uc22-026

ARを活用した災害リスク可視化ツール

実施事業者株式会社福山コンサルタント
実施場所東京都板橋区 舟渡 / 新河岸 / 高島平地域
実施期間2023年1月
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時系列で変化する浸水範囲に応じた避難ルートの検索システムとARアプリケーションを開発。地域の水害リスク及びそれに応じた避難行動の重要性の理解を通し、防災に対する住民の意識向上を促す。

実証実験の概要

水害から身を守るためには、水害リスクに応じた適切な避難行動をとることが重要である。そのためには、災害リスクの事前把握と住民の災害に対する意識啓発が必要となる。今回の実証実験では、時系列の浸水深及び避難を開始するタイミングに応じた避難ルートを3D都市モデル上で表現し、水害範囲の拡大により避難行動が限定される様子を三次元的に可視化。さらに、これをARアプリケーションで可視化し、住民の防災訓練等で活用することで、住民の水害に対する意識の啓発や避難行動の変容を促進する。

実現したい価値・目指す世界

近年、水害の頻発化・激甚化が進み、その対策の重要性が増している。板橋区は荒川の破堤により、破堤後30分未満で浸水5mを超え、さらにその後2週間以上浸水が継続すると想定されるエリアを含む、水害リスクの高い地域である。さらに、安全な高台の避難所は荒川から3kmと遠方であり、地域の住民の水害リスクへの理解と避難行動の促進は重要な課題である。

こうした災害に対する適切な理解・行動を促すには、地域が受ける被害とそれを回避するために取るべき行動を具体的にイメージすることが有効であり、被害とそれに対してとるべき行動の一体的な理解を促すソリューションが必要である。

今回の実証実験では、3D都市モデル上で時系列で浸水深の推移を表現し、浸水範囲に応じた適切な避難ルートを検索・可視化するシステムを開発する。さらに、これによって算出された浸水範囲と避難ルートを実際の空間でリアルに表現するためのARアプリケーションを開発する。

避難ルートの検索・可視化においては、3D都市モデルを活用して時系列ごとの3次元的な浸水の広がりの表現に併せて、浸水の広がりを考慮した避難ルート検索により、時間の経過とともに浸水範囲が拡大することで、取りうる避難行動が限定される様子を表現し、早期避難の必要性を明らかにする。ARアプリケーションでは、避難ルートとともに当該箇所において想定される最大の浸水リスクをAR空間に表現し、普段見る風景に具体的な水害リスクを重ね、水害リスクの理解を促す。これらのシステム・アプリケーションを防災訓練で用いることで、住民の水害に対する意識啓発と避難行動の変容を促進する。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

今回の実証実験では、洪水による浸水が時間経過に従って徐々に広がっていく様子を時系列で三次元表示するために、洪水浸水想定区域図の作成時に整備した時系列浸水データ(出典:荒川水系荒川洪水浸水想定区域図、H28.5.30、国土交通省関東地方整備局)を用いて、浸水深と標高データから時系列の浸水3Dポリゴンを構築し、Re:Earth+Cesiumから構成される3D-WebGIS上に表示させた。また、浸水範囲の拡大に従い通行可能な避難ルートが限定される状況を再現するため、OpenStreetMapを用いて対象地域の道路ネットワークを構築し、pgRouting(経路探索機能を追加できるPostGIS拡張機能のオープンソースソフトウェア)を用いて目的地までの最短経路の検索を行うAPI機能を実装した。

さらに、3D都市モデル上に表現した避難ルートをAR上で可視化可能なARアプリを開発した。ユーザーは、Re:Earth上で現在地を指定することで、API機能を活用してパーソナルな避難ルートを生成することができる。ここで生成した避難ルートをAPIサーバーに保存し、洪水時の最大浸水深、インフラ情報等と共にRe:Earthプロジェクトが保持しているデータの読み込み先をARアプリがこれにアクセスすることで、ユーザーのスマホ等のデバイス上でも避難経路等の情報を可視化することができる仕組みとした。また、ARアプリでは、携帯端末のGPSから取得した緯度経度情報を基に、3DWeb-GIS上で表現している最大浸水深の浸水データとのマッチングを行い、浸水データに格納されている浸水の高さ情報をUnity空間上で生成した浸水の3Dポリゴンに付与することで、AR空間上で浸水深の表現を行った。

このように、本システムでは3DWeb-GIS上で設定した避難ルートをARアプリでも確認できるようにすることで、パーソナルな避難誘導を可能としている。

ARアプリの開発はUnity(2020.3)で行い、実装仕様としてARFoundation4.19、ARCore XR Plugin4.1.9、XR Plugin Management4.0.1を使用している。

実証の様子(避難ルート検索と3D都市モデル上での可視化)
実証の様子(ARアプリ)

検証で得られたデータ・結果・課題

本システムは、氾濫発生時の地域の浸水リスク及び浸水リスクを考慮した避難ルートを3D都市モデル上で可視化するだけでなく、ARでも表現した点に特徴がある。今回の実証実験では、地域住民がARアプリを実際に活用することで、想定される最大規模の洪水が起こった際に、自分の街がどの程度の高さまで浸水してしまうかなど、地域が抱える水害リスクについて、よりリアリティをもって体感することができた。

実証後に実施した参加者アンケートの結果では、ARアプリを通じて実際に住んでいる街や建物が浸水している様子を見ることで、これまで浸水深の数字でのみ認識していた水害リスクについて実感が湧いたとの意見を得ており、本システムの有効性が示されたと考えられる。

一方、本実証における課題として、主にARアプリについて2点挙げられる。1点目は、携帯端末の位置や方角の精度が低く、ARアプリ上で浸水データと避難ルートの描画を行った後にARアプリの機能で描画位置を手作業で調整しなければならない点である。2点目は、ARアプリのUIが実証時点ではプロトタイプの状態であり、サービスとしてリリースするには利便性の向上が必要な点である。ボタン表現を学生や高齢者でも分かりやすく設計するとともに、避難ルートをはじめとするARアプリ上の可視化表現をブラッシュアップしていく必要がある。加えて、ARアプリの位置精度の観点では、端末のGPSの精度に依存し、AR表示が大きくずれることがあったため、例えばPLATEAUの建築物モデルをオクルージョンとして利用するなどの改良を行っていくべきであると考えられる。

浸水前3D都市モデルとインフラ情報の三次元可視化
浸水と建物モデルの三次元可視化
避難ルート検索結果
ARアプリ

参加ユーザーからのコメント

実証に参加した板橋区新河岸地区の地域住民より、以下のコメントがあった。

・避難経路が土砂災害も考慮したルート設定を表示する点や、AR上でのルート案内が良くできていた。また、避難路を知らない中高生などがARアプリをきっかけに興味を持ってもらい、ARアプリによる疑似体験で水害への実感も持てたらいいなと思った。
・ARによる可視化により、慣れ親しんだ町で6mまで浸水するということを目で確認できて、感情を揺さぶる体験をできるのが貴重なシステムだと思った。ただ、操作自体が難しい部分もあったので、スマホの操作に慣れていない人の場合はハードルが高いので、それをどう崩すのかを考える必要がある。
・小中学校の防災教育にも使えるのではないかと思った。
・自宅の水害リスクの把握に加えて、職場での水害リスクの把握と避難についても考えなければいけないと思った。

今後の展望

水害発生時に問題となる「逃げ遅れ」に対し、早期の避難行動を促すには、行政から災害発生後に避難に関する情報提供を行うだけではなく、地域において平時から実際に想定される水害リスクについて防災教育などを通じて共有し、早期避難の必要性や重要性について地域住民が事前にじぶんごととして「納得」していることが、早期の避難行動が行われるためのひとつの重要なポイントである。さらに、そうした住民の「納得」に基づき、水害発生が懸念される場面での避難行動計画・マイタイムラインを事前に考えておくことが、早期避難の実現性向上につながると考えられる。

今回の実証実験により、3D都市モデルを活用し、地域の水害リスクをARアプリケーションで可視化させることで、これまでの洪水ハザードマップや座学での防災訓練等に比べて、より具体的かつリアリティをもって水害リスクを伝えることが可能となった。

今後、前述の課題解決に向け、より実効性の高いツールへとブラッシュアップするとともに、本システムを活用した防災教育や防災ワークショップなどを高水害リスク地域において水平展開していくことで、水害発生時の「逃げ遅れゼロ」の実現の一助になることが期待される。