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住民個人の避難行動立案支援ツール

実施事業者株式会社福山コンサルタント
実施場所埼玉県蓮田市 西新宿地区
実施期間2022年12月
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浸水の広がりによって避難ルートが遮断される様子を可視化するシステムを開発。防災訓練等での活用を通じて、住民個人ごとの避難行動計画を作成する。

実証実験の概要

水害から身を守るためには、想定されるリスクとそれに応じた避難行動を事前によく理解し、発災時に的確に行動できるよう備えておくことが重要である。今回の実証実験では、3D都市モデルを用いて洪水による浸水の広がりを時系列で可視化し、建物から避難場所への避難ルートが時間経過によって限定されていく様子をわかりやすく表現するシステムを開発。これを住民参加の防災訓練等で用いることで、早期の避難行動への意識を高めることを目指す。

実現したい価値・目指す世界

近年、水害の頻発化・激甚化が進み、その対策の重要性が増している。埼玉県蓮田市は、利根川水系元荒川の氾濫により、市内のほぼ全体が浸水深50cm以上となり、最大3m以上ともなることが想定されている、水害リスクの高い地域である(想定最大規模降雨時(L2))。氾濫発生時には浸水により避難ルートが遮断され、建物が孤立する可能性もあるため、住民における水害リスクへの理解と早期の避難行動の促進が重要な課題となっている。

こうした災害に対する適切な理解・行動を促すには、地域が受ける被害とそれを回避するために取るべき行動を具体的にイメージすることが有効であり、被害とそれに対してとるべき行動の一体的な理解を促すソリューションが必要である。
今回の実証実験では、3D都市モデルをベースとして、洪水による浸水が時系列に従って徐々に広がっていく様子を三次元化する。さらに、浸水範囲に応じた適切な避難ルートを検索・可視化するシステムを開発することで、個々の建物から避難場所への避難ルートが浸水の広がりによって徐々に遮断され、最終的には孤立してしまうリスクをわかりやすく表現する。

開発したアプリケーションは、住民参加型の防災訓練等で活用し、住居等の個人の属性ごとの災害リスクの理解を促す。この学習に基づき、マイ・タイムライン等の住民個人の避難行動計画を作成することにより、早期の避難行動への意識を高め、防災意識の啓発や行動変容につなげる。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

今回の実証実験では、洪水による浸水が時系列に従って徐々に広がっていく様子を三次元化するため、埼玉県が洪水浸水想定区域図作成時に整備した時系列浸水データを用いて、浸水深と標高データから時系列の浸水3Dポリゴンを構築し、3D-WebGIS上に表示させた。また、浸水範囲の拡大に従って通行可能な避難ルートが限定されていく状況を再現するため、OpenStreetMapを用いて対象地域の道路ネットワークを構築し、pgRouting(経路探索機能を追加できるPostGIS拡張機能のオープンソースソフトウェア)を用いて目的地までの最短経路の検索を行うAPI機能を実装した。最短経路の検索では、時系列の浸水範囲と道路ネットワークを重ね合わせ、「浸水範囲に含まれる道路ネットワークは通行不能」と判定させる仕組みとした。さらに、利用者の属性(健常者・高齢者・避難時要支援者)に応じて、目的地までの距離と所要時間を算出する機能も実装した。これらのシステムをWebGIS上のGUIで操作可能とするため、Re:Earthをベースに避難ルート検索を行えるよう、3D地図上の任意の地点のクリックまたは緯度・経度の入力により出発地を取得する機能や、出発地から目的地までの避難ルート検索結果をAPIを通じて取得するためのプラグインを開発することで、3D都市モデル上で時系列の浸水範囲や時系列の浸水範囲の拡大に応じた避難ルート検索結果を描画できるようにした。

検証で得られたデータ・結果・課題

本システムは、氾濫発生時の地域の浸水リスクを3Dで可視化するだけでなく、時系列浸水推移と連動した避難ルート検索を可能にした点に特徴がある。今回の実証実験では、地域住民が避難ルート検索機能を実際に活用し、避難に遅れが生じてしまうほど、安全なルートが遠回りのものになっていく、あるいはルートそのものが閉ざされてしまうことについて把握することができた。このように、建物やその浸水の様子を3Dで可視化することに加え、実際の避難にかかる時間や、避難に遅れた場合に想定される状況を具体的に提示することによって、迅速な避難を行うべき必要性の理解に繋がったと考えられる。

なお、実証後に実施した参加者を対象としたアンケートの調査結果では、参加者の全員(計17名)が「早期避難の必要性を理解した」との回答をしていることからも、本システムの有効性が示されたと考えられる。

一方、本実証による課題として主に避難ルート検索機能に関連して2点挙げられる。1点目に、現時点では浸水リスクのみを考慮した場合の最短経路検索であり、ルートの勾配等は考慮されないため、要配慮者にとって避難が困難な急な坂道等が検索結果に含まれる場合がある。2点目に、道路ネットワークのみを対象とした検索になるため、地域住民の間で知られているような裏道等が検索結果に含まれないことが挙げられる。そうした裏道を使うことでより短い経路で避難ができる可能性も示唆されたため、今後はより地域の実態に即した避難ルート検索を実現することが望ましいと考えられる。

これらの課題に対しては、道路ネットワークに勾配等の条件付けを追加し、避難者の属性に応じてより安全な避難ルートを案内するシステムを構築すること、また今回のようなワークショップ形式で地域住民からローカルなルート情報等を収集し、システムに反映していくことが必要だと考えられる。

浸水前の避難ルート検索結果
浸水後の避難ルート検索結果(ルートが遠回りに)
浸水後の避難ルート検索結果(ルートが消滅)
実証の様子

参加ユーザーからのコメント

実証に参加した蓮田市西新宿地区・西城地区の地域住民より、以下のコメントがあった。
・地域の浸水リスクについて、自分事として受け取ることができた。ぜひ、他の地元住民の方々とも共有して意識を深めたい。
・本地区だけでなく、近隣の地区でも実施を検討して頂きたい。
・3D地図上では現在地や自宅の位置が分かりづらいため、GPSや住所検索による位置情報の取得機能があると便利ではないか。
・ 避難ルートの色分けや、避難ルートの距離・所用時間がより見やすく表示されているとよい。
・ローカルな情報(車の通れないような細い道等)が反映されているとよい。
・自宅の PC 等でも本システムを操作できるようになれば、平時からの避難計画の検討・見直しに役立てやすい。

今後の展望

気候変動による降雨強度の増加と発生確率の増大により、河川の治水安全度を越える超過洪水の発生リスク増加が懸念されている。

水害発生時に問題となる「逃げ遅れ」に対して早期の避難行動を促すには、行政からの避難指示等により避難を「指示」するだけでは不十分であり、地域において実際に想定される水害リスクを防災教育などを通じて平時から共有することで、早期避難の必要性について地域住民に事前に「納得」して頂く必要がある。そうした「納得」に基づき、水害発生が懸念される場面での避難行動計画を事前に考えておくことで、早期避難の実践につながると考えられる。

今回の実証結果をふまえ、3D 都市モデルを活用した地域の水害リスクの可視化により、これまでの洪水ハザードマップに比べて、より具体的かつリアリティをもって水害リスクを伝えることが可能となった。さらに時系列の浸水深を考慮した避難ルート検索機能により、早期避難の必要性についてもよりわかりやすく伝えることが可能となった。

今後、本システムを活用した防災教育等の取組を高水害リスク地域において水平展開していくことで、水害発生時の「逃げ遅れゼロ」の実現の一助になることが期待される。