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ストーリーテリング型GISを用いたエリアマネジメントの高度化

実施事業者東日本旅客鉄道株式会社/一般社団法人高輪ゲートウェイエリアマネジメント/ 株式会社JR東日本建築設計/株式会社ユーカリヤ/株式会社パソナ/ 株式会社日立コンサルティング/一般社団法人UDイニシアチブ
実施場所高輪ゲートウェイ駅周辺エリア
実施期間2023年9月~2024年1月
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誰もが自らの物語を地図上で表現できる「ストーリーテリング型GIS」を開発。エリアマネジメント団体が地域住民と共にまちの魅力を発信することで、エリアマネジメントの新たな手法を構築する。

実証実験の概要

エリアマネジメント活動では、まちの歴史や魅力発信、賑わい創出、住民・来街者向けのくらし案内など様々な情報発信を行っている。一方、現状の情報発信手法はホームページや動画等の公開に留まっており、エリアの空間的な説明や情報発信者の意図をシナリオ立てて分かりやすく伝える手法に課題がある。

今回の実証実験では、大規模な再開発が進む高輪ゲートウェイ地区のエリアマネジメント団体による分かりやすい情報発信を目指して、WebGIS「Re:Earth」を基礎に、情報発信者の意図をストーリー仕立てで分かりやすく発信できる「ストーリーテリング型コンテンツ作成・閲覧機能」の追加実装を行う。さらに、エリアマネジメント団体だけでなく地域住民の利用も想定し、ノーコードで簡便にコンテンツ作成が可能なUI/UXを実装する。

改修した「Re:Earth」を活用した情報発信コンテンツの制作により、エリアマネジメント活動における情報発信を高度化させ、エリアの魅力を分かりやすく伝えることを目指す。

実現したい価値・目指す世界

エリアマネジメント団体はまちの魅力発信等によるシティプロモーションを実施しているが、情報発信手法が限定的であり、また、情報の受け手にとって分かりやすいコンテンツが制作できていない、といった課題を抱えている。一方で、近年ストーリーテリング型GISを活用したストーリー仕立ての「物語」による情報発信手法が、プロモーション等において効果的であるとして各所で注目されている。

今回の実証実験では、WebGISの「Re:Earth」に追加機能を実装することで、大規模な再開発が進む高輪ゲートウェイエリアを舞台としたエリアマネジメント団体の対外的な情報発信の質を向上させる。
「Re:Earth」は、地理空間情報(GIS)のオープンソースプラットフォームであり、Webブラウザ環境で動作し、非専門家でも3D都市モデルやGISデータ、映像・画像などの多元的なデータの可視化・解析をノーコードで扱うことができる。さらに、プラグインに対応しており、さまざまな機能拡張が可能となっている。
そこで、今回の機能追加では、「Re:Earth」にスクロール型ストーリーテリングを作成できる機能を実装する。スクロール型ストーリーテリングは、ユーザーによるWebサイトのスクロール操作に合わせて、順番にコンテンツが展開される。ユーザーの操作によってシームレスにコンテンツが遷移するため、ユーザー自身のペースでコンテンツを受け取ることができる。これにより、ユーザーはエリアの魅力や歴史を「物語」のように連続的に体験することができ、エリアへの訪問意欲等が向上することが期待される。

また、エリアマネジメント団体だけでなく地域住民の利用も想定し、ノンエンジニアでもノーコードで簡便にコンテンツ作成が可能なUI/UXを実装する。エリアマネジメント団体は本システムを用い、地域住民を巻き込んだワークショップを開催し、ガイドブック等には掲載されない地域住民しか知らないようなエリアの魅力も盛り込んだシティプロモーションのコンテンツを制作する。

これらの取組みより、エリアマネジメント団体による情報発信を高品質化させてエリアの魅力を効果的に発信することで、エリアへの来街者の増加や賑わい創出を図る。

対象エリアの地図(2Dイメージ)
対象エリアの地図(3Dイメージ)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

今回の実証実験では、WebGIS「Re:Earth」に、ユーザーによるWebサイトのスクロール操作に合わせて順番にコンテンツが展開されるスクロール型ストーリーテリング機能を追加実装した。その上で、高輪ゲートウェイエリアの3D都市モデルを活用し、ストーリーテリング機能を使った高輪ゲートウェイ駅周辺のガイドブック作成ワークショップを開催することで、本システムの有用性等を検証した。

スクロール型ストーリーテリング機能は「Re:Earth」上に新たな編集画面として開発した。従来のRe:Earthの編集画面は、マーカーを地図上に配置するという使い方に主眼に置かれており、「1レイヤー=1地物(ポイント)」という考え方であった。しかしこれでは、GeoJSON・3D Tiles・MVTなど、さまざまな種類のデータをRe:Earth上で統一的にうまく扱うことができなかった。更に従来の編集画面にはストーリーテリングウィジェットと呼ばれる機能があり、UI上のボタンをクリックすることで現在選択しているレイヤーを次々と切り替えながらインフォボックス内に表示されるコンテンツを閲覧するという、レイヤー主体のストーリーテリング機能であった。しかし、今回作成するストーリーテリングは従来の編集画面の考え方では要求を満たせないことから、新規に設計された新しい編集画面をRe:Earthに実装するに至った。

この編集画面はRe:Earthに直接新機能として実装され、TypeScript(開発言語)やReact(フレームワーク)などで実装された。レイヤーの概念も見直し、1レイヤーが複数地物を持つことができるようにしたり、レイヤー自体が全ての地物のジオメトリなどの情報を持つのではなく、データへのURLなどデータへの参照情報を持つようにしたりし、データの読み込みやスタイリングなどの処理をバックエンドではなくフロントエンド側で動的に実行するように変更した。これにより、GeoJSON・CZML・KML・3D Tiles・MVT・CSVなどより多くのデータフォーマットに対応できるようになり、式を記述する(例えば属性を色に使用するような)柔軟なスタイリングも実現可能になった。

その上で、この新しい編集画面上にストーリーテリング機能を改めて新規開発した。新しいストーリーテリング機能では、レイヤー主体ではなく「ページ」主体の考え方が取り入れられ、編集画面のUI上で各「ページ」のテキスト・画像・動画の追加といった編集が行えるようになった。以上の実装により、スクロール動作によるシームレスな2Dと3Dマップの切替や、GeoJSON・KML・CZML・3D Tiles等の様々な形式のGISデータや画像データ等の表示切替、スクロールに合せたカメラ遷移、テキスト・動画・画像等のコンテンツの表示切替、クリックによる3Dマップのカメラ遷移やコンテンツの表示切替、時間軸を持ったコンテンツの任意の時刻での表示を実現した。

ワークショップの参加者には、高輪ゲートウェイ駅周辺エリアに在住・在勤・在学するGISやプログラミング等に興味・関心のある方を中心に、まちの魅力を発信したい方等も含めて募集した。参加者は各自の意向に基づいて、「Re:Earth」を活用して街の魅力をストーリーに落とし込む「①シビックテック」と、街の魅力を案内する「②まちブラ案内人」という2つの役割に分かれ、また、スーパーバイザーとしてまちづくりの専門家にもワークショップに参加いただいた。ワークショップでは、参加者が「Re:Earth」上に構築されたストーリーテリング機能を活用し、高輪ゲートウェイ駅周辺エリアのガイドブック作成を体験した。その際、まず高輪ゲートウェイ駅周辺エリアの魅力を知るために実施したまち歩き等を通じて得た気づきを他の参加者と共有し、ガイドブック制作に向けたテーマを複数設定した。次に、ワークショップでは参加者がそれぞれ持参したPCにより「Re:Earth」にアクセスし、データやプロジェクトを作成した。

第1回ワークショップには17名が参加し、ガイドブックの3つのテーマ(歴史・遊び/憩い・建築)を設定した。第2回ワークショップには12名が参加し、地域資源を紹介するストーリーテリング型ガイドブックを「Re:Earth」の当該機能を駆使して制作し、そのユーザビリティを検証した。最後に成果発表会を開催し、参加者9名(歴史4名、遊び/憩い3名、建築2名)が、それぞれ作り上げた成果をプレゼンテーション形式で行政関係者(台東区都市づくり部、東京都デジタルサービス局、港区高輪総合支所)、デベロッパー(NTT都市開発、東京建物、日鉄興和不動産、三菱地所、UR都市機構)、学識(東海大学情報通信学部教授、日本大学理工学部まちづくり工学科講師)、エリアマネジメント団体(品川シーズンテラス、竹芝タウンマネジメント、松山アーバンデザインセンター)等の聴講者(計18名)に共有した。また、参加者からのワークショップやガイドブック制作プロセスにおける振り返りや、聴講者との意見交換を通じて、ストーリーテリング機能を活用することでどの程度情報発信が高度化したか等の有用性検証を行った。

実証風景
各ページのブロック機能、レイヤー切替の設定イメージ

検証で得られたデータ・結果・課題

第2回ワークショップでは、「①シビックテック」の役割を担う5名が「Re:Earth」で今回開発した機能を操作し、「②まちブラ案内人」7名とともにコンテンツを制作した。その結果、「Re:Earth」の使いやすさについては60%(「Re:Earth」を操作した「①シビックテック」5名の内3名)が「満足」と回答し、その中には、「WebGISという馴染みのないツールであったが、やりたいと思っていたことがほとんどできた」といったコメントもあった。また、「開発街区と既存の市街地との関係性・つながりを理解できたか」という質問に対しては、約67%(12名の内8名)の方が「とても理解できた」、或いは「理解できた」と回答しており、機能の有用性が確認できた。また、実証実験内で参加者とコンテンツを共同制作した事業者からは、「今回開発した機能は市民と共同でストーリーテリング型コンテンツを制作する上で改善点はあるものの、必要機能は備わっている」という回答が得られた。さらに、発表会においては、外部の聴講者から「2回のワークショップで、完成度を担保し、WebGISを活用できる良い事例だった」、「デジタル表現を通して、高輪のまちを伝えたいという思いや情緒を感じることができた。ガイドブックを見ながらまち歩きをしたいと思った」等、エリアマネジメント活動におけるストーリーテリング型コンテンツ制作の可能性に関する意見をいただけた。

また、スマートフォンカメラを用いて遺構を3Dスキャンし作成した3Dモデルを活用したり、SNS風な縦長サイズの画像をインフォボックスに挿入した見せ方をしたりなど、実証実験内で開発者が想定していなかったデータ活用や実装のアイディアが生まれた。ノンエンジニアであっても「Re:Earth」とストーリーテリング機能を活用することで地域資源を効果的に紹介するコンテンツを制作することができた。

他方で、ストーリーテリング機能の改善点としては、「ストーリー作成において『ページ』ごとに表示するレイヤーを切り替える事が不便である」とのコメントを踏まえ、ストーリーの内容が増えても同じ動作の繰返しにならないように編集画面を改善することが必要である。また、今回の実証実験内でアイディア実現に至らなかった理由として、「検討の時間が足りなかった」、「システムの使い方が難しかった」という意見があった。「Re:Earth」は、汎用システムであるがゆえに多機能化している傾向があることから、より直感的に基本的な操作を習得できるチュートリアルの整備や、より簡潔な操作でアイディアが実現できるような機能改善を行うことで、コンテンツ作成等の作業時間を短縮化し、アイディアを検討する時間をより長く確保することが重要である。

ワークショップ参加者制作コンテンツ(テーマ/高輪ゲートウェイ駅周辺の建築)
ワークショップ参加者制作コンテンツ(テーマ/高輪ゲートウェイ駅周辺の遊び・憩い)
ワークショップ参加者制作コンテンツ(テーマ/高輪ゲートウェイ駅周辺の歴史)
ワークショップ参加者制作コンテンツ(開発ビル内から眺める高輪エリア)

参加ユーザーからのコメント

「シビックテック」である参加者からは以下のような意見があった。

・スクロールできる形でコンテンツを整理できたので、物語を読むように作れた。その結果、多くの情報を詰め込みことができた。
・地図とストーリーの組み合わせは他にないものだと思うのでとても良かった。一方で、ストーリーとして見せたいエリアは狭いエリアなので、マップの書き込みができると良い。
・ひとつひとつ丁寧に教えてくだされば使用に不便はなく、使いこなせたらもっと楽しいものになるだろうと感じた。このようなネット上で何かを製作することに慣れていないため、専門的な手順や用語だと困惑してしまった部分があった。ただ、使用していて楽しかった。
・ページ一つひとつに対してレイヤーの表示/非表示を設定する仕様であるため、ストーリーの内容が多くなるほど似たような設定の動作が多くなってしまう。複数の「ページ」に対して同じ設定を反映できるよう、UI/UXを改善できると良い。

「まちブラ案内人」である参加者からは以下のような意見があった。

・紹介したい場所をズームしたり、スクロール機能によってルート化したり、一箇所ごとの説明をしていたりと私のイメージしていたガイドブックにはなっていると思う。
・「Re:Earth」をはじめとしてWebGIS機能はまったく専門外、未知の分野だったので、視野が広がった。

ワークショップ主催者からは以下のような意見があった。

・従来のワークショップでは、エリアの特徴を可視化するために地図か周辺模型を利用することが多いが、地図は読解に専門的知見が必要であり模型は作成に多くの費用・手間がかかっていた。今回、それらが3D都市モデルや「Re:Earth」を活用することで従来よりも簡便かつ効果的にできたため、参加者としてはより簡易にエリアの特徴を知れたほか、運営者としても費用・手間が抑えられた。
・ワークショップの参加者が自身のアイディアを同時に編集でき、それらを見ながら検討できるようにしてほしい。

ワークショップにスーパーバイザーとして参加した専門家からは、以下のような意見があった。

・「Re:Earth」によって、GISがここまで簡易に諸要素のコントロールができるようになった点に大いに可能性を感じた。3Dレンダリングや画像加工的な表現を簡易にマップに投影できるとなお良いだろう。
・ヒューマンスケールでの都市構造を具体的に把握できるオープンデータを利用できるようにすると、まちづくりや建築設計などへの利活用の活路が広がると思う。
・また、都市の今後のサーキュラーデザインを考えていく上で、時間軸方向での属性変化を可視化するデータが整備されてくると興味深い。

聴講者の方々(行政関係者、デベロッパー、等)からは、以下のような意見があった。

・これまで模造紙とポストイットが成果物となっていたWSに新しい可能性を感じた。
・テクノロジー主義にならずに3D地図をナラティブに活かせる点が良いと感じた。
・成果物の表現から、GISツールとSNSとが連携してゆく未来も想像ができた。ここで作られたガイドブックが新たなコミュニケーションツールとなり、SNSとGISが連携していく時代も来るだろう。

今後の展望

今回の実証実験では、3D都市モデルを利用して、誰もが自らが考えあるいは発見した事柄を、ストーリー性を持たせた形で地図上に表現できることを目指し「ストーリーテリング型GIS」の機能開発を行った。そして、今回開発したシステムは、エリアマネジメント団体、近隣の学生及び地域住民らと共に「まちの物語」を作ることを通じ、地域の魅力の再発見しそれをアピールする上で有用であることがわかった。今回の実証実験で得られたUI/UX上の改善等の要望を取り入れることにより、本システムの有用性を更に高めることが可能である。

また、ストーリーテリング型GISを活用したワークショップは、他のエリアへの横展開が効果的な可能性があると考えている。特に地域の再開発の場合、しばしば再開発によって新たに生まれる来街者層と従来からそのエリアに関わりのある方々との間で街に対する認識の相違が生まれるが、ストーリーテリング型GISを活用することで既存の街の物語を住民らの手で再発見し、発信することで相互理解の醸成につながることが期待される。こうした横展開に当たって、データや環境整備が重要になるため、コンテンツ制作に活用できるオープンデータ等を事前に収集することや、データや情報を持つコミュニティ同士のつながりを醸成しておくことが重要である。

実証エリアである高輪ゲートウェイ駅周辺エリアについては、今回の実証実験はまちびらき前における開発事業者と周辺住民等とのコミュニティ醸成につながったため、地域資源の育み・継承に向けた次世代育成や地域資源を生かした新たな価値創造など、今後のエリアマネジメント活動の更なる展開が期待できる。更に、将来的には、高輪ゲートウェイエリアでの実証実験をモデルケースに、他エリアでも開発事業者と周辺住民等が情報発信を通じてまちびらき前から交流・協働する、新たなエリアマネジメントの実現へと寄与していきたい。