uc22-034

河川整備効果の見える化

実施事業者株式会社福山コンサルタント
実施場所千葉県茂原市(八千代 / 茂原 / 長清水地区地域)
実施期間2022年12月
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河川整備による水害リスクの低減効果を可視化するツールを開発。河川管理や防災政策のアカウンタビリティの向上を目指す。

実証実験の概要

近年、気候変動による水災害の激甚化、頻発化が懸念されている中、流域全体で水害による被害を軽減するため、河川改修工事の推進が一層急務となっている。水防災の視点から今後必要となる河川整備事業を長期にわたり円滑に進めるためには、沿川住民の協力のもとで災害リスクに関する認識の向上と河川工事の意義への理解が必要である。

今回の実証実験では、河川管理や防災対策に関する住民アカウンタビリティ向上に資するため、3D都市モデルを活用した現状の水害リスクと河川改修工事による整備段階毎のリスク低減効果を可視化するツールを開発し、その技術検証を行う。

実現したい価値・目指す世界

気候変動の影響に伴う水災害の激甚化・頻発化を踏まえ、「水防災意識社会」の再構築およびあらゆる関係者の連携により流域全体で行う総合的かつ多層的な水害対策である「流域治水」の取組への転換が進められている。千葉県茂原市では、令和元年10月の豪雨によって甚大な被害が発生するなど、これまで多くの浸水被害を受けてきた水害リスクの高い地域であり、「一宮川流域治水協議会」を設置し、流域全体で水害による被害軽減に向けた取組を推進している。

今回の実証実験では、3D都市モデルを活用し、一宮川沿川地域の河川整備事業の各段階において、水害リスクがどのように低減していくのかの分析を行い、その結果を三次元的に表現する河川整備効果の可視化ツールを開発する。この可視化ツールを活用することで、住民の水害リスクに関する認識・関心度の向上と河川管理や防災政策のアカウンタビリティの向上を実現する。さらに、行政区を越えた流域全体での河川整備による水害リスクの可視化を行うことで、流域全体での河川整備方針等の認識の共有化に寄与する。

具体的には、3D都市モデルの建物の属性情報を活用することで、個々の建物に対して水害リスクを算出することが可能となり、よりリスク評価の細緻化が実現できる。また、「流域治水」の取組を見据えて、流域全体のリスク評価を俯瞰的に可視化し、関係者相互で共有することで、立地適正化計画など水害に強いまちづくり等の施策判断・意思決定に際して有効となることが期待できる。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

今回の実証実験では、2級河川の一宮川河川改修計画に基づく、河川整備段階(現況・本川整備完了・内水対策①(排水機場等の整備)・内水対策②(雨水ポンプ能力増強)の4区分)における河川工事による水害リスクの軽減効果(河川整備効果)を3D都市モデル上で俯瞰的に可視化するとともに、わかりやすく住民等へ情報提供するためのシステム開発を行った。

本システムでは、昨今に多大な水害被害を発生させた令和元年10月25日降雨(L1計画規模よりやや大きい)によって生じる洪水を三次元データとして3D都市モデルに重ね合わせ、その被害規模を可視化するとともに、河川氾濫によって生じる被害リスクを指標化し、3D棒グラフやメッシュ表現によって地図上に表示できるようにした。このため、ウェブ上で利用可能なオープンソースGISであるRe:Earthを活用し、河川整備段階毎の浸水の広がりや水害リスク、個々建物の浸水リスクをユーザーが任意に切り替えて三次元的に表示ができる機能を付加するプラグイン開発を行った。

また、河川整備の段階が進むにつれ、被害リスク指標も低減していくことをわかりやすく説明するため、GISのストーリーテリングの手法を用いたプレゼンテーションツールの開発を行った。ストーリーテリング機能では、説明内容構成に沿って、各レイヤー毎の表示情報を順序立てて説明することができる。レイヤーの表示情報に応じて3D都市モデル上で設定した視点・画角への自動移動が可能な機能を実装した。

河川整備の進捗により水害リスクが低減することを評価するため、本川整備完了・内水対策①(排水機場等の整備)・内水対策②(雨水ポンプ能力増強)の各段階における被害リスクの指標化を行った。具体的には、人的被害リスク及び経済的被害リスクを空間情報を用いることで計算し、指標化するアルゴリズムを開発した。人的被害リスク(被害者数)は、「水害の被害指標分析の手引き(H25試行版)(国土交通省水管理・国土保全局、H25.7)」に準拠し、浸水区域内人口(65歳以上および未満)に対して、避難率(0%、40%、80%)と住宅階数・浸水深に基づく被害率を掛け合わせることで算定した。また、経済的被害リスクについては、「治水経済調査マニュアル(案)(国土交通省水管理・国土保全局、R2.4)」で掲載されている算定式に準じて、家屋被害額・家庭用品被害額・事業所償却・在庫資産被害額の合算を建物浸水深別に算出した。

開発したシステムを用い、住民向けに長期に取り組む河川改修工事の意義および河川事業の必要性への理解促進を目的として、茂原市と連携し、住民代表(一宮川流域治水協議会 茂原市部会 自治分科会委員)に対して説明会を開催し、河川整備効果のアカウンタビリティ向上の検証を行った。

河川整備効果の可視化(現状)
河川整備効果の可視化(本川整備・支川溢水抑制対策①②実施後)
最大浸水深に応じた個別建物の浸水リスクの可視化(現況)
最大浸水深に応じた個別建物の浸水リスクの可視化(本川整備・支川溢水抑制完了)



検証で得られたデータ・結果・課題

3D都市モデルと浸水深の表現に加えて、人的被害リスクや経済的被害リスクといった情報をウェブGIS上で統合的に可視化するとともに、河川整備の段階ごとにこれらの指標が変化していく様子を閲覧可能とすることで、住民自らが地域の水害リスクを把握可能となり、住民主体の早期の避難行動の必要性について認知をより深めることができた。また、一般的なウェブ地図システムは操作が難しかったり見せたい情報へのアクセスがうまくいかなかったりする課題があるが、今回のシステムではストーリーテリング型GISを提供することで、行政が発信したい情報をピンポイントで提供することが可能となった。これにより、長期にわたる河川整備工事の必要性の説明が容易となり、アカウンタビリティ向上に貢献することができた。住民代表のアンケートの調査結果においても、参加者(全員16名)の73%が「河川整備の必要性を理解した」との回答をしており、本システムの有効性が示されたと考えられる。

一方、課題として、河川整備段階ごとの水害リスク指標値の評価要件となる浸水シミュレーションは、一宮川の現地形情報や河川断面測量を用いて詳細にモデル化したデータを前提としているため、他河川への汎用性が欠ける。そのため、対象河川の浸水シミュレーション結果が無い場合は、別途河川氾濫のシミュレーション計算を実施する必要がある。ストーリーテリング作成にあたっては、表示するレイヤーの順序やカメラの画角設定により説明内容を構成することは可能であるが、河川整備段階ごとの水害リスクの表示に関しては、ユーザー自らが表示内容に応じてタブを切り替える必要があるなど、利便性の観点で課題がある。そして、ストーリー構成にあたり、逐次・個別にアイコンの緯度・経度・高さ等位置情報や、アイコンの種類、サイズ、地図上での名称表示ラベルといったレイヤーに掲載される各々情報の詳細設定、ストーリー上でのカメラの画角設定、インフォボックスに掲示する画像やテキストの設定等、細部に渡る様々な調整設定を行う必要があることから、現状のシステムでは、コンテンツの組み立てに労力・手間を要する。

一宮川河川整備事業の全体像(ストーリーテリング型GIS)
令和元年10月豪雨による被害状況(ストーリーテリング型GIS)
本川整備事業の実施概要(ストーリーテリング型GIS)
水害リスクの3D可視化(ストーリーテリング型GIS)
河川整備事業の実施に伴う水害軽減効果の可視化(ストーリーテリング型GIS)
ストーリーテリング型GISを活用した住民説明
住民によるシステムの実技操作

参加ユーザーからのコメント

実証に参加した茂原市八千代、茂原、長清水地区の住民代表より、以下のコメントがあった。
・地域の浸水リスクについて、従来のパソコンで表示する2次元のシミュレーション結果より、本システムを用いた河川整備工事による浸水被害の軽減効果が良く分かった。
・本システムには、時系列の浸水の広がりの推移を描画されたい。将来の治水計画の効果も加えた表示が望ましい。
・システムを使い易いように改良をして頂きたい(ユーザー操作性の向上)。

今後の展望

長期に取り組む河川工事の円滑な整備を推進するにあたって、住民の水害に対するリスクの認知や工事の意義への理解促進が必要である。

本システムの操作面では、水害リスクの可視化ツールのUIを向上させるための改良が必要である。ユーザーインターフェースを直感的に理解できるよう改良するとともに、住所入力やタブの選択により、特定の地点への視点移動が簡単に可能となる機能を実装させるなど、システムの操作を可能な限りシンプルにする工夫を行う必要がある。また、河川氾濫による浸水の広がりについて、より切迫的かつ臨場感のあるイメージが伝わるように、単に水害リスクの可視化結果について、静的にシーンを切り替えるだけではなく、時系列による表現など、動的に表現することを検討する。さらに、情報発信に有効となるストーリーテリング機能については、作成方法の汎用性や操作性をより一層向上させることで、他地域への水平展開可能なツールにするとともに、河川整備効果の発信に限らず、今後は河川整備の進捗状況を伝えるなど、情報共有ツールとしての活用が望まれる。