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3D都市モデルを活用して子育て支援、避難支援、聖地巡礼、婚活!? 多彩なアイデアが登場した女子大PLATEAUブートキャンプ

「Project PLATEAU ブートキャンプ for Women’s University Students 2023」レポート

「WUSIC(女子大学生ICT駆動ソーシャルイノベーションコンソーシアム)」主催、Project PLATEAU協力による、3D都市モデルを活用したモバイルアプリのアイデアソンが2023年8月18日から20日にかけて行われた。

文:
大内孝子(Ouchi Takako)
編集:
北島幹雄(Kitashima Mikio)/ASCII STARTUP
撮影:
高橋智(Satoshi Takahashi)
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ジェンダーバイアスを打ち砕き、新しい世界へ

Society5.0を支える女性人材の育成を目標に掲げる「WUSIC」では、女子大学生のICTリテラシーの向上を図るプログラムを定期的に実施している。2023年度はProject PLATEAUとタッグを組み、3D都市モデルの活用をテーマにアイデアソンが行われた。

5つの女子大学から約50名が参加し、PLATEAUを使った社会課題を解決するアプリのアイデアを競う。本イベントを共催する日本女子大学 理学部 数物情報科学科 教授の長谷川治久氏は、冒頭で今回の趣旨を次のように語った。

日本女子大学 理学部 数物情報科学科 教授 長谷川 治久氏

「この先、私たちの生活環境を把握し、日本や地球の問題を解決していくには、GIS(Geographic Information System)のデータが欠かせません。私たちの生活の中で生まれるさまざまなデータがどこで発生したかという情報を付与するためにはGISが重要だからです。多様な分野から生まれてくるビッグデータとGISを合わせることで、さらに意味のあるビッグデータとして利用できるようになるかもしれません。これをさらに進めようとしたものがPLATEAUだと私は解釈しています。WUSICとしてその方向性に賛同し、今回のイベントを開催することとなりました。

PLATEAUが拓こうとしている新しい世界、そこでジェンダーバイアスなどの偏りのない世界をみなさん自身が切り拓いていけるよう、この新しい技術を学んでください。そして、社会で活躍する力としてもらいたい。まずは、いろいろな人が集まって開催していること自体を楽しんで、自分だけでは思いつかないようなアイデアを生み出してください」(長谷川氏)

アイデアソンとはいえ、ゴールはアプリによるモックなどブートキャンプでの成果物も含めたプレゼンになる。参加者は1日目(オンライン)に、国土交通省 内山裕弥氏によるPLATEAUの解説から始まり、アクセンチュア 石田有里氏からPLATEAUを活用したユースケースの紹介、Eukarya 田村賢哉氏からWebGISプラットフォーム「Re:Earth」の基本操作を、2日目(オンライン)にcenco 岡部千幸氏からコラボレーションツール「Figma」について、シナスタジア 崎山和正氏からPLATEAUをより活用できるツールキット「PLATEAU SDK」についてのレクチャーを受けた。そこからチームに分かれてアイデア出しを行い、最終日のプレゼンに向け作業を進めていった。

アクセンチュア株式会社 ビジネスコンサルティング本部 ストラテジーグループ マネージャーの石田有里氏によるユースケースの紹介
株式会社シナスタジアCTOの崎山和正氏は「PLATEAU SDK」の使い方などをレクチャー

3日目の成果発表会は日本女子大学のキャンパス内で行われた。各チーム発表の持ち時間は5分、審査の基準は「3D都市モデルの活用」「アイデアの独創性」「プレゼンの完成度」。審査員は、長谷川氏、メンターも務めたKula氏、内山氏の3名。13チームによるプレゼンの結果、チーム「Chestnuts」の「Safe Steps Kids!」が最優秀賞に選ばれた。

2日間にわたったアイデアソンのファシリテーターは合同会社ワタナベ技研の渡邉登氏が務めた

通学路をシミュレーションする「Safe Steps Kids!」(最優秀賞)

最優秀賞を受賞したのは、子育て世代を支援するサービス「Safe Steps Kids!」(チーム「Chestnuts」)だ。仕事をしながらの子育てとなる共働き家庭にとって、子ども一人の登下校は大きな不安だろう。通学路の状況確認として、安全に行き来できるルートかどうか、実際に通学路を歩いて確かめることになる。

そこで、3D都市モデルを使って、屋内で子どもと一緒に確認ができる通学路シミュレーションを考えた。もちろん、疑似体験による通学の練習ができたり、通学に伴うリスクが理解できるようゲーム性を持たせる、としている。

「Figma」で作成したプロトタイプによるアプリの概要説明では、若い世代の親が使用しやすいスタイリッシュなデザイン、また一歩一歩成長していくことがイメージできるよう「階段」をモチーフに取り入れるなどのこだわりも語られた。また、「Re:Earth」に豊島区のデータを読み込んだシミュレーションでは、過去に事故が起きた場所、子ども110番の場所がわかりやすく表示できることが示された。

「Safe Steps Kids!」のホーム画面
シミュレーション画面。表示したい項目をチェックボックスで選択
事故が起きやすい場所では、注意を促す表示が出る

データに関しても、事故のデータのほか日照の情報や災害情報などを使って、条件に合わせたコース選択をできるようにしたいと述べた。そして、このサービスを3D都市モデルで提供する価値について、3つの点を挙げる。

・視覚性:事故、犯罪、熱中症警戒箇所、子ども110番などを可視化できる
・再現性:実際の交通ルールに従ってシミュレーションができる
・双方向性:シミュレーションによって事故や犯罪から子どもを守る

今後の展望として、小中学校の交通安全授業、防犯対策の授業への活用など学校機関への導入が考えられるとする。さらに、GPSなど位置情報を使った見守り機能も搭載したいと意欲を述べた。

kula氏からは、アプリのモックが上から俯瞰したシミュレーションとなっているため、子どもが自分で歩いたという感覚が持てるのかという指摘があった。この点は、「Re:Earth」のペデストリアンビューを使ってみたものの、画質やテクスチャなどのビジュアライズの際に建物がよくわからなかったため、俯瞰のシミュレーションとなったと説明があった。

TIS株式会社 UXデザイナー&コンサルタント・ハッカソンアイドル Kula Takahashi氏

内山氏からは、実装に近いアイデアではないかというコメントがあった。PLATEAUの2023年度のユースケースでも、まさにこの手のアプリを作ろうと開発が進んでいるという。もっと深掘りしてユーザーが何を知りたいのかという点を深掘りするとよいソリューションになると述べた。

国土交通省 総合政策局/都市局 IT戦略企画調整官 内山 裕弥氏

同作品は、3つの観点(3D都市モデルの活用、アイデアの独創性、プレゼンの完成度)で高い評価を得たことが最優秀賞受賞の理由となった。

自分専用のウォーキングコースを作成できる「まっぷるす」(オーディエンス賞)

参加者の投票によるオーディエンス賞を受賞したのは、PLATEAUの地理情報を利用した自分専用のウォーキング・ランニングコースを作成できるアプリ「まっぷるす」(チーム「おーたんズ」)。「まっぷるす」というネーミングはマップとヘルスを掛け合わせた造語だ。

健康意識のある人をターゲットに、自分に最適なウォーキングやランニングのコースを作成するサービスとなっている。たとえば、道の高低差や日陰の選択、街灯の情報、さらに混雑状況をリアルタイムで取得するなど、個々のニーズに合わせたルートを提案してくれる。

また、過去に歩いた記録や消費カロリーなどを後から見返すこともできる。プレゼンでは、ルート検索後のビジュアルを「Re:Earth」の画面で再現した。

「まっぷるす」の画面(ホーム、ルート検索後、記録)

「Figma」で作成したプロトタイプにて、「高齢者が健康目的で、昼間、暑さを避ける道を提案する」と「若い女性でダイエットを目的で、夜間、暗い道を避ける道を提案する」例が紹介された。前者には、高低差が少なく、暑さよけオプションにより日陰や室内の道を提案。後者には、高低差がある消費カロリーが多いコース、オプションで夜道明るめ、コンビニありを選択することによって安心できる道を提案。街灯のデータを利用することで、街灯の多い、明るい道を提案することができるとする。

高低差の少ないコース × 暑さを避ける道
高低差のあるコース × 暗い道を避ける

内山氏から、昨年、ほぼ同じ趣旨のアプリを国交省が作ったという話があった。そちらは高齢者を対象に運動強度とその効果を図るというものだが、都市の若い世代をターゲットにするソリューションとして日陰の計算や街灯の情報を盛り込むというのは非常によい観点ではないかと述べた。

審査員特別賞(内山賞、Kula賞)の2作品

最優秀賞、オーディエンス賞の他、当日、急遽審査員から内山賞、Kula賞が贈られることになった。内山賞を受賞したのはチーム「カラフル」の「myfancy」、Kula賞を受賞したのはチーム「天然水」の「Marry go」。

内山賞:自分だけの街を作れる「myfancy」(チーム「カラフル」)

「myfancy」は自分だけの都市をPLATEAUで作る、地域の特性を学びながら都市開発を体験できるパズルゲームだ。「Unity」上に作成したプロトタイプでアプリの概要が紹介されたが、例として、渋谷を舞台にレインボーブリッジと大阪城を隣に配置し、太陽の位置なども自分で変更できるようになっている。

いろいろな都市の要素を組み合わせて自分だけの都市をつくることによって、「家にいながら旅のスポットを体感し旅行気分を味わえる」「観光スポットを知るきっかけになる」「創造性を育むことができる」「旅行の思い出を残すことができる」アプリだとする。今後の展望として、作った都市を自分の好きなようにカスタマイズし、アートとして楽しめるようにしたり、あるいは他のユーザーに使ってもらうなどの展開を検討している。

審査員の長谷川氏からは、現実世界を精緻にマッピングしたPLATEAUを使って、壊して、集めて勝手に作り直そうという発想がいいとコメントがあった。内山賞の受賞は、「Unity」を使っているなど技術的に訴求されている点が大きく評価された形だ。

Kula賞:結婚したい社会人の婚活を支援する「Marry go」(チーム「天然水」)

「Marry go」は、忙しい社会人が効率的に出会えるよう、PLATEAUのデータを使って自分の行動範囲や、自分がいる場所の近くをおすすめスポットとして表示するアプリ。周囲にいる人を表示したり、チャットで会話する機能も搭載する。ログインボーナスや他のユーザーとフレンドになることで特典を付与する、などゲーム性も持たせている。

プロトタイプのデモでは、ユーザー登録、自分の位置や生活エリアを基準におすすめスポットの表示がされるところなどが「Re:Earth」を使って示された。プレゼン後、長谷川氏から、たとえば吊り橋効果を狙えるスポットの提示など、出会うための仕掛けにPLATEAUの属性データを使ってみてもおもしろいのではないかとアドバイスがあった。

そもそもの発想は知人の悩み(結婚したいが忙しくて出会いがない)からだったというが、この「身近な人物の課題から深掘りしていった点」が評価され、Kula賞の受賞となった。

多彩なアイデアが出そろった発表作品

受賞にはいたらなかったが、その他の作品も秀逸なアイデアがそろっていた。

ぷらっと充電(チーム「ショート」)

ぷらっと充電

「ぷらっと充電」は電気自動車の充電が可能な施設を検索できるアプリ。電気自動車の購買に際し、不安要素の1つは市中に充電する施設がまだ少ないこと。その不安を解消し購買意欲につなげることができるよう、住んでいる場所や訪れた先で充電可能な場所を可視化する。さらに日照条件を使って充電スタンドを営業したい側に有効な情報を提供したいという。

47都道府県覚えちゃおうゲーム(チーム「いちごみるく」)

47都道府県覚えちゃおうゲーム

「47都道府県覚えちゃおうゲーム」は楽しみながら地理を学べる学習アプリ。主なターゲットは小学生。小学校でも活用が進んでいるタブレットでの利用が前提となっている。基本的な機能は県庁所在地や特産品、世界遺産のような著名な建物を3Dで学んでいくというもの。クイズモード、観光モードを用意し、授業の校外活動や地方の活性化につながる利用シーンを想定している。

聖地巡礼アプリ(チーム「オタクたちの戯れ」)

聖地巡礼アプリ画面の例

「聖地巡礼」は3Dで聖地巡礼ができるアプリ。利用者は3D空間内にアバターとして入って、行ってみたい場所を訪れることができる。聖地巡礼というとコアなファン向けのイメージだが、このアプリは老若男女誰もが楽しめるよう訪れた場所の記念としてグッズを入手したり、現地の店舗やオンラインショップと連携して土産物を購入したり、といったインタラクションを考えている。

human protects(チーム「ちっちゃいもの倶楽部」)

human protects

「human protects」は3D都市モデルを使って災害をシミュレートできる防災アプリ。洪水や津波の洪水想定区域のリアルタイム可視化のほか、人流データや建物の情報、建築年といったデータから次に起こる被害を想定し避難経路を表示するなど、さまざまなデータ活用を目指す。まずは危機感を持つことが必要だとし、子ども向けにはクイズ形式で「どのように行動するのがベストか」が学べるようにするという。

災害時お助けMAP(チーム「うめこ」)

災害時お助けMAP

「災害時お助けMAP」は外国人観光客向けの緊急時に役立つ多言語地図アプリ。使用する言語に応じて災害情報が表示される。現在地から近い病院、避難所、警察などの地図情報や避難に必要な情報は自動的に端末にダウンロードされ、オフラインでも対応できる形を想定している。また、観光地に到着したとき起こり得る災害の規模をAR地図上でシミュレーションした動画を見ることができる。

避難中 go for save(チーム「ツナマヨ」)

避難中 go for save

「避難中 go for save」は防災訓練をゲームで学ぶデジタル訓練アプリ。大雨、洪水、地震、津波などの自然災害をモンスターで表現し、プレイヤーはモンスターから逃げることで避難の際に実施すべき行動を学んでいく。

Back to the disaster(チーム「快速!災害バスターズ」)

Back to the disaster

「Back to the disaster」は、過去にタイムスリップして被災、及びそこからの復興をゲーム空間で体験するアプリ。ゲーム形式で、タイムスリップして過ごす日常からスタートし、災害、復興を体験し、現在に戻るとゴールだ。各時代の町並みや人々の暮らし・文化を疑似体験すること、自分の住んでいる地域の昔の地理的環境や災害を知ることもできるとする。

Go Home(チーム「凸凹」)

Go Home

「Go Home」は災害時に徒歩で帰ることを想定し、被災状況や避難者の人流の動向などを予測し、安全に帰れるルートを提案するアプリ。災害時はどうしても気持ちが暗くなりがちだが、少しでも楽しい気持ちで帰れるよう、さまざまなアトラクションを盛り込むという。
今回の発表では、既存のゲームをモチーフに、想定する機能を実装した場合のプレゼンを行った。

Let's Enjoy Our Driving!(チーム「ザブ~ン」)

Let's Enjoy Our Driving!

「Let's Enjoy Our Driving!」は高齢者ドライバーとペーパードライバー向けの運転をサポートするアプリ。フロントガラスに投影するナビを使って、歩行者や自転車などを検知して注意喚起したり、暗い交差点で安全に曲がるためのガイドを表示する。また、ゲーム感覚で運転をわかりやすく採点し表示することで飽きずに運転できるようにするという。

PLATEAUが作る新しい世界

ここまで、受賞作品を中心に成果発表会に登場した作品を紹介してきたが、いずれもPLATEAUの価値をしっかり捉えている(ものによっては、その価値を壊し、新たな価値を見出そうとしている)ことがわかる。3日間の期間中、アイディエーションからツールの基本操作までしっかりインプットしたうえでのこととはいえ、参加したメンターや審査員はその点を高く評価した。最後に、メンターおよび審査員のコメントを紹介する。

Kula氏:私がこれまで参加してきたワークショップやハッカソン、アイデアソンもゼロから学んで作り上げていくというもので、それが普通だと思っているのですが、ここまでアウトプットの完成度が高いことに本当に驚きました。サービスを考えるうえで、さらにターゲットにどうやってアプローチするのかというところに着目していたり。みなさん、学生であって、女性であって、そういう自分の目線で考えている。それが他の人が思いつかないような独特なアイデアとアプローチにつながっているのかなと思います。それは社会に出たときにとても重要なスキルになるはず。これからも続けていってほしいと思います。

TIS株式会社 UXデザイナー&コンサルタント・ハッカソンアイドル Kula Takahashi氏

田村氏:みなさんがPLATEAUの価値を破壊しながら新しく構築している姿を見て、発表を聞きながら非常に面白かったです。専門家ではない立場だからこそ、逆に別の専門を持っているからこそ、思いもよらないアイデアがたくさん出てくるのだろうなと思います。また、僕たちは「Re:Earth」を、「誰でも扱えるように」という観点で一生懸命つくってきたので、「Re:Earth」を駆使してくれたチームがあったこともすごくうれしいことでした。今後もぜひ、いろんなツールを使いながら新しいものを作り続けてもらえたらと思います。

株式会社Eukarya 代表取締役CEO 田村 賢哉氏

岡部氏:私は2日目に「Figma」のツール解説をさせていただいたのですが、みなさんとてもクオリティが高く、想像以上に「Figma」を使って、作り込んでいることに驚いています。もっといろいろやってみたいと思う人はぜひ、いろいろな学びのコミュニティやハッカソンなどに参加してみてください。「Figma、使えるよ」みたいな人と知り合ったり、「こういうものを作っています」という、もう何かを作っている人と知り合うことができます。そういう人たちから学んでいくことで、独学でも勉強できたり、あるいは仲間を増やしたり、みんなで前に進むことができると思います。

株式会社cenco代表取締役 岡部 千幸氏

内山氏:みなさん、普通に「Figma」とかデザイン系のツールを使ったり、「Unity」みたいなゲームエンジンを使ったり、Re:EarthみたいなWebGISを使っていることがすごいと思いました。それぞれ異なる技術領域のものです。今、社会を動かしている人たちが使えるかというと、ひとつしか使えないというのが普通だと思います。それをこの2日間ぐらいで使いこなしていて、びっくりしました。こういった若い人たちが我々のデータを使っていろいろなアイデアを形にしてくれるというのは、僕としても国土交通省としても、非常にうれしいです。

国土交通省 総合政策局/都市局 IT戦略企画調整官 内山 裕弥氏

最後に長谷川氏は、3日間で学んだ「アイデアの出し方」を覚えておいてほしい、技術を高めていくことは必要だけれど、技術に血を通わせるためにはそれが必要なのだ、とメッセージを送り、このイベントを締めくくった。

日本女子大学 理学部 数物情報科学科 教授 長谷川 治久氏