uc22-035

XR技術を用いた体感型アーバンプランニングツール

実施事業者インフォ・ラウンジ株式会社 / サイバネットシステム株式会社
実施場所神奈川県横浜市
実施期間2022年10月~12月
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3D都市モデルとXR技術を用いた体感型のアーバンプランニングツールを開発。デジタル技術を住民ワークショップで活用することで、高度なプランニング・合意形成を目指す。

実証実験の概要

行政機関やデベロッパーによる新規開発・再開発、にぎわいの創出、景観の保全などを目的とした、アーバンプランニングのプロセスにおいて、これまでも開発側のデベロッパーや行政は市民参画の促進を試みてきたが、実際には現状やプランの認知の難しさやコミュニケーションツールの不足といった課題があった。

今回の実証実験では、3D都市モデルおよびXRを用いた直感的かつ体感的なアーバンプランニングにおけるコミュニケーションツールを開発することで、市民参加を促進する。

実現したい価値・目指す世界

行政機関やデベロッパーが新規開発・再開発、にぎわいの創出、景観の保全などを目的とした計画立案や地域管理を行うアーバンプランニングのプロセスにおいては、市民参加の必要性が強く求められている。効果的に市民参加を取り入れていくためには、社会的、地理的、歴史的な背景を踏まえた都市全体の構造を理解し、その中で、個人の営みや活動が持つ多様な視点を位置付けるという、都市と個人の双方の視点を市民が持ったうえで、まちの現状の課題や潜在的なポテンシャルを発見し、その改善を目的とした具体的なソリューションを発想することが重要である。

今回の実証実験では、横浜市の市庁舎が関内駅前から馬車道駅に移転し、人の動線が大きく変化したことを踏まえ、これまでは人通りのあまりない街区であった新市庁舎周辺の大岡川沿いの街区をモデルエリアとして、3D都市モデルとXR技術を組み合わせたアーバンプランニングのためのコミュニケーションツールを開発する。具体的には、街の中で「居心地の良い場所」、「危険に感じる場所」、「眺めが良い場所」といった感性情報や、「道路陥没」、「工事中」といった他人と共有することで役立つ情報などをタグ(テキストおよび画像)として3D空間に配置(マッピング)できるスマートフォン用ARアプリケーションを開発し、街に暮らす人々が街をどのように感じ、観察しているかを可視化、共有する。また、住民ワークショップの中でARアプリから取得されたタグ情報やその他の情報を共有できるVRアプリケーションを開発し、「街の未来イメージ」を議論する。VRアプリでは、目の前の模型の配置を変えたり、入れ換えたりすることで、VR空間内のモデルも対応して変化する「タンジブルインターフェース」の技術を用い、議論に基づき参加者自らがインタラクティブな操作でその場で「街の未来イメージ」を具体化させることで、街に対する多様な視点の発見や議論の活性化を促す。

実証実験の結果を踏まえ、アーバンプランニングのプロセスにおける市民参加手法の確立につなげていくことを目指す。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

本実証では「AR タグ付けアプリ」と「タンジブルインターフェース」の二つのツールを開発し、3 つのセッションからなる一連のワークショップを実施した。

ARタグ付けアプリはスマートフォンのブラウザ上で動作するウェブアプリであり、システム構成として、バックエンドにfirebase、フロントエンドのフレームワークにnext.js、3Dの描画にAR.js及びThree.jsを採用した。ユーザーはまちに関するポジティブな印象(Good)、ネガティブな印象(Bad)、改善や活用のアイデア(Idea)を写真とコメント付きで投稿できる。このアプリにPLATEAUの地物データを連携させることで、建築物やペデストリアンデッキなど、地物の任意の位置を特定して感じた印象やアイデアをタグ付けすることを可能にした。

タンジブルインターフェースは、テーブル上の模型の配置情報を読み取り、これに応じて VR 空間上に三次元の景観を再現する。ソフトウェアは Unity で開発し、模型の底面に配置した 2 次元マーカーをテーブル下部のカメラから読み取り、画像処理のライブラリである OpenCV 及び、AR マーカーを扱うライブラリである ArUco を用いて 2 次元マーカーの位置を Unity 内の座標に変換することで、指定したオブジェクトを 3D 空間上に表示している。ヘッドマウントディスプレイを用いればウォークスルー体験も可能である。ベースとなる 3D 都市モデルは建築物や都市設備などの LOD2 及びLOD3 を使用し、河川および護岸などの作り込みや、ワークショップに必要となるベンチやカフェといったストリートファニチャー等の 3D モデルの整備は独自に行った。

ワークショップは、初めに「AR セッション」を実施し、AR タグ付けアプリを用いて、参加者から対象エリアに関する印象やアイデアを収集した。次に「行政セッション」として、AR セッションの内容を精査し、得られた意見を集約しまちづくりの方向性を示した。最後の「タンジブルセッション」ではタンジブルインターフェースを用い、行政セッションで示された方向性に基づき、参加者は思い思いの街の姿を描き出した。

ARタグ付けアプリの画面(建物モデルが緑色で表示)
タンジブルインターフェースを用いたワークショップ

検証で得られたデータ・結果・課題

AR セッションには市民、横浜市職員、有識者など 30 人が参加し、283 個のタグが集まった。手軽かつ短時間にこれだけの意見を集めることができるという点で、AR タグ付けアプリは有用であった。また、地物に対して直接タグを付けられるという点は、集められた意見の対象が明確になり、後から情報を分析する上で非常に効率的だった。AR タグ付けアプリの課題としては、高い建物に囲まれた狭い通りなどでは端末の GPS の精度が落ち、3D モデルの AR 表示がずれることがあった。そのため、アプリの画面上でユーザー自らが 3D モデルの表示位置を調整できるようにした。また、タグ付け対象とする地物について、都市設備をどこまで取り込んでおくか(=タグ付け可能とするか)の判断が難しかった。詳細なデータを大量に取り込むとアプリの動作が重たくなることが確認された。

行政セッションではストリートと水辺それぞれについて、ストリートの暗いイメージを払拭し楽しい場所としてにぎわいを創出すること、水辺の魅力を最大限に引き立てるとともに、広く市民に開放することといった方向性が示された。具体的には、ストリートでは「入船通りのもったいないを魅力に変える」というテーマが示された。入船通りは、桜木町駅から関内方面へ抜ける動線として、人通りでにぎわいをうみだすことができるポテンシャルがあるが現状では活かされていない。水辺では「水辺が人々の目的となる場所へ」というテーマが示された。大岡川の水辺の魅力が増進することで、新たな名所として認識されるようになるポンテンシャルが指摘された。周辺の野毛、吉田町、都橋などのユニークなエリアとも相乗効果が得られ、広域での魅力増進や賑わいの創出にも期待が持てる。

タンジブルセッションでは、タンジブルインターフェースを用いることで、参加者全員による共同作業が成立し、短時間で多様なイメージを生み出すことに成功した。参加者は行政セッションで示された方向性を踏まえつつ、グループごとの議論に沿って、ビルや駒を動かし、その場で、画面上に再現される3Dの景観をみながら新しいアイデアを次々に試していた。参加した横浜市の職員や有識者からはワークショップの手法の革新性と実用性について高い評価を得ることができ、市民の参加者からもポジティブな意見が多数寄せられた。タンジブルインターフェースの課題としては、事前の準備に手間がかかることが挙げられる。対象エリアの建物モデルや、駒の3Dモデルの整備が必要となり、時間とコストがかかる。また、可搬性にも課題があり、持ち運びを考えるとコンパクト化が必要となる。

ARセッションを通じて集まった意見
参加者が描いた街の姿(ストリート)
参加者が描いた街の姿(水辺)

参加ユーザーからのコメント

・手元の模型を動かすとバーチャルのランドスケープが画面に出てくるというリアルとバーチャルの絶妙な組み合わせ。子どもから大人まで全く「やらされ感なし」で実に楽しくデジタルまちづくり体験ができ、デジタルツインの世界に入門できることが素晴らしい。
・3Dモデルをみんなで置いたり消したり動かしたり、ワイワイ大いに盛り上がった。
タンジブルインターフェースは、ジオラマ・フィギュアと3D都市データを連動させて街の未来を描き共有できるという全く新しい体験で、専門家と一般市民の深くて暗い溝を軽々と飛び越えることができる、かなり期待値の高いツールだった。
・素人と専門家では前提となる知識やスキルも違うため、言葉だけでは伝えきれないことが多い。それを解決するためにソフトウェアの世界ではモデリング手法を取り入れる考え方は昔からあったが、タンジブルインターフェースはそれのすごいやつだった。
・これまでの職員やコンサルなどの提案ベースでパース数枚で説明→そのまま社会実験で体感、みたいなやり方ではなくてさらに初期から多様な知・意見を取り入れて積み上げることができるのは感動的ですらある。

今後の展望

ARタグ付けアプリに関しては、本プロジェクト期間中に、開発者向けのスマホARアプリ開発キットであるARCoreやARKitのアップデートが発表され、自己位置を推定するシステムであるVPS(Visual Positioning System)が利用しやすい状況となった。ARタグ付けアプリの課題としてあげた、 GPS精度の低下による3DモデルのAR表示のずれへの解決策として、こうした技術が使える可能性がある。また、タグ付け対象とするモデルの準備および選定という課題については、ワークショップの目的に応じて個別に調整する必要がある。

タンジブルインターフェースは3Dモデルの事前準備の課題がある。駒として使用するストリートファニチャー等について、自由に使用できるオープンデータが提供されると、独自整備と比較し、データ整備費用が低減するため、非常に効果的である。また、タンジブルインターフェースは可搬性に課題があるので、セットアップの簡略化や筐体のコンパクト化などの改良が必要である。

以上のような課題への対応の必要はある一方で、ワークショップ全体を通じて参加者からの評価も高く、ワークショップ手法そのもの、そして開発したツールいずれについても実用化に向けて十分に可能性を感じることができた。今後も、現場での活用検証を進めることで、まちづくり施策検討に実用的なツールとして発展していくことが期待される。