであれば、このプロダクトならではの体験をしっかりつくらなきゃ駄目だと思います。たとえば「この建物の◯階に◯◯がいるから、そこに行きなさい」みたいな遊びであれば、PLATEAUのデータであるべき必然性がある。僕らの『ドラゴンクエストウォーク』はそういうことではなくて「なんとなくこの辺」ということを示せれば成立する。立ち位置も強みも異なりますよね。

Mapboxに切り替わったタイミングで「かいふくスポットが移動した!?」

——『ドラゴンクエストウォーク』は、基盤のマップが途中で変わりましたよね。ユーザーに今までと変わらない体験を提供するために苦労されましたか?

 本当のことをいえば、基盤のマップが変わった事情は、Google社が「Google Maps Platform Gaming Services」の提供を終了するという理由からでした。それで、代わりにご協力いただける企業様を探したところ、Mapboxさんと出会うことができました。

ただ、それぞれのマップサービスの特徴が違うため、Google Map上では道として認識されていたものが、Mapboxのデータでは道として認識されていない、というようなことがありました。そのため、基盤のマップサービスが切り替わったタイミングで、『ドラゴンクエストウォーク』のなかで、ある日突然道がなくなったりしたんです。もう、それはしょうがないね、となりました。とはいえ、たとえば「家にいるときにかいふくスポットを二つ触れたのに、朝起きたらゼロになっていた!」みたいなことも起こったわけで、「どうしてくれるんだ」みたいな話もありましたけど。逆のパターンもあります。「かいふくスポットが近付いていてきた!」みたいな。

——ある意味では、ユーザーみんなにとって共通の思い出になっているんですね。

 そうですね。体験の手触りがまったく変わってしまったわけではないので、仕様変更をしても、ユーザー数の大きな変化は起こりませんでした。これは継続的にプレイしているなかでみなさんの生活のなかに入り込んでいった結果ではないかと思います。おそらく、わざわざゲームをやるという感覚ではなくて、「今から会社行くから」「移動するから」「移動しているのなら、せっかくだから」と、ゲームを立ち上げておくイメージなんだと思います。

ただ、ライフスタイルが変わった人はやめてしまいますね。たとえば、海外赴任したらもうできない、とか。

コロナ禍でもみんな意外と歩いていた。今思えばそれでよかった

——新型コロナウイルスの影響で人々のライフスタイルが変わった際は、どのようなことが起きましたか?

 家でもゲームができるように、歩き回ってかいふくスポットを取得するだけではなく家で回復できるような仕様を、急遽、採り入れたりしました。ただ、コロナ禍でも、みんな気を遣いながら歩いていたようです。なにか運動をしなければいけないから一人で歩くか、みたいな形で。『ドラゴンクエストウォーク』のおかげでコロナ禍の期間も健康的な生活ができたから感謝している、という声をよく聞きました。

僕らとしては当時、大手を振って「外に出なさい」とも言えなかったし、家でもある程度プレイできるような対策をしていたんですけど。やっぱり、外に出たほうが楽しいのでユーザーは外で遊ぶ。とはいえ、別にどこかに集まるわけでもなく、みんな一人で歩いていたわけですから。今思えば、それでよかったな、という感じですね。

——ユーザーの動きがわかるのは面白いですね。公式ファンブックを見ていると、データの種類や細かさに驚かされます。

 すごいですよね、なんか。昨今は、こういった人の動きに関するデータはとても価値がありますよね。

リリース以前はそういったデータも活用しながら、利用してくださるユーザーに還元するようなやり方でのビジネスモデルを考えていたこともありましたが、結局としては、実施はしませんでした。なので、当然ながら『ドラゴンクエストウォーク』では、ユーザーの動きに関するデータはとっていません。

行動変容が結果として「健康」のほうに振れていく

——『ドラゴンクエストウォーク』の世界は、「ちいさなメダルがここにある」とか「確定が出ているからみんなそこに行く」とか、デジタルだけではなくリアルな行動につながっているのが面白いところだと思います。そのような、『ドラゴンクエストウォーク』だからこそ生み出したイノベーションは?

 どうだろう。まあ、行動変容は起きますよね。二駅前から歩いて帰ろうとか、飲んだ帰りに少し歩こう、とか。歩くのが楽しくなるというのは大きい。

——確かに、そうですね。ルートが変わるとか。

 そうそう。それが、ゲームのためなんだけど、結局は動くことになるので、健康のほうに振れていく。それは大きなイノベーションだと思います。

——睡眠中に起動しておくことでストーリーが進行していく「ゆうべはおたのしみでしたね」も、ユーザーの行動変容につながったのではないでしょうか?

 あれは僕がやりたかったのでやったんですけど、基本的には「ゲームを起動してほしいな」という気持ちからですね。課金はしなくてもいいから、起動してほしい。起動時間が長かったら、ゲームから離れづらくなるので。あとは、遊んでくださっているユーザーの多くが30代から40代ということもあり、歩いたら、次は、寝る。その次は食でしょうかね。それでだいたいフォローアップできるのではないかと。

——もともとターゲットは30代から40代の男性だったのですか?

 そうですね。自分のような人がターゲットでした。とはいえ、女性ユーザーも多いんですけど。

「ゆうべはおたのしみでしたね」については、自分はこんなにイビキをかいているんだなってわかるだけでもいいかなと思うんです。それが健康に向かうので。睡眠時無呼吸症候群について調べたり、酒の量を減らそうと思えるようになったり。それから、寝ることに対する言い訳ができるようになる。いつもは5時間しか寝ないけど、8時間寝ないとなかなか次に進まない、となったら8時間寝ざるをえないですよね。その意識だけでもいいと思うんです。

——食事については、どのような構想があるんですか?

 まだ開発とも話していないのですが、やはり写真ですかね。今はもう、AIが写真をもとになにを食べたのかを解析できる。カロリーなんかもすぐ出せますよね。そういう世の中の技術進歩に合わせて、『ドラゴンクエストウォーク』も進化していきたい。新しいテクノロジーをできるだけカジュアルにして、エンタメと掛け算で体験をつくっていきたいと思っています。

デジタルツインにもいろいろある。ひとつがPLATEAUで、ひとつが『ドラゴンクエストウォーク』

——こうしてお話を伺っていると、やはりPLATEAUとは必要なものが大きく異なりますね。

春名 そうですね。PLATEAUの持っているようなデータの精細さはそもそも、『ドラゴンクエストウォーク』の世界観や体験には重要ではないうえ、データも重たくなってしまうという課題があるので。

それこそ、都市を簡単にそれっぽく表示するためにめちゃくちゃ軽量化したものを映す、という使い方はありえるかもしれません。でも、まあ、あまり現実に寄せすぎてもゲームとしての面白みがなくなってきたりするのかもしれませんね。

 3DのFPSとかTPSとかであれば、とても楽しいと思うんですよね。カジュアルにぱぱっとできるんで。違うからこそいいんでしょうね。

春名 デジタルツインのなかにも色々なあり方があって、一つにPLATEAUがあり、もう一つに『ドラゴンクエストウォーク』がある。ただ、まったく別のものっていうわけではなくて。PLATEAUもまだ発展途上のところなので、『ドラゴンクエストウォーク』が大事にしている世界観でPLATEAUに生かせるものがないか、フィードバックがあればありがたいです。

 僕はどうしても、さっき伝えたような使い方がいいと思っちゃうんですよ。PLATEAUのなかでさまざまなシミュレーションをしたり、「この建物の◯階に◯◯がいるから、そこに行きなさい」みたいな遊び方をしたり。元のデータが非常に優秀だと思うから。

春名 たしかに、エッジが効いているほうがいいかもしれないですね。

または、位置を特定するためのハブとしてPLATEAUを利用するという方法もあります。地図上に落とし込めるような、都市計画の情報とか防災とか、さまざまなデータを、PLATEAUをプラットフォームとして引っ張ってくる。結局のところPLATEAUのデータは使わないかもしれませんが、必要なものだけ選んでいただければ、と。

 データ上で人の動きなんかを見ているとすごく楽しいので、PLATEAUがシミュレーターとして使われているのを見てみたいですけどね。渋谷がとても混んでいるのを見て、「ああ、ハロウィンだからか、なるほど」みたいな。

春名 定点カメラでの観測みたいなことですね。

 そうそう。そのシミュレーションが、多分すごく楽しいと思うんですよね。

春名 たしかに、都市を俯瞰して見ることができるというのは、データがあるからこそですね。

 駅などのデータは、取得しようと思ったら歩行者数などは分かるはずだから、できてしまいますよね。今日、新宿を300万人使いました、と。そうしたら、あとはもう、人の動きをシミュレーションしてみるだけで、超絶面白いですけどね。で、雨を降らしてみたら、まちから人がどれだけ減るか、っていうデータは多分作れるんで……降らしてみよう、みたいな。『シムアント』とか『シムシティ』とかの新しいバージョンという感じで、神様視点で。大洪水を起こしたらどうなるか、とか、停電を起こしたらどうなるか、とか。

それこそ、南海トラフ地震のシミュレーションとか。そういうの、もう結構いろいろなところがやっていますよね。ただ、このレベルでやっているところはないと思うので。

春名 計算量が膨大になっちゃうんですよね。広域を扱えば扱うほど簡略化していく傾向はあります。

 そうですよね、どう嘘をつく(簡略化していく)か、ですよね。真面目にやっちゃうとまったく動かなくなるので。その究極系が僕らみたいなエンタメなんですけど。簡略化するとか、適当に計算するとか。だから、PLATEAUとは思想が違うんですよね。

正確さと、エンタメとしての正しさ。いかに快適にそれっぽく見せるか

——表現を細かくすればするほど、重くなって、ずれが気になっていくのですね。

 うん。本当に、PLATEAUとはまったく違うんですよ。PLATEAUでそういうことをすると怒られちゃうでしょうからね。

春名 そうですね。位置情報を元にドローンを飛ばす際に、壁にぶつかったりすると大変ですからね。

 だから使えるんですよね、きっと、データとして。正確なデータだから。ほかのマップデータを基盤にしていたら、怖くてドローンを飛ばせないはずですよ。

——『ドラゴンクエストウォーク』では「軌跡のつるぎ」などを通じて、ゲームのなかでユーザー同士がコミュニケーションをできるような機能が搭載されはじめましたよね。

 これまでの『ドラゴンクエストウォーク』は、オンライン上でのコミュニケーション機能をわざと入れていなかったのを、少しずつやろうとしています。運営が5年を超えてきて、ユーザー間でのコミュニティができてきたというのがひとつありますね。

あとは、リリース当初はまだ「位置情報を活用したゲーム」って怖さもあったと思うんですよ。自分の家や、いる場所がわかっちゃうんじゃないか、みたいな。

でも、オンライン上でのコミュニケーションって体験としては楽しいものだと思うので、そういった部分で安心してもらってから、徐々に実装していきました。

「軌跡のつるぎ」のメッセージを読んでみると、悪意のあるメッセージはほとんどなくて、楽しんでいただけているのかなと感じています。とはいえ、僕らも、最初から順調だったわけではなくて、さまざまなゲームをつくって、いろいろなゲームでクレームをいただいて、たくさんの経験をしてきたからこそ、今の状況があるのかなと考えています。

『ドラゴンクエストウォーク』でも最初、ご迷惑をおかけして問い合わせをいただくことがありましてね……。リリース直後に「試練の扉」というイベントがあったんですが、まさにその扉がある場所でプレイしないといけない仕様で。そうすると、みんなそこに張り付くんですよね。それで、「家の前に不審者がいっぱいいる!」みたいなことになって。

——やはり、現実の位置情報にデータを重畳させると、そういうことが起きるんですね。

 おかげさまで、日本中でかなり多くのユーザーさんに遊んでいただいていることもあり、なにかあると世の中にけっこうな影響を与えてしまう、というのは間違いないですね。

春名 位置情報を活用した『ドラゴンクエストウォーク』ならではの特徴ですね。

 うん、それは本当にそうだと思います。