uc22-039

徒歩及び車による時系列水害避難行動シミュレーション

実施事業者株式会社ライテック
実施場所熊本県熊本市(南区の特定4校区および北側に隣接する沿岸地域の8校区)
実施期間2022年4月〜2023年3月
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水害発生時の渋滞などの避難行動を事前にシミュレーション。防災計画の改善・立案や、住民の水害避難への意識の啓発に役立てる。

実証実験の概要

洪水、高潮、津波等の災害リスクに対応し、適切な避難行動を盛り込んだ防災計画を立案するためには、災害発生時の徒歩や車による避難行動を予測した上で、誰が、いつ、どこへ、どのルートで避難するのか、エリアごとに適した避難行動の準備が必要となる。一方、これまでのところ、住民の避難行動を定量的に事前予測するシミュレーション技術は確立されていない。

今回の実証実験では、3D都市モデルをベースとして、災害発生時の時系列的な徒歩及び車による住民の避難行動をシミュレーションするシステムを開発する。さらに、その結果に基づき、様々なパターンの水害や避難行動ごとの問題点の把握や、これに基づく校区レベルの地区防災計画の立案、住民一人ひとりの防災行動計画(マイタイムライン)の普及促進を目指す。

出典:国土地理院

実現したい価値・目指す世界

熊本市南区で令和3年度に実施されたアンケート調査によると、平成28年4月に発生した熊本地震の際に、車で避難したため、移動に長時間を要した人や、渋滞のため、避難を諦めたと回答した人が一定数いることが明らかになった。車での避難には渋滞や避難場所での駐車スペース不足等の問題が懸念され、実際に、熊本地震の際には多くの住民が車で避難したことによって渋滞が発生した。熊本市の地域防災計画では、津波発生時には徒歩での避難を原則としているが、こうした原則を徹底するためには、望ましい避難行動のあり方について、住民に対する啓発活動が重要である。

今回の実証実験では、3D都市モデルを活用し、時系列的な徒歩及び車による住民の避難行動と浸水域を再現する『3D水害避難シミュレーションシステム』を開発し、熊本市の担当職員が、水害ケースごとに想定した避難行動シナリオのシミュレーション結果(渋滞の発生状況、避難に要する時間、各避難場所の避難者数等)を閲覧することを可能にする。これにより、地域防災計画の適切な改善と実効性の向上に役立てることを目指す。さらに、住民一人ひとりが、避難開始地点・タイミング、避難先の位置や徒歩・車の別等を指定することで、浸水状況と、避難行動の軌跡を動的に再現し、被災リスクの有無などをアイレベルで体験することを可能とする『3Dパーソナル避難シミュレーションソフトウェア』を開発する。これにより、住民一人ひとりの正しい避難行動への意図形成を促すとともに、校区レベルの地区防災計画の立案マイタイムラインの普及の促進に役立てることを目指す。

対象エリアの地図(2D)
対象エリアの地図(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

本実証では、『3D水害避難シミュレーションシステム』及び『3Dパーソナル避難シミュレーションソフトウェア』を開発した。

『3D水害避難シミュレーションシステム』では、等間隔の時間の経過ごとに個々の徒歩避難者と自動車の移動を道路ネットワーク上に再現するシミュレーションモデルを開発した。

このシステムでは、実証対象範囲の全地域(約63㎢)・全世帯(約1万5千世帯)を対象とし、道路ネットワークデータと避難者の避難開始地点、避難先、避難開始時刻をシステムに入力することで、徒歩及び自動車における個々の避難者の時刻別の位置情報の出力と避難経路の生成を可能とした。徒歩による避難については、避難者特性(高齢者等)に応じた歩行速度を設定し、自動車避難については道路混雑による速度低下をモデルで考慮している。また、洪水、高潮、津波のメッシュ別時系列浸水深データから、時刻別の浸水面(浸水位面および側面)を表す3Dオブジェクトデータを作成した。これらにより、3D都市モデル上で避難行動と浸水域の時系列変化を同時に再現することが可能となり、ユーザー自ら災害種別や避難シナリオ(避難のタイミングや徒歩又は自動車による避難の割合)をメニューから選択し、これに応じたシミュレーション結果(あらかじめ計算・用意されているもの)を閲覧できるシステムを構築した。

『3Dパーソナル避難シミュレーションソフトウェア』では、上記システムで計算したシミュレーション結果をもとに、ユーザーが避難開始地点、避難開始のタイミング、避難先、移動手段等を指定することで、特定の個人・世帯の避難状況を動的に再現することを可能にした。

これら2つのシステムのバックエンドはFortranを用い、フロントエンドは、ウェブ上でユーザーがシミュレーション結果を閲覧及び操作できるように、3D地理情報の表示部分をCesium、UIをReact等で構成した。また、これらのシステムはクラウドサーバー上で公開され、自治体職員や住民等がパソコンからブラウザーを用いて自由にアクセスし、利用できる環境を整備している。

ネットワークシミュレーションのイメージ
システムアーキテクチャ

検証で得られたデータ・結果・課題

『3D水害避難シミュレーションシステム』を実行することにより、避難パターン別に、時間経過ごとに発生する自動車の渋滞箇所や避難場所別の時間経過ごとの避難者数が把握できた。また、時間経過ごとの浸水状況が3D都市モデル上に再現されることで、浸水の広がりに合わせて建物が浸水していく様子を直感的に把握することができた。これらの結果は、地域防災計画の適切な改善と実効性向上の検討に役立つものと考えられる。

また、『3Dパーソナル避難シミュレーションソフトウェア』では、利用者が水害の種類・避難の開始地点やタイミング・避難先・避難手段(徒歩・車)等を指定することで、自身の避難行動の軌跡を目で見て体験でき、実際の避難にかかる時間や、避難に遅れた場合に想定される状況を把握することができるため、迅速な避難を行うべき必要性の理解の促進やマイタイムラインの検討・普及に役立つものと考えられる。

一方で、本システムおよびソフトウェアはスマートフォンやタブレットでの利用ができず、自動車での避難の割合が高くなるとシステムへの負荷が大きくなり動作が不安定になることが分かった。また、本システムを活用した具体的な地区防災計画の検討においては、渋滞緩和に資する適切な避難先(避難方面)の分析や、詳細なルート指定機能の実装等が求められるほか、よりわかりやすい浸水・避難状況の可視化に向けた浸水描画の改善やランドマークの表示等も本システムを広く一般に普及させるための今後の課題である。

シミュレーションの実施結果(渋滞状況)
シミュレーションの実施結果(避難場所に集まる様子)
シミュレーションの実施結果(浸水エリアの表示)
シミュレーションの実施結果(建物が浸水する様子)

参加ユーザーからのコメント

熊本市の職員から以下の意見があった。

・3Dでの描写は水害の脅威を体感するのに効果的である。
・老人会の会合や避難訓練での講演会などでシミュレーションの動画を見せることが、避難行動の啓発活動として有効である。
・システムの避難シナリオとして自動車での避難先も指定できるようになると渋滞対策を検討するのに役立つ。
・『3Dパーソナル避難シミュレーションソフトウェア』においては、利用者が選択する項目はできる限り少なくした方がわかりやすい。

また、2校区(銭塘、中緑)で実施した住民ワークショップにおいては、『3Dパーソナル避難シミュレーションソフトウェア』について以下の意見があった。

・時間経過による水害の状況を理解するのに役立つ。
・マイタイムラインの作成に役立つ。
・自分でソフトウェアを操作するのは困難なので結果の動画を公表してもらいたい。

今後の展望

今回の実証実験では、『3D水害避難シミュレーションシステム』及び『3Dパーソナル避難シミュレーションソフトウェア』により、住民の水害避難に対する意識の啓発や地域防災計画の改善に役立つことが分かった。熊本市において、本システムのシミュレーション結果が災害時の渋滞対策等、防災計画の検討のための基礎資料となることが望まれる。

住民への本システムの普及のため、熊本市のホームページでのシステム公開を予定しているほか、ホームページ上での利用が困難な人のため、様々な住民の集会(避難訓練、老人会等)において、いくつかのシナリオを設定したシミュレーションの動画を上映することも検討している。また、パソコンの利用が困難な人に向けては、機能を絞り込んで簡素化することにより、スマートフォンやタブレットでも操作可能にすることも有効な手段と考えられる。

本システムは、道路ネットワークや初期滞留人口分布、メッシュ別時系列浸水深データの置き換えなどカスタマイズすることによって、他自治体への横展開を実現することも考慮して開発を行っている。しかし、対象地域の規模(避難者数、自動車の通過交通量)が大きくなると負荷がかかり、動作が不安定になることが分かっている。また、実際に本ソフトウェアを利用した住民からは、「操作方法がわかりにくい」、「動作が遅い(重たい)」という意見もあった。これらの課題解決を目指し、シミュレーション精度や描画機能の向上等も含めてシステムを改良することによって、本システムが今後多くの自治体に導入されることが期待される。