市民協働による樹木管理DX
実施事業者 | 東邦レオ株式会社/Pacific Spatial Solutions 株式会社/株式会社バイオーム |
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実施協力 | 宮城県仙台市、仙台市立榴岡小学校 |
実施場所 | 榴岡公園(0.112km2) |
実施期間 | 2023年10月〜2024年1月 |
市民協働により樹木データを収集し、データベースを構築。樹木の環境価値を明らかにし、都市緑化や脱炭素まちづくりを推進する。
実証実験の概要
人口減少や少子高齢化が進む中で、地方公共団体によるインフラ管理の分野では、コストや人手を抑えた効率的な管理業務の実現が課題となっている。都市公園や街路等における樹木管理業務においては、旧来の紙ベースの管理手法からデータベースを活用したデジタル管理手法に移行する地方公共団体も現れつつあるが、そもそもの管理台帳が存在しない、最小限の情報しか把握していないといった課題があり、樹木情報のデータベース化作業そのものを如何に効率的に実施するかが問題となる。
今回の実証実験では、市民協働型で都市公園内の樹木に関する情報や写真を登録できるスマートフォン向けアプリを開発する。また、3D都市モデル(LOD2植生モデル)を基礎とした樹木管理用データベースシステムを開発し、スマートフォン向けアプリと連携させることで、市民参加によって樹木情報を取得・更新し、樹木管理に役立てることができる仕組みを構築する。これにより、行政と市民の協働によって都市内の豊富な樹木情報を大規模に取得する手法を確立し、樹木管理のDXを実現する。
実現したい価値・目指す世界
都市公園や街路等における樹木管理業務では、日々の点検や積算業務において樹木規格や腐朽菌発生といった情報を記録・共有・管理することが求められているが、多くの地方公共団体では紙ベースの管理が行われており、最新情報の把握や情報更新の効率化が課題となっている。また、グローバルな先進事例をみると、都市内の樹木情報を収集し、CO2吸収量に代表される生態系サービスの定量評価など、都市緑化やカーボンニュートラルの観点から樹木情報を活用する動きが広がっている。このため、豊富な樹木情報を収集し、データベース化することは、インフラ管理の効率化のみならず、都市内の樹木の付加価値を高めることにもつながることが期待されている。
他方、現存する樹木の情報を収集・データ化し、網羅的なデータベースを構築するコストは大きくなりがちであり、地方公共団体における導入は広がっていない。特に位置や樹高などの基礎的な情報に加え、健康状態や周辺の生態などの樹木の付加的な情報を収集しようとする場合はコストが問題となるため、如何にデータ収集を効率的に行うかが課題となる。
今回の実証実験では、3D都市モデル(LOD2植生モデル)に対し面的に測量した樹木の位置、樹高、直径、枝下高さ等の樹木の基礎的な情報を属性情報として付与することで、樹木情報を一元化する。これを基にリレーショナルデータベースと管理用アプリを開発することで、行政職員が管理業務で利用可能な管理台帳システムを構築する。
また、樹木の環境価値を評価するための付加的な情報を収集するため、都市公園内の樹木に関する情報や写真を登録できるスマートフォン向けアプリを開発する。このアプリを用いて市民協働型のデータ収集ワークショップを開催することで、LiDAR等の測量では分からない種名判定や腐朽菌発生といった樹木の詳細な生体情報を取得する仕組みを構築する。
スマートフォン向けアプリから取得された付加的な情報はデータベースシステムに蓄積され、これを利用したCO2吸収量や樹冠雨水遮断量等の環境価値のシミュレーションを行うことが可能となる。
本システムの導入によって、地方公共団体の樹木データベース構築を促進し、樹木管理の効率化を図るとともに、付加的な情報を大規模に取得する仕組みを確立することで、樹木管理に新たな価値をもたらすことを目指す。
検証や実証に用いた方法・データ・技術・機材
今回の実証実験では、樹木1本単位の樹種や樹勢(樹木の健康状態)、腐朽菌(樹木を腐食・劣化させるキノコ)の有無等の樹木情報や、炭素貯蔵量、年間CO2吸収量、雨水樹冠遮断量等の環境価値をリレーショナルデータベースとして管理する「①公園樹木台帳システム」を開発・構築した。樹木情報の登録に関しては、スマートフォンで撮影した写真から動植物の種名候補をAIがレコメンドし、撮影者が容易に種名を判定できるいきもの調査アプリ「BiomeSurvey」(株式会社バイオーム)を用い、撮影者が樹種、樹勢、腐朽菌の有無といった付加情報を登録できるようなカスタマイズを行った(「②BiomeSurveyのカスタマイズ」)。また、環境価値については、樹木の環境価値を定量化するソフトウェア「U-GREEN」(東邦レオ株式会社)に新たに「①公園樹木台帳システム」と連携するためのAPIを開発することで、樹木情報が修正・更新された際に樹木単位での環境価値の更新ができるようにした(「③U-GREENとのAPI連携」)。
加えて、実証実験の事前準備として、実証地である仙台市榴岡公園の樹木データを準備するため、地上LiDAR計測による測量を公共測量として実施し、樹木の位置、樹高、直径、枝下高さ等の樹木の基礎的な情報を含む3D都市モデル(LOD2植生モデル)を作成した。
「①公園樹木台帳システム」は、作成した植生モデルを格納し、データベース管理を行うためのwebアプリケーションとして構成され、JavaScriptフレームワークであるreact.jsを利用して開発した。主な機能として、データベース管理機能、地図との連携機能、「BiomeSurvey」との連携機能を構築した。
データベース管理機能として、個票表示機能、文字および数値による絞り込み機能、樹木の幹周ランクによる集計機能、公園管理者等による属性情報編集機能、Excel形式のデータエクスポート機能をリスト機能として実装した。データベース管理はPostgreSQLを用いて構築している。
地図との連携機能として、2次元および3次元での樹木表示機能、台帳リストの絞り込みに連動した樹木表示機能、属性値による色分け表示機能、樹木のクリックによる個票表示機能を実装した。表示機能はcesium.js及び3DTilesのパッケージを用いている。
BiomeSurveyとの連携機能は、同ツールのスマートフォンアプリ版にて取得したデータの自動集約、及び樹種名等の誤登録情報修正(クレンジング)後データの送付機能を実装した。
これらの機能により、これまでにない直感的な3次元表示とリストの連動による樹木の状況把握、柔軟で高速な絞り込みと集計が実現でき、効率的な公園樹木の管理が行えるようになった。
今回の実証実験では、実証地である榴岡公園のデータを用い、「榴岡公園デジタル公園樹木台帳」として試験運用を行っている。
「②BiomeSurveyのカスタマイズ」は、作成した植生モデルに対して樹種、樹勢、腐朽菌の有無といった付加情報を収集するためのアプリとして開発を行った。BiomeSurveyの既存機能である地図上に樹木データを2Dのポイントとして表示する機能、スマホGPSから取得されたユーザー位置情報を地図上に表示する機能、ユーザーが情報収集対象となる樹木データのポイントを選択する機能、対象樹木について写真の登録、撮影写真を用いた画像判読AIによる樹種名判定機能、付加情報収集済みの樹木データを色分けする機能、樹木の環境価値を計測しアプリ上で表示する機能はそのまま活用し、新規機能として「樹勢や腐朽菌の有無といった属性情報をユーザーが入力する機能」を開発し実装した。
これらの機能により、住民参加型のワークショップ等で樹木情報を収集することを可能としている。ユーザーはBiomeSurvey上にマップされた各樹木を選択し、対象樹木を複数の角度から撮影することで、AIが複数の種名候補をレコメンドし、参加者が最も適する種名を選択することで、樹木の樹種名を取得することができる。また、ユーザーが目視により樹勢(樹木の健康状態)や腐朽菌(キノコ)の有無を判断し、記録できるようにしている。
BiomeSurvey上で表示される樹木データはIDによって「①公園樹木台帳システム」の樹木データと紐づけられており、取得されたデータが自動的に連携する仕組みとなっている。具体的には、BiomeSurveyから得られたデータはAmazon S3にcsv形式で保存され、FME Serverを用いたクラウド上の処理により植生モデル(CityGML形式)に付与されるとともに、「①公園樹木台帳システム」のリレーショナルデータベースとして保存される仕様とした。
「③U-GREENとのAPI連携」は、既存のBiomeSurveyとの連携に加え、「①公園樹木管理台帳システム」とAPI連携するよう改修した。U-GREENは樹種名と樹木規格の情報からCO2吸収量等の樹木の定量的な環境価値を算出するサードパーティのサービスである。元々、BiomeSurveyと連携することで樹木情報を登録すると環境価値がアプリ上で表示されるような仕様になっていたが、今回の実証実験では「①公園樹木管理台帳システム」とAPIで連携することで、台帳上でも環境価値を可視化することができるようにした。さらに、動的な連携の仕組みを構築することで、台帳上の樹木情報が修正・更新された際に、その変更内容に応じて環境価値を再計算し、リレーショナルデータベースに再格納する機能を開発した。
本システムの有用性検証として、仙台市宮城野区の榴岡公園にて、近隣住民等の市民や樹木管理業務を行う地方公共団体職員を対象とした、市民協働型のデータ収集ワークショップを行った。ワークショップ参加者へのヒアリング及びアンケートと、当該職員を対象とした本システムのテスト利用及びヒアリングにより効果検証をおこなっている。これらを通じて、市民参加ワークショップによる公園樹木の情報取得精度や、それに基づき地方公共団体が実施する樹木データベース構築等の樹木管理業務の効率化における本システムの有用性を検証した。
検証で得られたデータ・結果・課題
今回の実証実験では、榴岡公園の高木データ(約1,100件)を対象に、市民参加型ワークショップによりBiomeSurveyを活用して樹木情報の収集を行った。ワークショップには近隣の榴岡小学校高学年の授業枠を活用し約150名、親子等を対象としたワークショップに大人約60名、子供約40名が参加した。調査日数は延べ6日間、実調査時間は18時間であった。なお、地上LiDAR計測で測量したデータをベースとして調査をしたが、株立ち樹木(根本から複数の幹が立ち上がった形状の樹木)の幹をそれぞれ単木とみなすなど誤情報が約50件あり、それらは調査対象から除外した。
市民による樹木調査を専門家が検証した結果、種名一致率は32%(308件/936件)であった。このうち、小学生のみで判定した場合の種名一致率は24%(142件/578件)、親子参加の場合は46%(166件/358件)であった。このように、市民による種目判定には精度面で課題があり、公園樹木台帳の情報源として用いるためには専門知識を有する樹木医等を通じて公園管理者側で修正する必要がある。一方、公園管理者にとって倒木事故を未然に防ぐための貴重な情報源となる腐朽菌の有無は一致率が約85%であった。
また、現地調査において BiomeSurveyの画面表示と現地での見え方に乖離があり、特に密植したエリアではその乖離が顕著で、表示された樹木と実際の樹木との同定が難しい場面があった。対象木の誤認は、種名一致率を低下させる主な要因となっているため(例えば、幹が複数本に分かれて存立する株立ち樹木に注目すれば、15ポイント程度一致率を低下させている)、対象木データのIDナンバーを実際の樹木にラベルで表示し、対象木を明確にすることが考えられる。また、オペレーション上の工夫とし、写真撮影の方法等についてより丁寧なガイダンスを行うことが求められる。加えて、多様な栽培品種が存在する樹木は、種名登録にバラつきが生じることも一致率を低下させる要因であり、例えば、「サクラ(栽培品種)」に統一する等のルールを事前に設定することが有効な手段として考えられる(現状、「サクラ(栽培品種)」の他に、「ヤマザクラ」、「ソメイヨシノ」、等の個別品種名でも登録ができる仕様になっている)。
以上の調査を実施した上で、公園樹木台帳システムの試用版を用いて仙台市公園管理担当部局へヒアリングを行い、デジタル化された管理台帳を取り入れることは業務の効率化につながるとの評価を得た。具体的な活用場面として多く挙がったのが工事発注の際の説明資料であった。そのため、樹種及び幹周単位での色分け表示機能の追加、2D表示の際のマップ背景を公園施設設計図に選択可能となるよう改善を行った。
参加ユーザーからのコメント
樹木調査に参加した市民より、以下のコメントがあった。
・最新テクノロジーを用いた調査アプリによって身近な公園の環境価値を知ることのできるプログラムがとても良かった。
・子供でも調査アプリの操作方法が分かりやすく楽しく行えた。調査完了した樹木の色が変わるのを喜んでいた。
・見かけることはあっても名前が分からなかった樹木をAI判定で調べることができ、榴岡公園についての関心が高まった。
・どの樹木がどれくらいのCO2を吸収しているか簡単に知れてとても面白かった。
公園樹木台帳を使用した仙台市職員より、以下のコメントがあった。
・樹種、樹木位置、樹木規格等が最新の情報に更新された管理台帳を業務で活用すれば効率化につながる。
・特定情報でフィルターをかけて選択した樹木だけをマップに表示させたい。管理作業の指示書にそのまま使用できて便利になる。
・デスクワークだけでなく、現地作業でもタブレット端末等で管理台帳を活用できそうだ。
今後の展望
今後、地方公共団体による公園・街路樹管理の場面においてDXの推進がますます期待される。管理業務のDXは単なる業務効率化にとどまらず、都市緑化分野における高度な計画や管理の実施に寄与する。特に、公園樹木や街路樹のCO2吸収量等の生態系サービス評価は都市環境の持続可能性に関する重要な指標となる。
樹木管理のDXにおいて、大規模かつ網羅的なデータの効率的な収集は非常に重要である。市民参加型による樹木情報の収集・更新は、低コストかつ短期間で完了することが期待されるものであり、今回の実証実験によって、一定の効果があるアプローチであることが確認された。市民参加型による樹木情報の収集・更新を発展させていくためには、既述したような調査手法の改善に加え、参加者をより多く募るための魅力的なインセンティブの設計・開発を今後進めていく必要がある。
樹木管理に対する継続的な市民参加は、地域住民の環境意識の向上にも寄与する。これらの取り組みを全国的に広めていくことで、日本各地で、より環境を意識した持続可能なまちづくりが実現される。