uc22-009

高度な浸水シミュレーション

実施事業者エム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社
実施場所愛知県岡崎市 岡崎市矢作/六ツ美/岡崎/中央/岩津
実施期間2023年1月〜2023年2月
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3D都市モデルを用いた精緻な浸水シミュレーションを実施。激甚化する豪雨災害に対応した高度な防災施策の立案を目指す。

実証実験の概要

近年、豪雨災害等はますます深刻化しており、詳細な浸水シミュレーションを用いた実効的な防災施策の立案が求められている。他方で、従来は浸水の広がりや家屋への衝突等を計算するための都市空間データが十分に提供されておらず、浸水シミュレーションはある都市の物理条件を一定程度抽象化して行われてきた。

今回の実証実験では、3D都市モデルを活用し、実際の水の広がりを精緻に演算する。従来の手法よりも更に精緻なシミュレーションを行うことで、高度な防災施策の立案を目指す。

実現したい価値・目指す世界

愛知県岡崎市を流れる矢作川では、洪水の発生時には、広範囲で家屋流失・倒壊の被害が生じ、避難対象となる住民は20万人にも及ぶと想定されている。多数の住民が一斉に行動を開始した場合、さらなる混乱や予期せぬ事象が生じる可能性があるため、個人の属性や浸水想定の規模に応じた段階的避難を行う必要がある。

オープンデータとして提供されている3D都市モデルは、詳細な建築物の形状や属性情報(構造種別や建築年等)、地形等のデータを保持している。これらのデータとシミュレーション技術を組み合わせ、氾濫流の遮蔽や回り込みを再現した精緻な浸水シミュレーションを行うことで、現実に即した家屋流失・倒壊などの災害リスクの把握を実現する。

また、得られた結果をもとに自治体や地域の防災関係者とディスカッションを行い、リスクに応じた避難計画といった高度な施策の検討に役立つかを検証する。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

本実証実験では、「洪水浸水想定区域図作成マニュアル(第4版)」を踏まえた25mメッシュで計算する従来の浸水シミュレーションを精緻化することを目的に、5m、2.5mメッシュで河川から流出した氾濫水の広がりや3D都市モデルの属性情報を考慮した建物流失・倒壊リスクを算定する浸水シミュレーションプログラムを開発した。

従来の浸水シミュレーションは、建物の存在を25mメッシュ単位の空隙率・透過率(メッシュ上から建物面積を除いた隙間の割合。氾濫水の流れやすさと建物による抵抗力を算定するために使用。)として仮想的に表現しており、現実には建物が存在する場所であっても氾濫水の流れが生じ得るモデルとなっていた。これに対し、今回開発したモデルは、5m、2.5mメッシュ上に高さを持つ地物として建物の存在を表現することで、建物による氾濫水の遮蔽や回り込みといった現象を扱うことができる。さらに、メッシュの微細化によって、道路、河川、田畑等の土地利用に応じた粗度係数(土地表面の粗さ)を現実に近い粒度で表現できる。

氾濫水の広がりを計算するプログラムへの入力データとして、ArcGIS ProおよびPythonを活用し、3D都市モデルが保持する土地の起伏および建物の位置・高さ、土地利用分類を含むメッシュデータ(CSV)を整備した。整備した各入力データを用いて、想定最大規模の降雨条件および代表的な破堤点1か所を仮定し、Fortran言語で開発したプログラムにより氾濫流の流速および浸水深を計算した。さらに、得られた浸水深・流速をArcGISおよびPythonを活用した一連のプログラムを用いて3D都市モデルの構造種別・建築年・地上階数と組み合わせ、個々の建物について流失倒壊リスク・水没リスクを判定した。これらのシミュレーション結果のうち、建物に作用する最大浸水深や最大流速、建物流失・倒壊リスクおよび水没リスクは、Pythonを用いて3D都市モデル(CityGML)に新たな属性として付与し、FME Desktopを活用して3DTilesに変換、リスクの種類・大きさに応じた建物への着色表現を実現した。

メッシュ毎の浸水深や流速は、PythonおよびFME Desktopを活用して時系列3次元浸水面(時刻別に3DTilesを参照するCZML)に変換し、3次元形状の水面を浸水深や流速の大きさに応じて着色した。また、流速については、Pythonを活用して流向を矢印で表現するための情報を保持したデータ(CZML)に変換した。以上のシミュレーションおよびデータ処理から得たデータをAWS上に構築したPLATEAU VIEWクローン環境で可視化し、防災対策上の有効性等を検証するため、岡崎市の行政職員および地域の防災関係者へのヒアリング実証を行った。

シミュレーショングリッド上に表現した建物(濃灰色)
岡崎市防災関係各課との意見交換の様子

検証で得られたデータ・結果・課題

シミュレーションで得られた5mメッシュの詳細な時系列の浸水の広がり(浸水面、浸水深、流速、流向)、建物ごとの流失・倒壊リスクおよび水没リスクをPLATEAU VIEW上で可視化した。今回得られた解析結果やビジュアルを従来の浸水ハザードマップと比較しながら、3D都市モデルを活用した浸水シミュレーションの活用方法に関して、地域のライフライン関係事業者および岡崎市防災関係各課と意見交換を行った。ライフライン関係事業者からは、建物位置での浸水深が正確に読み取れる点などについて高い評価を得た。市防災関係課からは浸水の広がり方が時系列で把握できる点、建物の流失・倒壊リスクを考慮した垂直避難可能な建物を選定できる点に加え、メッシュの微細化により小規模な道路・河川も表現することで、従来の浸水シミュレーションではエリア単位(25m×25m)でしか見えなかった浸水リスクが個々の道路レベル・建物レベルにまで詳細化されている点について高い評価を得た。また、リスクの表示についても地域住民が自分の住む地域のことをより身近に感じられる効果があるといった評価を得た。

3D都市モデルを活用することによる浸水シミュレーション用入力データ作成作業の負担軽減効果についても検証を行った。3D都市モデルには地盤高、建物位置・高さ、土地利用といった情報が一元管理されており、複数の情報源からデータを収集する負担が軽減されること、特に、建物位置・高さの活用において大きなメリットとなることが示唆された。技術的な課題としては、メッシュの微細化により計算可能となった、氾濫流が建物に衝突することによって生じる鉛直・水平方向の流向・流速の大きな変化も高い精度で扱うことができる数理モデルを実装すること、計算メッシュの微細化によってデータ量が膨大になるため、可視化用3Dデータへの変換や3D描画に時間を要することが挙げられる。

建物を回り込む水の流れ
破堤から3時間後の水の広がり。建物リスクを着色表示
最大浸水深ランクに応じて着色表示
既存ハザードマップ(左)と今回開発したモデルによる浸水深の比較

参加ユーザーからのコメント

岡崎市職員からは以下のような意見があった。

・従来のハザードマップでは自宅が安全な場所なのか判断が難しく、行政としても把握できなかったが、建物リスクの形で示すことで現実的な避難行動を考えるツールになりうる。
・消防活動において通信指令から高い建物を即座に把握するのに活用できる。また、浸水するまでの時間に応じて消防車が通れるアクセスポイントを検討すること、流速を考慮して要救助者を救出する優先順位を検討すること、流速を考慮したアクセス経路を検討することに活用できる。
・地域住民に自身の地域の特徴を理解してもらうことが一番大切。例えば、岡崎市に新しく住む方がどのような地域なのか事前に確認できるようになると非常に有効。実際に家を建てる際には防災についても考えてもらうこともできる。

民間企業・関係団体からは以下のような意見があった。

・自社設備において想定される浸水深を正確に把握したいニーズがある。3D都市モデル上で自社設備と浸水深を重ね合わせて表示できれば手作業で行っていた調査の負担軽減が期待できる。
・災害復旧時に機材・車両を送り込む必要があり、どの道路が浸水しておらず通行可能な状況か時系列で把握できる点がよい

今後の展望

従来の浸水ハザードマップは浸水深ランクの幅が大きいため浸水深を正確に把握するのが難しく、建物流失・倒壊リスクに関しても個々の建物の属性を考慮できないため、浸水リスクのある地域を一括して水平避難区域に設定せざるを得ないといった課題があった。3D都市モデルを用いた詳細な浸水シミュレーションを実施して建物ごとの浸水深や流失・倒壊リスクを把握することで、垂直避難も考慮したより効率的な避難計画を検討できる可能性が明らかになった。今後具体的に防災施策に活かすにあたっては、降雨条件を想定最大規模としたシミュレーションだけでなく、過去に実際に発生した東海豪雨を再現する規模やより頻度の高い降雨条件を設定した複数のシミュレーションを行うこと、大雨時に河川氾濫よりも先に起こることが想定される内水氾濫のモデルを組み込んだシミュレーションといったより説得力のあるシナリオを想定することで、検討の幅が広がることが考えられる。