uc23-01

人工衛星観測データを用いた浸水被害把握

実施事業者株式会社福山コンサルタント/株式会社ユーカリヤ
実施場所福岡県大牟田市、福岡県久留米市
実施期間2023年12月
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3D都市モデル及び人工衛星観測データを活用し、浸水状況及び家屋被害を分析するシステムを開発。迅速な被害状況把握を可能とすることで、罹災証明書発行業務を効率化する。

実証実験の概要

洪水等の災害がますます広域化・激甚化していくなか、浸水発生時に広域で正確かつ迅速に家屋の浸水被害状況を把握することが求められている。近年、人工衛星観測データの利活用が促進され、広域観測の観点から観測データおよびその解析手法が充実しつつあることから、防災領域においても災害発生時の迅速な建物浸水被害の把握に活用することが可能となっている。

今回の実証実験では、洪水等の浸水被害発生直後の人工衛星観測データ(SARデータ)から分析した浸水範囲と3D都市モデルの地形モデル及び建築物モデルをマッチングさせることで、家屋単位での浸水深の算出および被災判定を行うシステムを開発する。さらに、導出された被災家屋リストをデータベース化し、3D-WebGISエンジン上で可視化するシステムを構築することで、行政における罹災証明書発行業務の効率化を目指す。

実現したい価値・目指す世界

洪水等の浸水被害発生時には、行政は被災状況の把握、応急対応や復旧計画の立案、被災者支援等のため、浸水範囲や家屋の被害状況を把握する必要があるが、これらを迅速に行うためのシステムは確立されておらず、行政担当職員の巡視等によって被害状況を把握しているのが現状である。このため、行政の現場では、災害発生時に人的リソースがひっ迫するなか、どのようにして早期に被害状況を把握し、被災者の生活再建に必須となる罹災証明書を効率的かつ迅速に発行するかといった課題が議論されている。

今回の実証実験では、人工衛星観測データ(SARデータ)によって取得された浸水範囲と、3D都市モデルが持つ家屋情報を組み合わせて分析することで、家屋単位の浸水深を算出するウェブシステムを開発する。人工衛星観測データ(SARデータ)はTellus等のストリーミングサービスから取得し、3D都市モデルは予めウェブ上で構築されたデータベースに格納しておくことで、災害発生時の即座の分析を可能とする。
また、本システムでは、分析された家屋単位の被害状況をデータベースに取り込み、PLATEAUの3D都市モデルが持つUUID(汎用一意識別子)や不動産IDをキーとすることで、住居表示や他の情報との連携を可能とする。
分析結果は3D-WebGISエンジン上で可視化することで、家屋単位の浸水状況を視覚的に確認できるようにし、行政担当職員による被害状況の一次調査の参考情報を提供する。これにより、行政担当職員が、浸水被害が重大な地区や被災の可能性が高い地区から優先して現場確認を行うことなどを可能とし、罹災証明書発行事務を効率化することを目指す。

対象エリア図 大牟田市(2D)
対象エリア図 久留米市(2D)
対象エリア図 大牟田市(3D)
対象エリア図 久留米市(3D)

検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材

今回の実証実験では、SARデータと3D都市モデルを用いて被災家屋を判定するシステムとその結果に基づいて行政の罹災証明書発行業務を支援するシステムを開発した。本システムで用いるSARデータは、マイクロ波を使って地表を観測し、その反射や散乱を利用して地表の情報を取得しているため天候や日時に影響されず、洪水時においても観測できるという特徴がある。そのため、洪水の要因となった荒天時にも本システムで被災判定を行うことができる仕組みとなっている。

被災家屋を判定するシステムは、①SARデータを用いて対象エリアの浸水範囲及び浸水深を推定する機能、②推定結果と3D都市モデルの建築物モデルを組み合わせ各建物の床上/床下浸水の判定を行う機能で構成される。

①SARデータを用いて対象エリアの浸水範囲及び浸水深を推定する機能は、次の2ステップで推定を行う。

まず、浸水範囲を識別するため、洪水発生時と平時の2つのSARデータをインプットデータとして、機械学習モデル(PyTorchにて実装・公開されているU-Netモデル)により、地点ごと(SARデータのピクセルごと)に水面の有無(浸水の有無)を浸水確率として評価する。ここで用いる機械学習モデルは洪水発生時のSARデータと同エリアの洪水範囲の正解データを学習させたものである。洪水発生時と平時の2つのSARデータを基に、各地点に対して浸水の有無を値範囲0~1の浸水確率として出力する。この浸水確率に対して閾値を設定することで浸水範囲を推定する。

次に、浸水範囲と浸水深の推定を行う。具体的には前ステップで推定した浸水範囲と国土地理院が提供する地形データ(数値標高モデル)から、浸水面の標高の推定を行う。浸水範囲内の地形の最も高い部分の標高を特定し、その標高を浸水面標高として算出する。ここで算出された浸水面標高は、浸水判定用に浸水面標高ラスタデータとして、可視化用に浸水面サーフェスの3D Tilesとして出力される。

②各建物の床上/床下浸水の判定を行う機能は、次の3ステップで判定を行う。

まず、3D都市モデル(建築物モデルLOD1)のCityGMLをパースし、建築物のGMLID・緯度・経度・標高及び構造種別に関する属性情報をPythonで扱えるデータの配列として取得し、浸水面の緯度・経度と建築物の緯度・経度を重ね合わせることで、浸水面標高と建築物の標高の差分を浸水深として取得する。

次に、建築物モデルの構造種別を用いて地盤面から床上までの高さを規定し、床上/床下浸水の判定を行う。具体的には、建築基準法施行令第二十二条を参照し、「木造・土蔵造」、「レンガ造・コンクリートブロック造・石造」、「不明」の属性を持つ建築物は、地盤面からの床上までの高さを0.45m、それ以外の建築物は0mとした。

最後に、これらの解析結果を基に、罹災証明書発行の対象となる全建物について、床上浸水/床下浸水/非浸水の浸水レベルと構造種別と組み合わせて11種の被災カテゴリ(※)に分類し、その被災カテゴリを属性として付与した被災家屋データ(csv形式)を出力し、罹災証明書発行業務を支援するシステムにアップロードを行う。

※構造種別4種(木造・土蔵造/レンガ造・コンクリートブロック造・石造/不明/非木造)×浸水レベル3種(床上浸水/床下浸水/非浸水)なお、非木造は床上高さが0mのため、浸水レベルが浸水/非浸水のみ2種となるため、合計11種となる。

これらの一連の処理はPythonのスクリプトにより開発し、Googleが提供するブラウザ上でのPython環境である「Google Colaboratory」を実行環境として利用した。なお、本システムで利用する2つの汎用機能をPythonライブラリ化している。1つ目は、3D都市モデル(CityGML形式)をパースし、Pythonで扱えるデータの配列として読み込むことができるPythonライブラリ「Plateau Utils」である。2つ目は、罹災証明書発行業務を支援するシステムのベースとなるプラットフォーム「Re:Earth」(Eukarya が提供するWebGISプラットフォーム)のCMSに、被災家屋データ等の各種データをアップロードするためのPythonライブラリ「Re:Earth CMS API」である。

また、本機能で利用するPython機械学習モデルは、Pythonのオープンソースの機械学習ライブラリであるPyTorchにて実装・公開されているU-Netモデルをベースにして転移学習を行ったモデルを使用した。また、学習用データセットとして、同衛星(Sentinel-1)で撮影された他のエリアのSARデータとこれに対応する洪水領域の正解データとしてCloud to StreetシステムによるGlobal Flood Databaseを利用している。

罹災証明書発行業務を支援するシステムは、3D都市モデルをはじめとした3Dデータを可視化可能な「Re:Earth」上で動作するプラグインとしてスクラッチで開発した。罹災証明書の発行が必要とされる建物の情報を様々な形で可視化できるよう、このプライグインにはデータ読み込み機能、ダッシュボード機能、検索機能、ダウンロード機能を実装した。

データ読み込み機能は、前述した人工衛星観測データの解析結果である被災家屋データをRe:Earth CMSから読み込む。データの読み込みは、Re:Earth CMS APIを通じて得られるURLを入力することで行うことができる。これにより各解析結果をインタラクティブに切り替える機能を実現し、発災直後に撮影された複数の衛星画像を比較することを可能とする。

ダッシュボード機能は、読み込んだ解析結果から11種の被災カテゴリの被災家屋数を表示する。合わせてステータスに応じてRe:Earth上で表示される3D都市モデル(建築物モデル)を着色表示し、被災状況を直感的に把握できるようにしている。

検索機能は、任意の町丁目を選択することで、選択した町丁目毎の被災家屋数が11種の被災カテゴリ別に表示される。

ダウンロード機能は、選択した町丁目毎の11種の被災カテゴリ別に集計された被災家屋数と3D都市モデルに付与されているGMLID・緯度・経度・浸水深・被災カテゴリ・町丁目・不動産IDといった属性情報付きの被災家屋データをcsv形式でダウンロードできる。

これらの機能により、行政担当職員は被災規模を早期に把握することができ、応援人員の要請も含めた被災後の調査・対応計画検討が可能となる。また、町丁目単位で調査計画を企画・管理することができ、調査にあたる人員配置等への活用を想定している。

罹災証明書発行業務の効率化における本システムの有用性を検証するため、罹災証明書発行業務を担う行政担当職員に対して、本システムにより実現される業務フローの説明のほか、システム内で可視化される家屋単位の浸水状況や被害状況の推定結果が、罹災証明書発行業務における一次調査の参考情報として活用できるかのヒアリングを行った。

GoogleColaboratoryによる人工衛星観測データ(Sentinel-1)の読み込み(久留米市)
GoogleColaboratoryによる人工衛星観測データの解析による浸水深の推定(久留米市)
罹災証明書発行支援システムによる人工衛星観測データによる解析結果(浸水範囲)の可視化(久留米市)
罹災証明書発行支援システムによる被災ステータスによる色分け
罹災証明書発行支援システムによる町丁目の被害件数表示と町丁目のハイライト
罹災証明書発行支援システムによる床上浸水した木造建物のヒートマップ表示

検証で得られたデータ・結果・課題

検証は令和2年7月豪雨で被害を受けた都市のうち、久留米市と大牟田市を対象とした。久留米市では、分析に必要な人工衛星観測データ(Google Earth Engineを介して欧州宇宙機関(ESA)が提供するSentinel-1のデータを取得)が充実していたため、久留米市が罹災証明書発行時に調査した実際の被災家屋と本システムにより判定した被災家屋の比較による精度検証を行った。大牟田市では、必要な人工衛星観測データが十分ではなかったため、人工衛星観測データではなく、国土地理院が令和2年7月豪雨当時に公開した浸水範囲(令和2年7月7日に作成された令和2年7月3日からの大雨による浸水推定図 大牟田市周辺)を基にして被災家屋の判定を行い、大牟田市が罹災証明書発行時に調査した実際の被災家屋データとの比較による精度検証を行った。また、大牟田市では、被害規模把握の迅速化を今後の課題としているため、罹災証明書発行業務における本システムの有用性に関するヒアリングを行った。

精度検証では、久留米市と大牟田市と令和2年7月豪雨時の実績データと、本システムによる同災害の解析結果(久留米市の人工衛星観測データによる解析結果と大牟田市の国土地理院の浸水推定図での解析結果)を比較し、人工衛星観測データに基づく建築物の浸水の有無の判定精度(大牟田市は国土地理院の浸水推定図を使用するため対象外)と、浸水レベル(床上浸水/床下浸水/非浸水)の分類精度の評価を行った。判定精度および分類精度の指標には再現率(被害ありと判定したものが正しかった割合)を用いた。なお、実績データは罹災証明書発行の履歴に基づいているため、被災していても発行申請がされていない建物は実績データに現れない。つまり、本システムにより判定された被災家屋数と実績データの被災家屋数が一致せず正しく評価ができない可能性が高いため、精度検証においてはジオコーディングにより実績データと建築物モデルが1対1で対応したものを対象として抽出した。また、久留米市では、市全域と衛星の撮影タイミングがピーク時より3日後であったことを考慮し、市全域ではなく実績データの内、解析結果で浸水している建物がある町丁目のみを対象に検証を行った。

浸水の有無の判定精度では、久留米市で52.2%という結果となった。床上浸水、床下浸水、非浸水の分類精度では、久留米市で床上浸水73.3%、床下浸水7.5%、大牟田市で床上浸水97.4%、床下浸水1.3%となった。

床上浸水の分類精度では、久留米市、大牟田市共に高い精度が得られた。一方で、床下浸水の分類精度は低い精度であった。これは、事前のヒアリングを通じて、自治体業務において床上浸水の見逃しを避けたいというニーズが高かったため、本システムでは床上浸水判定を緩く設定していることが原因である。

浸水の有無の判定精度が悪かった要因としては、ピーク時に撮影された衛星写真での解析でないという点が挙げられる。これに対する対策としては都市の排水能力を加味したアルゴリズムを構築することで、排水された浸水範囲を推定する(ピーク時の浸水範囲を逆算する)といった機能の開発が必要である。

罹災証明書発行支援システムの有用性の検証では、大牟田市へのヒアリングを実施し、人工衛星観測データの画像解析による迅速な浸水範囲及び被災家屋の把握が、一次調査の参考情報として有用であることが確認できた。しかし、人工衛星観測データの解析結果については、衛星写真の撮影タイミングや、地形データの精度などにより実際の浸水深との誤差が生まれる可能性があるため、発災時に現地で取得した写真や浸水深を基に解析結果に補正を与え、より正確な解析結果を得られるようにするニーズがあった。

実証実験の様子①
実証実験の様子②

参加ユーザーからのコメント

・発災後、浸水範囲が把握できるまでの日数が現況の業務フローより短縮される見込みのため利用価値が高い。
・罹災証明書発行において、一次調査が必要となる木造建物の浸水状況と建物数およびその分布状況が一目で分かるので、非常に有用である。
・現地写真等の他の情報を追加することで、人工衛星観測データによる浸水範囲の解析がより正確となるような機能があるとよい。
・解析済みデータの取得(人工衛星観測データの解析)がより容易に行えるシステムが欲しい。
・(現場の状況を踏まえて、浸水深の高さの)程度を調整ができるとよい。

今後の展望

今回の実証実験では、人工衛星観測データの解析による被災家屋の抽出及びリスト化や、罹災証明書発行のため行政機関が発災直後に実施する一次調査を効率化できる可能性を示すことができた。

実証実験時の要望や、1枚の衛星画像の解析結果ではある地域では最大浸水深を捉えられても、別の地域では最大浸水深を捉えられないという状況があることを踏まえ、現場の状況から解析結果をリアルタイムに補正する機能や、同災害の複数の衛星画像や浸水範囲からの解析結果を統合することで地域全体の最大浸水深時の解析結果に近づける機能の必要性も明らかとなった。

本取組みでは、災害発生直後の初動時に、人手によらず人工衛星観測データを用いて建物の浸水に係る調査を行うことを念頭に置いており、災害発生時に自治体の人的リソースがひっ迫するなかで本システムの活用は有効な手段であると考える。また、国内のみならず台風やハリケーンの災害の多い諸外国への技術展開も可能であると考えられる。

引き続き3D都市モデルに付与される不動産IDを用いて自治体が保有する詳細な情報と連携することで、罹災証明書の発行に関する申請・手続きの更なる簡略化・効率化を目指す。